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ひとりよがりの勇者  作者: 閲覧用
第一章 歪んだ信念
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第十七話 正しい力の使い方

 森そのものが、愚かな人間たちを蹂躙すべく進撃する。いくら魔獣の中でも弱い部類に属するゴーレムとはいえ、数十体にも及ぶ大群は生半可な冒険者なら一瞬で森の肥やしにしてしまう。

 自分たちの元の姿であるはずの樹木や岩を平気で薙ぎ払いながら、魔力に魅入られた歪んだ存在たちはたった五人の冒険者へ襲い掛かっていた。


「ソラは右の奴らを押さえろ! 俺は左、その間にブライアンとエリアスで正面を突破だ!」


 レオンが素早く状況を見定めて、指示を飛ばしていく。それを聞いた三人は迷わずに慣れた動きで、一方エリアスは明らかにぎこちない動作ながらも、どうにか集団行動に混じろうと努力した。


「殲滅は考えずに頭を叩く! 最悪の場合は強行突破で脱出するから孤立するなよ、特にエリアス!!」


「分かってるッ!」


 左右に分かれたレオンとソラが横からの強襲の意識を集めている間に、エリアスとブラインが正面の群れを掻き分けるように粉砕していく。エリアスの雷を纏った剣が、ブライアンの剛腕に加速させられた大鎚が、次々にゴーレムたちを粉砕していった。


 とは言っても、さすがに二人では処理が追い付いていなかった。その問題をどうしているかと言えば、


「へ、バカかよ!」


 エリアスを撃ち抜くはずだった一撃が空振りに終わり、それどころか別のゴーレムに勢い余って衝突する。巨大な質量どうしが反発し合い、重心の安定しないゴーレムたちはそのまま横倒しだ。

 そして、鈍重で縦に大きいウッド・ゴーレムは自力で起き上がることが難しいのである。


 こうなってしまえば、少々動くだけのただの倒木。その上、増援のゴーレムたちの動きまで阻害できると一石二鳥だ。今は少しでも魔力が惜しいため止めを刺す理由は無い。

 それは冒険者としての知識、エリアスに限れば長年の戦闘経験。根拠は違えど、無言のうちに全員が同意している作戦だった。


「────」


 エリアスとブライアンが力任せに道を切り開き、レオンとソラが周囲の守りを固め、少しでも危険が近づくとセレナが随時援護していく。

 たった一年を除けば、ひとりぼっちで戦い続けていたエリアスにとってこのような戦場は違和感が大きい。エリアスの動きも単独で戦うよりもぎこちない部分が目立ち、全力を発揮できているわけでは無かった。


 だが、それでも確かにエリアスとレオンたちはお互いを助け合っている。即席の連携だ。さほど巧いわけでも無い。それでも連携が成り立っているのは、皆がエリアスのことを気にかけているからだ。

 新しく仲間になるかもしれないエリアスを、全力で受け入れようとしてくれているからだ。


「どいつもこいつも、お人好しだらけじゃねえか……!」


 本当に馬鹿な連中だとエリアスは心の中で呟く。信用できる確証が何一つ無いのに、どうしてここまで気を許すのだろうか。もしかしたら今ここで、エリアスが背中を斬り付けることだってあり得ないとは断定できないのだから。

 安全第一と言っておきながら、何たる危険管理能力の低さなのか。


 だけど、それでも。十年ぶりに感じた人の温かさを、王都に飛ばされてからの数日を、決して無駄な物とは断定できなくて。その心地良さを思い出させてくれた、この馬鹿な連中を悪くは思えなくて。


 ──こうした戦いも、たまには良いのかもしれない。


「……ああ、くそっ!」


 一瞬頭をよぎったそんな言葉を自覚して、顔を若干赤らめながら剣を振るっていく。きっと近頃のストレスがやや精神に悪影響を及ぼしているのに違いない。自己暗示のように言い訳を心の中で叫びながら、その鬱憤を剣へ込めていく。


 雷の斬撃がウッド・ゴーレムの中心を貫き、動きが止まったところをブライアンの大鎚が叩き潰した。活動の限界を超えた破壊を肉体へもたらされたゴーレムはその場で沈黙。障害物になってしまったその体を迂回しながら前へ進み、


「“変異種”……だったか。昨日の借りは返させてもらうぜ」


 ゴーレムの群れの奥、一体だけ一際巨大で禍々しい姿に変化したゴーレムを視界に収めた。まるで他のゴーレムを指揮するかのように、低く唸り声を上げる化け物はエリアスたちに直接襲い掛かる様子をまるで見せようとしない。


 ただのゴーレム如きではエリアスたちに大きな打撃を与えることはできないというのに。知恵無き魔獣が群れを統率しているという推測は半信半疑だったが、やはり間違いなのではないだろうか。

 保身を優先するのなら群れを残して逃げ出すべきだし、死に物狂いでエリアスたちを倒すつもりなら自身も戦闘に参加すればよい。


 どちらにせよ、指揮官としては最低限の仕事さえこなしているとは思えない。


「彼らの直接的な危険度が問題ではありませんよ。王都のこれほど近辺に“変異種”、それも指揮系統の個体が発生したということは、今後二体目、三体目が現れてもおかしくない。それが問題です」


「そんなにか? すぐに王都の冒険者が片付けに来るだろ」


「いいえ大問題です。そもそも“変異種”は突発的な戦闘で討伐するものではないのですよ。今回はゴーレムなので助かりましたが……もっと強力な動物、狼などをベースにした“変異種”が発生すれば中堅以上の冒険者でも不意打ちで全滅しかねませんから」


 もちろん私たちでもです、と最後に付け加えるセレナ。そう言われて考えてみるが、確かにセレナたちほどの実力者でも状況次第で全滅となれば、その危険性を理解できる。

 それが商人などの非戦闘員の往来が多い王都近辺では、様々な問題が発生することはエリアスにさえ想像に難くない。


「ただひとまずは、こいつを倒せばしばらくは問題無いってことだ」


「そういうことー。それとギルドへの報告でボーナスを貰えるだろうし、それなりの報酬になるかにゃ」


「ガハハハッ! さっさと終わらせて、旨い酒でも飲みに帰るぞ!!」


 エリアスの背後から襲い掛かるゴーレムを捌きながらも、余裕を見せた態度で言葉を投げ合うレオンたち。そのゴーレムもブライアンの大鎚によって森の肥やしとなり、それぞれの意識は群れの奥で鎮座する“変異種”へと集中する。


「セレナ、あいつは指揮系統ってことで間違いないな?」


「ええ、目視で観察する限りでは。ゴーレムから指揮系統の発生は前例が無いのですが……近頃の魔獣騒ぎの一環なのでしょうかね」


「考えても仕方ねえ! ただ俺様がぶん殴る相手がどいつか。それさえ分かれば後は任せて置け!!」


「ま、今回は譲るよ。あたしの得物じゃどうしようもできにゃいし」


 あくまで気軽な口調で、それがお互いの緊張をほぐすための戯言であるのはすぐに気が付いた。ベテランの彼らだって、死の危険が近くにあれば恐怖を感じるのだ。それを理解して認め、仲間同士で癒し合う。

 そうやって、これまでも戦ってきたのだろう。


「周りのゴーレムの相手は最低限だ。“変異種”さえ倒せば群れは機能しなくなる。速攻で方を付けるぞ! 役割はさっきと同じ、俺とソラが注意を引いて、エリアスとブライアンが止めを刺してくれ。セレナは援護を!!」


「はいよー!」

「おうよ!」

「背中は任せてください」


 改めて出された指示に三人が力強く頷き、それからエリアスへ一斉に顔を向ける。期待するような真剣な青年が、可愛らしいものを見るようににやついた獣人が、一点の曇りの無い豪快な笑みのドワーフが、妹を見守るように慈悲を浮かべるエルフが。

 彼らの顔つきから何を求められているのか。それを察したエリアスは僅かに顔を背けて拒否を示したものの、


「エリアス」


「……ああ、やってやるぞ! お前ら、手柄は俺が全部持っていってやるから遅れるなよっ!!」


 その叫びを引き金に、五人はそれぞれの役割を果たすべく、一斉に駆け出した。


「ギョォオワワアアアアァァァァ!!!」


 敵対する人間たちの接近に、“変異種”が咆哮を放つと周辺のゴーレムたちも動き出す。左右から押し寄せる魔獣の壁をそれぞれレオンとソラが押さえつけるが、


「──っ『風刃』」


 同時に五体以上のゴーレムを押さえつけるのはさすがに厳しかった。すぐにセレナの援護で不可視の風の刃が、ゴーレムたちを横一文字に切り裂いていく。その一撃で二体のゴーレムが沈黙し──直後、“変異種”から枝の弾丸が放たれる。


 ゴーレムの対処に注意を持っていかれていたレオンの頭目掛けて一直線だ。百メートル近い距離を一瞬で踏破する弾丸に、レオンの反応は間に合わない。セレナも次の魔法を放つには詠唱が必要だった。


 哀れにもレオンの頭がはじけ飛ぶ光景が未来に見えて、


「させねえよ!」


 射線上に躍り出たエリアスが剣の腹でそれを迎え撃つ。金属並みの強度の木材と、正真正銘の金属がぶつかり合い硬質な音を周囲に響かせた。想像以上の勢いに腕が僅かに痺れるのを感じる。


「ごめん、助かった……! 今のうちに」


 だが、それに構っている暇など無い。足を止めている“変異種”へ迷いなく飛び出す。『身体強化』を総動員するエリアスへ、単純な身体能力だけでブライアンが横並び走る。

 二人を叩き潰すべく振り下ろされる枝を左右にそれぞれ分かれる形で回避すると、そのまま軽く迂回し、ブライアンと共に左右から挟み込んだ。


「おりゃあぁぁ!!」


「どっせえぇい!!」


 魔力を纏う雷刃の切っ先と、純粋な暴力の権化が禍々しい樹皮へと肉薄する。現在のパーティーで物理的な威力では間違いなく最強の一撃。その二つが同時にその威力を発揮して、


「なっ!?」


「ぬっ!」


「ギョォォォォっ……!!」


 想像以上の硬度に最強の二激が弾き返される。苛立たしげに“変異種”が唸り声をあげ、身の危険を感じた二人はすかさず飛び退こうとした。

 エリアスは多少体勢を崩しつつも、無理やりに離脱。しかし、大振りな得物を扱うブライアンはそうもいかない。大鎚に逆に振り回されるような形で仰け反ってしまったブライアンの元へ、再び巨大質量の枝が落下する。


「──!!」


「ブライアン!!」


 かなり略された急ごしらえの詠唱が一応は完成し、いくらか弱い暴風が僅かに枝を持ち上げる。その一瞬の隙に身軽なソラに腕を引っ張られ、どうにかブライアンも危機を乗り換えた。

 しかし、全力での攻撃が通用しないのは完全に想定外だ。一瞬で勝負が決まらなくとも、何度か繰り返せばよいという考えも白紙に戻ってしまった。


「もっと腕力か、魔力があれば……!」


 思わず愚痴をこぼしながら、“変異種”を睨み付ける。攻撃手段が無いのなら今度こそ撤退する必要があるが、背後を追撃されるその選択はかえって危険だ。できる限りここで仕留めてしまいたい。


 こんなに時に本来の、『勇者』の力があれば。未練がましく手元にないものを求めてしまう自分に嫌気が差しながら、


「……ん?」


 その時、エリアスは左手に違和感を覚えて、自分の手の平を凝視した。一つの推測がそこから浮かび上がり、慌てて周囲の景色を見渡してみる。


「やるっきゃねえな……」


 ほんの小さな。それでも確かに推測を裏付ける根拠を発見すると、エリアスは覚悟を決めたように歯を食い縛る。それは推測というより、妄想と言った方が正しいものだったが、少しでも可能性のあるものに賭けてみるのは悪くない。

 他に手段が無いのなら、やるだけやってみればよい。


「おい、金髪」


「なんだ?」


「少しだけ時間を稼げ。成功するか分からねえけど、試したいことがある」


 その言葉にレオンが驚いたような表情を顔に貼り付けた。どうしてかと思いを巡らし、自然と“仲間”に協力を頼んでいる状況に今度はエリアスが慌てる。

 その様子をソラとセレナが微笑ましそうに眺めているのを感じて、


「やめろ! 必要だから仕方なくだ。さっさとやれっ!!」


「はは。そういうことにしておこうか」


 一言だけ。そう言い残すと四人は目配せをして、セレナ以外の三人が“変異種”へ踊りかかかった。周囲のゴーレムをセレナがどうにか抑え込んでいるのを横目に、エリアスは意識を研ぎ澄ませていく。


 イメージするのは虚空を掴む魔力の手。それを周囲に伸ばして奪い去っていく力。元々は息をするようにできたその“異能”を、失ったはずの“異能”を意識して呼び起こす。

 しかし、先ほど魔力が欲しいと願った時、確かにエリアス以外の魔力が僅かながらに集まってきたのを感じたのだ。


 もう存在しないはずの忌々しい力を無理やり引きずり出す。魔力の手で周囲の魔力を手探りで掴もうとして、


「……っ!? やべっ」


 掠った大きな魔力──レオンたちの魔力に干渉してしまい思わず声が漏れる。今の行いの結果か左手にはかなりの量の魔力が集っていた。魔力を強制徴収されたレオンたちが魔獣の前で倒れているのでは、と慌てて正面へ視線を戻して、


「あれ……」


 しかし、隣のセレナも含めて誰一人魔力を奪われたことによる変調を起こしているものは存在しない。当たり前のように“変異種”と武器をぶつけ合っていた。


 良く確認してみれば、エリアスの手の内に収まった魔力は極めて少量だ。ただし、四つの魔力が混ざり合ったことで何かしらの反応があったのか、その煌きを大きくしているだけで。


「ふざけやがって……!」


 全くこれは何なのだろうか。仲間たちの魔力を一つにまとめて巨大な一つの力とする。一体どこの絵本の英雄譚だ。

 あまりに出来過ぎていて、バカバカしくて。


 ──この戦いを終わらせるには都合の良い力だ。


 躊躇わずにその魔力を剣へ纏わせる。先ほどとは比べ物にならない電撃が剣を覆っていき、幻想的なほどの光が辺りを支配した。

 そして、七色に輝き弾けそうになる雷刃を大上段に構えると、エリアスは大きく息を吸い込んだ。


「お前らいくぞ!」


 レオンたちがエリアスを一瞥し、その剣の変容に驚きを見せながらもすぐさま行動に入る。ソラが細い枝をいくつか斬り落とし、逆襲に燃える“変異種”が振り下ろした枝を、ブライアンが大鎚を叩きつけることで地面に固定。

 レオンはエリアスの側に着くと、彼女目掛けて放たれた枝の弾丸を槍で弾き飛ばした。


 “変異種”は次なる行動に移れず、その隙だらけの状態をエリアスは見逃さない。全身に自信の魔力を惜しげも無く巡回させ、一直線に飛びかかる。そのまま剣を全体重と共に叩きつけようとして、


 ──上空から落下してくる果実に眼を見開いた。


 同じ失態を二度も繰り返し、エリアスは自分自身を心の内で罵倒する。しかし、後悔しても既に地面から足の離れたエリアスにはどうしようもなかった。

 目の前で毒の果汁がばら撒かれるのを何もできずに傍観する。


「最後の最後で詰めが甘いんですから」


 ふわりと、優しく吹いた風が果実を吹き飛ばしていった。僅かに魔力を持ったその風の術者の声を聞きながら、もう一度剣を持つ両手に力を込める。

 一際大きく剣が輝きを放つ。この場にいる“仲間”たちの力の結集を背負い、剣を振りかざした。剣の距離はもう目と鼻の先だ。その瞬間にエリアスは全ての力を総動員して腕を振り下ろして、


「──これで、終わりだあぁぁ!!!」


 七色の極光が森林地帯を駆け巡っていった。


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