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ひとりよがりの勇者  作者: 閲覧用
第二章 戦士の証明
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第十話 盗賊団の頭領

「……ご苦労だったのう。だが、次からは可能な限り一言残してくれ」


 レオンとソラが三人目の魔族を無力化してすぐに。第二陣の本隊も追い付いてきていた。そこでセレナに治療を受ける冒険者たちと平原に沈む三人の魔族を見て、素早く状況を把握したクフンは困ったようにため息を付く。


「すみません。ですが、パーティー単位での行動なら危険も少ないかと判断しまして……」


「分かっておる。人命の救助が目的だったのじゃろう? それなら咎めたりはせぬし、そもそもわしは君たちの上司では無い」


 報告に向かったレオンに対し、あくまで一時的な指揮官だと付け加える。それから、適当なパーティーを二つ抜き出すと倒れる魔族を運ぶように指示を出した。


「君の仲間に怪我人は? いるのなら村に何人かわしの身内を残してある。そちらで安静してもらいのじゃが」


 レオンが僅かに考える素振りを見せた後、視線を隣へ、エリアスへ向ける。それを受けた彼女は不満げに眉をひそめて、


「あの程度なら問題ねえっての。骨が折れたわけでもねえし、もう大丈夫だ」


 そう言ってはいるが、快調とはとても思えなかった。顔色は若干とはいえ青くなっているように感じられるし、本人は懸命に隠そうとしているが右腕を庇っている。非力さを補うためにまた無茶をしたのだろう。

 通常の魔法と違って『身体強化』などの詠唱を必要としない、魔力の操作のみによって成り立つ技術は即効性があり非常に有用だ。だが、エネルギーの塊とも言える魔力を事象に変換せず、そのまま扱う性質上デメリットも存在する。


 エリアスの右腕の異変もそれが原因だった。魔力の過剰摂取による汚染。それがどれほど危険なのか、レオンは我が身で良く知っている。そんなことを続けていれば、遠くないうちに腕が機能を失っても不思議では無いのだ。

 否、それだけで済むのならまだ良い。魔力の汚染がさらに進んで──その末路が魔獣という存在。耐性の高い人間が魔獣化を引き起こす可能性は低いが、過去に前例だってある。化け物になった仲間を殺すなど、考えただけで肝が冷えるものだ。


「どうしても来るんだな?」


「当たり前だ。魔族が目の前で好き勝手やってて、黙ってられねえ」


 だが、エリアスが素直に引き下がるとは思えなかった。その瞳の奥に燃える隠しきれない憎悪を垣間見ると心配は尽きない。それでも、一人にして再び暴走を許すぐらいなら、


「いいな。絶対に一人で動かないでくれよ。それと『身体強化』も最低限に」


「……ああ、分かった」


 僅かに迷った後にそれでもエリアスは頷いてくれた。今のエリアスが魔族に対する憎悪で動いているのは明白だ。本当なら、それをどうにかしてやりたいとは思う。あの森で一晩だけ覗かせた彼女の本音を聞いてしまった以上、他人事だとは放っておけない。

 エリアスだって本音では復讐なんて望んでいない。レオンになら分かる。孤独と憎悪なら、いくらでも知っている。かつてレオンが救われたように、今度はレオンが──。


「先輩たちを助けてくれてありがとう……!」


「お礼なら、後で向こうにいるレオンさんに言ってください。私は彼の判断で動いただけですから」


 冒険者の治療をしていたセレナの元に、伝令の青年が駆け寄り必死に頭を下げている。レオンが救える数は限られている。どれだけ頑張ったところで、遥か遠く地での争いを止めることはできない。

 だから、せめて手の届く範囲だけでも泣く人間が無くそう。罪無き人々が笑みを絶やさないように。それこそがレオンの信念で、その範囲にエリアスだって含まれているのだ。


「時間を使ってしまったのう。一刻を争う事態じゃ。移動を再開する!」


 クフンの上げた号令に、レオンは気持ちを引き締め直していた。





 ☆ ☆ ☆ ☆





 魔族に焼かれた村。第二陣が野営地として使っていた村跡よりも、さらに規模の大きいこの村が最初の獲物になったのは、盗賊の強欲さを考えれば当然だったのかもしれない。そして、悲劇にもその村での争いは一度だけでは済まなかった。


「わしらは冒険者。入り組んだ村の中で組織じみた作戦などできん! 各パーティーに自由遊撃を許可する。ただし村の外にまで追撃するのではないぞ!!」


 小走りで移動し、ようやく見えてきた村は酷い乱戦模様だった。出会い頭に冒険者と魔族がひたすらに殺し合う。それが僅かに冒険者側の劣勢に見て取れて、その瞬間にクフンの号令がかかった。


「ウォオオおおおおぉぉ!!」


 それに呼応するように一斉に第二陣の冒険者たちが雄たけびを上げ、全力疾走で戦場目掛けて突き進んでいく。大地を揺らすような怒号の嵐に、気づかぬ者はいなかった。第一陣の冒険者と武器を合わせる魔族が、一斉に視線をこちらに向けると、それぞれ歓喜と狼狽した表情を浮かべる。


「俺たちも行くぞ!」


 突撃するのは、もちろんエリアスたちだって同じだった。レオンの掛け声で、ブライアンを先頭に平原を駆け抜けていく。


「それでは頼むのう。重要な役割なのじゃ」


「了解! たんまり報酬は頂くぜ」


 その中で、エリアスの耳がそれを捉えたのは奇跡と言っても良かったかもしれない。ほんの僅かに首を後ろに傾けると、クフンと一人の冒険者が何やら話し込んでいる。まとめ役のクフンが後ろに下がっているのは分からなくもない。

 だが、悠長に言葉を交わせるような状況でも無い。一体彼らは何を話して──


「よそ見しないで!」


「──ッ! んなこと分かってる!!」


 ソラの声に現実へと引き戻された。見れば、周りの冒険者は散り散りに分かれていて、エリアスたちの正面には一人の魔族が立ちはだかっている。もう間もなく、ブライアンと彼らは衝突する。


「かかってこぉい!!」


 走る勢いを乗せてブライアンの戦鎚が豪快に振るわれた。それに対抗するのは一見してヒューマンと変わらぬ容姿をした人間だ。だが、こうして敵意を向けてくる以上、魔族に違いはあるまい。

 ブライアンは何の迷いも無く一気に得物を振り抜いて、巨大な質量によって破壊が受け止められる。


「ジャイアント!!」


 思わずエリアスが叫び、瞬き一瞬の間に巨大化した魔族にソラたちが眼を剥いた。村の一軒家を軽く超えてしまうほどの身長は、軽く五メートルは上回るだろう。

 魔力を消費し、一時的な巨大化を成す種族。それが魔族の一種ジャイアントだった。ブライアンの剛腕を、手のひらで易々と受け止めたジャイアントは鈍重な動きでエリアスたちを見下ろして、


「ヒューマンどもがぁぁ……! みんなぁつぶしてやるっ!」


 左足で踏み込み、それだけで大地が揺れる始末。だが、その動きは非常に緩やかだ。エリアスたちは特に慌てることなくその場から退避し、誰もいなくなった空間へ膨大な質量が叩き付けられた。

 巻き込まれれば即死は必至。全身の骨が砕け散り、真っ赤な肉塊にされるだろう。一度の失敗が即命へ関わる。そんなこと、冒険者にとっては日常茶飯事だ。


「うひゃ、初めて見たけど本当に大きいー。けど鈍間なら……あたしの出番だね」


 軽口さえ叩きながら、ソラが片刃の剣を抜き放つ。小柄で細身な彼女はジャイアント比べればひどくちっぽけな存在である。三倍、四倍以上も身長差があればジャイアントにとって足元に纏わりつく子猫と何ら変わらない。

 刃物を持っていても単純に筋肉の層が肥大化した体は天然の鎧となりえる。せいぜい表面を軽く引っ掻くのが限界だ。故にジャイアントは、飛び上がるソラへ見下すような笑みを浮かべて、


「そんなのきかな……」


「──シッ!!」


 膝の裏、関節目掛けて放たれた一閃が赤い血筋を生み出す。その斬撃はジャイアントの筋肉を超えて骨にまで達していた。


「普通の剣は斬るというよりも叩き斬るってのが正解にゃの。でも、あたしたちの刀はひたすらに切れ味だけを求めた」


 戦いの高揚に色気すらある笑みが浮かび上がる。


「そんな動きじゃ、あたしにバラバラにされるまで触ることもできないよ?」


「うるさぁぁい!!」


 癇癪を起した子供のように暴れまわるが、身軽なソラには掠りもしない。それどころか、隙を見せる度に切り傷が増えていく。ジャイアントの体力では時間はかかるだろうが、彼に学習能力が無い限りソラが負けることは無いだろう。


「まあ、時間を掛ける気もねえんだけどな」


「でっかいの行くぞ!!」


 すっかり頭に血が昇り、ジャイアントの視界にはソラしか映っていない。そのため、実にのんびりとエリアスとブライアンはそれぞれの得物を構えて、


「おりゃぁぁぁ!」

「どっせぇいぃぃ!!」


「──うぁ?」


 ジャイアントの左足、先ほどソラに深く斬られた足へ二人がかりの一撃が加わる。関節への負担と衝撃。限界を迎えたジャイアントが間抜けな声を出しながら倒れ、首を差し出すように頭が落ちてくる。


「ごめんね」


 戦いとは命のやり取り。勝者が敗者を思うがままにする権利を与えられる。捕縛するという選択肢は、ジャイアントの巨躯に対する困難さと時間が限られている状況では現実的ではない。

 ソラの刀がうなじへと振り抜かれ──一際大きな血しぶきが起きた。


「謝る必要なんかねえだろ」


「あたしの実家じゃ、例え悪人でも命を奪うのは良くないの。それをこっちにまで持ってくる気は無いけど……せめて、ね」


 言葉とは違って、血と油を払いながら納刀する姿に罪悪感は見当たらない。それでもその儀式じみた行動に拘る意味がエリアスには理解しがたいが、別に何をしようとソラの勝手だとすぐに興味を失う。

 未だ乱戦は続いているのだ。すぐに次の魔族を見つけなければならない。


「ま、待ってくれ!? 話が、違うだろ……ぁ、あぁぁぁぁ──!」


「──っ!? 全員左だ! 助けにいく!」


 その時、すぐ近くで男の悲鳴が響き渡った。素早くレオンが反応すると、我に先に悲鳴の出所へ廃墟と化した集会場の裏側へと駆け抜けていく。それに慌ててエリアスたちも続いていって、


「ぶっ──」


 三人の魔族の姿を視界にとられたのと同時に、何かが破裂する音が響いた。魔族の足元には首を失った男性の死体が転がっている。その死体は、先ほどクフンと話し込んでいた男性だった。


「こいつ……!?」


 残虐な方法で殺された死体に思わず目を持っていかれる。それが本来の起きるはずだった反射的な行動。しかし、エリアスたちは別の場所へ視線を釘づけにされていた。


「おいおい、運が無さすぎるな。よりによってこいつらに見つかるかよ」


 右手を血塗れにし、肩越しに振り返ったそれは困ったように反対の手で頭を掻く。

 スポーツ刈りに切り揃えられた黒い髪。年齢のほどは三十から四十と言ったところか。右目を縦に両断するように隠し切れない傷跡が、他にも大小さまざまな傷が顔を蹂躙しており、ひどい鬼気を醸し出していた。

 筋肉質な体はそれだけで彼の戦いの経験を物語っているようで、それは恐らく間違えていない。


「レオンさん」


「分かってる。ここは一回引くぞ……!」


 他の二人の魔族はまだ良い。外見的特徴が無いため正確な種族こそ不明だが、他にも村中で暴れまわっている魔族と大差はない。だが、あの男が放つ気迫は規格外だった。この場にいる誰もが、修羅場を潜り抜けて養われた直感が、警戒の音を鳴らしている。


 ──あの男を相手するのはまずい、と。


「エリィ。今回は言うこと聞いてね」


「くそったれ。さすがに分かってる」


 エリアスでさえも、迷わず撤退を聞くほどの強者の気配。否、それだけだったらエリアスは素直に逃げる選択を取らなかった。


「やっぱりあいつどこかで?」


 あの男に見覚えがあるのだ。記憶のどこかに引っかかるようではっきりとは思い出せない。一度顔を見たことは分かる。それだけは自信を持って言えた。

 だが、記憶が薄れているということは今の体になってからの記憶では無いはずだ。つまり『勇者』の時の記憶だと思われる。しかし、『勇者』の時のエリアスは基本的に戦争相手の魔族は容赦なく殺していた。


『勇者』の時に出会ったことがあるはずなのに、生き残っている魔族。それはつまり──


「『勇者』相手でも生き残るほどの化け物だってことだ……」


 その考えが正しければ、例え五人がかりでも勝ち目はない。それどころか、撤退さえままならない可能性がある。勝ち筋が少しでもあるのなら挑戦するが、勝率ゼロに全額投資するほど無鉄砲ではなかった。


「まあ、そんなにビビるな。俺も今日は何もしない」


 全力警戒を続けながら慎重に後退するエリアスたちを見て、男は呆れたように両手をひらひらと振るって見せる。その動作で付着した血が飛び散り全く笑えない。


「兄貴、ここで仕事を済ませても……」


「馬鹿か? 確実性が無い。失敗したらどうするつもりだ」


「す、すみません」


 失言だったのか、ギラリと睨みつけられた取り巻きの魔族が小さく頭を下げる。気になるやり取りではあるが、それに頭を使う余裕は無かった。そんなエリアスたちの前で、男は懐から透明な水晶を取り出すと、頭上に掲げて、


「今日の分はお終いだ。撤退するぞ」


 水晶が砕けたかと思うと、大きな火の玉が重力に逆らって撃ち上がる。それを見届けた男は、足元に転がる首なし死体を担ぎ上げると、二人の魔族を連れてその場を後にしてしまった。その速度はあまりにも素早く、視界の広い平原でも追い付けるとはとても思えない。


「逃がした……というよりも見逃されたって感じかな」


 ソラの緊張から解放された声に、エリアスは悔しげに近くにあった建物を殴りつけた。仕方が無かった。仕方が無かったとはいえ、魔族を何もできずに取り逃がしてしまった。それが悔しくて、自分自身の不甲斐無さに苛立ちを覚える。


「今のが合図だったんだろうな。他の盗賊も逃げ出してる」


 レオンの言葉通り、村から平原へ一斉に駆け抜けていく魔族たちの姿が見える。あれほどの戦闘を繰り広げたにも関わらず、その数はまだまだ多い。一体どれほどの戦力を持っているのか、今から胃が痛くなる思いだった。


「ひとまず他の方々と合流しましょう。考えるのはそれからです」


 その提案に反対する者は誰もいない。ただエリアスだけは、男が消えていった方向を憎悪と疑念を半々に睨み続けていた。


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