第七話 人ならざる者たち
かつて人だった死骸たちが、人ならざる鋼鉄の人形たちを打ち砕いていく。その死骸たちの先頭に立ち一直線に迫る『魔神』を見つめながらも、テュールは冷静に思考を巡らせていた。
「さすがに、罠か……?」
後方で命令をしているだけの『勇者』に対して、『魔神』は自ら先頭を突き進んでいる。故に一見するとテュールの方が劣勢に見えるが、リスクを背負っているのはアイザックの方だ。
このまま遠距離から弾幕を張り続け、勢いを殺せば包囲できる。最序盤でアイザックを仕留めることができるかもしれない。
だが、そんなことは本人だって理解しているはずだ。好戦的な性格をしていても、自殺志願者ではない。ただ攻撃的な思考に移りやすいだけで短絡的でもない。これまでテュールと戦い続け、生き残ってきたのがその証拠だ。
確実に裏がある。重要人物であるアイザックを餌にテュールを誘い出しているのは明白だった。
ここでテュールが選べるのは二つに一つ。敢えて誘いに乗り、敵の思惑を真正面から粉砕するか。安全を重視し受け流しつつ後退するか。
「考えるまでもないな」
しかしながらテュールの性格が、前者の選択肢を迷いなく両断した。リスクを背負うのは柄ではない。ゆっくりと一手ずつ相手の手札を潰し、万全の準備を整えてから一気に叩き潰す。それがテュールのやり方だ。
槍を持った機械兵を前面に出し、ゆっくりと後退しながら射撃で牽制を忘れない。こういったところも機械兵の強みである。魔力さえあればいくらでも量産できるために使い捨てにできるし、撤退しながら反撃するという器用なこともできる。
「なぜ下がらない……」
だが、アイザックは尚も果敢に攻め込んできていた。既に当初の突破力は消えつつある。西門からもかなり距離が開き、完全に連邦軍から孤立している。おかしい。本当に死に場所でも探しに来たのか。
援軍はあり得ない。ここまで隙を晒すのなら、仕留めに行くべきではないのか──
「落ち着け。それこそ危険だ」
一瞬沸いた考えを即座に振り捨て、テュールは後退を始める。仮に仕留めるとしても、それは周囲に王国軍が揃っている時だ。ここまで離れてきてしまっていると、南門に展開している本隊はすぐには駆けつけられないのだ。
──それはつまり、テュールも王国軍から孤立し始めているというわけで。
「まさか……いや斥候は十分なはず。伏兵もいるわけがない……!」
瞬間、テュールの背筋に冷たいをものが走った。思わず振り返るがそこに敵の姿はない。それどころか人間も、逃げ出してしまったのか虫一匹いやしない。
大丈夫なはずだ。アイザックとテュールの戦力が拮抗しているのは、この数年間で分かり切っている。何も問題はないはずだ。
それでも。理屈では問題ないと分かっているというのに。僅かな違和感が不気味さとなって首元を這いずり回っている。はず、だという確信に一歩届かない曖昧な情報。それを信じるなと頭のどこかで警報が高らかに鳴り響いている。
下がる。何かが、しかし何かは分からない何かから逃れるように。下がっていく。周囲に危険が無いか視線を張り巡らせて。
「────」
それはきっと偶然だろう。人の形をした人でない存在の隙間を縫い、一瞬だけアイザックと視線が絡み合った。そして、ゾッとした。
──『魔神』が口元を大きく歪めていた。
直後、首筋に鳥肌が立つ。膨大な魔力の発生を感じ取ったから。
続いて、耳に痛みが走る。無機質な咆哮が背後から轟いたから。
そして、目を見開いた。振り返った先に化け物がいたから。
「おぉ……? 凄いなぁ、びっくりするなぁ」
「なっ……!?」
それは巨人、ジャイアント族の男だ。既に巨大化を済ませてあるのか、太陽の影となり一瞬にしてテュールの足元が暗くなる。しかしあまりにも大きい。
首を限界まで傾けて尚、表情がうかがい知れないほど遥か高くに顔が存在する。いくら個人差があるといっても普通のジャイアント族がここまで巨大にはならない。これではまるで山のようで──彼の力を比喩するという意味では、その通りだ。
即座に機械兵たちの銃口を巨人に向け、躊躇いなく弾丸を放った。大部分が胴体に、一部が腕や脚に着弾し血がまき散らされる。だが、それだけだ。巨人はさして気にすることはなく、それどころか傷口が瞬き一回の間に消え去っていた。
痕も何も残らない。夢か何かだったかのように、テュールの攻撃が痕跡を残すことはない。
「チクチクするぞ。お前か? お前が『勇者』かぁ?」
「くそっ……化け物め」
「その言い草はどうなんじゃ? 化け物と言えばここにいる全員が化け物だ」
正面の機械兵の隊列が吹き飛ばされる。入れ替わって砂塵がばらまかれ、そこから姿を現したのはアイザックだった。足を止め巨人に目を向けている間に一気に突破された。これで正面にも背後にもテュールの逃げ道はない。
「…………」
「納得いかなそうな顔をしてるな?」
「……こいつが最初からここに伏せていたなら、とっくに斥候が気づいている。一体どうやって」
「単純な話よ。あそこには帝国の研究所の残骸があった。そこにあった転移装置を使って、な?」
悪戯っぽく笑みを浮かべるアイザックを睨みつける。転移装置は帝国の遺産でも特に難解な装置だ。現代の技術では元から設定されていた地点にしか転移することはできない。つまり、テュールはまんまとこの場所にまで誘導された。
「こうやって顔を合わせるのは初めてじゃがな。お前の戦い方はよく知っている。ワシが無謀な特攻を続ければ、警戒して下がることは分かり切っていたからのお」
「…………」
「考える、考えとるな。いいぞ、『魔神』二人に包囲されてそれでも諦めてない。それでこそ、喰らい甲斐がある」
槍を肩に担ぎながら獰猛な笑みを浮かべる。五十は超えているだろうに、その好戦的な表情は現役の戦士のそれだった。
「まだぁ? アイザック、まだ殺っちゃダメなのかぁ?」
「お前はデカい図体の癖に自分で考えられんのか!?」
「だって、自分で動くといつもガルリが怒るし……」
どこか間抜けな声。口調。背後にいる巨人は子供なのだ。力を持ちすぎてしまった子供。物心付く前から破壊兵器として戦場に駆り出された巨人の子供にとって、命などどこまでも軽い。
「……まあ、良いわ。『勇者』はワシがやる。お前は周りの人形を片付けておけ」
「分かった! おらやるぞー!」
元気よく返事をする巨人。それは最早、大地を轟かせる地震でさえあった。
アイザックが槍をテュールへ向ける。巨人が大地を揺らす。それに対して、テュールも無手を構えた。その姿にアイザックは一瞬だけ怪訝そうに眉を潜めるが、すぐに消し去る。
テュールの構えから例え得物が見えずとも警戒に値すると見なしたのだ。ふざけるな、油断してくれればどれほど楽だったことか。
「おらは『魔神』! “再生者”エルヴィン!」
「『魔神』、“血の主”。ヴァンパイア家現当主アイザック・ツェッペリア」
大気を濃厚な魔力が満たしていく。二人の『魔神』と一人の『勇者』。人間兵器三人分の膨大な力が蠢いていた。
魔法の心得えがなくとも感じるだろう。酔ってしまいそうなほどの力の奔流を。耐え難く、忌々しい。多くの命を奪ってきた咎人たちの気配が。
例えその信念が光り輝き、善人たちに支持されるものだとしても。戦場に、正義なんて定義は存在しない。殺された者たちは死ぬ直前に見た顔を憎悪する。殺した者たちはその罪を背負い続ける。
その理由は関係無く、あまりに多くを奪ってきた彼らは咎人なのだ。それは人々を救いたいテュールだって例外ではない。
だからその三人がぶつかり合った、その瞬間の光景はきっと。
──あまりにも忌々しい。地獄の業火のようだった。




