第八話 記憶の底の憎しみ
王都東の平原には清らかな川が流れ、土には力が漲り、程よい雨にも恵まれた豊かな土地が存在する。マンダリヤ平原の北とも表せられるこの土地は王室直下の領地であり、そこではいくつもの農村が毎年大量の質の良い作物を生産していた。
農村とは言っても一括りにできるものでは無く、例えばこの村々は王都からの十全な支援によって何不自由ない平和な暮らしを謳歌している。量産型と言えど鉄製の武器や農具が支給され、剣の扱い方なども簡易ながらも王国兵たちから学ぶことができるのだ。
辺境の村々が木製の農具を手に、いつ野盗や魔獣に襲われるのかびくびくしていることを顧みると、その扱いの違いが分かるというものだ。
だが突如として現れた盗賊団は、大胆にも王家の寵愛を受けるその村を襲撃した。それも一度目の襲撃を悟らせずに、素早く二つの村を焼き尽くすというありさまで。
今回、これだけの冒険者が集まったのは、戦争により迂闊に軍を動かすことを嫌った王国が冒険者ギルドに多額の報酬を払ったからである。
その資金を贅沢に使い、これだけの冒険者をかき集めることに成功した。冒険者ギルドを介しているだけで、事実上国に雇われたと言っても間違いではない。
つまるところ、盗賊団は国に喧嘩を売ったようなものなのだ。その対価として、圧倒的数の暴力によって、数百もの冒険者によって蹂躙される。故にこの依頼は楽して稼げる簡単な仕事──そう考える者はほとんどいないだろう。
冒険者成りたての新人ならともかく、この場に集まったのは誰も彼もが一定以上の実力を修めた冒険者たちだ。
そして誰もが既に感づいている。この依頼は何か裏があると。
突然警備の厳しいはずの王都近辺に湧いて出てきた盗賊団。しかも構成しているのはヒューマンと絶賛戦争中である魔族と。胡散臭いと思わない方がおかしいと言われたらそれまでなのだが。
「とは言っても、即席の軍じゃこの程度が限界か」
その襲撃された村へ百人規模の集団が、雇われた冒険者たちがひとまとまりとなって進軍していた。先遣隊によってある程度の所在は分かっているのだが、細かい盗賊団の潜伏先は未だ判明していないためそれまでの間、村の跡で野営をするのだという。
だが、偵察は有名な冒険者が率いるエリート集団が行っているそうなので、一晩夜を過ごす頃には特定できる見込みらしい。一日程度の野営であれば、食料などもそこまで問題にならないだろう。
「この程度って、あくまで寄せ集めに過ぎないんだから仕方ないでしょ」
ソラが窘めるような口調で言うが、正規軍と長年行動を共にしていたエリアスからしてみれば妥協点にしか見えないのだ。
多くても六人程度の人数しか集まらない冒険者と、数千、数万規模で戦う兵士とでは根本的に違いすぎるため、仕方が無いのは理解している。それでも、隊列の無駄な箇所へついつい目が行ってしまっていた。
「この陣形だと……近接戦得意や奴が全員前に出てるだろ? こりゃ、一度前線抜かれたら後衛を守れなくてそのまま崩壊するぞ」
「でも、前衛が周囲を固めて後衛が後ろから攻撃でいいんじゃないの? 普通はそれが基本だと思うけど」
「少人数ならな。ここまで多いと予備兵がいないと話にならねえ。ま……一人飛び抜けたやつに突破されたら後衛が蹂躙される」
──『魔神』とかに襲われたら誰も逃げ切れねえぞ。
そう言いかけて咄嗟に口を紡ぐ。可能ならば、正体を明かしたくないのだ。『勇者』であることを知られれば、この脆い関係が崩れ去ってしまうような気がして。実際、戦争という大義名分でエリアスが行ってきたのは虐殺なのだから。
「ふーん。まあ、確かに居るからね。一人で数千人を相手しちゃう一騎当千の化け物って」
「……数千人だったらまだマシだな」
数千どころか、同格の相手をぶつけない限り際限無く暴れまわるのが『勇者』や『魔神』だ。一応、単体の『魔神』を『勇者』無しで倒す戦略はいくつも考えられているらしいのだが、それが実を結んだことは無い。
多大な犠牲を払い追い詰めることはできても、止めを刺すまでには至らないのだ。純粋な身体能力と魔力の他に、それぞれが持つ異能のために。
ある『勇者』は周囲から力を奪い取り、別の『勇者』は周囲の目を欺く。『魔神』もまた、自己再生能力を持つ者や、あらゆる自然物を使役する男もいる。
「そういう化け物は時間稼ぎができる前衛で動きを止めてから、そいつらごと後衛が大魔法をぶっ放す。これを相手が死ぬまで繰り返すぐらいしか無理だろうな」
実は一度エリアスがやられた戦法なのだが。数分だけエリアスの猛攻を耐えられる精鋭小隊を随時投入され、戦略魔法を次々と撃ち込まれた記憶である。
『魔神』との戦い以外で死を感じたのはそれが最初で最後だ。あれは明らかに、連邦軍はエリアスを殺す計算だった。周辺に居た王国軍の介入で事無きを得たのだが──閑話休題。
嫌な記憶を掘り返し苦い顔をするエリアスの横顔を見つめながら、ソラは少々驚いたような表情を示して、
「ずいぶんと詳しいね。そういう関係のところに所属してたの?」
「……まあ、そんな感じだ」
これ以上は追及するなと、態度で示せばソラは納得の声一つで引いて見せる。こういうところが、複雑な思いを抱かせるのだ。一々エリアスの気持ちを尊重しようとする彼女らの態度が。
「お、見えてきたな」
その時、やや前方を歩いていたレオンが声を上げた。釣られて前方へ視線を向ければ、確かに何やら建物が──焼け残った廃墟が見えてくる。
「クソッタレの魔族が」
盗賊によって破壊されたその光景に、エリアスはより一層気持ちを引き締めた。
☆ ☆ ☆ ☆
「こいつはひでえ……」
そう零したのは一体誰だったのだろうか。少なくとも一人では無いはずだ。
エリアスたちが配置された盗賊団討伐隊の第二陣の冒険者は、無事に仮拠点となる村跡に到着した。到着したのだが、その土地から見て取れる悲惨な光景に誰もが声を出せずにいた。
ほぼ全ての建物は焼き尽くされ、全壊あるいは半壊し、そこら中に激しい血痕が残っている。巨大な魔法でも放ったのか、地面に巨大なクレーターが刻まれている場所さえあった。
既に被害者などの片づけが終わっているのは、数少ない救いだろうか。襲撃直後の村であれば、とても直視しがたい景色が広がっていたに違いない。
「愉快犯、か。奪いだけ奪ってすぐに撤退するのが普通なのに、明らかに殺しを楽しんでる」
「……盗賊に襲われた村っていくつも見てきたけど、これはやり過ぎだ」
少し離れたところで、アランと並ぶクリスがそう呟くのが聞こえてくる。何度も言うが、冒険者は金で動く。故に良心からボランティアで活動する者など存在しない。だがそれでも、この光景を見せつけられて心が動かない者は少なかった。
誰しもがその瞳に義憤を宿して、盗賊団討伐を決意している。乱雑な性格をしているクリスでもそうであり、ソラやレオン、人一倍お人好しな彼らは猶更だ。
「絶対に仇は取ってやるぞ」
そして、レオンたちからすれば意外なことに、エリアスも激しく怒りの炎を燃やしていた。一つの建物跡を、焼け崩れた民家をジッと睨み付けながら、顔も分からない犠牲者へ声かけをする。
魔族によって滅ぼされた村。炎に日常の全てを灰にされた村。その光景はエリアスにとって思い出したくも無い、だが決して忘れてはいけない忌々しい記憶と同じで──
『なんで、なんで私たちが死ななくちゃ……』
「────」
黒ずんだ木片に成り下がった玄関を潜り、苦痛に顔を歪めた女性が呪詛と共に現れて──瞬き一度の間に消え失せる。それはエリアスの記憶が、現実の景色に重ね合わせた幻覚だ。今見えた女性だって実在しない。しないはずなのだ。
「エリィ……怖い顔してるよ」
「俺はいつもこんなんだろ」
恐る恐ると言った様子でソラが話しかけてくるが、特別に表情を変えているつもりは無い。だが、外から見ると違うのだろう。本当に自覚は無いのだが。
「まあ、あれだ。昔のことを少しな」
「エリィって魔族を嫌ってるみたいだけど、昔のことってそれに関係して……」
「──俺の故郷も魔族に焼かれた。だから俺はあの屑共を許さない」
躊躇いがちにソラが口を開き、言い切られる前に先手を打つ。特に理由は無いが、予想として言い当てられるのは避けたかった。とっくに自分の中で整理は済んでいるのだと、自ら告白することで示してしまいたかった。
「で、でも、魔族だからって全員が悪いわけじゃにゃいよ?」
「少なくとも盗賊なんてしてるやつにまともな魔族はいねえよ。だったら……殺すことに迷う必要はねえ」
ソラが何と言おうと、エリアスの考えは変わらない。十年かけて積み重ねられていった憎悪は、そう簡単に消えることは無い。深く深く根を張ったどす黒い異物を今更取り除くことなどできやしないのだ。
その頑なな態度に、それ以上は諦めた様子で口を閉ざす。普段であればソラに振り回されるのだが、何と言われようとエリアスにだって譲れないものはある。そこまでこのお転婆な猫娘に好き勝手にやられるつもりは毛頭なかった。
「エリアス、ソラ。ちょっと来てくれ」
気まずい空気が二人の間を流れ、それを断ち切るようにレオンがセレナとブライアンを連れてやって来る。軽く手を上げて答えると、ソラと共にそちらへ近寄っていった。
「どうした?」
「それぞれのパーティーリーダーを集めて作戦の説明をしてたんだよ。そこから仲間に情報の共有ってことさ」
「にゃるほどねー」
ソラが言葉で、エリアスも頷くことで納得の色を示すと、早速レオンは本題へと切り込んでいく。
「ひとまず、偵察隊が戻ってきてから細かい作戦は決まるだろうけど、基本的に二つのパターンだ。もう一つの村で待機してる第一陣の奇襲で、盗賊団が逃げ出すなら先回りして追撃に回る。逆に応戦してくるようなら、バックアップとして後方で待機になるそうだ」
「真正面からぶつかるならこっちも被害が出るだろうからな! そいつらが抜けた穴を随時俺たちで埋めていくってことだ!!」
戦力の随時投入は愚策、などとはよく言われるが盗賊団の潜伏地は恐らく洞窟である。狭い空間で、同時に全戦力を展開していてはまともに身動きも取れないだろう。部隊を大きく二つに分けたのには、しっかりとした理由があるのだ。
意外と理解しているらしきブライアンに意外なものを見るような眼つきを向けつつ、話の続きへ耳を傾ける。
「追撃するなら迅速な行動が必要になるし、バックアップでも一番死……怪我人が出やすいのは接敵してすぐのタイミングだからな。どちらにせよ、大変なのは戦闘開始直後になると思う」
「追撃とバックアップに分けないのか? 逃げるのを見てからじゃ追撃で仕留めきれるとは思えねえぞ」
確かに第一陣に背中を追われていては撤退も遅れるだろうが、だからと言って後方に待機しているエリアスたちが先回りなどできるはずがない。ある程度損害を出すことは可能だろうが、殲滅には程遠い。それではだめなのだ。
「相手の戦力が不明な以上、守りを重視せざるを得ないんですよ。それに今回の依頼は盗賊団の討伐が最善ですが、目標は王国から追い出すことです。再起不能にまで追い詰めれば殲滅の必要はありません」
「それじゃあ甘いだろ!? あいつらがやらかしたことの罰を、ここでぶつけなくちゃいけねえ!!」
「エリアス落ち着いてくれ。悪戯に被害を増やす必要は無いんだ。言っただろ、冒険者は常にリスクの低い選択をする。命あってこその冒険者家業だ」
それぐらいエリアスにだって分かる。命あってこその人生だ。死人は二度と目を覚ますことは無いのだから。それでも、時には命さえ差し置いて優先すべきことはある。その命を大量に刈り取っていった魔族たちには、自らの命を捧げて償ってもらわなくてはならない。
「どうにか作戦を変更しねえか、うちの代表に言ってくるぞ……っ!」
「無理だって。あたしたちはたくさんいる冒険者のほんの数人だよ? 国が関わってくるような依頼に口答えできるはずが……」
「──きゅ、急報!!」
声を荒らげて村の中心部分、クフンたち代表者がいるであろう場所へ、ソラの制止にも聞く耳を持たずに向かおうとして──突然、村の外から聞こえてきた叫び声に反射的に振り返る。
息も絶え絶えの様子で走り込んできたのは一人の若い男性冒険者だった。
「どうした? 落ち着いて報告しなさい」
焦燥に駆られた叫びを聞きつけてか、件の代表者たちがクフンを先頭に駆け寄ってくる。その姿を見て一度男性は呼吸を整える。そして、周囲にいる冒険者全員に聞こえるよう声を張り上げて、
「第一陣の野営地が襲撃された! 相手は魔族の集団、間違いなく目標の盗賊団だ!!」
その言葉にクフンは目を細め、それ以外の者たちは絶句する。攻めに来たのはこちら側のはずなのだ。それなのに、何故逆に襲撃されているのか。生憎にも誰も答えは持っていない。
「総員、準備を整えるのじゃ。五分後に出発、第一陣の救援に向かう!」
クフンの言葉が村中に広がり、我に返った冒険者たちが最低限の武装を身に着け出す。そうしてこの場にいる全員が思ったのだ。
──やはり、この依頼は何かがおかしいと。
全員が今後の激戦の予感に身を引き締め直すのだった。




