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ひとりよがりの勇者  作者: 閲覧用
第三章 滅びの記録
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第八話 地下深く、知識を求め

 暗い暗い洞窟の一本道に、場違いなほど賑やかな声が響いていた。青白く発光した半透明の体を持つ、空想上の存在。否、それは間違いか。今こうして目の前にいるのだから、空想上の存在では無く滅多に見られない希少な存在、という方が適切だろう。


「いやはや、久しぶりに起きたのにだーれも来ないから、寂しくて仕方が無かったよ! あははは。今って外はどうなってるの?」


「……どうって聞かれても困るよね」


 その存在、白衣姿の幽霊に白けた目線を向けつつ、エリアスたちはセレナの明かりを頼りに足を進めていた。幽霊に先頭を歩かせ、その後ろにレオン、ソラ、ブライアンの三人が。そのさらに後ろにエリアス、最後にセレナの並びだ。


「確かにそーだっ! こりゃ失念してたね。んと、今って人間はどんな生活してるの? この研究所を見つけるぐらいなら『ダウンフォール』からそれなりに発展し直したんだよね?」


「『ダウンフォール』……? なんだそれ」


「ん? あれ」


 聞き覚えの無い単語にエリアスが首を傾げ、幽霊までもが不思議そうに同じ動きをする。それから自身の頭を摩りながら、ぽつぽつと呟いて、


「自動翻訳が一部機能してないのかな……えっと今の言葉で言うと……」


「──没落、古代帝国の言語で没落を意味する単語。魔法帝国を終焉やその原因を差して『大地の没落』、私たち現代の学者はそう呼んでいましたが……それの事ですよね?」


「『大地の没落』、ね。うん、大層な名前だけど、それで通じるならそれでいこう」


 横から差し込まれたセレナの言葉に驚きつつも、素直にそれを受け入れて会話を続ける幽霊。半透明で存在が希薄なのに、ずいぶんとコロコロ表情の変わる男性だ。これが街中で出会った人物であれば、うるさいな程度で済むのだが。顔を合わせた場所があまりに悪すぎる。

 そんなエリアスに睨み付けられていることにも気づかぬ様子で、幽霊は相変わらずマイペースに会話を、一方的な会話のキャッチボールを繰り返していた。


「で、僕の祖国はもう滅びちゃったわけだけど、今の国はどうなってるんだい?」


「ヒューマンの王国、魔族の連邦、エルフとドワーフの共和国に獣人の都市国家連合。その四つに分かれてる。ちなみにここは王国領だよ」


「獣人……? 今はそんな種族が……ってもしかして君の事!?」


 レオンに向けていた顔を一気にソラに向けて、その頭に付いている猫耳を見て歓声を上げる。対するソラは珍しく自分の調子を発揮できずに、完全に呑まれていた。こくりと、躊躇いがちに頷くと、幽霊の眼がさらに輝く。


「へへー、そっか変なアクセサリーか何かかと思ってたけどそれ本物なのか! ねえちょっとDNA検査していかない? それと全身の骨格の調査と内臓機能の相違。視力や聴力他の五感の検査は……もっと数を調べたいし、そうだお友達とか連れてきておくれよ。大丈夫悪いようにはしないよ。ただちょっと時間を貰うだけで害とかは全く無くて、むしろ人間の更なる発展のために貢献すると考えれば……」


「ちょっとは黙れ! 会話をしろ会話を!」


 その怒声に幽霊はハッと顔を上げると、軽薄そうに口先だけの謝罪をする。一見して言語は通じているようだが、実際のところまるで会話が成立する様子が無い。確かに好意的ではあるのだが、一方的な好意を友好的と受け取れるほど、エリアスの感性は甘いものでは無かった。

 何より顔を引きつらせているソラを見ては、間に割り込むのが正解だっただろう。


「ごめん、けどずーっと一人だったからね。人と話せることが嬉しくて仕方が無くてさー」


「それは……」


 しかし一転、表情を曇らせる姿にエリアスも語気を弱めざるを得ない。その言葉に乗せられた孤独感、その裏に垣間見える苦悩を想像してしまえば、あまりに身に覚えのあり過ぎるエリアスに強く出ろというのは酷に過ぎた。最も暗い顔をしたのは一瞬だけ。すぐに幽霊はケロッとした笑みに戻って、万歳と両腕を上げる。


「まあ、ずっと寝てたから実感はほとんどないけどねっ! あははは!」


「なあ、やっぱり斬っていいか?」


 短杖から雷の刃を生やしながらレオンに顔を向ければ、苦笑いで手を横に振ってくる。エリアス一人だったら確実に斬っていた。物理的な刃では不可能に見えるが、魔法の刃なら幽霊でも干渉できる、と思う。何となくのイメージでしかないが。


「そんな殺伐としたのは止めてくれよ! 僕は死にぞこないの……成仏しぞこないの?」


「どっちでもいいからな?」


「その通りだ! とりあえずその物騒な魔法を収めてくれ!」


 両手を上げて降参のポーズを取る幽霊。レオンにも視線で催促され、エリアスもしぶしぶ短杖をホルスターへ収納する。しかし、幽霊は尚もそのまま手を上げ続けていて、その軽薄な笑みがセレナへと向けられていた。


「エルフのお姉さんも、そろそろ構えを解いてもらっていいかな? その魔法が直撃したら体の無い僕なんて消し飛んじゃうからさ」


「……魔力は隠していたはずですが」


「人工的に作られた精霊みたいな存在だからね。魔力に対しての知覚には自信があるんだ」


 表情を変えずにしばらく幽霊を睨み付けていたセレナだが、仕方ないとばかりに息を吐きだすと魔力を霧散させる。そのやり取りにはエリアスさえ驚きだ。いつの間にか魔法の準備を整えていたセレナに全く気が付くことはできなかったのだから。


「おっと到着だね!」


 戦慄するエリアスを差し置いて、幽霊は立ち止まる。その先にあるのは重厚な金属製の両開きのドア。その前でこちらに振り返った幽霊は、丁寧にお辞儀すると薄っすらとした笑みを浮かべて、


「ようこそ我が帝国の研究所へ。僕たちの願いは技術の存続、継承。それを善きことに使うのであれば、どうぞいくらでも見ていくがいい。圧倒的技術の結晶を、ね」


 その姿にエリアスは背中に冷たいものが走るのを感じた。





 ☆ ☆ ☆ ☆





 手も触れずに自動で開閉したドアに驚きつつ、最初に通されたのは真っ白な壁と床に囲まれた奇妙な部屋だった。すっかり劣化しきった横に長い物体は、恐らくソファだった物だろう。今では触ることを躊躇わせる虫のたまり場でしかない。


「木材はどう見ても違うし、石でも無いな……何だこの建物」


「説明すると長くなるけど、まあ色々な素材を合成して作った建材だよ。数百年経ってもこうして健在ってのは凄いだろ! けんざい(・・・・)だけに」


 つまらないダジャレをかます幽霊を無視して、一行は不思議そうに様々な所を眺める。指で軽く触ってみるとつるつると、加えてひんやりとした感触が伝わってきた。やはり石とも違う初めて見る素材の正体はまるで分からない。

 何気なく天井を見上げてみれば、壊れた細長い棒状の何かが断続的に設置されていた。照明か何かだったのだろうか。考えても浅学なエリアスに答えは見つからない。


 しかし、エリアスたちの目的はこの遺跡から古代帝国の技術や道具を見つけ出すことだ。この幽霊が依然として協力的な態度を続けるのなら、楽に仕事を終わらせられるだろう。そう期待して視線を向ける。


「えっと、お前は大昔のここに働いていた研究者、でいいんだよな? 中の構造とかには詳しいのか?」


「もちろん! 家みたいなものだから。ただ……」


「面倒なマッピングをしないで済むのは楽でいいな!」


「いつもセレナに任せきりだけどね。それでただ、どうしたの?」


 言葉尻を弱める幽霊にソラが首を傾げて、幽霊は躊躇いがちに口を開く。


「その警備システムを久しぶりに起動したらね。なんかAIに制御を乗っ取られて……」


「つまり?」


「警備用の機械兵が絶賛暴走中―! ひっ、魔法はダメだって!」


「余計なことしやがって! 今から止められねえのか?」


 無言で首を横に振る幽霊に雷を掠らせて、大きくため息を付くとレオンへ向き直る。見れば四人全員がレオンに指示を乞うように視線を向けていた。それを一身に受けて苦笑を浮かべる彼だが、すぐに思考を纏めて行動に移る。


「幽霊さん、この研究所の地図はあったりしないのか?」


「手元にはない、というか僕は物理的な干渉はできない体だからね。ただ一部のコンピューターは生きてるから、それを見つけさえすればデータの取得はできるよ。僕のIDとパスを伝えておこう」


「分かった。なら候補になる部屋を教えてくれ。まずは地図を探すことから始めよう」


 頷く幽霊はやはり協力的な雰囲気だ。技術の存続が目的、などと言っていたが腐り果てるぐらいなら赤の他人にでも渡してしまえということなのだろうか。しかし、彼の内心を読み取り切れるまで警戒を怠るつもりは無い。油断して背後からグサリなど笑えもしなかった。


「それとここの機械兵の武装は何なんだ?」


「電力と魔力で動くタイプのハイブリッド型。基本的には魔力で弾を装填する弾切れ無しのライフル兵と、それを護衛する槍を持った近接兵の二種類だね。あと数はほんの数体だけど、人工知能搭載の指令官がどこかに潜んでいるよ」


「さっき言っていたAIとはその司令官ですか。ならそれを破壊すれば制御を奪い返せるのでは?」


「可能ではあるね。ただ相手もそれは分かってるだろうから、そうそう姿は現さないと思うよ?」


 何が何だか、訳の分からない単語が多すぎてエリアス他、ソラとブライアンもさっぱりだ。“らいふる”だとか、“こんぴゅーたー”だとか、聞いたことも無い。加えて言えば、セレナと幽霊が理解できるのはまだしも、レオンまで平然と会話に混ざっているのは驚きしかない。

 黙って見守ることしかできない脳筋(ばか)三人組とは大違いだ。それを正す気はさらさらないため、今後も二人に負担をお願いするのは共通の考えである。


「今回相手するのは人型の機械……人に似せて作られた自動で動く武器のようなものです。特に厄介なのはライフル兵、これは着弾までほぼタイムラグ無しに即死級の飛び道具を持っています。絶対に銃口から、兵士の持つ黒い道具の直線状には立たないように」


「剣で首を跳ねられたら即死なのは変わらねえ。まあ、初めて見る武器相手でもどうにかなるだろ」


 膝を抱えて震えていても何も改善することは無い。とりあえず死なない程度に挑戦してみて、無理そうならその時考えればいいのだ。その後も軽く話し合いを行い、準備を整えた一行は幽霊の案内でとあるドアの前へたどり着く。


 先ほどと同じように独りでにドアが開いて、視界に飛び込んできたのは何も無い小さな部屋だけだ。本当に何もない、人が十人も乗ればぎっしりになってしまいそうな小さな個室である。


「これ、行き止まりじゃないの?」


「今の時代はエレベーターも無いのかい? まあ、乗ってみれば分かるさ」


 当たり前のように中へ踏み込むセレナとレオン。幽霊にも催促されて、エリアスたちもそれに続いた。ブライアンの体格があまりに良すぎて小さな部屋ではあまりに手狭である。


「ってお前は来ないのか?」


「魔法を受けたらあっという間に昇天だからね。非戦闘員の僕にはちょいと荷が重い」


「自分の家とか言っておいて、警備に殺されるのか……」


 思わず呆れた声が出てしまい、弱気な笑い声を上げる幽霊を残してドアが閉まる。何やらセレナが壁に取り付けられていたボタンを操作した。僅かな振動の後、体が浮遊感に包まれる。

 奇妙な感覚だ。個室ごと移動しているのだろうか。ゆっくりと地下の闇に向かって降りていくのが、鋭いエリアスの感覚が教えてくれる。ゆっくり。ゆっくりと。地下へ、闇へと進んでいく。


 ゆっくり。ゆっくり。進んで進んで、奇妙な浮遊感に包まれて。どうしてか気だるい体に鞭を打って。闇へ進んでいく。ドンドン降りていくのだ。


 ゆっくり、ゆっくりと進んでいって。


「あれ……?」


 闇の中に、ヒトリボッチ。


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