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ひとりよがりの勇者  作者: 閲覧用
第二章 戦士の証明
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第四話 お騒がせ猫の玩具

「ふざけるなッ! 俺は、絶対に認めねえ!!」


「頑固なのもいい加減にしにゃよ。今更抵抗しても遅いの。逃げ道は無いの!」


 確固たる思いを表明し合い、二人の少女が向かい合う。お互いに戦いの道に通ずる者同士、身構える姿に隙は無い。そこには分かり合おうとする姿勢も、また存在しない。

 既に二人の願いは別れてしまっているのだから。各々の願いを力づくにでも押し付けて遂行する。そんな身勝手な感情だけが、エリアスとソラの推進力だ。


 先に動いたのはソラの方だ。猫の獣人族としての身体能力を存分に発揮して、エリアスへ踊りかかる。狙いは真正面からの格闘戦だ。低姿勢で駆け抜けてくる姿に注視しつつ、エリアスも拳を正面に構えて見せた。


 最初に放たれるのは下方向から来るアッパー。ソラが柔らかな体を伸ばすように、全身の力の流れを込めた一撃を顎目掛けて撃ち出す。それの有効範囲を一瞬で見定めて、エリアスは一歩だけ後ろに下がるとすぐさま踏み出し直し、反対の足で脚払いを仕掛ける。


「よっと」


 だが、その程度の動きはソラにも想定されている。小さく飛び上がり転倒を免れて──それこそがエリアスの狙いだ。


「おりゃぁ!!」


 滞空時間は僅か数秒にも満たない。だが、その一瞬を見逃すのは愚者のすること。戦いにおいては、一瞬の隙さえもそぎ落とし、一瞬の隙を突いたほうが勝利の栄光を手にできる。

 それはどのような戦いでも通ずるもの。故にエリアスは多少の体勢の崩れも容認して踏み込み、


「へっへぇー。惜しかったね」


「──ッ!?」


 振るわれるはずの拳が鈍った。慌てて視線を降ろしてみれば、手首に巨大な獣の尻尾が──獣人族の尻尾が絡まっている。大して強い力は無いが、素の腕力では見た目相応の少女程度しか持っていない今のエリアスには致命傷だ。

 戦況を大きくエリアスへ傾けるはずだった一撃が、逆にソラへと寄っていく。一秒にも満たない遅延をもたらされた拳は、既に地に足を付けてしてしまったソラに、あまりにもあっけなく受け止められてしまい、


「はい、あたしの勝ち」


 懐に飛び込んできたソラがそのままエリアスの体を担ぎ上げる。その際、体の要点を固定されてしまえば、力でも負けるエリアスには脱出は不可能だった。

 自分よりも年下の少女──現在の肉体なら外見年齢も体格も負けているのだが──に抱き上げられる羞恥心と若干の恐怖心から全力で脱出を試みる。それが成し遂げられることは無い。


「ち、ちくしょうっ! 放せぇ!!」


「ダーメ。もう諦めにゃよ。エリィの自由はあたしがもらい受けるから」


 このままではまずい。このままでは全てが終わってしまう。自尊心を粉々に踏み砕かれ、完膚なきまでに敗北を刻まれてしまう。そんなこと、そんなことは──


「クソッタレぇぇぇ!!」


「ほらほら。暴れなーい、暴れない」


 その時、周囲を通りかかった人々は、服飾店に喚き散らしながら担ぎ込まれる少女を見て首を傾げたという。





 ☆ ☆ ☆ ☆





 おびただしい量の布が腕の中へと積まれていく。一枚一枚は大した質量を持っていないはずなのに、腕にかかる負荷はズシリと重たい。それにはエリアスの精神的な重さも恐らくは関係しているのだろう。


「な、なあ……いくつ持っていく気だ……?」


「別に試着する分にはタダだしね。持てる分だけかな」


 その言葉にげんなりとすると肩を落とす。いっそのこと逃げ出してしまおうとも思ったが、残念ながら足の速さでもソラには敵わない。本気を出せば、『身体強化』を行使すれば逃げ切れるだろうが、さすがにこんなバカげたことでさらに肉体へのダメージを増やすわけにはいかなかった。


 一か月前にも同じようなことがあったなと、虚ろな思考を巡らせる。最も前回と今回とで大きく違うことはあり、


「いや、こんなもん買ってどうするんだ。別にいつも冒険者用の頑丈な作りのやつだけで……」


「そんなこと言ってるから、エリィは無愛想になっちゃうの!」


 無愛想なのは元からだ、と心の中でぼやく。既に怪しいスイッチを全力でオンにしてしまったソラは、強烈な熱意と共にエリアスを着せ替える(いじめる)ことしか頭に無かった。

 それをエリアスも諦め半分で見守っている。完全にまな板の上の魚である。逃走も許されず、ただただ自尊心の粉砕を待ち続けるだけの哀れな獲物である。


「はい、まずはこれから」


 選別、というにはあまりに多すぎるが、それを終わらせたソラはエリアスに持たせていた服の山を回収すると、その中から一セットを押し付ける。そのまま無理やりに近くの試着室へ放り込むと、


「じゃあ一着目行ってみようっ!」


 カーテンを勢い良く閉ざしてしまう。その視線を遮るための布切れも、待ちきれないとばかりにそわそわする気配には効果を発揮しないようだった。そのことに大きなため息を付いて、改めて手の内の服一式へ視線を落とす。


「いや、これ俺が着るのか……? 無理だろ」


 上半身から下半身までセットになっている服、つまるところワンピースと呼ばれるものだ。白を基調に所々に上品な青色を加えたそれは、あまりに少女趣味を体現しすぎていた。所々に付いているひらひらなど、一体何なのか。

 冒険者用の服は、確かにデザインも意識されたものだったが、それでもあくまで動きやすさや丈夫さを優先されていた。


 だが、これは違う。エリアスには理解しがたい概念だが、ファッションを追及して作られている。そこに利便性など求められていない。ただただ、女性を着飾るために生み出されたものだ。


「お、おい! やっぱり止めだ。こんなんやってられ……」


「逃がすと思ってるかにゃ?」


 例え今の体が少女のそれでも、エリアスは決してそうではない。どうにか逃げ出そうとカーテンを開け放ち、妙な迫力を放つソラと眼が合うと思わず言葉を詰まらせた。


「正々堂々と、一対一で負けたのはエリィだよ。いつも俺は男だなんて言ってるなら、潔く負けを認めるよね?」


「っ……信じてねえ癖に都合の良い時だけなぁ……!」


 だが、確実にエリアスに迷いを生ませる言葉に違いは無い。姿に元の面影が無くなってしまっても、確かに残り続ける男のプライドが邪魔をする。

 歯噛みしながらそれでも試着室の中へ戻ろうとしないエリアス。その姿にソラは僅かに思案する表情を浮かべて、


「じゃあ、エリィが好きなお店の食事を……二回おごってあげるよ。それで手を打たない?」


「い、いや別に好きなもんなんて俺は特にねえし……」


「あんだけ美味しそうに食べておいて? 何なの、孤高を気取りたい年頃にゃの?」


 微笑ましいものを見るような視線を向けられて青筋を浮かべるが、怒鳴り返していては主導権を握られると必死に自分を押さえつける。そして冷静になって交換条件を天秤に乗せた。


 まともな食事をこれまでの人生で取ってこなかったエリアスにとっては、そこらの適当な料理でも暖かいだけで美味しく感じてしまう。決して口にはしないが。それでも、心が揺れることに違いは無くて。


「……嘘じゃねえんだな?」


「ちゃんとあたしに付き合ってくれたらね」


 やっぱり好きなんじゃん、と呟かれた声は聞こえないふりをしておく。そして覚悟を決めるとカーテンを勢い良く閉めた。


「さっさと終わらせるからな!」


 ただ着るだけなのだ。例えそれが直視しがたいようなものでも、少しの間堪えるだけでエリアスには得しかないのだ。ただ着るだけ。少しだけ袖を通すだけ。たったそれだけ。それだけで──


「…………」


 どうしても抵抗が無くなる気配を見せなかった。失言だったかと、脳裏を情けない声が掠めるが、それこそ男に二言は無い、だ。男らしさを求めて女装をする時点で何かを間違えているはずなのだが、エリアスはそれに気づかない。

 元から着ていた服──ソラとセレナ曰くぎりぎり妥協ラインらしい──を脱ぎ去り床に投げ捨てると、下着姿になってワンピースを見つめる。


 だが、それを続けていても覚悟が鈍っていくだけだった。このままでは何もできなくなると判断し、頭から一気に被ると袖に腕を通す。

 ズボンなどとは根本的に違いすぎることに違和感を覚えつつ、自身を見下ろしておかしなところが無いかを確認。だが、そうして向けた視界に、ひらひらの付いたワンピースに包まれる自分自身が映ると顔が火照るの自覚した。


「お、おい、これでいいんだろ……!」


 長く続けていては精神的負担が大きすぎると判断すると、すぐさまカーテンを開け放つ。外で待機していたソラは、嘗め回すようにエリアスのことを頭のてっぺんから足の先まで鑑賞しつくし、


「やっばい、恥ずかしがってるエリィ可愛すぎ!」


「ちょ、てめえ邪魔くせえから離れろっ!!」


 突如、エリアスに飛びついてきた。その動きに平常の精神では無いエリアスは対処しきれず、そのまま抱き着かれしまう。遠目から見たら絶壁でしかなくても、直接なら意外と柔らかいとある部分やその他色々をダイレクトに感じて、さらに顔が発火する勢いで熱くなっていく。


「まあ、しゃべらなきゃって条件付き……いや、男の子みたいな乱暴な態度の子が可愛い服着て恥ずかしがってるのも悪くない……にゃ」


「どうでもいいわ! もう十分だろ、元の服に着替えるぞ」


 色々と大事なものを無くしそうで、既にかなりの量を無くしているが、ともかくこれ以上は危険だとソラを引き剥がして試着室へ戻る。が、その前に腕をソラに掴まれて。


「まだまだあるの、忘れてない?」


 続いて腕の中に放り込まれた服を見てエリアスは顔を青くする。スカートやハイソックスなどをもろもろ、しかし明らかにスカートの丈が短い。畳んである状態からでもおかしいと分かるほどに短すぎる。


「じゃあ、ドンドン行こうか!」


 元気よく声を上げるソラを見てから、そのまま試着室の鏡へ視線を向ける。その中には、妙に可愛らしい格好をした青髪の少女が死んだ眼つきで映っていた。


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