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ひとりよがりの勇者  作者: 閲覧用
第三章 滅びの記録
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第十二話 呪いの言葉

 今日も実験は続けられているが、相変わらず魔力への耐性の違いは分からぬままだ。少量の魔力であれば確かに測定値通りの耐久性を実験体は見せるのだが、膨大な量を込めると話が変わってくる。何故同じ数値の魔力耐性で一方は数日生き残り、一方は一分も持たないのか。今後の課題だろう。

 爆発が、死が目前に迫る。それは機械兵が打ち込む魔力の砲撃。正体不明の強固な壁さえも吹き飛ばす必殺の一撃。無防備に受ければ衝撃が体を四散さえ、熱は肌を焼き払うだろう。冒険者用の頑丈な服に身を包んではいる。だが、その程度で防げる代物で無いのは明らかだ。

 防御魔法の詠唱も間に合わない。詠唱しなくては全身を覆える盾を生み出せないのに。ソラの表情が恐怖に歪み、すぐさまこちらに駆け寄ってくるのが砲撃の炎に照らされた闇の中で窺えた。


 こんなところであっけなく死ぬのか。ロクなこともできず、ようやく掴めた本来の信念も道半ばにここで散るのだろうか。強敵に敗れるわけでも無い。只の量産された機械兵などに殺されて。


 ──そんなこと、絶対に認めない。


「うわあぁぁぁ──!」


 駆け寄ってくるソラに一歩踏み込み、その体を抱きしめる。防ぐのも回避するのも到底間に合わない。ならば、最後に残された手は一つしかない。左手を砲撃の着弾点に向ける。何をするのかはエリアス自身も分からなかった。だが、できるという確信はある。本能のままにその力を、忌々しい力を無我夢中で引き出した。


「え……?」


 来るはずの衝撃が来ないことにすぐ密着するソラが唖然とした声を零す。そして原因を探る様に辺りを見渡し、さらに絶句した。


「エリィ、その手!?」


「で、きたのか……いたっ……!」


 砲撃の着弾点だったはずの場所。そこに向けられていたエリアスの左手は見るも無残に焼きただれていた。自分でもその結果に驚きを隠せず、直後激痛に顔を歪める。だが、その程度の怪我で済んだのなら十分だろう。今の状況は本来詰みだったのだから。


「でもどうしてだ……?」


 幽霊は言っていた。機械兵たちの使う武装の弾薬は全て魔力によって生成されていると。つまりそれを分解し吸収してしまえば、『魔力掌握』の異能があれば衝撃そのものを消し去れるのだ。最も、『勇者』の力を失ったエリアスには異能も使えないはずだった。しかし、事実としてエリアスは『魔力掌握』を発現出来ている。そうでなければ生き残っていることに説明がつかない。


「エリィ! 次が来る!」


「ちぃっ、考えてる場合じゃないか!」


 再び闇に支配された空間では見ることができないが、魔力が収束していっているのは分かる。理由は分からないが命拾いした。その結果だけで今は十分だ。すぐさまソラと一緒に距離を取るため走り出す。


「その盾は要塞の如く!」


 そして振り向き様に魔法の発現。今度は余裕を持った詠唱を挟むと巨大な魔力の盾が生まれ、二発の砲撃にあっけなく破壊された。粉々に砕け散り、魔力となって大気中に溶けていく。光の粒子が舞う光景は暗闇の中ではとても映え幻想的な光景だが、ゆっくり鑑賞する暇など微塵も無い。


「レオン! ねえ、どうしたの!?」


「またセレナがおかしくなって……みんないったん引くぞ!」


「引くって言われてもなぁ!」


 最初の爆撃に吹き飛ばされたせいで、レオンたちとエリアス、ソラの間に機械兵が立ち塞がっている状況だ。入ってきた部屋の入り口もレオン側にあり、撤退するには機械兵を通り過ぎなくてはいけない。だが、様子のおかしいセレナがいる中ではレオンとブライアンの援護は期待できなかった。

 だからと言ってエリアスとソラだけでは、機械兵八体を打倒することはかなり厳しいと言わざるを得ない。砲撃を行う機械兵だけなら合間をぬってどうにかできるかもしれないが、他の槍を持った六体が居ては戦力差が著しいのだ。


「反対側に、エリィの後ろの壁に別のドアがある! あたしたちはそっちに逃げるよ!」


「……そうするしかないか。すまない、すぐに戻る! どうにか耐えてくれ!」


 レオンの返答を聞くや否や。ソラがエリアスの手を引っ張り先導し始める。暗闇では猫人族のソラにしか視覚は働かず、情けなさに歯を噛みしめながらも素直に頼るほか無い。必死に防御魔法を後方に貼りながら、二人の少女は古代の遺跡を駆け抜けていった。





 ☆ ☆ ☆ ☆





 暗い。暗い。何も見えないほど暗いわけではない。だが、足元を見失う程度には暗い。そんな薄い暗がり。長寿を理由に長い年月を閉じ込められ。ただひたすらに研究に勤しみ。ただ一人の愛しい人を思い続ける。

 食事は時間効率だけを求めた質素どころか殺風景な保存食。除菌魔法のみのシャワーは清潔を保てても気分は不快。求めても送られてくるのは実験器具と実験体のみ。いつしか心は何も感じなくなり、ただひたすらに小さな結末をペンに乗せる。


 寂しかった。辛かった。いっそ死んでしまいたかった。


 しかし、いつか彼が助けてくれる。そう信じていたから頑張れた。この小さな研究室から何時か外の世界に連れて行ってくれると。

 そして彼は期待を裏切らなかった。彼女を助けてくれた。太陽の元へ自然に帰してくれた。だが、彼の最期に放った一言は。愛に満ち溢れ、真っ直ぐな信頼と共に紡がれたそれは。


「大丈夫……お前は強いから。一人でも、強く生きていけるから。だから、あいつらの野望をお前なら止められる……」


 ──その信頼に答えられない泣き虫にとって、それはきっと呪いだった。





 ☆ ☆ ☆ ☆





「撒いたか?」


「うん、とりあえず見える場所には居ないよ」


 とある小さな小部屋の中。壊れかけのドアを少しだけ開き、廊下の様子を窺うのはソラだ。下手に明かりを灯せば敵に居場所を教えるのも同義。しかし暗闇では何も見渡せないエリアスは体を小さくして座り込むしかなかった。

 何度か確認するようにソラは右、左、右、と確認し終え、すぐにエリアスへ駆け寄ってくる。全くの闇と言う訳でもないのだから、さすがに目の前に来れば薄っすらと姿は見えた。彼女は腰のポーチから何かを取り出すと、強引にエリアスの左手首を奪い取って。


「いたっ! ちょ、染みる……!」


「静かにして。放っておくわけにはいかないでしょ?」


 取り出した何かは魔法薬(ポーション)だったのだろう。それを乱雑に火傷に振り掛けられ、蘇る激痛に思わず涙目になる。最もそれでソラは容赦してくれるわけも無く、空になるまで色づいた液体塗れにされた。

 直接触ることもできず、右手で左手首を握ると必死に痛みに耐える。


「ほんとは治癒魔法でしっかり処置しないと痕が残っちゃうんだけど……」


「俺はまだ使えないからな。ま、動くなら気にすることじゃないだろ」


「女の子なんだから気にするの!」


 静かにと注意した割に自分もうるさいじゃないか。その突っ込みは面倒になりそうだと直感が訴えることで口から放たれることは無い。エリアスの火傷などよりも、今気にかけるべきことはいくらでもあるのだ。


「……なあ、あの機械兵の襲撃。なんか妙じゃないか?」


「うん? どういうこと?」


 突如、壁を爆破しつつ予想外の地点から現れた八体の機械兵。ソラに聞く限りでは、小型化した砲台のようなものを持った兵が二体、残りの六体は槍を装備したものだ。攻撃役と反撃された場合の護衛、と考えれば理解できないことも無い。しかし、あの戦い方には違和感を覚えて仕方が無かった。


「あいつらはここを守るために作れてるんだったよな。それがどうして俺たちを撃退するために遺跡ごと吹き飛ばすんだ?」


 あの砲撃できっと先ほどの部屋は見るも無残な状態になっているだろう。コンピューターとやらも全滅だ。遺跡探索と言えば聞こえはいいが、エリアスたちのやっていることは住民の居なくなった建物での空き巣と変わらない。

 そのコソ泥たちを撃退する、主人を失った防衛機構。だが、それでコソ泥を倒すために施設を爆破しては本末転倒もいいところだ。欠陥品にもほどがある。


「それは確かに不思議だけど……その理由は?」


 ソラが僅かに考え込み、お手上げとばかりに顔を上げた。口と表情でエリアスに答えを求めるような仕草を見せる。その期待するような瞳を一瞥し。


「いや分からねえよ。そんなに俺が頭いいと思ってるのか?」


「はあ!? 今のは答え合わせもセットの流れでしょ!」


「知るか。勝手に期待したほうが悪いだろ!」


 豆鉄砲を喰らったような表情を浮かべて、ソラがエリアスの肩を掴み激しく揺らす。それを無理やり右手一本で引き剥がすとエリアスも反撃に吼え返して、どこからか金属の擦れ合う音が響いてきて同時に口をつむいだ。


「……っ! これ以上はやばいな……」


「ガシャンって聞こえた……」


 それは機械兵が歩行する際に聞こえる音だ。既に二度遭遇しているのだから間違いない。居場所がバレてまた暗闇を走り回るのなんてまっぴらごめん。どうにもソラと一緒にいると過度に騒いでしまうのは悪い癖だった。きっと彼女のお気楽な性格に流されているに違いない。


「帰り道は分かるんだよな?」


「うん、途中で階段を下りてそこから道なりに進んで……覚えてはいるけど」


「今すぐ戻ってもまた鉢合わせだろうな」


 それでは結局振り出しだ。もう一度機械兵を撒けるとも限らず、危険が大きい。ほとぼりが冷めるまで時間を置いた方が良いだろう。その間、ずっとこの小さな部屋で縮こまるのも一つの選択だが、


「それは俺の性に合わない」


「別に構わないけど、二人だけで探索するなら安全第一だからね」


 せっかくなのだ。二人だけでも探索してみるのも悪くない。確かに危険も付きまとうが、最初に言ったはずだ。過度に怯えていてもここまで来た意味が無いと。ならばあまり深いところには行けずとも、可能な範囲で目ぼしいものが無いか探索を続けてもいいだろう。

 二人の意見は一致する。暗闇の中、お互いに向かい合って頷き合うと小さく詠唱。ほんの小さな最低限度の灯りがエリアスの右手の中に生まれた。それでも暗闇ではこちらの居場所を知らせる目印になりかねない。探索は慎重に行わなくてはいけない。


「それじゃあ、あたしが先行するからね」


「いや俺が前に……」


「明かりが前を歩いてちゃ咄嗟に消せないでしょ? それにエリィは接近戦じゃ弱いんだから」


「ぐぅ……」


 元男としてはソラ弱いと扱われるのは抵抗があまりに大きいが、事実なのだから否定もできない。短杖から雷の刃を生やして接近戦も可能ではあるが、あれはあくまでも緊急用だ。貧弱な今の少女の体が憎たらしい。

 苦々しい表情浮かべるエリアスにソラは小さく笑い、慎重に小部屋から体を抜け出させていく。その小さな背中を、エリアスもゆっくりと追いかけていくのだった。


 クソッタレ。耳に絶叫が、眼にあの表情が張り付いて離れやしない。死にかけの体でよくもあんなに暴れるものだ。

 それにしてもあと何か月この実験を続ければいい。そもそも後天的な“ニューマン”の創造など無理に決まっている。自由になる選択肢が他にない以上それに従うが、はっきり言ってうんざりだ。

 いっそのこと脱走でもしてみるか。いや、地上に出たところで滅びの道を進むこの世界では半日も持たない。それでもいつか、私も帝都に……。

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