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ひとりよがりの勇者  作者: 閲覧用
第二章 戦士の証明
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幕間一 離別と決別

 爽やかな風の流れる早朝。人々が起き始める時刻に、エリアスたちの泊まる宿を冒険者の二人組が訪れていた。


「わざわざ挨拶なんて、別に構わなかったのに」


「いやいや、街を出る前に思い出しただけだから。本当だったら黙っていなくなってたよ」


 金髪と銀髪がトレードマークの二人の青年、アランとクリスをレオンが笑みと共に迎える。冗談交じりに言葉を返すアランと対照的に、クリスは面倒くさげにそっぽへ視線を飛ばすだけだった。


 その相変わらずの態度にエリアスは思わず睨みを利かせ、クリスは鼻で笑って受け流す。


「せっかく来てくれたのに何やってるにゃ」


「いてっ、俺に言うな。あの態度の方が失礼じゃねえか!」


「クリス、お前もだ」


「っ……! アラン、お前いっつもオレのこと殴り過ぎなんだよ!」


 それぞれの保護者に少女と少年が制裁を喰らわさられ、怒りと共に抗議する。その動作がほぼ同時に行われ、再びにらみ合いの始まりだ。出会った当初からこのような関係だが、たった数日の付き合いでここまで仲が悪くなれるのも中々珍しかった。


「時間もあまり無いし、俺たちはこれで。また会う機会があったらよろしく頼むよ」


「おう、あんたらの旅に幸運を俺様も祈ってるぞ! 達者でな!!」


 暴れるクリスを無理やりに押さえつけ、アランが頭を下げると背を向けた。そして人通りの中へと消えていく二人を全員で見送り、


「あの時はお手伝い頂きありがとうございました。助かりましたよ」


 唐突にかけられたセレナの言葉に二人の足が止まる。手伝う、とは何時の事を言っているのだろうか。少なくともエリアスには心当たりは無いし、ソラとブライアンも不思議そうに首を傾げていた。


「あの時、後ろから奇襲を受けていたら、エリアスに追いつけなかったかもしれない。本当に、ありがとう」


 ただ一人、レオンだけは意味を理解しているように続けるだけだ。その言葉にアランは考え込むようにその場で数秒間立ち止まり続ける。

 何か考え込むようなその雰囲気に、自然と皆が言葉を待って、


「何のことか、さっぱりだな。俺たちはそっちの頼みを蹴っ飛ばしただけだろう?」


「……はい、そうですね」


 背中を向けたまま、とぼけるように言い放った。その態度にレオンは表情を緩め、セレナは仕方ないとばかりに息を吐くと同意の言葉だけで終わる。

 後に続く言葉は無く、人混みへと消えていく二人の人影を今度こそ見送っていった。


「さて、エリアス。行きたいところがあるんだろう?」


 彼らの姿が見えなくなってから、レオンが確認するように尋ねてくる。予定よりかはかなり早い時間だが、せっかく外に出てきたのだからこのまま出発してしまっても構わないだろう。

 だが、レオンの口調に僅かな不安を禁じえなかった。


「そうだけどよ、まさか付いてくるのか?」


 構わないのだが、一緒に行動するのは今回ばかりは抵抗があった。これから向かう場所はエリアスにとって大事な場所なのだから。

 例えそれがレオンたちであっても、誰かと共に行くのは拒絶したかった。この感情を向ける存在は既に決まってしまっていて、これ以上増やすことは無い。


「ちょうど近くで買い物するからね。途中で別れる感じだと思うよ」


「そうか……んじゃ荷物取ってくるぞ」


 ソラに言葉に今度こそ安心すると、エリアスは宿の中へと消えていく。これからの用事に、複雑な感情を入り交えながら、消えていった。





 ☆ ☆ ☆ ☆





 王都とは、文字通り王国最大の都である。都会と言うにふさわしい巨大な建造物が立ち並び、比較的小さな建物が多い住宅地であっても、所狭しと住居が鎮座している。

 どこを向いても人か建物ばかりの街であり、その場所だけは例外であった。王都郊外。中心地から僅かに離れた花畑の中に、その場所は存在した。


「…………」


 その土地を、剣を背負った少女、エリアスはゆっくりと歩いている。もう剣は使わないと決めた。無理をして扱ったところで自らを傷つけ、仲間に心配をさせるだけだ。今の体ではあまりに不釣り合いすぎる。


 ならどうして今更そんなものを背負っているのかと言えば、振り回す以外に使うためだった。


 綺麗に並べられている、高さ二メートルほどの石碑の間を、おぼろげな記憶に従って進んでいく。何年も前に、一度だけ通った道を。本当だったら何度も通るべきだった道を、ゆっくりと着実に進んでいく。


「久しぶりだな」


 やがて目的の場所へとたどり着き、小さく言葉を零した。


「本当はもっと来るべきだったんだろうけど、俺も色々忙しくて……悪い、これも言い訳だ。ただお前らに会うと……まあちょっとあれでな」


 帰ってくる言葉は存在しない。ただ風がたなびく音だけが響き渡るだけだ。そんな分かり切っていることは、別に構いはしない。


「あ、それと俺だって分からねえか? こんなちっこくなっちまったけどエリアスだぞ。本当は嫌だったんだけど、なんか一生女のままっぽくて……それに変に喜ぶ変態もいるし今後が憂鬱だ」


 自然と口調が速くなり、話題が逸れていく。それを自覚しているのに、やめられないのはエリアスの弱さだろうか。もっと話さないといけないことはたくさんあるのに。


「そうだ、新しい“仲間”が出来たんだ。馬鹿とお人好ししかいねえけど……まあ悪い奴らじゃない。裏切ったわけじゃないからな! お前らはずっと俺の“仲間”だ。そこに新しく増えただけで……」


 だが。いつまでも逃げていてはいけない。本題に、過去との決別を始めなくてはいけない。体が震え焦点がズレそうになる。

 深呼吸して一度心を落ち着かせた。少しだけ楽なった気持ちで、今度こそ口を開いて、


「けど……ごめん。俺は剣を置く。俺たちは“仲間”だって剣に誓ったのに、俺はその約束を破る」


 背中の剣を鞘ごとに腕に持つ。ずっしりとした鉄の塊はずっしりと重い。ほんの少し前は、これ以上の大剣を軽々と振り回していたのに。

身体強化(むりなドーピング)』に頼らなければ、こうして持ち上げるにも苦労するほどだ。それほどまでに、この少女の体は貧弱なのだ。


「お、お前らが悪いんだからなっ! 俺を置いてどっかに行きやがって。戦争が終わったら剣以外のものに誓い直すって、“仲間”から“友達”になるって。それが出来てたら俺だって潔く剣を捨てたのに」


 これ以上は持ち上げられない。細い腕の限界を感じ取り、剣を目の前の一際大きな石碑に立てかける。


「お前らが、先に約束を破ったんだからな……戦争を終わらせるって誓いだって、『勇者』でも一人じゃ無理だぞ」


 一言に戦争を終わらせると掲げても、何をどうすれば達成できるのか見当もつかない。魔族を皆殺しにすれば、連邦を滅ぼせば可能なのだろうか。

 仮にそうだとしても、もうエリアスはそのような手段は取りたくない。エリアスはあまりに無力だ。ずっと自分の殻に閉じこもり続けた子供だ。


 だけど、そんな何も知らない子供でも。誰かと一緒なら。助け合えるなら、何でもできるかもしれないと思っていた。あの時までは。


「お前らが一緒にっていうから俺も頑張ろうと思ってのによ。俺を置いていきやがって……俺に散々言っておいて……結局、約束を守らなかったのはお前らじゃねえか」


 目頭が熱い。胸が苦しい。思い出したくも無い血の海が、瞼の裏に思い浮かぶ。


「俺がどんだけ苦しんだと思ってんだ。何年もひとりぼっちで、誰も俺を見てくれなくて……お前らが、俺を置いていくから……」


 辛かった。一度光を、仲間の温もりを知ってしまったから、ひとりぼっちは苦しかった。レオンたちに会って、ようやくその闇も晴れる希望が見えたが、それでも、あの闇に覆われた数年間はとても忘れられなくて、


「どうして、先に逝っちまったんだよ……キール……みんな……」


 眼から零れ落ちる雫を自覚しながら、目の前の石碑を──“エリアスの仲間たちが眠る合祀墓”へ拳を当てる。

 彼らに向けるこの気持ちは一体何なのだろう。置いていかれた怒りなのか、希望を失った悲しみなのか。分からない。


 ただ一つ言えることは、これまでのエリアスは心の弱さから、ここを訪れることが一度しかできていなかったこと。それを一人で解決できるほど、エリアスは強くないこと。

 それでも今更こうしてキールたちに向かい合えたのは、別の理由があるからだ。


「……剣は置く。それは変わらない。だから、もう一つの約束は、余計な犠牲者が出ないように、戦争は絶対に終わらせる。新しい仲間も出来たんだ。きっとできる」


 レオンたちが、思い出させてくれたから。本当に成し遂げたかったことを思い出させてくれたから。

 そして本音を見せられる仲間が再び出来て、心に余裕が出来たからこうしてキールたちに、過去に向き直れた。


 涙を乱暴に腕で拭う。この場には明るい宣言をするために訪れたのだ。涙なんて、要らない。

 花の代わりに剣が立てかけられた大きな墓。それにしっかりと背筋を伸ばして、向き直った。


「先に逝ったことを後悔して見てろ! お前らの約束は、俺が勝手に叶えておいてやる。俺の一人の力じゃないけど、一緒にいれなくて後悔するほどことをやってやる!」


 一人では絶対に無理だ。だが、もうひとりぼっちじゃないから。一度は暗闇から救ってくれた彼らの分まで、エリアスが成し遂げなくてはならない。

 それが、エリアスの、本当の、“信念”だ。


「じゃあ、いつになるかは分からねえけど、また来るよ……」


 そうして墓地を静かに後にしていく。立ち去っていく青い少女の表情は儚げで、だが同時に力強いものでもあった。


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