表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひとりよがりの勇者  作者: 閲覧用
第四章 人形たちの戦場
64/75

第二話 義務と願望

 連邦領は大陸の北西に存在する極寒の土地だ。寒く厳しいその世界では、一年中大地は白く染まり、魔族が吐き出す息もまた同じだ。

 さらに一部区域を除けば、国境の大部分を山脈に囲まれた連邦は正しく閉ざされた雪の世界だった。


「よ、顔合わせるのは久しぶりか」


「……ワーウルフの族長がわざわざ何の用じゃ」


 そんな魔族たちの都市の一つ。豪華な装飾の施された一室に二人の男が対面していた。

 話し掛けるのは一見してヒューマンと姿かたちの変わらない若い男。黒髪と鋭い犬歯が特徴的なワーウルフの族長──『魔神』の一人ガルリ。


 机に向かい目線を書類に釘付けにしたままの四十代ほどの金髪の男性。ヴァンパイアの族長──これまた『魔神』の一人アイザック。


 たった二人で数万の兵を殲滅できるほどの武力が、ここに揃っていた。


「密偵ならオレらの方が優秀だ。まだ知らねぇだろ?」


「さっさと話せ」


「慌てるなって……王国軍が動いたぜ」


 それまで半ば聞き流していたアイザックの手が止まる。その様子にガルリは小さく笑みを浮かべた。


「真か?」


「間違いねぇ。あんたの読みが外れるのも珍しいな」


 ようやく顔をあげたアイザックは思案するように目を伏せる。それをガルリも邪魔することはない。ただ実力と知略は信用している総大将の言葉を待つだけだ。


「けど、当たり前じゃねぇか? この間の『勇者』のせいでオスカルのところのドレイク部隊が壊滅した。再編成が済むまでに攻めてくるのは……」


「ドレイク族は決して多くない。兵の補充は容易でない以上、元に戻すのはそれこそ年単位でかかるわい。急ぐ必要はそれほど無い」


 竜の特徴を兼ね備えた人間、ドレイク。飛行能力を持ち戦いに向いた質の彼らは、連邦軍では戦況を動かすための切り札に用いられることは少なくなかった。

 人口で王国に負ける連邦がここまで善戦しているのも、強力な一族の力があってこそと言える。


 特にドレイクの機動力は凄まじい。飛行できると言うことは、地形に影響を受けない騎兵のような存在だ。

 突撃力では負けようとも、本来あり得ぬ場所から襲撃できる利点はそれを大きく上回りお釣りが出るほど。


 それが、半年前に"狂戦士"の手で壊滅した。


「けど、ドレイク部隊の壊滅は理由ではないって? なら他に理由があると?」


「ふむ……あるとしたら……」


 筆を置き、アイザックは腕を組む。シワが増え出しても迫力は衰えることの無いヴァンパイア族の長。

 ただの兵士なら、それだけで腰を抜かしてしまいそうな覇気をガルリに向けて、


「──『勇者』が一人死んだか」


「……は?」


 開いた口が塞がらないとはこの事だ。自信ありげな表情に対して、ガルリは間の抜けた声を上げる他無い。残念ながらワーウルフの今代の族長は、頭の回転が早いとは言えなかった。


「いやいや、どっかで戦死してたらさすがに伝わってるぞ」


「んなこと分かっとるわ。ワシが言いたいのは病死、或いは寿命だ」


『勇者』と言えど、人間には違いない。そもそも彼らが現れたのは十年前だ。どこまでが人を超越しているのか。それは分からない。ならば、当たり前のように天寿を全うしてもおかしくない。


「でも話が飛びすぎだ。さすがによ」


「根拠はある。近頃『勇者』は前線に出てこない。こちらも所在が掴めない以上、こうして様子見しておったが」


「それは一斉攻勢のために力を蓄えてるんじゃ?」


 ドレイク部隊が壊滅した時点で、王国軍が大きく攻めに出るのは分かり切っていた。問題はその時期だけ。『勇者』が鳴りを潜めたのもそのための布石のはずなのだ。


「だが、それもまた間違いなら? 例えば『勇者』が何かしらの理由で戦えなくなり、それを隠すために力を蓄えている振りをしている可能性はどうじゃ?」


「……妄想の域を出ないと、オレは思うがね」


 理解できなくはないのだろう。だが、ガルリの顔に浮かんだ表情はどこか納得のいかなそうな微妙なものだった。


「まあ、確かにそうだ。全部ワシの妄想、根拠も弱い」


 仕方なさげに苦笑を浮かべ、そして立ち上がるアイザック。そのままガルリを通り過ぎて扉へと手をかけた。


「どちらにせよ、最大規模の戦いは免れん。あの都市を取られれば本格的に連邦も危ういからな。だが、返り討ちにできれば……」


「一気に王国軍は崩れるか……!」


 あまりに戦争は長期にもつれ込みすぎた。これ以上の戦いは両国共に自滅への道しか残されていない。

 ここで勝ちを取りに行くしか無いのだ。故にここでの勝敗が戦争の最終的な着地点に直結する。


「この戦争」


「オレらが取るっ!」


 ヴァンパイアとワーウルフ。二人の『魔神』もまた決戦へと臨む。


 ──彼の吸血鬼の本心が他所に向いていたことは、きっと当の本人さえ気付いていなかった。





 ☆ ☆ ☆ ☆





 そこは平原の隣に存在する高台だった。他に高い建造物も地形も無く、辺り一体を見下ろすことができるその場所からは、とある都市が。連邦の最前線の城塞都市が見て取れる絶好のポイントだ。


 大きな軍隊でも出てこない限り、豆粒のような都市の動きを読み取ることはできない。だがそれも、あくまで常人にのみ適用される言葉だった。


「…………」


 そこに静かに佇むのは白い髪をオールバックに纏めた初老の男性だ。エリアスから力を奪い、教王の懐刀と呼ばれた男は、ただじっと都市の様子を見つめている。

 あまりにも静かで、あまりにも動きがない。それこそ呼吸さえしているのか疑問に思うほどで。


 きっと遠慮無く彼の姿を言葉に紡ぎ上げるとしたら、こうだろう。


 ──精巧な人形のようだと。


「誰だ」


「冒険者連盟『白昼の影』より、フェイト。帰還したッスよ」


 振り返らずに男性は背後に言葉を投げ掛ける。先程までは確かに空白だった大地に足を付けていたのは、全身真っ黒な冒険者フェイトだ。


「そうか。両国の様子は?」


「王国軍が大規模な軍を前線へ派遣しました。連邦もそれを迎撃するべく可能な限りの戦力をあちらの都市へ。お互いにここで決めにかかる腹積もりみたいッスね」


 フェイトの報告を受けても表情はやはり動かない。冷酷を通り越して、絶対零度でさえある。ただ淡々と使命をこなしていくだけなのだ。

 それだけしか、男性には求められていないのだから。


「連邦側に潜伏してる"草"は分かったのか?」


「すみません。依然として尻尾は掴めていないッス。はっきり言って、本当に存在しているのか怪しいぐらいに情報が無くて」


「それでも構わない。探られていると分かるだけで行動は制限される。全てが終わるまで調査は続けろ」


「了解ッス」


 それで言葉は潰える。男性に必要最低限の会話しかする気がないからだ。普通ならば気まずく感じる沈黙も、彼にとっては思考を邪魔されない都合の良いものとしか捉えることはない。

 そうとしか、捉えられない。


「……本当に戦争は放置なんスか?」


「私の使命に戦争の行き先は関係無い」


「オレたちは利害の一致で協力してますっけど、王国にぶっ倒れられたら困るんですよ。少しぐらい考えてくれても……」


「貴様との契約は守る。逆にそれ以上は私の知ったことではない」


 いくら言葉を投げ掛けようとも、フェイトに投げ返されるのは淡白な返答だけだった。困ったようにフェイトは大きく息を付く。


「随分と、苛立ってますね?」


「…………」


「自分でも分かってないんスか?」


「勝手な憶測で愚弄するな」


 ほんの僅かに強められる語気。それを携えて初めて男性はフェイトへと振り返り──そこにあったのは悪戯に成功した子供のような笑みだった。

 乗せられたと気づいても、既にフェイトの勝利である。


「いいや、あんたは苛立ってますよ。過去最高に、ね」


「怒りなど私には不要だ。故に苛立つこともまたあり得ない」


「そんなこと無いッス。理性があるなら、感情に乏しいことはあっても、存在しないことはそれこそあり得ない」


 断言するような声に男性が返したのは二度目の沈黙だった。それを肯定と身勝手に解釈し、フェイトは言葉を重ねる。


「あんたは同じ信念を。何かを守ろうと同じような道を歩んでる人間と、全く違う考えを持つことが気にくわないんスよ」


「そんなことは……」


「──なら、なんでオレに殺気なんて向けてるんスか?」


 否定の言葉は、やはり存在しなかった。ただ言いたいことを言い終え、勝手に満足したフェイトの小さな吐息だけが三度目の沈黙を飾るのみ。


「んでは! これ以上は斬られそうなんでオレは退散っと。変更が無ければ作戦通りに」


 背を向けたフェイトが、男性の視線も気にかけずに別れを告げる。軽薄そうな無駄に明るい声。その雰囲気を纏ったままに一歩を踏み出して、


「ご武運を」


「…………」


 二歩目を踏み出す。一気に速度を上げ、姿を消すフェイトを男性が止めることはなかった。その必要が無いからだ。

 例え興味を持ってしまっても、それが存在してはいけない男性には、止める理由が無いからだ。


 それ以上でもそれ以下でもない。そうでなくてはならない。


「『アカシックレコーダー』……貴様は一体、何を見たのだ?」


 冷酷な仮面に塗り潰されたその顔からは、問い掛けの真意を知ることは叶わず。それに答える言葉もまた、どこには存在せず。


 ただ空虚な人形がそこに佇むだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ