第四話 愉快な仲間たち
未だにダメージの残る身体を引きずるように、エリアスは王都の大通りを歩いていた。太陽は頭の頂点をちょうど通り過ぎた頃合いで、人通りもピークだ。現在の小さな体格のエリアスでは、通行人たちに押し退けられ移動することも大変だった。
「どいつもこいつも絶対に許さねえ……。みんな死んじまえ……」
それがどうにも苛立ちを加速させる。騒々しい都市の商売人たちも、エリアスを気にした様子もなく突き飛ばしていく通行人も、人の波にさえ耐えられない貧弱な自分自身も。何もかも腹立たしい。
情報局でエリアスに情けをかけたあの中年の兵士もそうだ。その場で捕らえて罰を与えるのか、許すのか。中途半端なのだ。それぐらいなら最初から中に入れてくれれば良いのに、僅かばかりの貨幣を渡され、逃がしてくれても当ての無いエリアスにどうしろと。
実際、エリアスはどこか目的地があって歩いているわけでは無い。ただの気晴らしに足を動かしているだけだった。
「人が多すぎるんだよ……少し離れるか」
しかし、それにも既に飽き飽きしてきていた。加えてエリアスは人混みというのがどうやら苦手らしい。小さな身体ではあちこちに押されて真っ直ぐ歩くのがままならないというのもある。
相手が魔族であれば薙ぎ払えば良かったものの、ここは鉄臭い戦場ではなかった。最も今のエリアスにそんな力は無いのだが。
低い目線を補うため、軽く跳躍しながら辺りを見渡し、大通りから逸れる小道を発見する。通行の流れに逆らう形で無理やり身体をねじ込んでいくと、その道へ何とかたどり着いた。
相変わらず、この先の方針は何も考えていない。まともな生活を送っていなかったのだから、どこに行けば何があるのかなどさっぱりなのだ。
問題は、『勇者』の時にはそれでも何とかやっていけてしまっていたことであり、深く根を張ってしまった欠点はそう簡単に消えてくれることは無かった。
「はあ、やっぱり一人でいるのが楽でいい」
そんなエリアスは、今の自身の容姿など全く考慮せずに、散歩気分で路地裏の道を突き進んでいく。図らずも、その行く先は見事に王都の郊外へ向かう方向だった。
大通りから離れて、徐々に賑やかな音が耳に届かなくなっていく。それに比例して、建物の影に隠れている路地裏はより薄暗くなっていった。曲がり角でアンデットと不意に遭遇しても驚かないような雰囲気の道を、エリアスは何の躊躇いもなく踏破する。
「さて、何か面白いもんでもない……ん?」
何かが鼓膜を刺激し、エリアスはふと背後を振り返った。どうやら石ころが転がってきたようで、コロコロとすぐ後ろまでたどり着いたそれは、エリアスの踵にほんの小さな衝撃をもたらすと停止する。
一体どこから──その疑問が脳裏をよぎるのとほぼ同時にエリアスは地面へと身を投げた。
そのまま腕で衝撃を和らげ、前転の要領で回転すると素早く身を起こす。そして、再び元の方向へ振り返ると、ごろつきの五人組が汚らしい眼つきをエリアスへ向けていた。
その中央に立つ男性が右の拳を突き出しており、どうやらエリアスが反射で回避した攻撃はそれだったようだ。
「へへへ、お嬢ちゃんがこんな道を歩いてるなんて、ちょっと不用心じゃねえか。悪い大人が襲ってくるかもよぉ?」
「誰がお嬢ちゃんだ、クソ野郎ども。叩きのめされたくなかったら、さっさと失せろ」
気晴らしに散歩していたのに、これでは台無しだ。本当に面倒くさいとばかりにエリアスが吐き捨てると、ごろつきたちが一瞬キョトンとした顔をする。
だがすぐに、それを笑みに変えると腹を抱えて、
「ハハハ! いやいや、ずいぶんと勇ましいことで」
「兄貴のパンチをかわしたからって調子に乗ってるのかよ!」
「ちょっとばかし口が悪い。けど、それを屈服させるのもまた一興だな!」
エリアスを好き勝手に笑いものにするごろつきたち。その様子を見て、顔に青筋を浮かべたエリアスは拳を鳴らしながら一歩前に出た。
「やっぱそこで待ってろ。全員、顔面を潰してやるよ」
より笑いを深めるごろつきたちの声を努めて無視し、エリアスは前傾姿勢になると──弾丸のように飛び出した。
『勇者』の力を失おうと、その身に宿る戦闘技術までは失われない。今の貧弱な肉体でも最大限まで性能を引き出せば、それなりの動きは可能だ。
身体を低く、地を這うように高速で移動する姿を見て、ごろつきたちの嘲笑が驚愕に変わった。それを無視し、先頭に立つ先程不意打ちをしてくれた男性の目の前に辿り着くと、右の貫手を喉へ放つ。
「ぎゃっ!?」
「な!? やりながったな!」
潰れた蛙のような悲鳴を上げ、男性が地面と口づけ。そこでようやく、残りの四人が動き出した。だが、動きがどれも雑だ。
連携を取りそれぞれが援護しあう兵士と違い、思い思いに拳を構えるだけの素人同然の戦い。その程度では、歴戦のエリアスには張り合えない。
右から迫る拳を手のひらで受け流すと、その勢いを利用して左から迫るもう一人に投げつける。
小柄な少女に大の大人が投げ飛ばされる光景を理解できなかったのか、二人は受け身も取れずに重なり合いながら転倒した。
それを横目に正面から迫る、下段の蹴りを一歩左にずれることで回避すると、
「悪いな。蹴りをこれ以上食らうのは、もううんざりなんだよッ!!」
がら空きの脇腹に右肘を突き立てた。鋭い一撃は男の身体から力を奪うことに成功し、崩れ落ちる身体に潰されぬよう立ち位置を変える。
一瞬で四人の無力化を達成だ。この程度なら非力な身体でもどうにでもなった。そう、四人なら。
「あと一人はどこに──」
「捕まえたぞ、くそガキが!!」
いつの間にか五人目が見当たらず、周囲に視線を走らせようとした直後、背後から羽交い締めにされた。
咄嗟に手足を暴れさせるが、とても抜け出せない。単純な力比べでは、小柄な少女の身体に勝ち目は無かった。
さらに、最初に貫手を叩き込んだ一人以外は、痛みに悶えながらも起き上がってくる。一時的に打ち倒すことはできても、意識を刈り取るには力が足りないのだ。
そのため、決定打は打ち込めていなかったのだろう。目の前の男たちからそれを理解させられ、歯を噛みしめた。
「絶対に離すなよ。また暴れられちゃあ、たまったもんじゃねえ」
「まあ大丈夫だ。力はそんなにあるわけじゃないみたいだからな」
なおも暴れ続けるエリアスに、捕縛しているのとは別の男が近づく。その顔面を射殺すつもりで睨み付け──脳天から拳を降り下ろされた。
「がぁ……」
「さっきの分はこれでチャラにしてやる」
「それだと、俺たちが納得いかねえよ」
勝手に報復を完了させる男に、ごろつき仲間から不満の声が上がる。だが、慌てる様子もなくそちらへ振り返った男は、ニヤリと気味の悪い笑みを浮かべて、
「なぁに。これからお楽しみだぜ。口は悪いが、かなりの上玉だしな。先に回してやるから勘弁しろや」
状況をどうにか打開するべく、とにかく暴れようとするが、先程の一撃が予想以上に重たかった。視界が、世界が揺れており、力を入れることさえままならない。
しかし、それだけで諦めるほどエリアスは素直ではなかった。たった半日で溜まりに溜まった鬱憤を怒りに、そして力に変えて、
「ほんとに、しぶといな」
二発目の拳を撃ち込まれて、今度こそ脱力する。気力だけはある。だが、精神論でどうにかできる問題ではない。
あまりに弱々しい少女の肉体は既に戦闘不能に陥っていた。
(こんな……雑魚どもに……!)
ようやく大人しくなったエリアスにごろつきたちは何を思ったのか。その手をエリアスへと伸ばして、
「そこまでにしてもらおうか」
妙に耳に残る若い男の声が響いて振り返り、そこには薄暗い路地裏にはあまりに不釣り合いな男性が佇んでいた。まず目につくのはさらりと風になびく金髪と真っ赤な血を思わせる瞳。身長は男性の中でもかなり高く、纏う気配からは高貴な印象を受ける。
丈夫そうな服の上から、最低限の急所のみを護る軽鎧を身に着けており、背中には一本の槍を背負っていた。二十歳を僅かに過ぎているかといったその男性は、瞳に義憤を宿らせながら、エリアスを捕らえるごろつきたちを睨み付けていた。
「ハ! 英雄気取りのお坊ちゃまか。武器を持ってるからって三人相手に勝てると思ってるのか? あぁ!?」
「確かにそうだ。俺一人じゃ、三人を相手取るのはちょっと厳しい」
何故か弱気な返答に、ごろつきたちの警戒が一段階下がる。自分たちの有利を確信したのか、拳を鳴らしながら一人が一歩前に踏み込んだ。
「今なら見逃してやるから、とっととママンのところにでも帰って……」
「──だから、一人ではやらないな」
金髪の男性がそう言い切ると同時に、男二人分の悲鳴が上がった。何事かと、前に出ていたごろつきが振り返ろうとして、
「にゃにゃ! あんたの相手はあたしだよー!」
状況に見合わない能天気な声が、長い片刃の剣をその首筋へそっと添えた。美しい波紋を浮かばせるその剣は、素人が見ただけでもかなりの切れ味を誇ることを理解させられる。
人間の首程度、使う者が使えば簡単に落として見せるだろう。その未来を幻視したのか、ごろつきは冷や汗を流しながら両手を上げた。
それはエリアスを捕えていたごろつきも同じだった。自身には刃を向けられていないが、完全に無力化された仲間たちを見て、エリアスを手放すと降伏する。
「おわぁ!?」
その際、全く考慮されていなかったエリアスはそのまま前向きに倒れ、
「ほら、もう大丈夫ですよ」
いつの間にか傍らにいた銀髪の女性に受け止められた。何が起こったのか、把握しきれないまま女性の腕の中で唖然と辺りを見渡す。
「任務完了っと」
にやりと、達成感に満たされた顔で男性が笑った。
☆ ☆ ☆ ☆
「一通りの道具を持っていて正解だったにゃ」
「冒険者足るもの、常在戦場を心掛けろってことですかね」
腕と足首を縛られ、ついでに即席の猿ぐつわを付けられたごろつきたちを見て、二人の女性が満足げに頷いていた。
一人は頭に猫耳を生やした茶髪の少女。短く切り揃えられたショートヘアーに、黒色の眼。一本の変わった雰囲気の長剣を腰に差していた。小柄な体格であり、持ち主の身長にさえ並びそうな長剣は抜いていなくても違和感が大きい。
しかし、先ほど抜き放っていた際には身体の延長のように自在に扱っていたため、見栄という訳では無いようだった。
もう一人は腰にまでかかる長い銀髪に、エメラルドのように輝く翠色の瞳が特徴的な女性だ。温和そうな雰囲気を漂わせており、それなりの服装にすればどこかの貴族令嬢でもまかり通りそうだった。
身長は女性にしてはやや高めで、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。俗に言うモデル体型だろう。
ちなみにどこがとは言わないが、猫耳の少女と女性の大きさでは勝負にならないと付け足しておく。どこが、とは言わないが。
そんな二人組がチラチラとこちらの様子を気にかけているのを感じて、何とも言えない気分になる。ごろつきたちから助け出されたエリアスは、慰めてくる女性の好意を断り、現在一人で壁に背を預けながら座り込んでいた。
彼女らが助けたばかりの少女を放置する薄情者なのではなく、エリアスの方が頑固なだけなのだ。だが、他人にこうも気を使われた経験が無いエリアスは、どうにも慣れなかったのだからと、心の中で言い訳する。
「災難だったな、嬢ちゃん! 無事だったかっ!?」
一人にしてくれと、態度で示しているのにも関わらず、空気を読まない輩がいるらしい。豪快に笑いながら近寄ってきたのは髭面の男だった。身長は男性であるのに非常に低く、今のエリアスと並ぶほどでしかない。
真っ黒な髪の毛と髭を見事に散らかしていて、実年齢以上に老けて見える。王国では珍しいドワーフと呼ばれる種族だった。
先ほどごろつきの一人を気絶させたのが彼だったのだが、まともに体重の乗っていない適当な拳一発で意識を奪っていた。背中にも巨大な大槌が背負われており、力自慢の馬鹿なのは火を見るより明らかだろう。
「どう見ても無事だろうが。うるさいぞ、オッサン」
「ガハハハッ! 見た目はその通りだが、実年齢は百四十二だ! ドワーフはヒューマンの五倍生きるというから、大体……大体……いくつだ?」
「ヒューマンで言ったら大体二十八だな」
ゴーイング・マイ・ウェイなドワーフに、いい加減嫌気が差してきたところで割り込む声。その主の方を見れば、金髪の男性が笑みを浮かべながら、
「髭の手入れをしなかった結果がこの姿だ。見た目年齢を十年ほど増やしたくないなら、身嗜みには気を付けようか」
そんなふうに冗談交じりで答える。馬鹿にしているとも取れる発言に、ドワーフは特に怒る様子もなく豪快に笑うだけだ。
笑い合う二人の間には、確かに見て取れる信頼があった。
「その調子なら大丈夫そうですけど、女の子があんな目に会っちゃったんだから、無理はしないでくださいね」
そして、エリアスを中心に四人が集まってくる。男性二人組と、女性二人組。
彼らがいなかったら、エリアスは奴隷として売り払われていてもおかしくなかっただろう。その後、解放されるとも思えず、事実上の人生が幕を閉じていても驚かない。
そのことに感謝はしている。しているのだが、
「……別に、あんなやつら俺一人でどうにでもなった」
気恥ずかしくて、素直に言葉にできなかった。目線を逸らしながらそう答える姿を見て、猫耳少女が溜め息を付き、他が苦笑する。
「確かに一人目を殴り倒した時には驚いたけどね。さすがに五人は無理だったにゃ」
「油断しただけだよ……!」
「強情にゃー」
降参だとばかりに両手を上げて、わざとらしく仰け反る演技をする猫耳。彼女と入れ替わるように女性が前に出ると、苦笑しながら口を開いた。
「無事ならそれで何よりです。えっと自己紹介しても?」
「ああ……そうだな」
確かにいつまでも名前が分からなくては不便で仕方がない。この場だけの付き合いとはいえ、しておいて困ることはないだろう。
小さく頷くエリアスを確認して、女性は「では、私から」と前置きすると胸に手を当てる。
「私は冒険者をやらせていただいている、セレナと申します。この辺りでは珍しいエルフですが、よろしくお願いしますね」
首を傾けながら、可憐に笑みを浮かべて見せる。その耳へ視線を向けてみればなるほど、確かに耳が長く尖っていた。
とはいえ、言われて始めて気が付く程度の特徴だ。黙っていればヒューマンで通じるだろう。
「じゃあ、次はあたしかにゃ。見ての通り獣人族のソラだよ。同じく冒険者で剣士。以後よろしくー!」
お淑やかに名乗ったセレナと打って変わり、元気を体現したようなソラが右手を上げながら突っ込んでくる。その手をエリアスへと近づけ、どうやらハイタッチを所望しているようだったので全力で拳をぶつけておいた。
釣れない反応に唇を尖らせるソラが、セレナに愚痴を吐くのを横目に続いて男連中へ意識を向ける。
「俺様はドワーフのブライアンだ! 何かあったら頼るといいぞ!!」
「主に荷物持ちとかをな……。俺はレオン。槍を扱う冒険者で、ここにいるのは俺と一緒に組んでる仲間さ。魔獣、魔物の討伐、秘境に生える植物の採集まで、何でもやってる」
四人の挨拶が終わり、さすがのエリアスも名乗らざるを得ない。実に面倒そうに立ち上がって、
「俺はエリアス……ああ、エリアスだ」
名前以外に特に話すことも無く、黙ってしまう。実際、他に紹介することなど何もないのだ。『勇者』だと言っても信じてもらえないのは、さすがのエリアスでも理解したし、他の肩書も何も無かった。
困ったように黙りこけてしまうエリアスに、他の面々も苦笑い。その微妙な空気を取り直そうとしたのか、ソラが一歩前に出て、
「エリアス……なんか可愛くないからエリィってことで。エリィは俺なんて言ってるけど、どうして?」
「……今はこんなんだけど、本当は男なんだよ」
適当な嘘で理由を偽る気にもなれず、正直なことを口にした。一時停止する冒険者四人組。数秒の間を開けた後に、さらに一歩近づいてきたソラが目線を僅かに下げた。
つられて彼女の視線の先へ、顔を向けたその瞬間。
「っ!?」
「うん、間違いない。本物にゃ」
ソラの手がエリアスの胸を捕えていた。その早業、正に野生を生きる猫パンチの如し。本来なら回避して見せるであろうエリアスの体捌きも、突然の奇襲には対処しきれない。
妙なくすぐったさで小さく悲鳴を上げてしまい、思わず羞恥に頬を赤くしたエリアスは、怒りを上乗せすることでさらに顔面を発火させた。
「何するんだてめえ!!」
「にゃっはっは。いやーおかしなことを言うから、真実を確かめたんだって。メンゴメンゴ」
割と本気で放たれた拳はしかし、軽々と変態猫にかわされてしまう。エリアスの戦闘技術も優れているが、ソラのそれも勝らずとも劣らないのだ。
何度放っても掠りもしない拳。エリアスの攻撃はどんどんヒートアップしていき、ソラはそれを次々と捌いていく。一体どこの闘技大会だと、言わんばかりの攻防が続いていき、
「遊び半分とは言え、これ以上はちょっとな」
「さすがにやりすぎですよ、ソラ」
背後からエリアスの手首をレオンが掴み、ソラの前にセレナが割って入った。二人がかりの制止に、ソラは仕方なさげに両手を上げる。だが、エリアスの方は納得がいかない。
「おい、俺にやられっぱなしでいろって……」
「──あなたもです。ちょっと大人しくしましょうか」
「…………」
感情の赴くままに抗議しようとして、セレナの言葉に遮られた。相変わらず微笑を浮かべ、特に声を荒らげたわけでは無い。それなのに妙に迫力の籠った表情に、エリアスは思わず押し黙った。この路地裏には日光があまり差し込まず、気温は低い。それなのに汗が滲み出るのが不思議でしょうがない。
そうなってしまえば、後は主導権を握られっぱなしだ。大人しくなったエリアスをレオンは苦笑を浮かべながら解放する。
「それで、このごろつきはどうするの?」
「このまま逃がすのは問題だろうな……衛兵に突き出すのが一番か」
「でしょうね。引き渡してすぐに戻れば、“情報屋”との約束には間に合うと思いますし」
会話の中に気になる単語を拾い、エリアスが僅かに反応する。
「“情報屋”って情報を売ってくれるやつなのか?」
「ああ、そうだ。怪しさ満点だけど、金さえ払えば大抵のことは教えてくれるな」
「だったら、俺もそいつに会わせろ!」
「だけどかなりの金額を要求されるんだ。悪いけど、エリアスじゃとても……」
エリアスの格好を見ながら、言いづらそうなレオン。確かに今のエリアスの服装は、服かどうかさえ怪しいボロ布のみ。浮浪児か何かだと思っているのだろう。
実際、身体以外に持ち物が無い状態なのだから、あながち間違いではない。性別を変えられてしまった現状、身体すら無くしているとも言える。
「まあ、いいんじゃにゃい。会わせるだけならタダなんだし」
「ああ、金のことなら後で考えばいいだろ」
情報局を当てにできないことが分かった以上、他の手段で情報を得るのは急務だった。一般常識にいまいち欠けているエリアスでも、戦争に関わっていたのだから情報の重要性は肌で理解している。
一体どれだけの金銭を要求されるのか。そもそもどうすれば金銭を稼げるのか。分からないが、とりあえず顔を合わせておくだけでも良いだろう。
「話をしてる間、俺様は衛兵を連れてこよう。この人数を運ぶのは骨が折れそうだからな!」
「待ってください。人気の無い場所を一人で歩くのは……」
「問題ない! ここに着いてからまだ数日だ。それに、路地裏と言っても大通りまでそう遠くないからな!」
何故か引き留めようとするセレナに、思いのほかきっちりと考えがあるらしいブライアン。彼ならばごろつき程度、数十人集まろうと相手にならないはずだが、一体何を警戒しているのだろう。
そのような疑問を抱きつつも、高笑いしながら歩いていく背中を見送っていった。