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ひとりよがりの勇者  作者: 閲覧用
第二章 戦士の証明
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第二十話 エリアス

 ──一体どこで間違えてしまったのだろうか。


 もしもそう尋ねられたのなら、きっと返答に困る。それほどまでにエリアスの人生は間違いだらけだった。

 何かの間違いで辺境の村を魔族に襲撃され、何かの間違いで平民の幼い少年が『勇者』の力を覚醒し、何かの間違いで孤独へと追い込まれた。


 そして何かの間違いでエリアスを支える仲間と出会えて──何かの間違いで皆殺しにされた。


 エリアスはあの赤毛の少年に救われるはずだったのだ。それ以前にエリアスが戦場で『勇者』として戦うことも無かった。

 父親の土地を受け継ぎ、狭い村の中で人生を完結させたか、或いは若さゆえの無鉄砲さで都会に出ていったのかは分からない。だが、少なくともどこにでもいる平凡な村の男としての人生を歩むはずだった。


 しかし、偶然に偶然が重なり、不幸が積まれていって、今のエリアスが生まれた。

 だから、どこで間違えてしまったのだろうかと。そう尋ねられたなら、きっと答えは一つしかない。


 あの破滅の日から。十歳を迎えたあの日からの全てが間違いだったのだ。





 ☆ ☆ ☆ ☆





 何故だか視界が震える。腕が思う通りに動かない。『勇者』の力を宿した一か月ぶりの戦いだというのに、これまで感じてきた敵を叩き潰す快感も、血にまみれた戦場での高揚感も、何も感じない。

 ただただ、心を満たすのは胸に突っかかるような虚しい激情だけだ。


「エリアス! やめろぉ!!」


 目の前から聞き慣れ始めた青年の叫び声が聞こえた。その位置へ向かって剣を振り上げ、振り下ろす。ろくに集中力も無い素人同然の動作でさえ、『勇者』の一撃は大地を叩き割る。

 事実、寸前でレオンが回避した斬撃が地面へと着弾。それだけで大地が隆起し、足場が崩壊していく。


「また外れた……」


 あの訓練場での模擬戦が嘘のように、今のレオンたちの動きは酷く緩慢に見える。動体視力などの感覚神経にまで『勇者』の力は及んでいた。

 それなのに、一度たりとも斬撃はレオンたちを捉えられていない。次の動きは筋肉を見れば予測できる。それほどまでに本来の力を取り戻したエリアスにとって、レオンたち“常人”の戦いは止まって見えるようだった。


 確かに本来の『勇者』の力よりかは、今の仮初の力は弱く感じる。だが、たった四人を粉砕するには十分すぎる。むしろ過剰なぐらいだ。では何が原因かと言えばそれは明白なもので、


「ああ、体は元に戻ってないからか」


 未だ小柄な少女のままの姿を見下ろす。単純なリーチの問題だと、本当は分かっている正しい原因を見て見ぬふりをし、適当な理由を上げていた。しかし、それも完全な嘘とは言えない。


 ──ずっとエリアスは少女の体を自分だと認識できていないのだ。


 女物の服を着るのも、女子トイレに入るのも、それは確かに自分(エリアス)だ。だから、精神は青年であるエリアスは恥ずかしがりもするし、今でも拒絶感はある。

 だが、その姿を鏡で見せられても特に何も感じないのは、鏡の中の少女が自分(エリアス)だと認識できていないから。ソラに鏡を向けられても特に反応を返さなかったのはそのためだった。


 少女という仮の肉体を操作している気分、と言えば正しいのだろうか。無茶な肉体の酷使も、深層心理でのこの認識が原因なのかもしれなかった。


「まあ、あの女だったら戻し方も知ってるだろ。ここで弱っちい体も使い収めか」


 そしてそれは『勇者』の力を取り戻したことでより顕著になる。足りない攻撃距離を補うように、剣を包み隠すほどの雷撃が覆いつくし、僅かに刃が伸びたように感じる。

 掠っただけでも感電による死は免れないだろう。これなら、多少のリーチの差は帳消しにできた。


「それ以上はエリィが耐え切れないよ! お願いだからやめて!!」


「──っ」


 泣きそうな表情で必死に訴えるソラから、咄嗟に眼を逸らす。そして視界の中にエリアスの右腕が入り込んだ。白く細い、とても剣を振れるとは思えない少女の腕。

 それが『勇者』の力によって強化され、軋みを上げていた。過剰過ぎる魔力は、鍛え上げられた青年の腕ならともかく、少女の腕を侵し、剣を纏う雷撃によって火傷まで刻み込まれている。


 明らかにエリアスの力は、エリアス自身を最も傷つけていた。そう長い時間は持たないと、一見して分かってしまうほどに。それでも、その長くない時間で全てを終わらせてしまえばいいのだ。


 そう全てを。エリアスを迷わせる“足手まとい”たちを斬り捨てて、元の生活を取り戻せばよい。それがエリアスの誓いなのだから。“仲間”たちの墓の前で誓った信念なのだから。


「だから、さっさと当たれよ!!」


 迷いだらけの剣筋は歪み、ただ早いだけの斬撃はレオンたちを捉えることはできない。二歩でソラの目の前に降り立ち、横一文字に振り抜く。しゃがんだソラの頭上を斬撃が通り抜けていって、背後から羽交い絞めにされた。


「エリアスの嬢ちゃんよ! 少しは俺様たちの話を……ぬわぁ!?」


「うるせえ!」


 肩越しに振り返るとブライアンの髭面が目の前に移り、すぐさま腕に力を入れると振り払った。小柄な少女に力比べで負け、驚愕の表情を浮かべるブライアン。離れていく彼の腕を無理やりつかみ取って、


「おりゃぁぁ──!!」


 嘘のようにドワーフであるブライアンの体が宙を舞う。その着弾点に存在するのは、否、何も存在しない。崖とまでは言わないが十分すぎる高さの高台だ。

 弧を描き奈落へと消えていくブライアン。頭から落ちればいくら頑丈な彼でも命を落としかねない。一瞬、ブライアンの強面が覚悟を決めたように固く結ばれた。


「──世界を満たす精霊たちよ。取るに足りぬ我らに一瞬の遭逢を許し給え。ほんの少しばかりのご慈悲を今ここに『ブリーゼ・プロテクション』」


 直後、やや早口で紡がれるのは美しい女性の声。これまで一番透き通るような声でセレナが詠唱を終えた。

 落下していくブライアンが何やら不思議な風の障壁に包み込まれたのを見て、セレナが僅かに気を抜く。気を抜いてしまう。


「甘えんだよ!」


 気が付いた時には目の前にエリアスが現れていた。文字通り移動する瞬間さえ捉えられない高速移動。魔法使いであるセレナにはとても反応しきれない速さの世界で、唖然とした表情を浮かべることさえ間に合わない。

 そのまま雷撃にセレナの姿が呑まれて、


「やめろエリアァァァス──!!」


「ぁ……」


 間に割って入るレオンの槍がそれを受け止めた。レオンの肉体を槍を通して雷が貫いていく。声にならない悲鳴が轟き、思わずエリアスが剣から力を抜いた。

 しかし、衝撃だけは残り、弾丸のように飛ぶレオンとそれに押されるセレナの姿が、ブライアンを追うように高台の下へと消えていく。


 ようやく、当たった。レオンに斬撃が直撃した。いくら槍越しとはいえ、『勇者』の一撃だ。恐らく無事では済んでいない。下手をしたら感電による心停止などで即死だってあり得るだろう。エリアスの手で、レオンを殺した。


「は、はは……これでいいはずなんだ。そうだよ、いいんだよ。そうじゃねえといけねえんだ……そうじゃねえと、そうじゃねえと。俺は……」


「良いわけないでしょ!? なんで、どうして、こんなことするの!?」


 再び手の震えが起き始め、動悸が鳴り止まない。そこにソラの声が届き、ゆっくりと顔を上げた。


 ソラの表情はひどいものだった。多くの人間に可愛いと称される顔をぐちゃぐちゃに歪め、どうしたらいいのか分からずにエリアスとレオンたちが落ちた高台へ交互に顔を向けている。

 どうひどいのかまでは分からない。何故だか視界が滲んで安定しないからだ。


「これが、必要なことだから……俺の目的を達成するための近道だからだ……」


「違う……もしそうならどうしてエリィは……エリィは……!」


 そこまで言い放ったところでソラは口を閉ざし、高台の方へ駆け抜けていく。そのまま止める間も無く、ソラの小さな背中が奈落へと消えていった。


 一人取り残されたエリアスは茫然自失とソラたちが消えていった高台へ視線を向ける。僅かに躊躇い。だが、レオンたちの殲滅は未だ済まされていない。

 仕事を、完遂しよう。そんな心の声に後押しされて、エリアスも高台の下へと飛び降りた。ほんの少しばかりの浮遊感を乗り越え、特に危なげなく着地。そして目の前には倒れうめき声を上げるレオンと、必死に治療を施すセレナの姿があった。


「うぅ……」


「傷の治りが遅い……いくら効果が抜けているとはいえ、一日に三本全てを使うなんて……!」


「嬢ちゃん。見ての通りレオンは治療中だ。まだ誰も死んでねえ! 今ならまだ取り戻せる! 俺様に顔に免じてこれ以上は止めてくれ」


 どういう訳なのか、レオンは想像以上に軽傷で済んでいるようだった。そんな光景の前にブライアンが立ち塞がる。仲間を守るべく、仲間を連れ戻すべく、使命感に駆られてらしくない真剣な表情を浮かべたブライアンが、エリアスをじっと見つめる。

 それをエリアスはまともに見返すことができなかった。心の底から溢れ出してくる何かに耐えるように、視線を逸らす。その先にソラの顔があって、さらに別の個所へ視線を逸らす。


 ──ひたすらに、現実から眼を背け続ける。


「……今ならあの女も見てねえ。すぐにここから逃げろ」


「エリアスの嬢ちゃんはどうするつもりだ?」


「俺はあの女と一緒に行く。力を、取り戻す」


 これがエリアスに可能な最大限の譲歩だった。否、エリアスの身勝手な意見だろうか。

 兎にも角にも、今なら“逃げられた”ことにできる。レオンたちが死なずに済む選択を取れる。エリアスの目的を叶えた上で、誰も死なない未来を、


「ふざけるな。そんな逃げの選択、俺は選ばないぞ……!」


 しかし、そのエリアスの好意さえも妨げられる。痛みに耐えるように懸命に歯を食い縛りながら、レオンがセレナの元から立ち上がる。セレナの制止も無視して、確かに二本の足で立ち上がると、真っ直ぐにエリアスを見つめた。


「ここで殺してやってもいいんだぞ!! 最後の情けだ! 今すぐ俺の前から消えろ!!」


「嫌だ。君が何と言おうと、俺が助けるって決めたんだ。エリアスの都合なんて聞くつもりは無い!」


 助ける? レオンが? エリアスを、助けるだと。なんて身勝手な言葉なのだろうか。そんなことエリアスは願っていない。レオンに頼んだことなど一度たりとも無い。


「余計なお世話だとか、思ってるかもしれないけど、本当は君だってこんなことしたくなんだろ!?」


「分かったような口を利くんじゃねえ! てめえらに俺の何が分かる!?」


 仲間同士で助け合い、笑い合い、人生を共にする。確かに素晴らしい関係だ。その仲間が家族なのか、友人なのか、恋人なのか、或いは仕事仲間なのか。それが何であれ、きっと充実した幸せな生活を送ることができる。


 それが人間として当たり前の営みだ。パートナーと共に生涯を暮らし、集団の中に生き、社会の中で暮らす人間にとって当たり前の世界。

 ならば、その当たり前が唐突に奪われる苦しみを、悲しみを、怒りを。彼らは知っているのだろうか。知らないだろう。この痛みは当事者でなければ決して理解できない。


「起きたら家族の死体に、燃える故郷に囲まれていた気持ちが分かるか!? ようやく出会えた仲間がバラバラにされた気持ちが分かるか!?」


 絶対に分からない。この憎悪をエリアス以外が理解できるはずがない。当たり前を奪われ、何もかもが暗く見えた世界を照らしてくれた仲間たち。それすらも奪われ、何もかもを失った。

 残った人々はエリアスを欲望か嫉妬に塗れた視線で覗き込むばかり。そんな真っ暗で、ひとりぼっちの世界の寂しさを、虚しさを。赤の他人に分かって堪るものか。


「それで、エリィは戦うの? 復讐を選ぶの? ……そんなわけないよね」


 震える声で、ソラがエリアスへ尋ねる。そう言えばソラにだけは、魔族を恨んでいることを少しだけ話していた。だからと言って、断言するように決めつけられるのは許さない。


 ソラがエリアスをどういった人物だと思っているのか知らないが、エリアスはただの屑だ。自分の身勝手で、自己満足のために多くの魔族を殺してきた殺人鬼だ。彼女の中の“エリアス”は些か善人過ぎた。


 無性に腹が立つ。その綺麗な“エリアス”の認識を叩き潰してやりたい。意図せず湧き出た醜悪な感情が、エリアスに凶悪な笑みを浮かべさせて、


「ああそうだ! 俺は魔族共を皆殺しにしてやる!! その復讐のためなら何だってしてやろうじゃねえか!!」


「ちょっと乱暴で大雑把だけど、エリィは本当は優しい子でしょ。あの時だってあたしを助けてくれて……」


「勝手な想像で俺を美化しているんじゃねえよ。猫耳が思ってるような“エリアス”なんていねえんだ。本当にいるのは、理由さえあれば容赦なく知り合いを殺す屑が一人だけだ!」


 ソラたちと暮らしてきた少女(エリアス)は幻想だった。この場にいるのは壊れてしまった『勇者(エリアス)』が一人。そうでなければいけない。


「本当だったら、俺は猫耳を見捨ててジャックを殺すつもりだった! ちょっとした失敗で庇う形になっちまったが……俺は、てめえらを見殺しにするつもりだった!!」


 あの時はどうかしていたのだ。何かの間違いで復讐を果たす機会を捨て、自ら命の危機に瀕した。だが、ほんの気の狂いが起こした行動に過ぎない。本当だったら、エリアスはソラを代償に復讐を選んでいた。


「復讐のためなら手段は選ばねえ! 魔族を皆殺しにするために、そのための力を手に入れるために、俺はてめえらを犠牲にしてやるッ!」


 散々にソラの言葉を踏み躙った。エリアスを本当は善人だと信じてやまないソラの言葉を叩き潰した。さすがにソラだってエリアスの醜さに気が付くだろう。気が付いて、二度と近づかないように見放すだろう。


 それでいいのだ。エリアスのような屑は、ずっとひとりぼっちでいるべきなのだから。


「違う。エリィはそんなことできるほど悪い子じゃない」


「それはてめえのバカな勘違いだ」


 それなのに。


「違うの。エリィだって本当は……」


「違わないって言ってるだろうがッ!」


 いつまでもソラは、レオンは、セレナはブライアンは。


「そんなわけない! 君だってこんなことは望んじゃいない!」


「……黙れ」


 エリアスを見放すことは無くて。


「素直になれ! 難しいなら俺様が手伝ってやるぞ!!」


「黙れ……!」


 エリアスを置いて逃げることは無くて。


「エリアスさんは頑固すぎます。本音を吐いたらどうですか?」


「黙れ黙れ黙れッ! これが俺の本音だ! 嘘偽りない、俺の本性だ!!」


「違うよね? もしそれが本当だって言うなら……」


 どれだけ醜い本性をさらけ出しても、彼らは一向に引こうとしない。何故だ。何が根拠でレオンたちはエリアスを信じて疑わない。一体どうして──


「どうして、そんな顔で泣いてるの?」


「は……?」


 頬に流れる大粒の水滴が、それが答えだった。





 ☆ ☆ ☆ ☆





 言っている意味が分からない。震える手先を自らの頬に当てて、その言葉の意味を探る。

 指が暖かい液体で湿った。最初はいつの間にか怪我をして、血が流れているのかと思った。しかし、そんな負傷どこにもない。液体の色だって真っ赤な血のそれでは無く、無色透明な何かだ。


「え、なんだこれ……どこから出てきて……」


「それがエリィの本音でしょ! 本当にやりたいことを、泣きながらやる子がどこにいるの!?」


 ソラの言葉が正しいのならば、エリアスは泣いているのか。どうして、エリアスは泣いているのだ。分からない、分からない、分からない。


「な、なんで、いや俺の願いは復讐だけだ……! それ以外の何ものでも……」


「復讐だなんてかっこつけるな! そんな虚しいことをしてどうするんだ?」


 何も分からない。分かりたくない。呼吸が激しくなっていく。肺に無理やり酸素を送り込むたびに、頭に激痛が走った。思わず剣を取り落とし、空いた両手で頭を抱える。


「虚しくてもいいんだよ! それが俺の使命だ、キールたちの弔いだ……俺がやらねえといけねえんだ。俺がやらねえと……」


「俺様がその昔の仲間だったととして、生き残ったやつに復讐なんてしてほしいとは思わないぞ! せっかく命を拾ったなら幸せな道を歩むべきだ!!」


 そもそも、魔族への復讐を決意したのは何故だったのだろうか。どうして、エリアスの根本を構成する信念の、その原因が思い出せないのだ。

 キールが死に際にエリアスへ頼んだのか。そんなはずは無い。あの優しくて仲間思いだったキールが呪いをエリアスへ残していくわけがない。それなら、一体どうして。


「理由が分からないんですよね? それはあなたの本当の願いでは無いからです」


「黙れ──!!」


 一々こちらの思考を読むような言葉の嵐に、エリアスは短く詠唱すると左手から雷撃を放つ。一筋の雷と化した魔力がレオンたちへと襲い掛かり──彼らの間を通り抜け霧散していく。

 どれだけ魔力を込めようと、まともな詠唱もイメージもされていない術式が正確に発動するわけがない。何よりも術者が望んでいない結果を魔法が呼び起こすわけがない。例え『勇者』の膨大な魔力を注ぎ込もうとそれは変わらない。


「俺はあの森で君の悲鳴を聞いた。あれは嘘だったのか? 俺が騙されてるだけで演技だったのか? 違うだろ! あれがエリアスの本音の一部だったんだろ!?」


「ちげえって言ってるだろうがッ──!」


 再び雷撃が撃ち抜く。だがその先にあるのは虚空だけだ。レオンたちの口を閉ざすために放ったのに、それが成されることは無い。


「自分の行いが屑だって、ロクでもないものだって、許されないものだって。そう自分の口で言って!」


「黙れえぇぇ──!!」


 次々と雷撃が顕現し射出する。最早左手からだけでは無く、エリアスの周囲から魔法陣が浮かび上がりそこから大量の雷が迸る。だが、一発たりともレオンたちを捉えることは無い。

 何かが胸の奥から湧き上がってくる。記憶の彼方から何かが溢れ出してくる。ずっと忘れていた何かが、思い出さなくていけないのに、思い出したらこれまでの自分を否定してしまうようで。


「それは誰かに止めて欲しいからだ! 後に引けなくなった行為を、誰かに引き留めて欲しいからだ! そうだろ!?」


「止める必要なんてねえ! 俺が自分で選んだ道だ! 自分でこの暗闇を選んだんだ……それを今更やめるのは、キールたちへの侮辱だッ!」


 誓ったのだ。仇は取ると。魔族を殺して見せると。彼らの前で誓ったのだ。それを今更破ることは許されない。そんなことあってはならない。


「それだって君が勝手に決めたことだろ!!」


「……そうだ、確かに俺がキールの墓に一方的に……いや、それでも、それでも、違うんだ……これがキールにとっても、みんなにとっても……」


 もう訳が分からない。何が正しいのか分からない。確かに復讐だと息巻いていたことに、キールたちの意志は関係ない。一方的にエリアスが眠る彼らに宣言したことで、


「あれ……違う。俺はキールたちに何を誓って……」


 それすらも嘘だった。そう思い込もうとしただけだったのだ。

 剣に誓った。いつか戦友では無く友達になるのだと。だから剣を手放したくなかった。キールたちとの最後の繋がりを残してたくて。


 キールたちの墓に誓った。それは、一体何だったのだろうか。思い出せない。思い出せそうだ。でも思い出したくない。それがキールたちがいなくなってから間違い続けたエリアスを責め立てるようで、


「言え! エリアスは本当は何をしたかったんだ!? やりたくも無い復讐じゃないはずだ!」


「俺は、俺は──っ」


 目の前が真っ暗になる。喉が震える。全身が震えて、頭を抱えたままにその場にしゃがみ込む。


「エリィ!」


「俺は……!」


 涙でグシャグシャになった口から言葉を紡ぎ、眼を見開く。十年間の悲しみがエリアスの言葉に乗せられて、


「俺はただ誰にも死んでほしくなかった……! これ以上、仲間が死ぬのを見たくなかったぁ……!」


 理不尽に故郷を、家族を殺された。そんな光景なんて、二度と見たくなかった。だからキールたちと出会って、前を向けるようになって。戦争を終わらせ不幸な死を無くそうと目標を掲げたのだ。


「早く決着をつけて戦争を終わらせようって、これ以上罪の無い人たちの死を無くそうって。でも、一緒に誓ったキールたちはみんな殺されちまった……。俺がいなければ、俺の呪われた力が無ければ死ぬはずは無かったのに……!」


 それなのにキールたちはいなくなった。エリアスを置いて先に逝ってしまった。それもエリアスに長時間接触しすぎてだ。エリアスの持つ『魔力掌握』の暴走で徐々に生命力を奪われ、最後には戦う力を失って死んだ。


「気が付いたら戦いが目標になってた……勝手に全部忘れたふりをして、キールたちの誓いを無視してたんだ──っ」


 再びひとりぼっちになったエリアスは、それでも墓の前で戦争を終わらせると誓ったのに。

 気が付けば故郷を奪った魔族が。キールたちを殺した魔族が。憎くて仕方が無くて。目的と手段が滅茶苦茶になってしまっていたのだ。戦争を終わらせるために戦っていたのに、戦うこと自体が目的になってしまった。


 キールたちを殺す原因にはエリアス自身が含まれていたのに。全ての責任を魔族へと転換し、憎悪を向けていた。それがどれだけ虚しいことでも、穴だらけになった心を埋めるにはそれしか無かった。

 でも、それを思い出してしまったのなら。それを口にしてしまった今なら。


「もう、嫌だよ……。俺は、普通の平和な人生が欲しかったぁ……っ!!」


「──それが、君の本音だろうッ!」


 何も言えないソラたちの前で、静かに嗚咽の音だけが響く。そこには復讐だと憎悪の声を上げていた壊れかけの『勇者』などいない。

 只々、これまで吐き出せなかった世界の理不尽に、涙を流す少女が一人座っているだけ。悲痛な泣き声で己の過ちを悔いている人間が一人いるだけだった。


 続く言葉が見つからず、レオンたちは黙って顔を見合わせる。しかし、痛ましいエリアスの様子を見て、覚悟を決めたレオンとソラがゆっくりと歩み寄り、


「全く。あんまり遅いから様子を見に来たけど、ひどいありさまね『勇者』くん? “狂戦士”の二つ名が聞いて呆れるわ」


「──ッ! あなたにエリィの何が分かるの!?」


 頭上から聞こえる悪魔の声に、エリアスを除く四人が一斉に顔を上げた。ジェシカの馬鹿にするような物言いに、堪らずソラが怒鳴り声を放つ。それはレオンたち全員の心の代弁だった。


 怒りに染まった熱視線を一身に浴びながら、ジェシカは涼しい顔で受け流す。疲れたような表情を浮かべたまま懐から例の水晶を取り出すと、それを天高く掲げて見せた。レオンたちが見つめる前でその水晶が、『宝玉』が激しい光を放ち始める。


「そこの弱虫でも一応大事な素材なの。回収しない訳にもいかないし、あたしが相手して上げる」


 変化は顕著で、あまりの規模に最初は気づくことができなかった。ジェシカの立つ高台が徐々に崩れ出し、内側から何かが姿を現す。最もそれは岩以外の何物でもない。

 当たり前だ。岩でできた高台は洞窟でもない限り、その内側まで岩でしかない。言うまでも無いだろう。問題はその岩の姿だった。


「こんなバカげたことが……」


「さすがに結構負担がかかるわね。まあ、この程度すぐに回復するからいいわ」


 大地が割れ、それが陽の光へ晒される。真っ先に飛び出してきた岩の巨大な尻尾がエリアスの体に巻き付き攫っていく。続いて出てくるのは巨大な爬虫類の頭蓋骨──その形を模した岩だ。

 首から背骨、それから伸びる四つの巨大な足と、二対の翼、そして尻尾。全てが岩で構成された骨の魔獣が雄たけびを上げる。目の空洞に赤い光が宿り、まるで本物の生物ように動き出す。


「天災とまで呼ばれる魔物ドラゴンゾンビよ! まあ安心しなさい。あくまで岩で体を構成した偽物だから。ドラゴンゾンビもどきの魔獣よ。まあ、四人如きでどうにかできるかしら!」


 岩から生まれた骨の竜が遠吠えを上げる。その頭蓋骨の上で、ジェシカは嘲笑を浮かべていた。


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