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ひとりよがりの勇者  作者: 閲覧用
第二章 戦士の証明
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第九話 孤独と復讐

 廃墟と化した村から少し離れた平原で、四人の冒険者が地に伏していた。それをニヤニヤと見下ろしているのは三人の男性──魔族だ。腕と下半身が巨大な鳥のそれとなっているハーピーに、変化を遂げ人型の獣と化しているワーキャットとワーウルフ。

 数だけを見れば、四人と三人で冒険者たちの方が有利に立っている。さらに言えば、服装から察するに冒険者は重装備の戦士に、軽装の剣士、そして後衛が二人と非常にバランスの取れた構成だ。


 状況を書き連ねれば、圧倒的アドバンテージを冒険者側は持っていた。しかし、その有利をひっくり返すのが魔族という存在であり、その結果がこのありさまだ。


「ちくしょう……ここまでかよ」


「ふっ……あいつは上手く逃げ切っただろうか?」


「伝令はうちらだけなんだから、捕まってたらあの世から呪ってやるわ……」


「神よ、せめてあの子に救いを」


 諦めの言葉が次々と零れて落ちていくが冒険者を営んでいた以上、この場の全員は当の昔に覚悟は決まっている。ただ一つ、襲撃を伝えるという名目で逃がした後輩の無事だけが最期の懸念で──


「おいおい、なに諦めてんだ?」


 鈴の鳴るような少女の高い声で、あまりにも不釣り合いな荒っぽい言葉が戦場に響く。冒険者たちの、魔族たちの視線が一斉にその人物へと注がれ、直後にその視線の意味が切り替わる。


 希望を秘めた視線は疑惑に。警戒を込めた視線は劣情に。視線に混じるそんな感情を気にも留めず、青髪の少女は剣を抜き放つ。


「てめえらも、何しでかしたか分かってるんだろうな?」


 底冷えするような声質と、あまりにも濁った瞳。それは味方であるはずの冒険者たちでさえ、思わず身構えてしまうほどの刺々しい気迫。救援の到着で九死に一生を得たのだ。それなのに、まるで安堵が湧いてこない。


「言い訳はいらねえぞ、穢れた種族が。償い方は死ぬことだけだ」





 ☆ ☆ ☆ ☆





 魔族へ剣を真っ直ぐに構え、魔力を全力で練り込む。いつでも動き出せるように準備を整えて、背後に四人ばかりの人の気配を感じ取る。視線を前方の魔族に向けたまま、僅かに意識を背後に向けた。


「一人で先走ってないな?」


「さすがに魔族三人相手に特攻はしねえよ!」


 冗談半分で言葉を投げ掛けてきたのはレオンだ。やや遅れてソラ、ブライアン、セレナと共にエリアスに追い付いたレオンが隣に並ぶと同じく槍を構える。


「エリィが一人で先行するのは心配しかないからねー。まあ、今回はそれが正解だったと思うけど」


 一言多いソラに苛立ちを感じつつも、そのことに関しては後回し。

 他の冒険者と移動中、離れた地点で戦闘の気配に鋭く気がついたエリアスたちは集団から外れて先行してきたのだ。その中でも『身体強化』を発動している状態なら最速であるエリアスが突出する結果となってしまったが、それが今回は幸いした。


 倒れている冒険者たちは指一本動かせない、と言った表現が適切だろう。あと数分、数十秒遅れただけで止めを刺されていてもおかしくはなかった。


「どなたか治療が必要な方はいませんか?」


「だ、大丈夫だ……。立つのもやっとだが、放置されても死にはしない」


「それなら良かったです。では、後は私たちに任せてください」


 治療魔法も得意としているセレナも、怪我人がいないと分かると魔力を練りだし、攻撃魔法の術式を構築していく。


「レオン、四人でいけるか?」


「問題無い。ブライアンは……」


「分かってる! 俺様はあいつらの護衛だ!!」


 その代わりに冒険者たちの助けに入るのはブライアンだった。豪快に頷き、ゆっくりと魔族たちを警戒しつつ倒れている冒険者たちの近くにまでにじり寄っていく。その姿を見て、魔族たちは冒険者への追撃を諦め、後退するほか無かった。

 仮にブライアンをどうにかできたところで、エリアスたち四人が身構えているのだ。ブライアンと冒険者四人を倒すために、自らの命を捧げては割に合わなすぎる。

 そもそも、中距離から魔法を放てるエリアスとセレナがいる時点で、眼を離した瞬間に撃ち抜かれるのが落ちだ。


 相打ち覚悟で襲い掛かってくる危険もあったが、一太刀程度ならブライアン一人でも捌き切る自信があった。だからこその行動。やや強引ながらも、これで冒険者たちの安全の確保は完了である。


「定石通りだ。俺とソラとエリアスで一人ずつ抑え込む。セレナは各自を順番に援護、一人ずつ撃破していくぞ」


 三人が頷くのを満足げに聞き届けたレオンが前傾姿勢を取って、


「無茶はするなよ!」


 その叫びを皮切りに、三人が一斉に飛び出す。それは魔族側とて同じ。鏡合わせのように三人の魔族も各々の得物を振りかざしてぶつかり合っていく。

 特に合図無く、それぞれの一対一になるよう踊りのペアが割り振られていく。


「男同士なんてむさ苦しい! さっさと終わりにしないか」

「ほざけッ!」


 レオンの槍とハーピーの鋭い足の爪がぶつかり合う。


「同じ猫でも、容赦はしないよ!」

「はっ! ただ尻尾と耳を生やしてるだけの獣人とは、格が違うんだよ!!」


 奇遇にも、猫人族のソラとワーキャットの男が罵り合う。


「面倒だから、さっさと死ねよ」

「ヒューマンの女が! 調子に乗るんじゃねえ!!」


 短く吐き捨て、電撃を帯びたエリアスの剣がワーウルフへ襲い掛かる。それを迎え撃つように、果敢にも前足から伸びた爪を真正面から突き出して、


「──っ!?」


 一瞬だけ。瞬き一回分の刹那の間だけ。しかし、確かにワーウルフの男性は幻視していた。エリアスの背後に浮かび上がる『勇者』の残像を。怒りに震える、狂戦士の幻影を。


 エリアスの剣とワーウルフの爪がぶつかり合い、激しく火花が散る。しかし、身長百六十にさえ届かないエリアスと、巨漢を誇るワーウルフとでは膂力が違いすぎる。予定調和。当たり前の結果として、エリアスの小柄な体は地面に叩きつけられてしまい──


「うぉおりゃああ!!」


 少女らしからぬ雄たけびを上げ、エリアスの腕に限界を超えた力が宿った。雷の属性を現す黄金色の魔力がエリアスを包み、溢れ出たそれがバチバチと帯電する。その余波でさえワーウルフの男性へ少なくない感電を引き起こし、拮抗が崩れ去っていく。


 その光景には違和感しかない。少女へ覆いかぶさるように踊りかかったワーウルフが、宙に吹き飛ばされていったのだから。そして、よほど風の魔法に長けているでも無ければ、空中で身動きは取れない。

 そんな致命的な隙を晒したワーウルフへエリアスはにやりと笑みを浮かべると、剣を持つのとは反対の左手を胸へ、心臓へと向けて、


「『トール』!」


「ごぉぁああああ!!」


 雷が一閃。それに対抗するように遠吠えが一つ。迸る雷撃はワーウルフの心臓目掛けて真っ直ぐに放たれ──空中で身を捩ったワーウルフの肩を貫くだけに留まる。しかし、掠った時点で電撃は対象を逃さない。

 膝を付きつつも、どうにか着地したワーウルフの全身から焦げ臭い匂いが辺りへ広がり、針金のように強靭だった体毛が縮れている。肩で大きく呼吸を繰り返している姿からは、少なくないダメージを負ったことを容易に想像できた。


 ──だが、それはエリアスとて同じだ。


「い、いっつ……」


 思わず取りこぼしそうになった剣を左手で支え、ちらりと右腕の状態を確認する。服の上からでは目で捉えることはできないが、何か不快なものが腕の中を蹂躙しているのを感じてしまった。


 過度な『身体強化(ドーピング)』による魔力の汚染。セレナに危険だと咎められた行為を、エリアスは懲りずに続けていた。


 だが、手を抜いて命を落としては元も子もないのだ。実際、長年培われた戦闘センスと、強化された力ならこうして魔族一人でも圧倒できる。右腕だって、確かに痛みと違和感が酷いがすぐにどうにかなるわけではない。

 この程度のリスクで戦えるのなら、いくらでも対価は払って見せてやる。


「小娘がぁ……許さねえぞ!!」


「その小娘にボコられてるのはどこのどいつだ? もうちょっと頑張れるだろ」


 売り言葉に買い言葉。お互いに憎悪の言葉を、得物をぶつけ合う。さすがのワーウルフも今度は下手を撃たなかった。小柄な少女を押しつぶすのではなく、同格の相手を想定し注意深く爪を振るっていく。

 無理して押し切らずに、力を受け流し、お互いの隙を見出そうと力が衝突し続ける。


「ちっ!」


 右上から斜めに降ろされる引っ掻きを剣の腹で受け止めて、連続して放たれる左からの一撃を一歩下がることでやり過ごす。身長に対して大きめの剣を振るうエリアスと、体の一部である爪を振るうワーウルフ。

 ここにきて、それぞれの取り回しの違いが戦況に現れ始めていた。


 エリアスが一度斬撃を放つ間に、ワーウルフは両方の手から二回攻撃を行える。さらには次の行動への準備さえ済ませて見せるだろう。手数で圧倒的に有利であるワーウルフに、いずれエリアスが劣勢に落とされるのは時間の問題、既に劣勢と言っても過言では無い。


 だが、今すぐにどうにかできる話でもないのだ。どれだけ信念を固めようとも、剣を振る隙を大幅に減らすことなど不可能。

 それなら、エリアスも自分の長所を生かすしかない。


「いくぞぉ……!」


 エリアスの全身を、再び膨大な魔力が覆いつくした。そのエネルギーが、術式を通してエリアスの膂力へと変換され──右腕から危険信号が放たれる。

 これ以上はまずい。これ以上は無理だと、必死に脳内で本能が警告を発するが、敢えてそれを無視して力を込め続ける。


 どうせ、仮の肉体だ。この生活だってそのうちお別れで、いずれ『勇者』の体とエリアスの求める生活が──苦痛でしかない生活が戻ってくる。


「がぁあああぁぁ──ッ!」


 迷いが生まれてしまった。例え何を犠牲にしようと魔族を殺そうと、そう誓ってきた信念が曇ってしまった。その迷いはほんのわずかに、ほんの少しだけ魔力の収束を乱す。


 ──その隙を敵対する魔族は見逃さない。


 遠吠えを上げて、ワーウルフが肉薄してくる。目前に人型狼の巨漢が迫り、迎撃しようと剣を構え──激しい痛みで満足に右腕を上げられない。

 どうにか剣を顔の高さへ持ち上げるが、ろくに扱うことなどできやしなかった。直後、剣越しに激しい衝撃がエリアスを貫き、前方へ景色が吹き飛んでいく。それがワーウルフの飛び膝蹴りを受けた結果だと遅れて認識しながら、重力に引かれるまま地面に叩きつけられた。


「く、そっ……」


 小さな胸から空気が一気に抜け出し、無意識に苦悶の声が漏れる。折れてこそいないだろうが、骨が嫌な音を立てるのが聞こえていた。この程度、『勇者』の体ならどうってことは無いのに、か弱い少女の体はすぐに悲鳴を上げる。


 だが、悪態を付いている暇など無い。これは本当にまずい。力が入らず、視界は揺れ、意識さえおぼつかない現状で襲われたらひとたまりもなくて、


「エリィ! 大丈夫!?」


 エリアスを庇うように、ソラがワーウルフとの間に割って入っていた。エリアスに止めを刺す機会を失いたくなかったのか、ワーウルフは強引にソラを突破しようと足を止めない。そのまま、正眼に彼女が持つ独特の剣を構えたソラと、ワーウルフが衝突する。


「『風裂』」


 しかし、数秒後に訪れるはずだったそれは、永遠に機会を無くしてしまった。四足歩行で駆け抜けていたワーウルフの右腕が、風の刃によって肩から吹き飛んで行ったことで。

 相反する方向に高速で移動することによって、本来なら軽症で済んだはずの魔法が回復不能な怪我にまで発展したのだろう。


「ソラさんはレオンさんの援護を! 私は治療に回ります」


「うん、エリィをお願い!」


 ソラの背中が遠ざかっていくのを呆然と見届けていき、ふと額に温かな光が灯っているのに気が付いた。首を動かすことさえ辛くて、顔は確認できない。だが、今の状況で治療を行えるものなど一人しかないだろう。


「エルフ……他の奴らはどうなった?」


「ソラさんが相手にしていたワーキャットは向こうで転がっていますよ。ワーウルフの方は……」


 そこで一度言葉を区切り、交代で詠唱が紡がれる。右腕の喪失でもがき苦しんでいたワーウルフへ不可視の一撃が迫っていき、


「捕虜は一人で十分ですから」


「……ああ、魔族なんだ。殺しても悪いことはねえ」


 何かが潰れる音を残して、うめき声が聞こえなくなった。何が起きたのか。想像するのは容易だが、血肉に興奮する趣味は無いため確認はしない。


「エリアスさん。あなたまた過剰な強化を……」


「しなくちゃ魔族の相手はできねえ。必要だからやっただけだ」


 治療のおかげか、徐々に平常を取り戻しつつある体調を感じながら吐き捨てる。


「ソラさんから短杖を買って貰ったのでしょう? 無理して剣を扱う必要は」


「何度も言っているだろうが! 俺は、剣を置く気はねえ」


 何もかもを失って、何も得られなかったエリアスの手元に唯一残ったものが、戦う力、剣だった。それだけを胸に生きてきたのだ。それを捨てることは、これまでの人生を否定することと同義でそれが恐ろしくて堪らない。


「魔族は、皆殺しにしないといけねえ……俺のこの剣で……!」


 今更復讐は捨てられない。そのためには『勇者』の力が必要で、しかし力を取り戻せば、彼らとは共にいられない。他者との温かな生活を諦めなければならない。

 それなのに、一度は諦めると結論付けたそれに、エリアスは縋ってしまう。


 復讐することも、それを孤独に行うことも。目的も手段も何もかもが間違えていることに、エリアスは未だに気づくことは無い。

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