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ひとりよがりの勇者  作者: 閲覧用
第二章 戦士の証明
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第十三話 信念と願い

 フェイトたち『白昼の影』の偵察部隊からの情報によると、魔族の盗賊団が根城にしている洞穴には三つの大きな入口が地上に顔を出している。その他にも小さな穴はいくつか確認できるそうだが、どれも人が三人も並べばそれだけでまともに動けない程度の大きさ。


 自然と戦力を展開できるのは、大きな三つの穴だけに限られる。いくつかの小さな穴には二人一組のフェイトの部下を潜伏させ、残った約二百四十名を三つの部隊に分けることになったのは必然だった。


 だが、こちらの動きに先読みを行い、奇襲まで仕掛けてきたのが魔族たちだ。無難な作戦を取った冒険者側に対応して来ないはずがない。

 数では倍近い戦力を冒険者が。一人一人の実力と底の知れなさでは魔族が。真正面からの純粋なぶつかり合いを、誰もが予感していた。


「時間じゃ!」


 三つの穴の一つ、そこの入り口付近に潜伏していたクフン率いる部隊が一気に洞穴へと流れ込んでいった。


「なるべくパーティーから離れないでくれよ!」


「たぶん混戦になるし、奥まで行かれたらさすがに助けられないからね!」


「分かってるッ!」


 当初の予定を変更し、予備の人員はほとんど待機させていない。全戦力を三等分して一気に全力攻勢を仕掛けた形だ。洞穴の外部に魔族がいないことは索敵済みであるし、後方の憂いは存在しないとなれば、後は全力で敵を叩くのみである。


「ヘッ! 一儲けしてやろうじゃねえか」


「いつも通り頼むぞクリス!」


 そして、クフンの率いるこの部隊にはレオンたちのパーティーに加え、アランとクリスも参加していた。洞穴の中を走り抜けながらレオンはアランへと視線を向けて、アランも小さく頷くことでそれに答える。


「経費は気にするな! 魔水晶の代金は後でギルドに請求して構わん!」


「らしいぞ。遠慮せずに投げ捨てちまえ!」


 洞穴を走りながら足元へ落とされていくのは大量の魔水晶だ。淡い光を放つそれが所狭しと地面を転がり、暗闇に支配されている洞穴へ明かりをもたらす。金と命の価値は比べるまでも無いため、普段の洞窟探検でも出し渋る冒険者はいない。だが、財布に響かないと聞いた途端に投げ飛ばす量が明らかに増えていた。


 過剰なまでにまき散らされる魔水晶を見て、レオンが思わず苦笑を零す。笑う余裕がある程度の丁度良い緊張感に満たされつつ、冒険者たちは洞窟の曲がり角へ。警戒を込めて速度を落としつつ先頭のクフンが顔を出して、


「かっ飛ばせ!」


「術式用意!」


 視線の先で三十人近くの魔族の集団が、一部の魔法使いの手により膨大な魔力を構えていた。洞窟内でも遠くまで確認できたのは、膨大な熱量の炎が顕現していたから。

 一か所に集中された魔力は灼熱の業火となって収束していて、それが指向性と共に解放されるのとクフンの号令がかかったのはほぼ同時だ。


「あんま得意じゃねえけどな!」


 慣れない魔法の詠唱に四苦八苦しつつも、エリアスは術式を完成させる。隣のセレナや遠目に見えるクリスはもっと早く。他の冒険者たちもエリアスと同じ程度の速度で準備を整えると、迫りくる業火をはっきりと見据えた。


「 「 「『氷壁』!!」 」 」


 一瞬にして炎と肩を並べるほどの魔力が集い、凍てつく障壁となって顕現する。正と負の熱エネルギーが真正面から衝突して──相殺し合った境界線から大量の水蒸気が広がっていった。


「やっぱり準備してるか。まあ、これで全員焼死体じゃ、肩透かしにもほどがある」


 狭い空間に充満した白い煙は視界を遮り、その向こう側で男の声が届く。間違いない。昨日、エリアスたちが遭遇した強者の男。彼に違いないだろう。

 勝てるかどうか怪しい強者とぶつかり合ってしまった不運。凶悪な魔族を自らの手で殺せる幸運。二つの感情が歪に混ざり合い、エリアスは獰猛な笑みを浮かべていた。


 セレナが洞窟の外へ流れるように風を巻き起こし、少しずつだが霧が晴れていく。結露した水滴が天井からぽつぽつと降り注ぐ中、冒険者たちを捉えた魔族の男は怪訝そうに眉を潜めた。

 その傷だらけの強面で、何かを探すように冒険者たちの顔を順に一瞥していく。


「……話が違うぞ。どうなってる?」


「何を言っているのか分からないがのう。想定外なのはこっちなんじゃよ。さっさと終わらせてもらうぞ」


 困惑を深めていく男を無視して、クフンが右手を振り上げた。その手が素早く振り下ろされ、


「作戦開始じゃ! 魔族を殲滅せよ!!」


 冒険者の、魔族の咆哮が響き渡る。洞窟が激しく振動するほどの怒声の嵐。先頭付近に陣取っていた命知らず共がぶつかり合っていく中で、エリアスは一人黙りこくっていた。


 あの男の表情に、まるで喉をつっかえたような違和感を拭いきれない。否、これはそれとも少し違う。男と昨夜の暗殺者。その二つに隠されて、何か致命的なものを見逃している気がしてならなかった。

 違和感に隠されて、致命的な違和感に気づけていない。長年の勘が今更になってエリアスへ警報を鳴らしている。何かが影で動いていることは想定していて、それさえも粉砕して見せると誓ったはずなのに。


「エリアスさん」


「──っ!」


 セレナの声が脳裏に割り込み、即座に思考を切り替える。目の前を見ろ。既に何人もの怪我人が出ているのだ。戦場でよそ見をするなど、そんな素人のような失敗をエリアスがやっていいわけがない。

 すぐさま心配げに視線を寄越すレオンへ頷き返し、剣を抜き放った。


「右の二人を」


「俺は左だな」


 改めて見据えた戦場の最前線で、いくつか目立つ冒険者の姿があった。その中の一角。中央付近で縦横無尽に立ち回っているのは、見知った金銀の髪のコンビ。アランとクリスだ。

 短く。本当に一瞬だけ背中を合わせた二人は、素早く意思の疎通を済ませるとそれぞれをカバーするように魔族と得物をぶつけ合う。お互いがどこにいるかを常に把握し、お互いが助け合うように動き回る。


 たった二人だというのに、次々と襲い掛かる魔族を翻弄している。熟達した連携。それも一種の完成形とまで呼べるそれを、若い二人は身に着けていた。


「予定は変更だ。最低限の“依頼”の達成で済ませる。お前らは……あっちを抑えろ」


 それに脅威を感じたのか、魔族の男はすぐ隣に佇んでいたドレイクとワーウルフを二人の元へ送り付けていた。

 その姿に警戒の眼差しを向けていたエリアスは、僅かな葛藤の後に口を開く。


「おい金髪。あの指示出してる男だ。あいつを狙わねえか?」


「本気で言っているのか? 正直、俺らだけじゃあの人だけでも手に余ると思う」


 この世界には一騎当千の化け物が存在する。規模が大きくなればなるほど、質よりも数が重要になってくるのが戦いだ。そして、今回の戦いはそれなりに大きな戦いだが、戦争というには程遠い。

 あの男が獅子奮迅に暴れまわるにはあまりに小規模過ぎた。


「それでもだ。何か裏があるのは分かってるだろ? 詳しくは予想もつかねえけど、手を出される前に頭を潰せば関係ねえ」


「俺様も、嬢ちゃんに賛成だな!」


 エリアスの言葉とブライアンの後押しにレオンはしばし眼を瞑り、思考の海に浸かる。あまり長い時間はかけられない。それを理解しているからこそ、レオンは数十秒もすれば再び前を見据えて、


「エリアスとブライアンの言う通りだ。幸いにもこっちが押してる。危なくなったらすぐに引くとして、リーダーを叩くのには賛成する」


 はっきりと、そう答えた。彼がこのパーティーのリーダーである限り、その言葉は五人の意志と見なされる。仕方なさげにセレナが杖を構え、ソラとブライアンが好戦的な笑みを浮かべた。


「だけど無茶はしないからな! 危なくなったら一人でも下がるように」


 レオンが戦場へ駆け出し、エリアスたちもそれに続いていく。狭い空間であるために冒険者は全員が同時に剣を振るっているわけではない。消耗したパーティーと入れ替わるように、順番に戦力が送り込まれている形だ。


 中にはアランやクリスのように最初から最前線で戦い続けている猛者もいるが、それはほんの一部。そうやって入れ替わっていくパーティーに紛れて、レオンたちは最前線へと躍り出た。


「おいおい、ここまで来るってちょっと無謀じゃないのか?」


 魔族と冒険者がぶつかり合う戦場越しに、魔族の男と目線が絡み合う。あとほんの少しの距離。だが、間にいる他の魔族たちが容易に接近することを許さない──ほんの直前までは。


「私たちはクフンさんの部下の生き残りです! あなたたちの意図は理解しています。今のうちに!」


 魔族とぶつかり合っていた一つの冒険者パーティーが、戦線をこじ開けるように立ち回りを変える。あまりにタイミングが良く、あまりに都合の良い展開にレオンも、エリアスも他の三人も困惑顔だ。

 しかし、せっかくのチャンスを逃すつもりも無かった。僅かにできた隙間に身を投げ込みように駆け抜け、通り際に何人かの魔族へ一太刀加えて後続の手向けとする。


「五人がかりとは容赦が無い。正々堂々と一人ずつやらないか?」


「戦いに正しいも何も無いもので。悪いけど、こちらの全力で行かせてもらう」


 彼が盗賊団の頭であることは間違いないだろうに、周囲に護衛を用意しなかったのは男の自信の表れか。その証拠に周囲から助けに入る魔族はいなかった。彼自身も、その周りの魔族も、彼が誰であろうと返り討ちにすることを確信しているのだ。


「ジャック。家名はとっくの昔に捨てた、しがない傭兵だ。お望み通り、全員まとめてかかっ……」


「なら、そうさせてもらおうじゃねえか──!」


 意外にも律儀な性格でもしているのか。名乗りを上げたジャックが言い終わる前に、エリアスが剣を片手に躍りかかる。不意打ち気味に放たれた斬撃は、吸い込まれるようにジャックの額へ襲い掛かり、


「なっ!?」


「本当に容赦無いな。だが、嫌いじゃない」


 その間に彼の右手が差し込まれる。直後、響き渡ったのは甲高い金属の悲鳴だ。エリアスが全力で放った一撃を、ジャックは素手で受け止めていた。

 まるで石か何かへ斬り込んでしまったかのような衝撃に手が痺れ、その隙にエリアスの剣をジャックが両手で握りしめる。武器を放棄するか否か。一瞬だけ思考を選択肢が埋め尽くす。


「少し静かにしてろ」


「ぐぁ……」


 判断に遅れたエリアスは、武器ごと洞窟の壁へ投げ飛ばされると言った結果に終わった。その動作の隙に正面からレオンが、背後に素早く回り込んだソラが挟むようにジャックへと迫っていた。


 胸の中心を串刺しにするようにレオンの槍が、熟達された動作で放たれる。横一文字にソラの神速の斬撃が、大気をも切り裂いていく。生身で受ければ、それだけで致死的な一撃を前後から放たれさすがのジャックも対処が間に合わず──


「腰が引けてるな。仲間の心配しながらじゃ、相手を殺すことはできないぞ」


 先ほどの場面の焼き直しのように、レオンの刺突はジャックの胸に僅かな出血を強いるだけに留まった。金属製の武器と人間の胸襟が拮抗する光景に、誰しもが眼を剥いてその間もジャックは止まらない。


 胸に突き刺さっている槍を無視し、そのまま首だけで振り返るジャック。そこには首を掻き切る軌道で迫るソラの斬撃がある訳で、


「うっそ……!?」


 唖然とするソラの目の前で、ジャックは口でソラの得物を受け止めていた。歯で受け止めただけなら、それが只々異常なまでに強固だと理解できなくはない。だが、ジャックは上顎と下顎でしっかりと刃を挟み込んでいた。

 完全に見極めていなければ不可能な、それに加えて圧倒的な反射神経と度胸が無ければ成功しない神業だ。


「ブライアン!」


「どっせぇえええいっ!!」


 すぐさま刀を手元に戻そうとするソラだが、万力に固定されたようにまるで動く気配は無い。ジャックの視線が向けられていることに気が付くと、先ほどのエリアスを思い返し、迷いなく武器を放棄するソラ。

 彼女を逃がさないとばかりに、伸ばされたジャックの左腕には大上段からブライアンの戦鎚が振り下ろされた。謎の強度を誇るジャックの肉体も、暴力の具現化にはさすがに耐え切れない。


 重力と重量に引きずり降ろされ、ジャックの体が腕を起点に地面へ縫い付けられる。だが、戦鎚が再び宙に浮こうとしていることに気が付くと、ソラの刀だけでも取り返そうと今度は横薙ぎに構え直し、


「もういっぱ……」


「深追いするな!!」


 ジャックが獰猛な笑みを浮かべる。それは哀れな子羊に狩人たる狼が向けるそれと同様。事実、身軽とは言えないブライアンはジャックにとって格好な獲物だった。

 大きく開かれたジャックの五本の指がブライアンへと迫る。それは不可思議な効力により、一本一本が熟練の槍使いの刺突と同様の殺傷力を内包している。いくら筋肉の鎧のようなブライアンでも、危険極まりない一撃だ。


「させません!」


「俺を忘れるんじゃねえ……!」


 五つの刺突がブライアンのわき腹を引き裂く──それよりも早くセレナとエリアスの魔法が完成した。ソラにも劣らぬ風の刃が。地面を這う雷撃の蛇が。ジャックへと高速で飛びかかり、攻撃を諦めた彼は大きく飛び退くと難を逃れる。


 五人を完封して見せたジャックは、唖然とした表情で警戒の色を濃くするレオンたちを見渡した後、未だ口に挟んだままであった刀をソラへと雑に放り投げた。


「悪いな。少し汚くしちまった」


「…………」


 空中で手の内に収めた得物を、ソラは大事そうに確認。だが、何か言葉を紡ぐ余裕など微塵も存在しなかった。武器を返したのだって、大して脅威だと思っていないからだろう。圧倒的強者の余裕が、確かに存在していた。


「肉体を硬化する異能……てめえ“オーガ”か」


「まあ、隠す必要も無いが正解だ。地味な異能だが俺はオーガに生まれて良かったと思ってるな」


 何が地味だと、エリアスは内心で吐き捨てる。魔族の人種の一つ、肉体の硬度を大幅に上げる能力を持つのがオーガと呼ばれる種族だ。最もエリアスの知るオーガは、せいぜい石程度の硬度であるし、発動までに魔力を練るためのラグが存在する。


 それに比べて、ジャックの異能は金属製の武器を弾く硬度と言い、発生までのあまりの速さと言い、とても同じものとは思えない。それが彼の実力の賜物なのだろうが、


「オーガなら魔法に弱いだろ? 心臓を貫いてやるから覚悟してろよ」


 根本的な弱点に違いは無いはず。具体的には、硬度は物理的な攻撃にのみ対応でき、魔法への耐性はそこまで無い。先ほど大げさなまでの動作でエリアスとセレナの攻撃を躱したのだって、それを証明していた。


「『エンチャント』」


 エリアスの短い詠唱。そして彼女の剣が電撃で覆いつくされる。レオンもセレナと視線で意思の疎通を図った。


「続きって訳だな」


 ジャックを、レオン、ソラ、ブライアンが三角形を描くように包囲する。ソラの辺りにエリアスが。ブライアンの後方にセレナが。言葉無くエリアスとセレナに攻撃の主軸を置く配置となっていた。


「行くぞ!」


 レオンの声を始まりに、包囲を描く三人がジャックへと肉薄する。特に慌てた様子も無く、ジャックはあくまで冷静に拳を構えて、


「おらおら、その程度かァ!」


 あくまで牽制に徹するレオン、ソラ、ブライアンの攻撃を的確に捌いていく。目や喉元を狙った危険な一撃のみを対処し、他の攻撃は全て強固な肉体で受け止める。

 三人に包囲されまともに動く範囲は無いというのに、ジャックの守りが崩れる未来が思い浮かばない安定性。それを崩すのがエリアスとセレナの役割だ。


「さっさと死ねぇ!」


「『風穿』」


 レオンの刺突がジャックの眼球を襲い、堪らず手で受け止めたところへ、小柄を生かしたエリアスが低姿勢で躍りかかる。セレナもまた不可視の風の槍を放っていて、


「お前だけ、連携が甘いな」


 身軽な動きでエリアスの切り上げを回避し、ジャックが細い手首を掴む。ジャックの手の内で骨が握り潰される痛みに思わず力を抜いてしまって、片手一本でそのまま背後へと投げ飛ばされた。


 ──その先にはジャックへと襲い掛かろうとした風の槍が飛来している。


「エリアス!」


 身内の魔法に貫かれて死亡など冗談ではない。だが、空中で体勢を崩したエリアスにできることは無かった。迫る衝撃に歯を食い縛り、その前にレオンの胸の中へ引きずり込まれる。


「──クソッタレ!」


 そして、すぐに剣の腹を正面へと向けた。──衝撃。剣の側面を通してエリアスの腕へ衝撃が伝わり、何かが折れる致命的な音が僅かに響く。

 エリアスを抱きしめていたレオンごと、ジャックに蹴り飛ばされたエリアスは地面を跳ねるように転がっていった。レオンが抜けたことで、三人がかりの封じ込めが崩壊する。


「むっ!」


 二人の心配をする暇も与えず、超重量の戦鎚を掻い潜り、懐へ潜り込んだジャックの拳がブライアンの顎を捉えた。低身長とはいえ、成人男性であるブライアンの体が冗談のように打ち上げられる。受け身も取らずに地面へと落ちたブライアンは、苦しげに呻くだけで立ち上がる余裕は無い。


「あ、あたしだって……!」


「根性はあるな。けど、実力は足りない」


 セレナが懸命に魔法を打ち続けているが、数を重視しているのにも関わらず、ジャックを掠ることさえしなかった。一人残されてしまった前衛のソラは僅かに怯えを見せて、それでも刀を正眼に構える。


 力強く一歩踏み込んでからの斬り下ろし。シンプル故に高い威力と速度を誇るそれを全力で放ち──ジャックが合わせた両手の間に刃が捕まった。


 俗に言う白羽取り。そのまま手首を捻り、ソラの手から無理やりに刀を奪い取ったジャック。必死に飛び退こうとするソラへ、一気に前方へ加速することでジャックが追い縋る。先ほどブライアンに対して向けたのと同じように、右手を大きく開き五本の指を突き立てる。先ほどとの違いは、ソラを守る前衛が全員無力化されてしまったことか。


 武器も手元にない。受け止めるなどもってのほか。回避するにもジャックの方が二回りも身軽だ。

 絶望的な状況にソラの表情が恐怖に彩られ、


「させるかあぁぁぁぁ──!!」


 遠吠えを上げる青髪の少女が、二人の間へと割り込んでいった。





 ☆ ☆ ☆ ☆





 剣越しにとはいえ、ジャックの蹴りを受け止めたエリアスは無事では済んでいなかった。

 右腕はあらぬ方向へ曲がり、左腕の感覚も怪しい。動かないどころか、痛いという情報しか脳へ送り込まない役立たずだ。

 共に弾き飛ばされたレオンも、エリアスの守ることを優先したせいで、頭を地面へ強打しているのを確認している。恐らくは気を失っているのだろう。しばらくの間、レオンは戦力にならない。


 揺れる視界を持ち上げると、ブライアンが打ちのめされるのが瞳に映り、続いてソラへとジャックが迫っていく。


 ──あのままでは殺される。


 多くの戦場を見てきたエリアスは直感的にそう判断した。セレナの援護もあるが、ジャックを掠める様子さえない。どうにかしなくては。震える足に鞭を打ち、どうにか動き始めて左腕で剣を杖代わりにすると立ち上がって、気が付く。


 ジャックは既にエリアスたちへ意識を全く向けていなかった。事実、エリアスは戦えるような状態ではない。無いのだが、


「今なら不意を突ける……!」


 どうにか一発だけ。全力で雷撃を纏った斬撃を急所に命中させれば、ジャックを殺せるかもしれない。確証はない。だが、ここからの勝ち筋はそれしか無い。


 どうせ仮初の肉体。ここで何かしらの後遺症が残ろうと、構うものか。『勇者』に戻れば、全てが元通りなのだ。


 ──彼らとの生活だって。


「『身体強化』……」


 心が痛む。何故だ。エリアスはエリアスの信念を貫いているだけなのに。

 体が軋む。当たり前だ。限界を超えた肉体を、魔力による過剰な強化でどうにか動かしている。今すぐにでも崩れ落ちたところで驚きはしない。


「少しだけ、持てよぉ!」


 その一言に気合を乗せ、一気に前方へ体を投げ出す。左腕一本で剣を支え、走る速度は快調時とは比べ物にならない。だが、ジャックは気が付いていない。それならこれでも十分だった。


 ソラへ止めを刺そうと構えたジャックの背後へ回り込む。残念だが、ジャックの方が僅かに早い。エリアスがジャックを斬る前にソラは殺されるだろう。

 それでも、この危険極まりない魔族を殺せる。なら、何を迷う必要があるのだ。迷いを振り切るように剣を振り上げて、


 ──恐怖に歪んだソラの顔を見てしまった。


 咄嗟に眼を逸らす。だが、一度焼き付いた光景は瞼を離れず──それどころか記憶の一ページと重ねてしまう。あの炎を。全てを奪われた地獄を。思い出してしまって。


「させるかあぁぁぁぁ──!!」


 気が付いて時には、走る方向を変えていた。ジャックとソラの間に割り込み、ソラの小柄な体を突き飛ばす。初めて驚いた表情を浮かべたジャックの右手へ、どうにか剣を合わせた。

 予想外の一撃だったおかげか、親指と人差し指の勢いを削ぐことに成功する。だが、残り三本の刺突は健在だ。


 もう腕は動きそうにない。今、手の内から剣が零れ落ちた。体を逃がそうとするが、限界を迎え、それさえも超えようとした足は言うことを聞かない。

 死が迫る。避けろ。まずい、まずい、まずい、マズイ──。


 エリアスの腹が大きく抉られていく。すぐ背後から聞こえたはずの悲鳴を、どこか他人事のように聞きながら、エリアスは暗闇へと沈んでいった。


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