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ひとりよがりの勇者  作者: 閲覧用
第三章 滅びの記録
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第十五話 強さの意味

 今晩、新たな実験を始める。これまで実験体には霊脈から採掘した魔力を直接送り込んでいたが、それでは一歩たりとも動くことはできない。そこで『プロトタイプ』に超小型生体魔力炉──『宝玉』を埋め込み自力での魔力供給を可能にさせる。

 洗脳装置も用意されているが、膨大な魔力を纏う『プロトタイプ』にそれが適用できるとは考えづらい。所長曰く大量の鎮静剤を撃ち込み、万が一に備えて施設中の機械兵を集めて実験に臨むとのことだ。

「急いで急いで!」


「ちょ、ま……昔のペースで走ってたら体力持たねえ……!」


 機械兵たちに悟られぬよう、密かに行われるはずだったエリアスとソラの探索。しかし、今となっては潜伏など殴り捨て、怒声を上げながら廊下を駆け抜ける二人の少女の姿があった。とっくに居場所はバレているだろうに、しかし機械兵たちが二人の元へ殺到する様子はない。


「この戦闘音、やっぱりレオンたちだよ! 加勢しないと!」


 エリアスたちに見向きもせずにどこか別の地点へ殺到していく機械兵たちと、その方角から響き渡る激しいぶつかり合いを聞けば。そこにレオンたちがいるのは明白だった。しかし、その地点からはかなり距離が離れていると言っていいだろう。

 ほとぼりが冷めてから合流するつもりだったのだが、それで探索にと反対方向へ進んでしまっていたのが仇となっていた。今更後悔しても遅いとはいえ、その移動時間とすぐに尽きてしまう自分の体力が恨めしい。


「もっと頑張って! ……でも『身体強化』は禁止だからね!」


「わ、わかってる。あれは緊急用だからな!」


 少女の体になってしまい、著しく低下した身体能力。しかし、魔力によってドーピングすればそれも補うことができる。最もそれはあくまでドーピング。体にかかる負担は尋常ではないのだ。禁じて、というには言い過ぎでも可能な限り使うべきではない。

 手元に炊いた魔法の光を頼りに走り続ける。途中、妙に頑強なドアに一瞬意識が向いたがすぐに正面に視線を戻し、全力で前へ駆け抜けた。やがて戦闘音が目の前に迫るほど近づいて。


「ソラ、とエリアスか!」


「うわ!? とにかく走って!」


 曲がり角を通り過ぎたところでレオンとセレナを担ぐブライアン。そのさらに背後から追従してくる大量の鋼鉄の兵士たちが視界に飛び込んできて──エリアスとソラはすぐさま反転する。とても数える余裕などないが、通路を埋め尽くすほどの軍隊だ。敵う訳がない。それどころか走りながらライフルを連射されただけでかなり危険で、


「なんで撃ち込んでこないんだ……?」


「考えてる暇はないぞ! もっと早く走れ!!」


 今から一斉に射撃されれば、それだけでエリアスたちはお終いなのだ。それなのに、何故か機械兵たちは引き金を引こうとしない。頭を過った大きすぎる違和感に思わず振り返って、ブライアンに怒声を浴びせられると我に返った。


「ま、攻撃して来ないなら好都合だ! それよりセレナはどうなんだ!?」


「何も、問題ありません……いいからすぐに降ろしてください……これ以上ご迷惑は……」


「怪我は無くても問題大ありだ! 今は俺様に任せて休んでいろな!」


 話す内容とは真逆なセレナをブライアンが無理やり背負い直す。それが賢明だろう。本人は大丈夫だと言ったところで、戦闘はおろかまともな判断力もあるとは思えない。体力だけは無駄に余らせているブライアンに任せておくのが最善なのは誰の目にも明らかだった。それよりも今は状況の打開の方が先決だ。


「このままじゃいつか囲まれちゃうよ!」


「分かってるさ! どこか籠城できるか、迂回してエレベーターにまで戻らないと……」


 しかし、構造もろくに把握していない地下の施設で上手く迂回できるはずもない。そもそも侵入者を惑わすためなのか、この遺跡は入り組んだ地形となっておりマッピングを困難にしていた。ならば籠城か。もうどこでも良い。最寄りの部屋に駆け込むしかない。


「この先の通路にドアがあった! ただ妙に厳重だったけど……!」


 レオンたちと合流する前に見かけた鋼鉄のドア。いつ包囲されるか分からない現状、多少無理をしてでもこじ開けなくては。全速力で走る一行の前にそのドアが見えてきて。


「ブライアン!」


「おうとも! ちょっとセレナを頼むぞ!」


 素早く。言葉を飾らなければ乱雑にセレナをレオン目掛けて放り投げ、ブライアンは背中の戦鎚を引き抜いた。


「うおおぉらあああぁぁぁぁ!!」


 そのまま気合と共に一振り。ただでさえ腕力に優れるドワーフの、さらに力自慢のブライアンがほんの少しの技術も添えて放つ力任せの一撃だ。それが鋼鉄のドアに衝突し、耳障りなほどの爆音が響き渡った。

 思わず足を止め仰け反ってしまうほどの音の衝撃波。耳の奥に痛みを感じつつ顔を上げてみれば、そこには無残にもドアを吹き飛ばされた部屋の入り口と鼻をこするブライアンの姿がある。


「ちょっくら固かったが、俺様なら余裕だな!」


「お前ほんとに馬鹿力だな……でも助かった!」


 若干の呆れが籠った言葉に、しかし確かな感謝も込めてエリアスたちは解き放たれた部屋の中に飛び込んでいく。最初にブライアン、エリアス、ソラ、最後にセレナを背負うレオンが飛び込んだのを確認して。エリアスは振り返ると短杖を構えた。


「──『障壁』、『氷壁』!」


 大部分を省略した短い二つの詠唱。魔力が短杖とエリアスのイメージを介して、世界へと形を持って放たれる。最初に蓋を閉じるように部屋の入り口に半透明の盾が。続いてそれを支えるように氷の塊が顕現した。

 質量の塊である氷塊の表面を魔力の盾で覆った形だ。すぐに大量の銃声が廊下から響き渡るが入口に再び風穴が開く様子はない。今しばらくは安全を保てるだろう。


「でもこれじゃ、あまり長い時間は持たないぞ」


「ああそれまでにどうにかしないと……」


 一時の安全に一息を付く、訳にもいかないのがつらいところだ。部屋の中を探索する余裕も無く視線は問題の人物。レオンの背中にいるセレナへと向けられた。


「本当に、迷惑かけてごめんなさい……もう落ち着きました。だから大丈夫ですから。迷惑かけた分だけ今から……」


「何が大丈夫なの!? 無理してるのはバレバレだよ!」


 彼女の様子は相変わらずだ。口先では平然を装うとしていても体調や行動はそれとは真逆で今にも崩れ落ちそうな。否、既に崩れ落ちてしまっている。たった数か月だが、セレナと出会ってからエリアスがそのような姿を見たことは無いのに。

 それは話を聞く限りレオンもブライアンもそうだ。ただ一人、ソラを除いて。先日の夜言っていた。初めてセレナと出会い彼女を保護した時。セレナは子供のように泣きじゃくっていたと。


「なあセレナ。本当に君は何を見せられたんだ。少しでも楽になるなら、時間はあまり無いけど簡単にでも……」


「その必要はありません。もうこれ以上の迷惑はかけられません」


 その言葉には確かに力が籠っていた。レオンの背中から這うように地面に降り、力なく座り込むセレナ。だが、それは心の底から湧いてくる前向きな気持ちなどでは決してなく。だからと言って後ろめたいものでもない。それを言い表すのなら、


「一人でも私は、強くないといけないんですから」


 ──脅迫概念。


 それがきっと的を射ているだろう。セレナは確かに善き心を原動力に戦っている。だが、それは彼女自身の本音では無いのだ。他者から受け継いだ、受け継がされた信念で。それは望んでいなかったものなのに捨て去ることもできない。

 きっと今の泣きじゃくるセレナが彼女の素なのだ。しかし、彼女がその信念を抱き続けるにはあまりにセレナの心は弱すぎた。だから弱々しい魂を守るために、いつ剥れるかもわからない鋼の膜で覆うほか無かった。


 冷静沈着で。常に客観的に物事を見据え。的確な判断を下せる完璧な人間。例え仲間の命であっても天秤に乗せれば私情を挟まずに価値の上下を定められるような。そんな完璧な人間であろうとした。

 だが、そんなこと不可能だ。完璧になるには。強くなるには。セレナはあまりに弱くて、優しすぎた。外面と言動を取り繕っても生まれ持った魂までは変えようがない。セレナは完璧を演じるのが上手かっただけで、中身は完璧とは程遠いのだ。


 きっとそれこそがセレナ・ハミルトン。広い知恵と優秀な頭脳を持ち、冷静沈着で完璧な人間──それを演じてきたか弱い女性。そして心を覆ってきた薄い鋼の膜を失った姿こそが、目の前で弱々しく座り込むエルフなのだ。


「……何が一人で強くだよ。俺に散々言っておいて、結局お前も一緒じゃねえか」


「違いますっ! 一人で強いからと言って、一人で何もかも終わらせるつもりはありません。ただ一人でもできるのだから、皆さんの手を借りて失敗なんてできるはずがないと……」


「あぁ!? この結果を見ろ! 失敗だらけなんだよ! お前のせいで逃げ道も無くこのありさまだ。今更失敗もクソもあるか!」


「ち、ちが……私は……」


 ただその態度に、エリアスは腸が煮えくり返って仕方が無かった。ほんの少し前。エリアスを最初に糾弾してきたのはセレナだ。一人で自殺紛いの無謀な行為を取り。無理のある魔法の過度な行使で散々迷惑をかけていたエリアスに、口を挟んできたのはセレナなのだ。

 その癖して、セレナは同類だったと。それがムカついて仕方がない。勝手に口から恨み言が零れて、際限なくぶつけてしまう。


「お前は弱いんだよ、セレナ! 俺と一緒だ。一人で何でもできると思って、でも本当は何もできやしねえ。周りに迷惑かけてそれでお終いだ。何の結果も残らない。失敗だけが残るんだ」


「エリアス、ちょっと言い方が……」


 あまりの物言いに思わずと言った様子でレオンが横やりを入れてくるが、無言で睨みを利かせて黙らせる。今の少女の姿では何の迫力も無いのは百も承知だが、空気を読むレオンはそれだけで口を閉ざした。


「むしろ俺よりも質が悪い……何もかもやり投げにしてた俺と違って、お前は表面上はまともだもんな。本当は弱いのに、強いふりをして誰にも気づかれない程度には演技もうまかった。だけど、現実はこれだろ」


「違う……」


「ん?」


「違います……! 私は強い、強くないといけない! オリバーがそう私に期待したんだから……彼がやるべきだったことを、私が代わりにやらないといけないんです!」


 最初はか細い声だった。つい聞き返したエリアスの前で、セレナは突如立ち上がるとセレナの両肩を握りしめ肉薄してくる。身長の高いセレナは、自然と小柄なエリアスを見下ろしながら、エリアスの言葉を否定するように。自分に言い聞かせるように。今までのセレナからは想像もできない形相で、涙を振りまきながら叫び散らした。


「確かに散々迷惑をかけました。失敗もしてしまいました……でも、それを今から私は清算する。汚名を雪げるほどの結果を残して見せます! だから、もう大丈夫なんです……もちろん一人でなんて言いませんから……皆さんの手も借りて、それなら」


「そうか。朝にも同じことを言って、それで失敗をしてるのにか?」


「それは……っ」


 エリアスの言葉一つでセレナは黙ってしまう。当たり前だ。既にセレナに全面的に非があるのは明らかなのだから。


 ──だが、それの何がいけないのだろう。


「失敗失敗でうじうじ煩いけどな。別にいいじゃねえか。失敗しても、迷惑かけても。ある程度ならレオンたちがカバーするし……俺もまあ、少しぐらいは手伝ってやるよ」


「良くありません、よ……。強くないといけないのに、それで失敗なんて……」


「そんぐらいで落ち込まれたら俺なんてどうするんだ。この間、お前らを殺しかけただろ。レオンが防いでなかったら俺はお前を斬り殺してんだぞ? それと比べればな。逃げ場のない籠城戦ぐらい、大した事ない」


 失敗しない人間なんていない。迷惑をかけない人間なんていない。それが全く無ければ確かに完璧と、強いと言えるのかもしれないが。それではあまりに人間味が無いだろう。

 少なくともエリアスはそんなこと嫌だ。エリアスを人間と見ない人でなしならいくらでも見てきたのだから。方向性は違えど、そのような人間性の壊れた存在になるぐらいだったら。多少の迷惑程度は許容してよいだろう。


「エリアスの言うことにも一理あるさ。それにそこまでセレナは弱いわけじゃない。良いじゃないか。強いけど、俺たちに迷惑をかけることはある。でも俺たちが君に迷惑をかけることもある。強いからって何もかも完璧である必要は無いんだ」


「だねえ。たまにはエリィも良いこと言うよ。たまにはね」


「一言余計だっての……らしくないこと言って疲れる……っ!」


 勢いそのままに話してしまったが、頭の中で復唱してみると何だか恥ずかしくて仕方がない。胸の下で腕を組んだまま思わず視線を逸らす。その時、入口を塞いでいた氷塊がひと際大きく揺らいだ。


「もう持ちそうにないぞ!」


「ドアから入ってきたのをひたすら仕留め続けるしかない。それなら同時に相手するのは精々二体か三体だ。それがいつまで続くか分からないけど……」


「そこは気合で何とかだね」


「へ、根性比べなら得意だ。いくらでもやってやる」


 セレナを優しく引き剥がし、エリアスはレオンたちと共に得物を構えて閉ざされた部屋の入り口に意識を向ける。一体どれほどの機械兵が集まっているか分からないが、やるしかない。以前にエリアスがかけた迷惑を考えれば。こうしてセレナの迷惑を片付けるのだって恩を返せると悪い気分では無かった。


「私も……」


「だから無理だって言ってるだろ。今回は全部俺たちに任せておけって。失敗して、迷惑かけたところで、それでお前が弱いって訳じゃ……さっきはそう言っちゃたけどあれは言い過ぎた。お前は俺に比べたら全然強い。ただ強いと完璧は別なだけだ」


 当たり前のように追従してくるセレナを軽く押す。それだけでセレナはフラフラとその場に座り込んでしまった。ここまで弱ってしまった彼女の、とても戦いなどさせるわけにはいかない。


「来るぞ! エリアス、いつもより負担が大きいだろうけど援護は任せた! ソラとブライアンは俺と一緒に前に出てくれ!」


「任された! セレナの分まで、二人分の働きをしてやる!」


 限界を迎えた氷の蓋が、勢いよく爆散する。途端、部屋に流れ込んでくる機械兵にエリアスたちは立ち向かっていった。


 失敗した。想定が甘すぎた。『宝玉』の力を、『プロトタイプ』の『信念』を舐め過ぎていた。一個中隊の機械兵が数十秒で壊滅なんて馬鹿げてる。ネットワークも潰されて連絡が取れない。所長は死んだ。足を潰されたんだ。絶対に死んだ。他に一体何人が生き残った? そして私みたいに生き残ったとしても、これからどうしろと。

 所長ならともかく我々のような使い捨てなどに救援が送られるはずがない。だが地上に出たところでも、あそこは既に人間の領域ではない。それでも私は、地獄と化したこの施設から絶対に生き残って見せる。





11/26(日)加筆

現在、忙しい状況になってしまい、次話の執筆に遅れが出ています。少々間隔が空いてしまうかもしれません

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