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ひとりよがりの勇者  作者: 閲覧用
第二章 戦士の証明
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第十五話 わがまま

 硬い地面の感触を背中に感じる。全身から鈍く主張される奇妙な痛みは、治療魔法によって治された後に起こる一時的な幻視痛か。そう思い当たった途端に脳へ急速に血が廻っていく。怒号。興奮。不穏。そして──悲鳴。


「……ジャックは!?」


 次の瞬間、金髪の好青年、レオンはそれこそ飛ぶような勢いで身を起こした。すぐさま周囲を見渡し、自分がテントに寝かされていることに気が付くと肩から力を抜く。

 ひとまず戦場からは脱したらしい。そう判断しながら、聞き慣れた声へと振り返った。


「起きたかレオン!」


 本人は特に意識していないであろうドスの効いた低い声質に、反比例するような明るい大声。レオンの仲間の一人、ドワーフのブライアンだった。一見していつも通りの笑顔を濃いひげ面の隙間から見せて、長年の付き合いのレオンにはそれに曇りが混じっていることに気が付く。


「ちょっと待て……俺とエリアスがやられた後どうなったんだ?」


 レオンの記憶ではエリアスを抱きかかえ、直後に激しい衝撃で吹き飛ばされたところで途切れていた。受け身を取ることさえできなかったため、頭を強く打ち付けたのが原因だろうか。


「他のみんなはどこかに居るのか? みんなの安否は……」


「良かった。無事に目覚めましたか」


 何故ブライアンしかいないのか。最悪の想像を否定するべく問い質そうとして、それを遮ったのはテントへ足を踏み入れたセレナとソラだ。

 レオン、ブライアン、セレナ、ソラ。一人足りない。あの少年のように乱雑な口調の少女エリアスが足りない。


「エリアスはどこだ? あの子はどこに……」


「お、落ち着いてください! ちゃんと説明しますから!」


 そう言われて落ち着けられるなら、とっくにそうしている。それどころか、セレアの肩越しに見えたソラが俯き続けていることも、不安を加速させていく。

 確かにあの攻撃はエリアスが提案し、ブライアンが賛成したものだ。だが、最終的に決行したのはレオンである。仲間の命の責任は全て、レオンの両肩に圧し掛かっていた。


 それが恐ろしく怖くて。だが、眼を逸らしてダメだ。一度全てを捨てて逃げ出したレオンに、もう二度と責任を放棄することを許されていない。


「順を追って説明しますから……。まずレオンさんが気絶してまもなく、戦場になっていた洞窟は崩落しました。事前に察知したクフンさんの指示によりこちらの被害はゼロ。逆に逃げ遅れた魔族側は数名が生き埋めになったようです。ですが、道を分断されてしまったためにこちらも撤退。現在は他の戦場からの吉報を待っています」


「それで今は野営地に戻ったって訳か。それはいい。エリアスはどうなったか聞きたいんだ……!」


 確かに大事なことだが今欲しい情報はそれでは無い。仲間の、エリアスの安否を教えて欲しい。レオンの犯した罪を、或いは成果を、今すぐに叩き付けて欲しい。責任を取るためにも、


「エリィはあたしを庇って連れていかれた……。お腹から凄い血を出しててぇ……た、たぶん致命傷でぇ……あたしのせいで……!」


 思わずと言った様子でソラが零した声に、レオンは凍り付いた。


「ごめんなさい……あたしがもっと早く下がってれば……エリィだって……」


 懺悔するように。捌きを待つ罪人のように。涙を流しながら後悔の言葉を絞り出していく。自分のせいでエリアスは死んだのだと。責任は全て自分にあるのだと。普段は活発な猫耳の少女が堪え切れない涙と共に訴える。


 ──彼女に責任などあるはずが無いのに。


「……すぐに準備する。洞窟に繋がってる小さな穴から潜入、エリアスを救出するぞ。俺はクフンさんから余裕のある戦力を出せないか交渉してくる」


「潜入してどうするんですか? 私も見ていましたがすぐに治療できるならともかく、放置していては三十分も持たない怪我でした。はっきり言って安否は……」


「仲間なら、どこにだって助けに行くべきじゃないか」


 その一言で、場の空気がさらに凍り付いた。ブライアンが僅かに目を細め、ソラは反射的に肩を跳ねさせ、セレナはあくまで冷静に見つめ返す。

 いつもと同じ温厚な青年の口調だというのに、その言葉にはとても読み取り切れない激情が渦巻いていた。それはエリアスが時折見せる雰囲気と類似したもので、だが明らかに方向性は違うものだ。


「私たちの役割を忘れたんですか? こんなところで誰かが欠けるわけにはいきません。少なくとも、もっと準備を整えてから……」


「──セレナ。君みたいに合理的判断を下せるほど、俺は大人じゃない」


 鋭くもう一度言葉によって一閃する。セレナの言うことだって、確かに理解できる。だが、それはエリアスの安否を無視する行為だ。エリアスの命を諦めることだ。

 そんなことはできない。エリアスを見捨てることなど。エリアスを見殺しにしたという責任を背負って、レオンにはこの先を生きていける自信が無い。ただでさえ、背負った荷物は抱えきれないほどなのだから。


「……分かりました。ただ、小さな荷物のために、本当に大事な荷物を落としていては本末転倒ですよ?」


「だから、次は失敗しない。切り札だって躊躇いはしない」


 腰のポーチを軽く指差すと、セレナは疲れたようにため息を付く。そんな彼女を横目に、今度は泣き崩れるソラの元へ。膝を抱えて座り込んでしまった彼女の近くにしゃがみ込んだ。


「ほら、泣いてても何も始まらない。すぐにエリアスを助けに行くぞ」


「……うん」


 手を差し出してソラが立ち上がるのを手伝うと、すぐにテントから出ていく。目指すはクフンの元だ。すぐに準備を整えて出発しなくてはならない。時間は一刻を争っていた。


「何でもかんでもすぐに責任を背負おうとする……それが、あなたの過ちですよ?」


 セレナが小さく零した憐みの声に、テントから遠のいていく青年の背中は気づく様子を見せなかった。





 ☆ ☆ ☆ ☆





「どうして!? 報酬だってこちらから協力者に払います! そちらの負担にはならないじゃないですか!?」


「どう言われても無理なものは無理じゃ」


 冒険者達の即席の野営地。その一つの大きなテントの下で、レオンとクフンは言葉をぶつけ合っていた。最もその構図は必死なレオンをクフンが受け流しているだけだったが。


「これは国からの依頼だとは知っておるじゃろう? 既に大損害を出し、盗賊団を殲滅できても諸手を挙げて喜べんありさまじゃ。これ以上の被害の拡大は、今後の冒険者ギルドの発言権の低下につながる。一人の安否不明な少女のために、わしの発言の元でリスクのある選択肢は取れん」


 クフンの説明に、レオンは反論の言葉が見つからない。当初はクフンの声明の元、冒険者たちから協力者を募ろうとしたのだ。少なくとも、特に名が知れているわけでも無いレオンが叫んで回るよりも、代表者の一人であるクフンが募集したほうが時間も集まりも段違いだろう。


 仲間を助けるためなら、危険な場所にだって突撃してやる。だが、打てる手を打たずに特攻するほど馬鹿では無い。そのための戦力の充実だったものの、結果はこのありさまだ。


「まだ無事な人は多いでしょう!? こんな戦力を無駄にしておくくらいなら……」


「レオン君と言ったな? わしもいたずらに戦力を遊ばせる気は無い。じゃが、我々の担当だった入口は崩落し、道は潰えた。他の入り口に戦力を送り込んだとしても、とても展開できる広さは無いじゃろうな。無駄にしているわけではない。無理な行動をしないのが、最適だと判断した結果じゃ」


 どう言葉を積み重ねても、クフンが聞く耳を持つ様子は無かった。彼に協力を取り付けることは不可能だろう。

 レオン自身が冒険者たちを回ってもいいが、百人近く居る冒険者一人一人と交渉していては時間がかかりすぎる。結局、レオンたちしか即座に動ける戦力はいない。


「ほれ、勝手に動く分には命令違反をした冒険者とでも報告すればいいからのう」


「……ありがとうございます」


 小さく頭を下げてテントから退室する。その前に背中を呼び止められ、投げつけられたのは周辺一帯の地図にいくつかメモが書き加えられたものだった。内容を読み取る限り、洞窟への進入路の場所を示しているらしい。

 中途半端な善意にこちらが悪いと分かっていながらも、激情を押し殺して形式上の感謝を述べると今度こそ退出する。


 既に目覚めてからニ十分ほどが経過していた。そろそろ出発しなくては、エリアスの生存率は加速度的に低下していくだろう。今から協力者を集めることなどとても間に合わなくて、


「レオン……だったか? どうした、こんなところによ」


 誰相手にでも、怖気づくことを知らない乱暴な口調。その話し方に勢いよく顔を上げて、視線が合ったのは銀髪の少年クリスと、その隣に立つアランだった。

 一瞬だけ淡い幻想を抱いてしまったことにため息を思わず漏らし、だがすぐさま顔を上げ直す。


「アラン、クリス! 報酬は言い値で払う。俺たちと一緒にエリアスの救出を手伝ってくれないか?」


 戦場での彼らの活躍は脳裏に強く焼き付いている。たった二人で、だが完璧に近い連携で魔族を圧倒していく姿は心強かった。彼らが力を貸してくれるなら、それは大きな戦力となる。


「えっと……ちょっと待って。エリアスって……パーティーメンバーの子が魔族に捕まったのか? 具体的な作戦とかを聞かないと判断が難しいけど」


「話が早くて助かる。数人しか通れない小さな穴から、洞窟に潜入するんだ。それで戦場の裏に回り込んでエリアスを助ける。どうだ、手伝ってくれるか?」


 その言葉にアランは思案するように顎に手を当てた。僅かな沈黙が広がっていき、それの倍は長く感じる緊張感がレオンを満たす。アランの顎から手が離れて、


「悪いけど無理だ。どんなに金を積まれてもリスクが大きすぎる」


「そこをどうにか頼む!」


「具体的に説明を求めたのに、帰ってきたのは曖昧な作戦だけ。報酬に釣られて見切り発車の特攻部隊に参加したくはないかな」


「危険なのは否定しないけど……エリアスは、あの子はまだ死んじゃダメなんだ……!」


 エリアスの目を見ていれば、あの夜の叫びを聞いていれば、レオンには分かる。エリアスは過去のレオンと同じだ。

 誰も信用できず、自分だけで何とかしようと足掻き、その目的さえも歪んでいることに気づかない哀れな子供。それがエリアスで、レオンの過去。


 だが、今のレオンはこうして仲間と共に笑い合えている。あの笑い方も知らなさそうなエリアスだって、笑顔を浮かべることはできるはずなのだ。

 その事を知ってもらいたい。だから当たり前の幸せを知る前に、死なせはしない。決して、他でもないレオンが許さない。


「いくら頭を下げても、俺だってそんな仕事はやりたくねえ。引き受けることはあり得ねえよ」


「──頼む」


 続いてクリスからも否定的な言葉を投げ掛けられ、レオンはただ頭を下げることしかできなかった。このままでは土下座までしそうな姿に、クリスはまるで軽蔑したかのような視線を向けてきていた。


「仲間のためだって危険な場所に行くだなんて、そりゃすげえよな。仲間思いのとんでもない聖人だ。俺には真似できねえ」


 ひたすら頭を下げたままのレオンへ、クリスは容赦無く続けていく。皮肉を隠すことも無く、アランもそれを止める様子は見せない。


「けどな、自分の正義に他人を巻き込みやがって、否定されれば肯定されるまで引き下がらない。お前ひとりだったら勝手にすればいい。だがな、お前の仲間は本当に乗り気なのか? 一人ぐらい見捨てる判断をする奴だっているだろ。そう嫌がるやつも強引に引き釣り混んで……それをなんて言うか分かるか?」


 脳裏にセレナの冷たい視線が過る。確かに彼女はエリアスの救出に消極的だった。

 クリスの問いにレオンな言葉を返さない。その様子にクリスの口が再び開いて、


「自分が正しいと思い込んで、肯定されるまで引かない。それを、子供のわがままって言うんだ。英雄譚か何かに夢見がちな世間知らずのガキのわがままだ」


 無情に放たれる言葉にレオンは相変わらず黙ったままだ。それに苛立ちを感じたのか、クリスの口は止まらない。


「大体あの女だって、冒険者なんてやってたなら覚悟してたんじゃねえか? だったら周りを巻き込まれる方が、あいつにとっても迷惑だと思うぜ。直接助けてって頼まれたわけじゃねえだろ?」


「ああ、そうさ。あの子を助けたいって言ってるのも、それにセレナたちを巻き込むのも、全部俺のわがままだ」


 唐突に発せられたレオンの言葉に、クリスは眉を潜める。それは自身を全否定されて怒りに耐えるものでも、反省するものでも、何かと葛藤するものでもない。まるでクリスに言葉に大して影響を受けていないような。


 ──まるで開き直ったような声質で。


「わがままでも構わない。周りを巻き込むな? 被害を増やすな? そんなことは知らないさ。目に見える範囲で不幸な人が居て欲しくないから、俺はできる限りのことをしてやる。それでわがままだなんて言われるなら、上等だ。元より俺は正しいことをするつもりなんて無い」


「……開き直ってるだけじゃねえか。犠牲者が増える可能性の方が高いぞ」


「開き直ってるだけさ。犠牲者を出さずにエリアスも助ける。言ってるだろう。俺はわがままだから、最良の結果しか求めないんだ」


 いっそ小さな笑みまで浮かべるレオンに、クリスはわざとらしくため息。議論しても平行線だと察したのだろう。苛立たしげに背を向けて、


「どうなっても、知らねえからな」


 そう吐き捨ててさっさとどこかへ立ち去ってしまった。その後姿をレオンは見送り、アランは困ったような笑みを浮かべる。だが、レオンに振り返ったときには真面目な表情へと素早く移り変わっていた。


「言い方が悪いけど、俺もクリスと意見は変わらない。クリスを巻き込んでまで人助けをできるほど、俺は善人じゃない」


「いや、気にしないでくれ。常識的に考えれば引き受けるほうが頭がおかしいさ」


 そしてクリスを追いかける様にアランの背も遠のいていく。本当に申し訳なく思っているのが伝わってくるのは、彼の人柄の良さを表しているのだろう。


「わがままなのは分かってるさ。けど、これ以上責任は放棄したくないんだ。エリアスを危険に晒した責任は絶対に解消しないと……」


 全てを捨てて逃げ出した日を。我が身の可愛さに人々を見捨てた夜を。責任全てを放棄した時を、忘れてはならない。あの日誓ったのだ。もう二度と逃げないと。


「最悪の場合、こいつだって……」


 今も肌で感じる“切り札”に思いを寄せる。危険は承知であり、その危険は可能な限りレオンが背負わなければならない。“切り札”を躊躇う理由がどこにあるというのだ。


「待ってろよ」


 短く放たれた言葉は誰かの耳に届くことは無い。そして、彼の信念の大きさにも。気づく者はいなかった。


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