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ひとりよがりの勇者  作者: 閲覧用
第二章 戦士の証明
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幕間二 休日の温かな騒動

 それはとある日のことだ。冒険者として仕事に出ることも、何か情報を探しに出かけるわけでも無い、まったりとした休日。戦争を止める、などという大層な目標を掲げているとはいえ、当分の間は一般的な冒険者と変わらない日常だ。休みぐらいは存在して当たり前だった。

 そんなわけで本日は宿の食堂で朝食を取り、それからは各々の自由行動である。


「あれ、エリィ今日も出かけるの?」


「ちょ、ちょっとな。夕方には戻ってくるから気にするな」


 そんな日の午前。妙に可愛らしい財布──誰に使用を強制されているかは言うまでもない──だけを携え、宿を後にするエリアスの姿があった。黙って外出しようとしていた青髪の少女はソラに声をかけられると、僅かに気まずそうな雰囲気と垂れ流す。

 だが、すぐに素っ気ない返事を返し、ソラの言葉を待つことなく扉を潜っていってしまった。言外に独りにしろという主張が感じられ、ソラは不安げな様子でエリアスの背中を視線で追いかける。


「……絶対に何か隠してる」


「ソラか! どうしたそんなところで突っ立って!?」


 そんな何の根拠もない確信は、ブライアンの大声にかき消されるのだった。





 ☆ ☆ ☆ ☆





 それから何度か依頼を達成し、一週間ほど経過した次の休日。男部屋にエリアスを除く四人が集結していた。


「という訳で、エリィがどこに通っているのか突き止めようと思います!」


「あ、ああ……」


 何がという訳なのか。目の前で高らかに宣言するソラを見て、レオンは呆けた声を出すのが精いっぱいだった。軽い運動をしようと宿を出ようとしたとき、慌てた様子のソラに呼び出されたのだ。

 エリアスに関係することだと言われ、何かまずいことでもあったのかと本気で焦燥に駆られていたのだが、どうやら杞憂に終わったらしい。ソラの口からも危険は無いとはっきりと断言していた。


 なら一体この緊急会議は何なのだろうか。セレナも困惑顔を浮かべているし、ブライアンはだって、


「よく分からんけど面白そうだな!」


「いつも通りだな……」


 このドワーフに関しては平常運転である。エリアスもあまり細かいことを考える性格をしていないし、セレナがパーティーに居なかったら常に胃が痛い生活だっただろう。


「とにかく、最近またエリィが独りで何かしてるの。せっかく少しはあたしたちを頼る様ににゃってたのに、これじゃあ逆戻りだよ!」


「確かに一理ありますが……」


 チャームポイントである茶色の猫耳と尻尾を逆立てて、必死に抗議するソラは至って真面目だ。確かにエリアスと日常的に一番交流が多いのはソラである。以前までは本気で嫌がっているように見えたエリアスも、仲間の墓参りを境に何だかんだ楽しそうにしている。


 本人は全力で否定するだろうが、傍から見ればそうとはとても見えなかった。そんなわけでエリアスに関してのトラブルには、ソラが一番最初に気づくことは不思議では無いのだ。


「別に帰りが遅すぎるわけでも無いし、問題無いだろう。裏路地には入るなって言い付けてあるし、大通りで襲ってくるほど“教会”も馬鹿じゃない」


「そういう意味じゃないの! ただせっかくエリィも笑うようになってきたんだから、独りでいるのは勿体にゃいよ! 最近、休みの日はいつもどっか行っちゃうんだもん」


「それはエリアスさんの自由では?」


 セレナの的確な突っ込みも、興奮したソラに届くことは無い。完全に自分だけの世界に入ってしまっていた。

 年下のソラが同世代の少女──あくまで肉体年齢が同性代の少女を非常に案じているのは分かる。理解できるし、レオンからしてみれば微笑ましい光景だ。


 しかし、面倒なことを起こそうと暴走しているのは明らかであり、レオンは音を立てて崩れていく休日に大きくため息を付く。


「もうすぐエリィが出発する時間だから、すぐに始めるにゃ」


 ソラとブライアンの雄たけびだけが、宿の一室にどこかズレて響いた。





 ☆ ☆ ☆ ☆





 エリアスが宿を出発したのを見送り、レオンたちも遅れて宿を離れていた。人混みの中にエリアスの姿が消えていき、小柄な姿はすぐに見失いそうになる。

 だが、あまり近づきすぎても、高い実力を収めるエリアス相手だと尾行がバレる恐れがあった。つまり付かず離れずの距離を保つ必要があり、行動動機と裏腹にかなりの難易度を誇る。


「なあ、これソラ一人でもいいんじゃ……」


「しっ。バレたらどうするの」


「…………」


 だからこそ、レオンたちが同伴する理由がさっぱり分からない。気配で感づかれることを考慮すると、身軽なソラ一人で行うべきなのだ。あえてレオンたちを連れてくるメリットが何一つとして無かった。

 だが、ソラは一切聞く耳を持たない。セレナは既に妹を、後輩を見守るような眼つきでソラを見ているし、ブライアンはそもそも何も考えていない。


 レオンとしても参加する理由は無いが、断る理由もまた無いのだ。諦めてソラの暴走に付き合う以外、選択肢は無かった。


「今右に曲がった……次は左……大通りの方に向かってるね」


 言うまでも無く、人の通りが最も多い場所だ。こうなるとエリアスを見失いやすくなるが、こちらの姿が見られる危険性も大きく下がる。

 時に隠密行動だって要求される冒険者は、もちろんそのことを理解していて。ソラたちはこそこそ動くのを止めると、敢えて堂々とエリアスの背を追いかけ始めた。


 エリアスの小さな背を、長い青髪を。視界から取りこぼさないように懸命に追いかけて、その姿が一つの建物に消えていくことを、ブライアン以外の全員は見逃さなかった。


「あ、嬢ちゃんはどこに行った!?」


「あそこだにゃ」


 ソラが指差した建物を一斉に見上げる。大都市でも無ければ見かけることは無いであろう、巨大な石造の建造物。四階建てであり、表面積だってかなりのものだ。

 回収すればきっと貴族の屋敷としても使えるだろう。それほどの規模を誇るその場所は、


「図書館……ですね」


 とてもエリアスに似合わない知識の宝庫だった。非常に申し訳ないが、エリアスが真面目に本を読む光景などとても想像できない。


「まさか本当に何かに巻き込まれていたりしないよな?」


 それほどまでに、エリアスが自主的に訪れるには違和感しかない場所だった。思わず零れてしまった疑念に、ソラとセレナが本気で心配げな表情を浮かべる程度には。

 結果論とは言え、ソラに付いてきて正解だったかもしれない。一気に緊張感を増した尾行作戦に、レオンたちは顔を見合わせると図書館へと足を踏み入れた。


 最初に顔を出すことになるのは、三階まで吹き抜けになっている巨大な中央ホールだ。正面には受付が存在し、ここで身分の証明と入場料を払うことになっている。ちょうどエリアスは受付を終えた後のようで、二階に登っていく姿を見ることができた。


「すみませーん! 四人お願いします!」


「身分の証明できるものはお持ち……確認しますね」


 受付の女性が言い終わるより前に、入場料とそれぞれの冒険者カードをカウンターに置いていく。少々失礼な態度にも思えたが、女性は特に不満を言うことなく慣れた手つきでカードを確認していた。


「過去に問題行動の記録は無し、と。確認が終了いたしました。閉館は午後六時となっておりますので、それまでに退場するようによろしくお願いいたします」


「ありがとう!」


 冒険者にはどうして荒くれ者の印象が付きまとっている。そのため冒険者カードには仕事の経験を表すポイントの他にも、過去の犯罪や問題行動についての記録が刻まれていた。

 この記録はギルド本部だけが製造法を知っている特殊な機械以外では改ざんできないため、一定以上の信憑性が存在するのだ。


 勿論、レオンたちに前科は無いため、冒険者であっても一般人が入れる場所ならすんなり許可が下りる。


「二階に急ぎま……走るのはダメですね」


 迷わず全力でエリアスを追いかけようとして、すぐさま理性がそれを止めに掛かった。それでもあくまで早歩きで、迷惑にならない程度の速度で階段を駆け上る。

 そして、エリアスが入ったと思わしき部屋に突入した。急いで大量の本が並ぶ中に青色の少女を探して、


「うそでしょ……?」


 ソラが目の前の光景を信じられないとばかりに呟いた。それはレオンだって同感だ。とても目の前の状況を、理解できない。それはレオンの記憶とあまりに食い違っていて。

 セレナでさえも絶句していた。それほどまでに異様な光景。


 ──エリアスが見るからに重厚な本を抱えていた。


 所謂、辞書や専門書だろうか。ここからでは判別できないが、どう見ても読むことに苦労しそうなものだ。あり得ない。あのエリアスが、物語などなら百歩譲ってともかく、あのような専門書を、まさか自主的に読もうとするなどあり得るわけがない。

 しかも、別の棚でさらにもう一冊を手に取ろうとしていた。やや高いところにあるため、必死に背と腕を伸ばすエリアス。近くに座っていた老人が、微笑ましそうに微笑を浮かべながら代わりに棚から取り出すと、エリアスへと手渡している。


 それを悔しげに少しの間見つめた後、エリアスは本当に小さな声で、だが確かにお礼を口で伝えると手近な席へと腰を下ろした。


「エリィがちゃんと知らない人にお礼を言ってる……!?」


 驚きの連続で脳の処理が追い付かない。だが、少なくとも何か陰謀に巻き込まれているとか、そう言う訳では無いようだった。

 そのことにほっと息を付き、ソラは堪らずと言った様子でエリアスへと駆け寄っていく。丁度エリアスはこちらに背を向けている状態だ。本によっぽど集中しているのか、ソラの接近にも気が付いていない。


 それを良いことにソラがエリアスのすぐ背後にまで忍び寄って、


「エリィ、何読んでるにゃ?」


「わぁっ!? お、お前、なんでここいるんだよ!?」


「声大きいよ。読書なんて珍しいを通り越して奇跡……ん?」


 面白いほどにエリアスの体が跳ね、いないはずのソラの姿に眼を見開く。その隙にソラはエリアスの手元を覗き込んで、慌てて隠そうとするが既に遅い。

 何より大きすぎるその本は、エリアスの小さな手で到底覆いきれるものでは無かった。


「なになに、上記の理由によって、他者に扱うこれらの魔法の魔力の制御は攻撃魔法と比べ物になりません、と」


「い、いや、せっかく街にいるんだから少し魔法の知識をな、な?」


 必至に手を振って、エリアスはしどろもどろに言葉を発する。だが、それがいけなかった。エリアスの押さえつけから解放された本をソラが容易に持ち上げ、その表紙に視線を走らす。


「タイトルは『今日からできる大事な人の救い方。回復魔法の基礎をあなたに』、だって」


「……っぅぅ!」


 遅れてエリアスの周りに集まったレオンたちにも聞こえる大きさで、ソラは本のタイトルを読み上げる。数秒間の停止。エリアスを除く四人で顔を順に見合わせて、それから状況の把握。

 その瞬間。思わず笑みが浮かんできてしまうのをレオンは自覚して、イスに座るエリアスは耳まで真っ赤にして机に突っ伏していた。


 急速に笑みを深めていくのはソラも同じだ。嬉しそうな、喜ばしいような、そんな視線をエリアスの後頭部に突き刺す。そして、無視を決め込むエリアスに無理やり抱き着いた。


「まさかエリィがこんなもの覚えようとしてくれてるなんて。ねえ、このタイトルにある“大事な人”って誰? 人たちでもいいよ?」


「もういい……先に帰ってろ……頼むから離れろ……」


 今回ばかりはエリアスも抵抗は一切できず。とにかく机に顔面を押し付けて無視することしかできない。だが、どんどん真っ赤になっていく色白な耳を見ていれば。今は見えない顔の方がどうなっているのかだって、想像するのはあまりに容易過ぎるだろう。


「せっかくお金払ったのにそれは勿体ないでしょ? こっちは『防御魔ほ……」


「ああ、さっさと帰れソラっ!!」


「名前で呼んだ! 猫耳じゃなくてソラって呼んでくれた!」


「あ……」


 今度はエリアスが硬直する番だ。ハッとした様子で思わず顔を上げてしまう。そんなエリアスとニヤニヤするソラとの眼が合って。


「ち、違う“猫耳”……。別に変な意味は無くて……」


「恥ずかしがらなくていいんだよ……!? ほら、もう一回名前で呼んでよ?」


 顔を真っ赤にしたエリアスが必死にソラを引き剥がすが、もちろん剣士であるソラには敵わない。片方は悠々と、片方は嫌々に。それでも何だかんだで楽しそうな様子にレオンは笑みを浮かべる。


 ただ、少しだけ。周囲の迷惑になっていると注意だけが必要だなと、レオンとセレナは目を合わせてため息を付くのだった。


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