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ひとりよがりの勇者  作者: 閲覧用
第三章 滅びの記録
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第一話 怪しげな置き土産

第三章スタートです

 有り余った土地が平原となって広がる王都郊外。風が背の低い草たちを揺らし、遠くに見える王都の街並みまでそれがひたすらに続いている。

 正しく一面何もない、という表現が似つかわしいその場所だ。しかし、今この瞬間だけそんな貧相な光景が、幻想的な風景へとすり替わっていた。


 前触れなく、強風が吹き荒れる。晴天が広がり穏やかな天候が続く近日では明らかに異常なその風は、平原の中心に佇む少女から発せられていた。


 背中にかかるほどに伸ばされた青い髪に、透き通るような碧眼、さらには青を基調にした服装と、全身真っ青な小柄な少女だ。そんな少女──エリアスは、可愛らしい顔を険しく歪めながら、左手で広げた一冊の分厚い本へ目を通していた。

 軽く流すように開かれたページをさっと読み込み、勢い良く閉じると今度は目を瞑る。そして、口の中で小さく何かを呟いて、風が一気に激しさを増す。


「──『障壁』」


 最後にポツリと術名を呟き、空中に淡く発光する半透明の盾が顕現した。それも一つだけでは無い。あらゆる方向から撃ち込まれる魔法を想定するように、次々と魔法の盾が現れては消えていく。

 毎秒ごとに発生と消滅を次々と繰り返していき、エリアスから放たれる魔力が彼女の青い髪を激しくなびかせた。あるときには背後に。あるときには頭上に。あらゆる方向をカバーするように顕現していく。


「ぅ……」


 だが、その幻想的な光景も長くは続かなかった。エリアスが苦しげなうめき声を上げたかと思うと、魔法の盾に歪みが生まれ始める。綺麗な八角形を保っていた『障壁』が徐々に歪な形で顕現するようになり、次の発動までの感覚も長くなっていく。


 とうとう、同時に顕現する盾は一枚だけになってしまい、それを見たエリアスは激しく呼吸しながらその場で尻餅をついた。

 術者からの魔力の供給が停止したことにより、魔法の発動は収まる。後に残るのは宙へと崩れていく魔力の残滓だけだ。その光景を眺めながら大きく肩で息を吸い込み、呼吸を整えていって、


「あー何だよこれ!? 魔法なんてイメージで撃てばいいだろうが! よく分かんねえ術式の通りにやっても疲れるだけだっての! 紙の束のくせして重てえし!」


 先ほどまでの幻想的な姿も、手に持っていた魔導書も投げ捨て、その場で癇癪を起したように転げまわる。男言葉で誰に対してでも無く怒鳴り散らす姿は、お世辞には見た目に反して愛らしいものとは言えなかった。


 黙っていれば、例えば寝顔だけ見れば可愛いのだ、というのはソラの弁であり、決して間違えていない。それ以外の時には非常に残念なのだが。


「はぁー」


 平原に四肢を投げ出して大きく息を吐きだす。そしてふと視線を向けた先にあるのは、エリアスが投げ飛ばした分厚い魔導書だ。エリアスの貯金ではとても買えないような品物であり、以前の騒動の後にパーティーのみんなが少しずつお金出して購入してくれたものでもある。


「一応貰いものだし……」


 地面がぬかるんでいるわけでも無いが、こうして土の上に放り出しておいてはあっという間に痛んでしまうだろう。それが何だか申し訳なくて、口の中で言い訳しながら立ち上がると魔導書の傍に寄った。

 それを片手で掴み──ずっしりと重たい魔導書は、今のエリアスの細腕では少々厳しいものがあった。自分の非力さにため息を付いて、今度は両手で持ち上げると軽く土を払う。


 そして、多少は汚れのマシになった魔導書をじっと見つめる。感覚で魔法を扱ってきたエリアスからしてみれば、ここに書かれているような形式に沿った術式の組み方は正直肌に合わない。

 だが、それが有用とは理解できるのだ。何より、“仲間”たちが勝ってきてくれたものでもあって、


「も、もうちょっとぐらい練習してみ……」


「エリアスさん、いますよね?」


 突然背後から名前を呼ばれ、思わず肩を跳ねさせた。取り落としそうになった魔導書を慌てて胸に抱きながら、肩越しに振り返る。

 そこにいるのは不思議そうな表情を浮かべた長身のエルフ。長い銀髪と翠色の瞳が特徴的な女性──セレナだった。


「珍しいですね。気配を隠したりはしていなかったはずですが……まあ、以前のように常に気を張っていても持ちませんから」


「ちょっと疲れれただけだっての。それで、何かあったのか?」


 今日は特に予定は無かったはずだ。だからこそ、こうして一人で魔法の練習をしていたわけであって、突然の呼び出しに何か面倒ごとでも発生したのかと身構えた。


「別にそんな慌てることでもありませんよ。ただ……」


「ただ?」


「まずいことになったのは、確かですね」


 やっぱり面倒ごとじゃないかと、エリアスは心の内で吐き捨てた。





 ☆ ☆ ☆ ☆





 セレナの後を付いていき、入り込んだ部屋はレオンとブライアンが宿泊する男部屋だ。いつの間にか五人全員で話し合いを行うときには男部屋に集まるのが通例となっていた。

 エリアスとしては男部屋だろうと、女部屋だろうと、どちらでも構わないのだが。それを口にしたところ、ソラとセレナに猛烈に反対された上に、実にありがたい講習会(・・・)が開かれたため以降は口をつぐんでいる。


 しかし理由は嫌というほど聞かされたが、女子歴数か月にも満たず、常識にも疎いのがエリアスだ。ソラは平常運転としても、セレナにまで責められたのは納得できていなかった。最も、それを口にして余計な騒ぎにする気も無い。

 それぐらいはエリアスだって学習している。


「これで全員だな。じゃあ改めて説明するけど、まずはこれを見てくれ」


 セレナとエリアスが適当な場所に腰を下ろしたのを確認すると、レオンはテーブルの上に置かれた一枚の紙きれを指差した。既にソラやブライアンたちは確認し終えているのか、エリアスだけが身を乗り出して覗き込む。


「『申し訳ないけど、契約はこちらから破棄させてもらう。お詫びに先月分の契約金は返金、ついでに色を加えておくよ。何、あんたらには絶対に必要な情報さ。遠慮せずに受け取ってくれ』……何だこれ。“情報屋”からの連絡か?」


「うん、この間の緊急依頼から連絡が取れてにゃかったのは知ってるよね? それが今更こんな手紙が届いてて……」


「俺様たちの部屋の窓際に落ちてたんだ! どうやって鍵のかかった部屋に入れたのか、さっぱりだがな!」


 エリアスの疑問に猫の獣人の少女──ソラと、ご立派な髭が特徴的な巨漢のドワーフ──ブライアンが答えてくれる。

 レオンたちが“情報屋”としていた契約は毎月の支払の代わりに、“教会”に属する人間が周辺に現れたら警告してもらうというものだ。それなのに、以前ジェシカに襲われたときにはそのような事前の知らせは一斉来ていなかった。


 レオンたちの話によれば、エリアスが加入する前では街の周辺に“教会”の手の者が現れただけで、迅速に正確な情報を送ってくれていたそうだ。それが何故か、ジェシカや暗闇で襲ってきた『宝玉』の所有者らしき人物の時には何の反応も無かった。


「この間、貧民街に直接話に行ってみたらあのざまだからな」


 思い出すのは緊急依頼達成から三日後のことだ。貧民街での爆発事件。“情報屋”に会いに行ったエリアスたちを待っていたのは、焼け野原になった貧民街の一角だけだった。

 後から調べたところ、エリアスたち冒険者が出発した翌日に大規模な爆発現象が発生したらしい。原因は何かしらの魔法によるもの、とだけ──少なくとも公になっている情報はそれだけだ。当時は王都の駐屯騎士団が出撃したりと大騒ぎだったとも聞いている。

 そのような状態では“情報屋”の姿を見つけることもできず、どうしようもなく宿に戻ったのは記憶に新しかった。


「十中八九何かしらのトラブルに巻き込まれたのでしょうね。それで行方を眩ませて、何故か今になって連絡を寄越してきた。少し奇妙ですが、問題はそこではありません」


「ああ、これまで人の手を借りてたものを、今度は自分たちでやらなくちゃいけなくなっただけだ。大変だろうけど、致命的じゃないんだ。ただ、この“おまけ”の情報が扱いに困ってさ……」


 珍しく歯切れの悪いレオンとセレナに首を傾げる。そんなエリアスにソラは“情報屋”の手紙を裏返して見せて、


「これは……何かの地図か?」


「場所はセレナの調べだと王都から西北西に向かった海岸沿いだって。ただ肝心の目的地が何か書いてないの」


 ソラの言葉通り、そこに書かれていたのは精巧な地図だった。しかし目的地は不明、さらに見たところ周辺に町などがある訳でもない。何も無いはずの海岸に印が付けられているだけだ。

 どう解釈しても怪しさしかない地図に、エリアスさえも眉をひそめるしかない。


「胡散臭いにもほどがあるだろ。埋蔵金でも埋まってるのか?」


「案外、それが正しいと私は睨んでいますよ」


 適当に口走った言葉をセレナに肯定されて、ぎょっとした様子で顔を向ける。どうにも冗談を言っているようにも見えず、恐らくは本心からの言葉だろう。さすがに埋蔵金なんてものが本当に出てくるとは信じがたいのだが。


「埋蔵金はあくまで比喩ですよ。ただこういった地図は見覚えがあります。一見何もない場所を指し示す地図。恐らくはこれは地下のこの位置を表している。このような地図はたいていの場合──古代の遺跡を示す地図です」


 セレナの表現はどこまでも真剣で、真面目なものだ。彼女の性格的にも冗談を言うような人物では無い。そしてセレナは古代の研究に関しては専門家でもある。

 そんなセレナの言葉は、それだけで信憑性が生まれていた。少なくとも学問に全くの無縁であるエリアスの考えよりかは、よっぽど信用できた。


「古代の遺跡がある可能性が高いのは分かった。けど、それが何なんだ? 行ったところで何か得があるのか?」


「もちろんありますよ。実は私が『宝玉』を無力化する際に使用した魔法は、まだ未完成なんです。成功率は良くて六割。今後、『宝玉』やそれによって創られた『勇者』や『魔神』を相手するには不安が大きい。ですが、この未発見の遺跡で何かしらの研究資料が残っていれば、不完全な術式を補えるかもしれないんです」


「そうじゃなくても古代のオーバーテクノロジーには有用なものはたくさんからにゃ。探索してみて損は無いはずだよ。まあ、本当に遺跡があるかどうかは確定では無いけどね」


 成功率六割。失敗すれば間違いなく殺されると考えれば、その確率はあまりに低すぎる。それを改善できるのであれば、大いに実りのあることだと言えるだろう。そうでなくてもソラの言葉通り役立つ道具や、資料が手に入るかもしれない。


「まあ、その口調だとお前らは行く気満々なんだろう?」


「エリィが来るまでに三人で話してたからね。セレナは最初から乗り気だし」


「俺様はよく分からんからレオンに任せる!」


 つまりエリアス以外の意見は全て賛成という訳だ。それならわざわざエリアスの意見を聞く必要も無いと思うのだが。仮に反対だったとしても他の四人が賛成であれば、エリアスだってそれに合わせるのに。


「俺も賛成だ。何も行動しないよりかはマシだろうしな……別に行くって言われれば俺は黙って従ったぞ?」


「多数決でもいいけど、俺たちは“仲間”であって全員平等さ。ちゃんとエリアスの意見だって大事にしないと」


「お、おう。そうか」


 真っ直ぐに目を合わせたままに言葉を投げかけられ、何となく気まずさを感じて視線を逸らす。それを見たソラがニヤニヤと横顔を眺めているのに気が付き、鋭く睨み付けるがまるで効果は無かった。

 それどころかレオンとセレナにまで微笑ましそうに苦笑される始末である。


「よし、それじゃあ決まりだ! 怪しさ満天だから、警戒と準備は怠らずに。足の確保ができ次第、最寄りの都市に向かって出発だ」


 レオンの宣言により小さな会議は締め括られた。目的地は古代遺跡と思われる“情報屋”の地図が指し示す土地。怪しさしかない探検に向けて、一行は準備を始めるのだった。


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