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ひとりよがりの勇者  作者: 閲覧用
第一章 歪んだ信念
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第十六話 仲間と共に

 足元の焚き火の跡を踏み潰す。太陽の光が差し込み始めた森林の一角でエリアスとレオンは腕を組みながら、目の前の崖を凝視していた。

 とても専用の装備無しでは登れなさそうな絶壁だ。それから周囲の地形を確認するように、辺りを見渡して、


「こりゃあ、結構迂回しねえとだめじゃねえか?」


「俺もそう思う。地図を見た感じだと、比較的緩やかな斜面の道があるからそこを通って昨日の場所に戻りたいな」


 地図を覗き込んでみれば確かに東から回り込み北へ、つまり崖の上に登れるらしき場所が確認できた。ひとまずソラたちとの合流を急ぐ以上、そこへ移動するのが先決だろう。

 ただし、ここは魔獣の潜む森林地帯であることを忘れてはいけない。


「……逃げに徹すれば捕まりはしねえだろ」


「それで昨日みたいに乱戦になったら、みんなと合流できても大惨事だ。それにセレナがいないと俺たちは擬態してるゴーレムを感知できない」


 現状、樹木や岩に擬態しているゴーレムを識別できたのは、高位の魔法使いであるセレナだけだ。エリアスもそれなりに魔法は扱えるが、感知などの細かい技術が要求されるものは得意ではない。

 擬態し、魔力を隠蔽しているゴーレムを発見することは不可能だった。それはただの移動だけでも魔獣に奇襲される危険性を示している。


 大量の魔獣を引きつけて合流するわけにはいかない。だが、移動すれば高い確率で魔獣に襲われる。それらのことを加味し結論を出すと、


「随時、速攻で倒すしかない。魔法を最低限の威力に抑えることはできないのか?」


「……悔しいけど無理だ。今まで、魔力の消費なんて考えたこともなかったからな」


 魔獣が魔力に寄せられるのは非常に厄介な性質だが、小規模な魔法程度ならよっぽど近辺にいない限りバレないらしい。昨日、あれだけの群れが集まったのは、エリアスが中・大規模の範囲殲滅用魔法を手加減抜きにぶちかましたからだ。


「でも、いくらなんでもあの数が襲ってくるのはおかしいんだ。せいぜい五体程度なら分かるんだけどな」


 森そのものが動き出したのではないかと、そう誤解しかねないほどの大量のゴーレム。そしているはずの無い“変異種”の発生。

 ここは王都から一日足らずの位置に存在する土地だ。そんな場所で、これほどの魔獣が生息していることは明らかに異常だった。


「それは今考えても仕方ねえだろ」


 魔獣の大量発生とやらの一環なのだろうが、原因を考えても状況は改善しない。むしろ時間を掛ければ、食料もあまり無いため悪化していく一方だ。すぐにでも行動に移らなくてはならない。


「……昨日みたいに一人で暴れまわったりはしないから安心しろ」


「ああ、止めを刺せるのはエリアスだけだ。期待しておくよ」


 恥ずかしげもなく言ってのけるレオンに内心ため息をつきながら、自分の体調を判断してみる。

 体力も魔力も十分に回復しているし、レオンから貰った魔法薬で腕の痛みもかなり良くなっていた。よっぽどの無理でもしない限り、戦闘は可能だ。


 今度こそは失敗しない。そう胸に決意を抱きつつ、レオンと共に足を進めていった。





 ☆ ☆ ☆ ☆





 やはりと言うべきなのだろうか。ゴーレムとの接敵は突発的に発生していた。


「エリアスッ!!」


「おらよ!」


 奇襲の形で背後より振るわれたウッド・ゴーレムの一撃を二人は咄嗟に回避すると、レオンが正面から立ち塞がる。その隙にエリアスは側面に回り込むと、左人差し指に魔力を集中して、一筋の雷を放った。

 そのギリギリでレオンが魔法の影響外に飛び退き、電撃で“魔核”に致命傷を受けたウッド・ゴーレムは沈黙する。危なげも無く魔獣の討伐に成功した二人は、


「走るぞ!」


「ちょっと、待て!」


 戦利品の剥ぎ取りも行わずに、すぐさま現在地からの離脱を始めていた。ゴーレムを倒すためにはエリアスの魔法が必要であり、それを使えば大量の群れを引き寄せてしまう。

 そのため、ゴーレムと遭遇しては速攻で方を付けると、周囲の魔獣に襲われる前に移動を繰り返していた。


 体格の問題で歩幅の狭いエリアスの方がどうしても遅くなってしまい、自然とレオンがそれに合わせる形となっている。

 そのためか、徐々に魔獣を撒けなくなってきてしまっていた。最初は一体だけ。次は二体の魔獣は寄ってきて、その次は三体と。数が増えればその分、周囲に放つ魔力も大きくなり倒すのに時間もかかってしまう。


 そうすればさらに魔獣と衝突する機会が増えることを意味していて、


「ギョォオワワアアアアァァァァ!!!」


「なっ!? またあいつか!」


 どこからともかく奇怪な咆哮が響き渡る。確かに昨日交戦したばかりなのだから、近辺に居ても不思議ではない。不思議ではないのだが、いくら何でもエリアスたちに気が付くのが早すぎる。


「まさか、あいつが他のゴーレムを誘導してる……?」


 昨日もあの“変異種”が現れると共に大量のゴーレムがエリアスたちに襲い掛かった。そこからの推測を半信半疑でレオンが呟き──木々を薙ぎ倒しながらこれまで以上のゴーレムが大量に姿を見せた。

 図らずも推測の正しさを後押しするような状況だ。そして、非常にまずい状況でもある。


「ちくしょう……!」


「戦うな! こうなったら全力で走れ!!」


 先日の再現のように、ゴーレムの群れが雪崩れ込んでくる。“変異種”の姿こそ見えないが、終末の始まりのような光景は場慣れしていない人間なら失神してもおかしくないだろう。

 それほどの戦力を前に、たった二人で挑みかかるなど無謀もいいところだ。


 それを実行したのが昨日のエリアスではあるのだが、さすがに反省していた。


「はっはっはっ……!」


 緩やかな登坂を懸命に足を運んで進み続ける。貧弱な少女の体はそれだけで体力を使い果たしそうになるが、それを魔法による肉体の活性化でどうにか補っていく。

 肺が大量の酸素をわがままに要求し、心臓が限界を知らせるために激しく伸縮を繰り返していた。『勇者』の体であれば体力の消費など考えたことも無かったのに。つくづく不便な体だ。


 それでも、ゴーレムたちの鈍重な動きが幸いして追い付かれるのは少し余裕があった。このまま森の外まで逃げ切ることも可能なのではないか。そう楽観的な未来を思い浮かべて、


「ちょっと、まずいな……」


 前を走っていたレオンが突然、足を止めた。追いすがる様に走っていたエリアスは背中に軽く激突し、思わず鼻を抑えながら文句の一つでも吐こうとして、


 ──正面から現れたゴーレムの群れを視界に収めた。


 慌てて背後へ視線を向けてみれば、確かにエリアスたちに襲い掛かる群れが存在する。つまりあれは別の群れということだ。その数は背後の群れと比べれば見劣りするが、十分すぎるほどいるように見て取れる。


「囲まれてんじゃねえか……!」


 絶望的な状況に思わず悪態を付くと、腰に差してあった長剣を抜き放つ。無謀な突撃を決行するわけではない。レオンと協力して、活路を切り開くのだ。

 それ以外に選択肢が無いことをレオンも悟っていたのだろう。彼もエリアスと同じように槍を両手で構えると、背中を合わせるようにエリアスと並ぶ。


 お互いに相応の実力者。ゴーレム数体程度なら倒すことも不可能では無いし、あの巨体が同時に一人の人間へ触れる数は限られている。それでも、倒しても倒しても補充される戦力とやり合うのは、かなり厳しかった。


「無茶はするなよ」


「しないで済むならな」


 一言だけやり取りをして、戦意を高めていく。逃げ場は無し、突破口は敵の真っただ中のみ。生き残るには、戦うしかない。

 決死の覚悟決めて、青年と少女はそれぞれの得物を振り上げると、


「──『風刃』」


「おりゃあぁぁ!!」


 包囲網の一角が吹き飛んだことで、反射的にそちらへ顔を向けた。土煙の舞った空間から姿を見せるのはエルフとドワーフと獣人の三人組。

 ゴーレムをまとめて吹き飛ばした彼女らは怪我らしい怪我をしていないエリアスとレオンの姿を認めて、ほっとしたように胸を撫で下ろしていた。


「良かった! 無事だったんだね」


「ああ、もうすぐ無事じゃなくなるところだったけどな。助かった」


 真っ先にソラが駆け寄ってくると、レオンも僅かに笑みを浮かべてそれに答える。


「どうやって俺たちを見つけて……いや、これだけバカ騒ぎしてたら分かるか」


「そういうことだ! 昨日の場所に行ってみたら崖の下からどんちゃん騒ぎが聞こえてきたんでな!!」


 戦場のど真ん中でも豪快な笑みを忘れないブライアンに思わず苦笑する。だが、下手に魔力を撒き散らさずに、ゴーレムに止めを刺せるブライアンとセレナの戦力は非常にありがたいのも事実だ。

 そのセレナはじっと、ゴーレムの群れに一か所を見透かすように見つめ続けて、


「“変異種”は、あそこの奥にいますね」


「なんだ隠れてやがるのか」


「そうみたいですね……ではあそこまで突破しましょうか」


 想像以上に好戦的な言葉に驚きながらセレナへ振り返るが、彼女に冗談の雰囲気は一切見当たらない。本気であの大量のゴーレムを群れを突破すると提案しているのだ。


「理由は?」


「どういう原理か分かりませんが、“変異種”の咆哮でゴーレムの動きが操られている節があります。このまま背後を追撃されるぐらいなら、ここで諸悪の根源を叩き潰してしまいましょう」


 確かに筋の通っている説明だが、正しい保証は一切無い。その上、危険の及ぶ作戦だというのに、安全第一に動いていた彼らがそれを選択するのは驚きだった。

 それが顔に出ていたのか、ソラが苦笑しながら、


「リスクはなるべく避けるけど、リターンが大きければその限りじゃにゃいよ。それにセレナの予測だったらそれだけで根拠になるからね」


「……どういうことだ?」


「言ってなかったっけ。セレナの前職は魔法学の研究員だ。専門家の推測だったら、賭けに乗っても大外れはしないさ」


 昔の話ですよ、と微笑を浮かべるセレナに改めて視線を向ける。確かに理論立てて会話を行うところや、冷静な判断力を思うと、否定する要素は無い。


「ま、あいつを倒せばいいってことだけ分かるだけで十分だぜ」


「特攻はしないでよ?」


「……分かってる」


 エリアスが素直に認めたことが意外だったのか、ソラが驚いたような顔を向けてくる。だが、すぐに嬉しそうに笑みを浮かべ直して、


「じゃあ、心配は何も無いね!」


 高らかに叫ぶと共にソラとブライアンが飛び出す。それにレオンとエリアス、僅かに遅れてセレナも駆け出した。


 目標はウッド・ゴーレムの“変異種”。想像以上に大規模になった戦いも終わりを迎えようとしていた。


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