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ひとりよがりの勇者  作者: 閲覧用
第一章 歪んだ信念
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第七話 宿屋の温もり

 夕日によってオレンジ色に染まる王都を三人の女性が歩いていた。そのうち二人は満足げにニコニコしながら軽やかに足を進め、


「もう、どうにでもなれ……」


 最後の一人は死んだ魚のような目で肩を落としていた。その少女──エリアスは恨みの籠った視線を前を歩くセレナとソラに向けるが、今の状態では迫力などありやしない。


「まあ、まあ。似合ってるよ?」


「んなこと言われたところで、欠片ほども嬉しくねえよ」


 ソラの賛辞も聞き流し、エリアスは体を見下ろす。ボロボロな服モドキはとっくに捨て去り、現在体を包むのは女物の服だった。

 さすがにここまで嫌がるなら、とせめてもの慈悲なのかスカートなどの着用は免れてはいる。だが、それでも女性用のファッションであることは間違いなかった。


 余談だが、元の服ではどうやら下着を身に付けてなかったようで、それも無理やり着せられた。死にたい。


「私たちも楽しんじゃいましたから、これは私の奢りでいいですよ。それでチャラにしてください」


「剣の一本でも付けてくれりゃあ、少しは感謝したかもな」


 正確な時刻は不明だが、既に夕日は沈みかけ夜の時間が訪れかけている。暗くなる前に宿へ戻ろうというセレナとソラの考えで帰路についていた。

 正直、この三人ならば襲われたところで町のチンピラやごろつき程度、一捻りだと思うのだが。そう主張して武具店にも寄るように頼みはしたものの、やんわりと断られてしまった。


「急いでいるわけではないんですから、残りの買い物は明日にしましょう。夜間、女性だけで歩くのは怖いですから」


「俺は男だし、エルフも猫耳もそこらの男より強いだろ」


 剣士であるソラはもちろんのこと、セレナの歩き方にも隙は見当たらない。魔法使いと名乗ってはいるが、ある程度の接近戦の心得は持っているのだろう。

 下手をしたら魔法を使わずに、大の男を叩きのめすのではないかと、思われる程度には。


「エリィの言いたいことも分かるけどにゃ。ごろつき以上に襲われるのは勘弁したいからね」


 それでも二人の意思は固いようで、予定を曲げる気はまるでないようだった。気力も底をついているため、これ以上の説得は諦めると素直に帰路につく。


「さすが王都、といったところでしょうかね。どこを見ても人だらけです」


「最も人口の多い種族ヒューマン。それの最大の都市だもんねえー。あたしの地元でもここまで人はいなかったよ」


 途中、大通りに出たが相変わらず大勢の人が行き交っていた。日の暮れる時間だというのに、王都の騒がしさは全く収まるところを知らないようだ。

 まともな服装に着替えたことにより、昼間の時とは違って──否、これまでの人生と違って、悪感情を含む目線を感じることはない。


 だが、それもしばらくしたら元通りだ。『勇者』の力を取り戻せば、また周囲の人間を無意識に脅かす存在に戻る。

 敵からは仇敵と見なされ、味方からは畏怖の感情を向けられる存在に。

 だが、それでよいのだ。それで憎き魔族を根絶やしにできるなら、安い代償だとエリアスは考えていた。


「どうせ、お前らも……」


 今でこそ友好的に接してくれている目の前の二人も、エリアスの正体を知ったらきっと離れていく。こんな仮初めの姿で近づくことができても、意味がないのだ。最後には無くなるものなら、最初から期待などしない。


「そんな暗い顔して、どうしたにゃ?」


「なんでもねえよ」


 だから、こうして振る舞うのはあくまで表面上だけ。彼らは目的のために利用する道具でしかないのだ。

 顔を覗き込んでくるソラと決して目線を合わせないようにしながら、エリアスは足を宿へと運んでいった。





 ☆ ☆ ☆ ☆





 宿へとたどり着き、まず視界に入り込んできたのは、食事を取る宿泊客たちだった。どうやら受付と食堂が大きな一つの部屋に一緒になっているようで、酒を飲み上機嫌な客たちの声が響いている。

 さすがは冒険者の宿を名乗るだけはあるのか。その多くの客は何かしらの武器を所有しており、明らかに男性の比率が大きい。女性もいるにはいるのだが、ぱっと見渡しただけでは男性が多いという印象を受ける。


 そんな騒々しい食堂の一角にこちらへ向かって手を振る男性の姿。視線を向けてみるとレオンとブライアンが手招きしていた。大きめなテーブルに座っているようで、外出していた女性陣たちの席を確保してくれていたのだろう。


「おかえり。その様子だと……やっぱり買えたのは服だけか」


「やっぱりって何ですか。やっぱりって」


「女性の買い物は大抵長くなるからさ。出発した時点で結構遅い時間だったし、全部買い揃えるのは間に合わないかなって」


 セレナに軽く睨み付けながら追及され、両手を上げるレオン。それを聞いて、「否定はできませんね」と小さく笑いながらレオンの向かい側の席へ座った。その左にソラ、最後に余ったセレナの右にエリアスが着席し、男性陣と女性陣が向かう合う形だ。

 小柄な女性三人というのもあるが、それ以上にブラインの体格が良すぎるせいで、これでも男性二人の方が窮屈そうだった。


「がハハハッ! 酒が旨い。今日は新しい仲間が増えて、余計に旨い!」


「何が仲間だ。出会ってまだ半日の俺を信用できるのか?」


 エリアスから『勇者』の力を奪った男性を知っている。そして、その男性の所属する組織と接触したエリアスを傍に置いておきたいというのが、彼らがエリアスを誘った理由だ。少なくとも話した限りでは。

 だが、それも事実である保証はなかったし、レオンたちからしてもエリアスが嘘を付いていないかは判断が付かないのだ。それなのに、当たり前のように“仲間”としてエリアスを扱っているのが理解できなかった。


 だから、せめてその理由が知りたい。

 しかし、言葉巧みに相手の本音を聞き出すなんて器用なことなど不可能だ。そのため、一番単純そうなブライアンに真っ正面から尋ねてやろうとして、


「ああ、できる! お前さんは色々と抱えちゃいるが、根っこは悪い奴じゃねえ!」


「は、はあ……? そんな根拠もねえことを」


「勘だ。俺様の勘を舐めちゃいけないぞ!」


 あまりにも気持ちよく言い切られ、続く言葉が見つからない。さらに言えば、目の前のドワーフの表情や眼に後ろめたいものはまるで捉えられず、困惑は増すばかりだ。

 まさか、本気で言っているのだろうか。ブライアンの様子を見る限りはそうなのだろう。


(けど、それなら自慢の勘も大した事ねえ。魔族とはいえ、悠々と人間を虐殺する俺が悪い奴じゃない? 違うに決まってる)


 だが、良い方向に勘違いしてくれるのなら、それを訂正する必要は無かった。


「誘った理由はエリアスぐらい強い人が、路地裏なんかにいるのを勿体ないと思ったからだよ。優秀な人材と関係を築いておけば色々と……」


「──何より、レオンさんが困った人を放っておけない性格ですからね」


「ちょ、違うっての!」


 セレナの暴露に、早口に理由を語っていたレオンが慌てて止めにかかるが遅すぎる。酒が入ったことで元から赤みを帯びていた顔がさらに真っ赤に染まり、その姿を見てブライアンが高笑い。ソラも悪戯猫の表情を浮かべると、口元をにやにやと歪めながら、


「迷子の子供どころか、怪我した子犬を見つけただけですぐにどっか行っちゃうからにゃー。今回のも様子も見ずに真っ先に飛び出そうとしたよね。他にも──」


 次々とソラの口から放たれていく羞恥心への攻撃が、レオンの精神を物凄い速さで摩耗させる。必死に口を閉ざそうとするレオンだが、相手が女性ということもあり直接手出しはできていなかった。


「いつもこうなのか?」


「ええ、騒がしいですけれど、楽しいですよ」


「そうか」


 その光景に呆れた視線を向けつつ、頬杖を突いたままに隣のセレナに尋ねる。帰ってきた答えに興味なさげに反応すると、楽しげに微笑を浮かべたエルフの横顔を眺めながら、テーブルに並べられている料理へと手を伸ばした。

 鳥肉の揚げ物らしきそれを一口に頬張ろうとして、今の体では大きすぎることに気が付き断念。小さくなってしまった口で熱々の肉を小さく齧り、


「……旨いな」


 思わず本音が漏れてしまった。戦場で支給されたパサパサな携帯食料とも、そこら辺で狩った味付けのされていない動物の丸焼きとも違う。程よい塩味の効いた美味しい料理だった。

 考えてみれば、まともな食事を取ったのは何時以来だろうか。都市への立ち入り自体が制限されており、そのうえで食事に対して関心を持たなかったのだから、かなり長い期間経っているはずだ。


 知らないうちに次々と手を伸ばしてしまい、ふと顔を上げると一同の視線がエリアスへ集まっていた。口の中に入っていたものを慌てて咀嚼し、飲み込むと不機嫌そうな視線を投げ返す。


「何だよ?」


「いい食べっぷりだにゃーって。その様子だと、まともに食事も取っていなかったでしょ? 次の仕事に行くまではあたしたちがお金を出しておくから、遠慮せずに食べなよ」


「ま、そういうことさ。その分は今後の仕事っぷりで返済してくれよ」


「仕事か……冒険者ってなんだったか。よく分からんやつらを倒すんだよな」


 漠然とした知識を口にしながら思い出そうとし、そもそも大したものを持っていなかったため中途半端に終わる。そのまま首をかしげるエリアスを見て皆が苦笑した。


「魔獣、魔物の討伐。後は危険地帯で採集できる資源を売ったりか。たぶん、エリアスが言ってるのは無生魔物のことじゃないかな」


「無生魔物?」


 知らない単語が登場し、首の傾きをさらに深める。そのレオンの解説にセレナが続いて、


「正確には無機生型魔法生物と言います。自然界に存在する魔力が一ヶ所に凝縮されて生まれる魔物のことですよ。魔力の濃度や地域によって様々な姿形になるのですが、代表的なものだとスライムとかですかね」


「話には聞いたことあるけどよ。見たことはないな」


「そうなのか? 近頃じゃあ、そいつらと魔獣が大量発生してて討伐の依頼がわんさか出てるんだがな!」


 驚いたような顔をブライアンにされるが、見たことがないものは仕方がない。魔獣なら野宿する場所を探すときなどに、ちらほら見かけていたのだが。


「ま、しばらくはその無生魔物の討伐が仕事の大半になると思う。報酬は共有の貯金と人数で割ることにしてるんだ。エリアスを含めて五人になるから、一人の取り分は六分の一かな」


「少ねえな。それだと二割も貰えないぞ」


 一回の仕事でどの程度の報酬かは分からないし、実際の取り分の基準も知らないが何となく少なく感じてしまう。そんなことを計算していると、セレナの無言の視線が突き刺さっていることに気がついた。


「ごめんなさい、何でもありませんよ」


 彼女と目が合うと、セレナはすぐさま視線を外して食事に手を出し始める。何か顔に付いているのだろうかと空いていた左手でペタペタ触ってみるが、それらしき物は見つからない。

 ただ、弾力のある頬の感触が返ってくるだけだ。


「って、おい。もう無いぞ」


「元々レオンと俺様だけで注文したもんだからな! 五人に増えたらそりゃ足りんわ! ほれ、好きなやつ頼んでみろ」


 いつの間にか皿の上から料理が綺麗さっぱり無くなっていた。まだ満腹ではないと、不満げに顔をあげたエリアスにメニューが投げ付けられる。

 危なげなくそれを掴み取ると、中身を読み取っていき、


「分からねえ」


「文字は読めにゃかった?」


「いや、読めるけどよ。知らない単語が……」


 焼き、揚げ、煮込みなどなら意味は分かる。だが、もっと具体的な調理方法を言われても、エリアスは食べるどころか見たこともない。


「まあ、知らないなら仕方ありませんね。いつも通り適当に注文してしまいましょう」


 そう言うや、否や、近くを通った宿の娘らしき人物を呼び止めたセレナは次々と料理の名前を告げていく。

 かなりの量を注文しており、食べ切れるのか心配になるものの、あまり理解していないエリアスが口を挟む余地はないだろう。

 慣れている人間に任しておけばよい。適当に結論付けながら、妙に馴れ馴れしいソラの質問攻めをあしらっていった。


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