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ひとりよがりの勇者  作者: 閲覧用
第四章 人形たちの戦場
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第九話 彼らを突き動かすもの

 巨人が暴れ、その足元で超越者たちの戦いが繰り広げられる。それは戦場のどこに居ても感じられるほどに、響き渡っていた。もちろん、反対側に位置する東門前の戦場でも。


「予備隊を左翼に動かしてください。敵のワーウルフの部隊、千が来るでしょう。それの迎撃を」


「はっ」


 自らの指揮下の軍隊。それと相対する魔族たち連邦軍を見下ろせる高台の上で、老人は静かに戦況を操っていた。数十分後、壊滅の被害を受け散り散りに去っていくワーウルフたちを見れば、嫌でも理解できる。

 彼こそが“予言者”と呼ばれる存在。超越者たる『勇者』の一角に名を連ねる老躯、カインだった。


「お見事。これまでとは規模の違う戦いでしたが、快勝ですね」


 傍に使える側近の賛辞を聞き流し、“予言者”は西の巨人を見つめていた。文字通り人間離れした五感は、確かに『勇者』と『魔神』が刃を合わせていることを知覚している。同時に、それが“道化師”の介入で犠牲無く終わったことも。


「西に『勇者』が二人。その影響で南の中央軍も下手に身動きが取れない。しかし、『魔神』二人もまた、西で無駄足を踏んだ……と」


「“予言者”さま……?」


「ああ、さすがに僕もこれは予言できませんでした。まさか一日目から都合の良い時間が出来上がるとは。幸運というべきか、不幸というべきか」


「あの、何をおっしゃって……?」


 ぶつぶつとつぶやき続ける姿に、側近は心配げに声をかける。しかし、彼の不安を他所に“予言者”から言葉を投げ返されることはなく。

 二つの大国の覇権を定めるためだった戦いは、静かにあり得ないはずだった方向へと転がり始める。それを予想できたものは、極めて限られた者たちだけだった──





 ☆ ☆ ☆ ☆





「退くなぁ! 前線を維持しろ! 『勇者』さまの到着まで気合で耐えぬけぇ──!」


 雇われの冒険者を含む南門の王国中央軍は、今まさに地獄の真っ只中にいた。本来攻め込んでいるのは王国側、ヒューマンたちのはずだ。それに対抗すべく連邦軍は城塞都市から侵略に対抗している。そのはずなのだ。

 だと言うのに。あろうことか、魔族たちは逆に打って出て王国軍に攻勢を仕掛けていた。


「おいおいおい。本当にまずいぞ! アンナの野郎は何してるんだよ!?」


「エリアスあまり離れるな! 最悪、離脱も考えるぞ!」


 当たり前のように巻き込まれているエリアスたちも、思わず悲鳴を上げずにはいられなかった。先ほどまでは確かに攻める側だったのに、一瞬にしてこの状況だ。理解が追いついても、対応が追い付いている者の方が圧倒的に少ない。

 だが、理由を明白だ。どういうわけか“道化師”の『勇者』アンナの姿が消えたことにある。それに感づかれたことで、敵の最高戦力である『魔神』の一人、ガルリが自由に暴れだしたのだ。


『勇者』を止められるのは『魔神』だけであり、『魔神』を止められるのは『勇者』だけだ。それは元『勇者』であるエリアスが誰よりも肌で理解している。だからこそ、現状が最悪であることは嫌でも認識させられていた。


「うっ──!? 歩兵隊、こうた……ぎゃあぁぁぁ!」


 最前線で戦っていたはずの歩兵の部隊。彼らの踏みしめる大地が、突如として隆起する。まるでゴムか何かに変貌してしまったかのように。波打つ足場によって大勢の歩兵たちが大空へと打ち上げられた。

 空中で身動きが取れないヒューマンたち。それを魔族が見逃すはずがなく、魔法の一斉発射によって焼き尽くされる。運よく回避できた者たちも、重力に引きずり降ろされ戦闘不能のまま大地を転がっていた。


「今のなに!?」


「あの獣野郎……ガルリの異能だ! もうここはあいつの間合いなんだよ!」


 畏縮と驚愕で叫ぶソラに、焦燥感を交えながらエリアスが答える。『魔神』ガルリの異能、それはかつてのエリアスと同じく対集団戦において有利に働くものだ。具体的に言ってしまえば、“自然物の服従”である。

 ガルリは大自然の王。彼の遠吠え一つで大地は自在に姿を変え、森林は忠実な兵団と化す。草花はツルを伸ばして敵を捕縛し、動物たちは盲目的に従う。最後の力だけは本人の価値観から滅多に行使されることはないが非常に厄介なことに違いはない。


 奴がその気になれば、一つの部隊を地割れに飲み込まされることだってできなくはないのだから。


「オラっ! かかってこいヒューマンどもが!」


「声まで聞こえてくるな! あんまし、よくないぞ!」


「この調子ならすぐに後退の指示が出るでしょうが……指揮系統が乱れています。最悪、私たちだけで離脱する用意も」


 セレナと同じ考えなのだろう。既にちらほらと離脱を試みる冒険者のパーティーが散見される。信用を大事とする冒険者でも、それ以上に命と仕事道具である己の身の無事を優先する。ましてや、『魔神』と直面するなど、いくら大金を貰おうと釣り合わないと判断するのは当然だった。

 しかし、悪化の一途を辿る戦況は、逃げ道を用意してくれるほど甘くはない。


「弓と魔法を使える奴は後ろをむけぇ! 突っ込んでくるぞ!」


「後ろ……!?」


 冒険者の一人が悲痛な声で叫ぶ。まさか間抜けにもワーウルフの部隊でも背後へ通してしまったのだろうか。誰しもがそう思い、エリアスとセレナもまた、勢いよく振り返った。しかし、そこには何もない。味方の姿があるだけだ。想定外。一瞬の思考の停止。それが、致命的だった。


「……? どこにも敵なんていませ」


「違うッ! 上だぁ!!」


 セレナが眉を潜め、レオンが力の限り警告を込めて叫んだ。血と矢と魔法が吹き荒れる戦場の空。そこに浮かぶ人影がいて、目を見開いた。だが、その驚きの原因は人によって異なる。

 冒険者たちは空を自在に飛ぶこと自体に。王国軍やエリアスはその一族が戦場に表れたことに。驚愕していた。


 ──竜の力を宿した魔族が、愚かなヒューマンたちを見下していた。


 嘲笑うように。憤怒と使命を矛としてかざし、一直線に迫ってくる。


「ドレイクど、ぐぁぁぁ──!」


 それは情報の共有のためではなく、悲鳴のような何かだった。重力を味方に成人男性、否、竜の鱗を身にまとうドレイクはそれ以上の体重で、矛を片手に上空より落ちてくる。

 そんな一撃を不意打ち気味に受けて、無事でいられるわけがない。


「死ねぇ、ヒューマンがぁ!」


 正しく地獄絵図だった。正面からは次々と前線を食い荒らす『魔神』が。上空からは一撃離脱で次々と降り注ぐドレイクが。王国軍と冒険者たちの数を削っていく。

『魔神』に対しては『勇者』しか対抗できない。ドレイクに対しての対策は、今回の作戦でなされていない。


「“狂戦士”がドレイクの部隊を半壊させたって話はどうなってやがる!? 普通に戦場にいるじゃねえか!」


「それは俺が聞きたいっての……!」


 あの時、『勇者』としての最後の戦場で、確かにドレイク族の司令官は軒並みエリアスが壊滅させたはずだ。だからこそ、今回の戦いでは大きな脅威であるはずのドレイクに対する準備は成されていなかった。

 年齢や性別を関係なしに無理やり再編成したのか。それこそあり得ない。数少ないドレイク族の、さらに少ない司令官はもういないのだ。小競り合いならともかく、現場で指揮の取れない部隊が戦場で立ち回ることなどできやしない。


「なら一体どこのどい……っ!?」


 思考に気を取られた隙を狙ってか、小柄なドレイクがエリアスめがけて肉薄した。咄嗟に電撃を放つが身を捻り回避される。そのまま落下するように迫るドレイクに、咄嗟に腕へ魔力を流し込むと電気の刃を生やした短杖を構えて、


「させないぞ!」


「ちっ!」


 間に割り込んだ巨漢、ブライアンの戦鎚が振るわれる。さすがのドレイクもドワーフ族でも随一であろう馬鹿力には恐れを成したのか、攻撃を諦め再び頭上へと飛び上がっていった。


「今のやつ……どこかで」


「気をつけろ! このままじゃ本気で、俺様も守り切れないぞ!」


「あ、ああ。ごめん」


 目の前の戦いに集中しなかったことを反省し、素直に謝罪する。今のもブライアンがいなければかなり危険だった。気になることは多くある。それでも、今だけはすぐ近くに危機を脱しなければならない。

 意識を切り替えて、降り注ぎ続ける致死の一撃へ、全神経を張り巡らせるのだった。





 ☆ ☆ ☆ ☆





「リペット! お前が突っ込んでどうする!?」


「……みんなが戦ってるのに、僕だけ」


 王国軍の上空。魔法の補助と共に翼をはためかせ、一人のドレイクが地上を見つめていた。ひどく小柄な、少年のようなドレイクだ。実際、彼はかなり若い。少年という表し方は間違えてはいないだろう。


「何のために隊長はお前を生かしたと思ってるんだ! お前の、指揮能力を買ってだろう? なのに突貫してどうする」


「わかってるんだよ! そんなことは! でも、僕は……」


 声を荒らげ、悔しげに吠える少年。その悲痛な痛みさえ伴う叫びに、隣のドレイクも口を紡ぐ。


「とにかく、次はもうやめろ。お前はお前のできることをしろ」


「…………」


「勝手に参戦したんだ。結果を残さないと他の一族まで敵に回しかねない。……信じてるぞ、“隊長”」


 そう残して、少年の元をドレイクは飛び去って行った。少年は見送ることさえできない。ただ己のうちの炎を抑え込むように、固く拳を握るだけ。それだけだ。


「隊長……僕は、やっぱり」


 あの日、尊敬する隊長はヒューマンに殺された。同族を守って、命がけで『勇者』と戦い命を落とした。たった数分の時間稼ぎのためにだ。

 はっきり言って、今のリペットを突き動かすのは亡き隊長の意思を継いで、などという美しくも儚い、素晴らしい信念ではない。ただただ、純粋な感情。怒りだ。


 だが、あの青い『勇者』をこの手で、そうでなくとも討伐に間接的に貢献できないかと。連邦軍の命令に逆らって、若い騎士たちを集めて参戦したというのに。怨敵の姿は戦場にはなかった。

 もちろんヒューマンそのものが忌々しい敵には違いない。しかし、仇のいない戦場に、多大なリスクを背負って、一体リペットは何をすればいいのか。一体何を、したかったのか。


 その答えは分からぬまま。空っぽの瞳で、崩れていく王国軍を見下ろすだけだった。


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