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ひとりよがりの勇者  作者: 閲覧用
第一章 歪んだ信念
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幕間1 歪な少女の湯煙騒動

 とある昼下がりの午後。朝から冒険者ギルド内の訓練所で汗を流し、部屋で休憩していたエリアスは呆れの視線を目の前の光景に向けていた。


「風呂?」


「そう、お風呂屋さん! 今度行ってみようって言ってたよね」


 場所は冒険者の宿の一室。拳を振り上げながら、何故か表情を決めてみせるのはソラだ。ベッドに体を預けたまま、また始まったと言わんばかりの表情で猫耳ハイテンション娘を見上げる。

 イスに腰掛けるセレナも特に口を挟むこと無く、楽しげに二人を眺めている。その保護者のような対応に納得いかないものを感じつつも、ソラと一対一で向かい合った。


「そもそも風呂ってなんだよ」


「あー、知らにゃい人もいるよね。えっとなんて言うんだろう……気持ちの良いお湯の貯まった大きな容器?」


「全く分からん」


 一応は努力したのだろう、語彙力皆無の説明をばっさり切り捨てる。エリアスの雑な扱いにソラは唇を尖らせると、くるりと振り返り背後のセレナに軽く頭を下げた。


「セレナ先生、お願いしますにゃ」


「えっと……身を清める場所、です。それと温かなお湯に浸かるのは気持ちが良くて、疲労回復などの効果があります。一種の娯楽施設ですね」


「……なるほどな」


 身を清めると言えば、現在は濡れた布で体を拭くことがそれに当たるだろう。王国では一般的な習慣だが、これだけではどうしても汚れが取り切れないため定期的に水浴びをするのが常だ。

 要はその水浴びをお湯で行う施設なのだろうと、エリアスは判断した。


「悪くねえんじゃねえか? どうせ町に居ても素振りぐらいしかやることねえしな」


「そうだよ! 少しは体を休めないとね」


 積極的ではないながらもエリアスの了承を受けて飛び跳ねるソラ。実際、反対するような付き合いの悪いメンバーはエリアスぐらいだろうから、この時点で予定は確定したようなものだ。

 面倒臭げにベッドから起き上がると、エリアスの着替え一式がソラから投げ飛ばされる。空中で分解しかけるそれを慌てて捕まえると、状況反射で文句の一つでもぶつけてやろうとして、


「急ぎすぎだろ、うが……」


「もう行っちゃいましたよ」


 開け放たれたドアを見て、それさえも不可能だったことを悟る。行動力があるのだとか、そういう話ではない。ただの何も考えていない馬鹿だ。振り回されているエリアスたちの気分にもなってもらいたい。


「少しは落ち着いて動けねえのかよ……!?」


 額に青筋を立ててエリアスも全力でそのあとを追っていく。そんな二人の少女たちの様子へセレナは微笑を向けていた。





 ☆ ☆ ☆ ☆





 そうして今現在。エリアスは目の前の籠を見つめながら、先程のやり取りの浅はかさを後悔している。風呂、という文化自体が王国に浸透しているものではなく、それがどのような施設なのか想像しきれていなかったのだ。


 いや、それも所詮は言い訳でしか無い。既に退路は絶たれ残された道は前身のみ。悪魔はすぐ背後に迫っていた。


「エリィ……早く行くにゃ」


「いや、な。さすがにこれは問題なんじゃねえか?」


「──? 女の子が女湯に入って悪いことでもあるの?」


 “恐らく”、心底不思議そうに首を傾げながらソラが背後からエリアスの腕を引っ張る。予測でしかないのは、彼女を一切視界の内に収めていないからだ。もし収めてしまえば、直視しがたい肌色率百パーセントの姿が飛び込んでくるだろう。


 場所は公衆浴場の脱衣所。ソラの言葉通り女湯の脱衣所である。確かにエリアスの現在の体は誠に遺憾ながらも女性のものだ。

 しかし、裸の女性同士の付き合いを目で見て、認識するエリアスの精神は男のものである。ついでに言うと、人との関わりが極端に少なかったエリアスは女性への耐性が致命的に低い。


 開き直って堂々と拝むことができたらどれほど良かっただろうか。歴戦の戦士も、この場では新人冒険者や王国軍の新兵クラスでしかなかった。


「エリアスさん? いつまでも半裸でいても寒いだけですよ」


「お、おう。そうだな……」


 背後から急かすような声をかけられ、エリアスの焦りは着々と募っていく。現在のエリアスは下着だけ残して他は脱衣している格好だ。セレナの言う通り寒い。非常に肌寒い。

 今更服を着直すのもおかしな話であるし、既に逃げ道は存在しないのだ。さっさと覚悟を決めるしかない。


 ソラたちに無理やり着用させられている白い上下の下着を、恐る恐る取り去ろうとして、


「ええい! 遅いにゃ!!」


 あまりにもゆったりとしたエリアスの行動にソラの方が我慢しきれなかった。無駄に手早い動きでエリアスの上の下着を奪い去っていく。勢い余って零れ落ちる程よい大きさの胸を咄嗟に庇いながら、顔を真っ赤にして振り返り──ソラとセレナの裸体が視界に入ったことで反射的に目線を逸らした。


「てめえ……!」


「はいはい、可愛い! 早く行くよ!」


 ここまで来たらもう抵抗しても無駄なだけだった。羞恥心によって顔だけでなく全身が発火するような熱を感じながら、下の下着も脱ぎ捨てる。乱暴に籠の中にそれを叩き込むと先を行くソラとセレナの背中を追っていった。


 タオルで一応は体を隠すセレナと違い、やはりと言うべきかソラは前面も完全に開け放っている。いくら同性だけの場──エリアスは男だが──とはいえその格好は如何なものなのか。

 エリアス自身も何だか無性に恥ずかしくなってしまいタオルで胸を隠してみるが、それはそれで本当に女になってしまったようで情けない。

 恥ずかしさと情けなさの間で葛藤しつつ、それを意識しないように足を進める。最初に目についたのは、壁に埋め込まれた魔石とイスがセットでいくつも並んでいる光景だ。


「ほら、ここにお湯が出る術式が組み込まれてるの。触れば勝手に魔力を吸って動くから先に体を洗っちゃって」


 そう言うなり、ソラはイスに座って体を流し出す。セレナも慣れた様子でお湯を被るのを確認して、エリアスも腰を下ろした。台に置かれていた液体石鹼を手に取ると髪の毛へ付けていく。

 背中に掛かる程度には伸びている髪の毛は、男の時と違い洗うだけでも非常に面倒だった。一度短剣か何かでバッサリ切ろうとしたことがあったのだが、ソラの必死の説得に実行できずにいる。


 曰くせっかく綺麗な髪なんだから下手に切る必要は無いのだとか。エリアスにはいまいち理解できない概念を思い出しながら、ふと花のような香りが鼻に着いた。

 恐らくは石鹸から放たれているのだろう。石鹸自体は王国でもそれなりに普及しているが、このように匂いまで付加されているものは初めて見た。


「ま、まあ悪くはねえな」


 そのようなことを考えつつ、体も洗い終えると桶を持って立ちあがる。確かに体を拭く程度とは比べ物にならないほどにすっきりして、気持ちが良い。

 これが女湯でさえ無かったら素直に楽しめたかもしれないのに。そんな今は叶わぬ願いに思いを寄せる。


「エリィ! こっちこっち!」


 浴場の奥の方へ視線を向けると、ソラがお湯に浸かりながら手をこちらに向けて振っていた。あれが俗に言う、風呂と言うやつの本体なのだろう。断る理由も無いため、ソラと少し離れた位置を見つめながら足を向けた。


「……変な気分だ」


 風呂の縁に座り込むと恐る恐る指先を入れてみる。やや熱すぎる気もしたが程よい温度の正にお湯だ。

 別に怖がる様子など何もない。ただ少しだけ、異文化ゆえの違和感を持っているだけだ。


「おっ」


 うじうじしていても仕方が無いと、思い切って一気に全身を沈める。暖かな感覚が全身を覆いつくし、想像していた以上にリ心身が休まっていくのを感じた。


「ふふふ。私も最初はそんな反応でしたね。慣れてしまえば定期的に通いたいと思うのですが」


「あたしたち獣人からしてみれば、その反応を見るのは楽しみの一つだにゃー」


 ソラの楽しげな声が浴場に響く。こういった公衆浴場という文化は元々獣人族特有のものだ。ヒューマンの国である王国には本来無かった概念なのだが、さすがは王都と言うべきか。


 獣人族の移民が多く暮らしている街の一角にこの施設は鎮座していた。この建物自体も木造で建てられた王国ではやや奇妙な様式のものであり、中では靴を脱ぐなど慣れないことばかりだ。

 まるで異世界に迷い込んだかのような印象さえ受けてしまう。


「んで、猫耳。なんだよ?」


「────」


 そのような思考を巡らせていると、ふとソラの無言の視線を突き刺してきていた。その先がエリアスの胸部、タオルで覆われた胸の膨らみに向けられているのに気が付くと、妙な恥ずかしさから腕で庇う。

 それでようやく我に返ったのか。はっとしたような様子で顔を上げたソラは、


「……セレナはともかく、エリィにまで負けてるのは納得いかない」


「負けてるって何がだよ?」


「おっぱいに決まってるじゃん!?」


 恥ずかしげも無く喚き散らすソラに冷たい視線を欠かさず送り付けて、それから自分の体を見下ろしてみる。柔らかく細い、元の体とは比べ物にならないほど貧弱な肉体。それの胸は確かに存在を主張する程度には膨らみを見せていた。

 はっきり言って邪魔な物体だ。特に下着を着けていないと好き勝手に揺れて色々と痛い。渋々ながらも女性用下着を身に着けている原因そのものであり、もはや忌々しいとまで言えるだろう。


「いや、こんなもんあっても邪魔なだけだろ……」


 そして何も考えずに口にしてしまった。それは紛れもない本音だ。心の底から邪魔だと吐き捨て、


「それはあるから言えるんでしょ!」


 涙目で飛びかかってくるソラに眼を剥いた。反射的に背中を向けて逃走を試みるが、半身が水中にある現状、素早い行動は不可能である。そのまま背後からソラに手を回されて、


「ひぐっ!?」


「ねえ! 無い人の気持ち分かる!? 絶壁の人の気持ちが分かる!?」


 胸を弄られる感覚に情けない声を漏らしてしまった。変なこそばゆさに全力で抵抗するが、無駄に怪力なソラはそう簡単に引き剥がせない。


「ひ、ひゃ!? てめえ!! 何してるんだよ!?」


「こんな女の子っぽさの欠片もないエリィですら、揉める程度にあるのにね……! 不公平だと思わない!?」


 容赦ない手付きに、感じたことの無いものがこみ上げてくる。本能的にこれ以上はまずいと、エリアスは『身体強化』を発動。魔力が流し込まれ一時的に強化された力で持って、ソラを引き剥がし、


「いい加減に、しろってんだよ!!」


 全力でお湯の中に叩き込む。湯船の底に叩きつけられ、ぐったりとした様子で浮き上がってくる姿を色々な意味で顔を赤くしながら睨み付ける。

 次があればもっと警戒しておこう。そう心に刻み込み、いつの間にか剥れてしまったタオルを再び体に巻き直す。


 公共の場で大騒ぎした二人の少女へ、セレナからの説教が待っていたのは言うまでもないだろう。


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