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封魔の剣〜蒸汽帝国外伝〜

作者: 万卜人

”蒸汽帝国〜真鍮の乙女〜”の世界から千年前のお話しです。ですからサイド・ストーリーというよりも、アーバン・ストーリーというべき作品です。”蒸汽帝国”とあわせて楽しんで頂けたら、と思います。

 その男は、町をぐるりと取り囲む城砦をひと目で見わたせる丘の上に姿を現した。

 上半身裸で、背中に巨大な剣を背負っている。裸の上半身の皮膚には、びっしりと奇妙な刺青がところかまわず彫られていた。刺青はすべて失われた古代文字で描かれ、様々な文様や紋章があしらわれている。見るものが見れば、それらはすべて魔法の文字であることが判別できるだろう。じじつ、その魔法文字でもって男は身を守られ、酷暑にもまた極寒の地でも服はまとう必要を感じなかった。

 男は背が高く、また全身これ筋肉の塊といった風貌である。太い首の上に載った頭はまるく、がっしりとした顎がどことなく猛獣を思わせた。どんな剣士でも、男の前では子供同然であろう。

 微風が、男の長い髪をなびかせている。

 男は丘の上からその町をながめ、微笑を浮かべた。

 ゆっくりと一歩を踏み出し、町へと近づいていく。

 

 石組みの城壁を男は見上げた。

 面白がっているような目つきで、その目がきらめいた。

 男は丹念に城壁の石組みを眺めている。

 ふむ、とひとつうなずく。

「これなら魔王の軍勢が攻めてきても、ひと月は持ちこたえられる……」

 つぶやいた。

 男の目には、城壁にかけられた防備の魔法がひと目でわかるのだ。石組みひとつひとつ、その石組みをささえる漆喰、そして複雑な文様を見せる石組みの法則から、この城壁が魔法によって守られていることがわかる。

 男は町の正門へと歩を進めた。

 正門を守る護衛兵が男に気づき、槍を構えた。

「とまれ、何者か? そしてこの町へ来た理由は?」

「おれはこういう者だ」

 男は肩から提げている皮製のもの入れから陶器で出来ている紋章を取り出した。

 それを見た護衛兵の態度が一瞬にして恭しいものに変わった。

「これは失礼しました。”ギルド”のお方とは存じ上げませんで……」

 うん、と男はひとつうなずいた。

「この町──ザザンの町──の評議会がおれを招集したのだ。魔法防備について、意見を聞きたいということだったな」

 ああ、と護衛兵は納得した。

「そういうことでしたら、評議会の面々は町の中央評議会議事堂で政務をとっておられます。わたしが一足先に、あなたさまの訪れをお知らせしておきましょう。それまで暫時、この町の様子などを見物なさってはいかがでしょう?」

 男は護衛兵の提案にうなずいた。

「それがいいだろうな。わたしも、ザザンの町の防備がどのようなものか、また町の様子も知っておきたいし……」

 護衛兵はその場にいたほかの兵士に替わりに立つよう命令し、急ぎ足で町の中心部へ駆け足で立ち去った。

 その後を、ゆっくりと男は町の中へと踏み込んだ。

 

 町を歩く男の鋭い視線は、町並みや道路の様子をそれとなく観察している。

 町組みは魔法防御の基本である魔方陣を象ったもので、町を縦断する南北の道路と東西を繋ぐ道路が交叉する中心に町の重要施設が集中し、全体に円を描くように道路が作られている。

 町の東西南北にある門はいつでも閉じられるようになっており、望楼や監視塔がその間を埋めていた。

 一見、町の防備は完全無欠のようであったが、男の目には穴だらけに見えた。

 城壁は完璧に作り上げられているが、望楼の位置が悪い。あれでは敵の魔法の格好の餌食だ。それに中心部の土地が低すぎる。魔法を呼び込むようなもので、攻撃魔法には無防備といっていい。

 それでも町は繁盛しているようだった。

 大通りに面してキャラバンを宿泊させる宿が何軒も立ち並び、テントを張った露天商が声をからして客を呼び込んでいる。

 また魔法師の数もおおい。

 医術の魔法を習得した治癒魔法師のいる”医院”や、将来の人生設計を決めるための”占い師”などのテントが幾つも見られた。護符や魔法のちからがこめられたアクセサリーを売っている店もかなりの数見受けられる。

 ふと空を見上げた男は、数隻の船が空中を漂い、腕を組んだ浮揚師たちが一心に祈っているのを目に留めた。それらの船には舷側から高々と積み上げられた荷物や、数十人におよぶ船客たちが乗り込んでいるのが認められた。

 むろん、魔法のちからでこれらの船は空中に浮いているのだ。船を浮かせている浮揚の魔法を習得した魔法師の資格は老若男女にかかわらない。実際、目の前を飛行している船を浮かせているのは、十歳以下と思われる女の子だった。船には数十人の客が乗り込み、船端から眼下の町の様子を目を瞠って見おろしている。

 客の服装から、かれらはいわゆるおのぼりさんであり、これから郷里に帰ってこの体験を口角泡を飛ばし吹聴するのだろう。

 この町は街道の交叉点といっていい位置にあり、年間数十組のキャラバンが立ち寄る交易都市である。繁盛もそのせいで、またその繁華が魔王の軍勢にとって格好の標的でもある。

 過去、数度魔王の軍勢はこの町を攻撃し、そのたびに町は痛烈な代償を払い守り抜いてきた。

 数度の攻撃で、町の人口は半減し、町を守る護衛兵の大半も鬼籍にはいった。そのたびに町はあらたな護衛兵を雇い入れ、評議会は軍備費の調達に苦慮してきた。

 その反省から、ザザンの町の評議会は魔法ギルドに応援を要請したのである。町の防備を完璧にするために。

 男の目が町の大通りに面したある建物の紋章にとまった。

 人が二人、向かい合わせに顔を見合わせている図柄の紋章。

 念話ギルドの建物だった。

 男の微笑がひろがった。

 

 念話者ゴッセンは顔をあげた。

 男がひとり、ギルドの入り口に立ち、中をのぞきこんでいる。

 ゴッセンの目が細くなった。

 目が見開かれる。

 なんという”オーラ”の強さ、そして色であろう。このような”オーラ”を発散している相手を、ゴッセンは初めて見た。

 ”オーラ”は魔法の修行をつんではじめて目にすることの出来る現象だ。魔法の修行が深まれば深まるほど、そして魔法のちからが強ければ強いほどその”オーラ”の輝きは強く、そして色彩も鮮やかなものになる。

 男の”オーラ”は五色の完璧な色彩を持ち、さらにあたりを圧するほどの強さを持ち合わせている。

 これは粗略にすべき相手ではない。

 ゴッセンはじぶんの”オーラ”をよく承知している。薄暗い赤の、ほとんど目立たないほど弱々しい”オーラ”で、初めて自分の”オーラ”を目の当たりにして、ゴッセンはじぶんの運命を悟った。

 かれはその日から念話者の修行に入った。

 ここ、念話者ギルドにはゴッセンのような最弱の”オーラ”しか持たない魔法師ばかりが所属している。

 男はまっすぐゴッセンめざし進んでくる。

 ゴッセンがこのギルドの長老であることを承知しているかのようだ。

 それももっともなこと。

 ゴッセンの座っているのはギルドの建物の中でもっとも奥まった一角にあるデスクで、そのデスクにはギルドの紋章である向かい合ったふたりの顔が精緻な彫刻で彫られているからで、かれがここの責任者であることは一目瞭然だからだ。

 いま姿を現した男ほどの”オーラ”を持つものにとって、ギルドの受け付けにわざわざ来意をつげることは屈辱でしかないだろう。

 ゴッセンは男を迎え入れる態勢をつくるため、楽な姿勢をとり待ち構えた。

 男は挨拶も交わそうとせず、ゴッセンの目の前の椅子にどっかりと座っていきなり切り出した。

「あんたがここの責任者かね?」

「そうです、ゴッセン……」

「名前などどうでもいい。これから、あんたにひとつ協力を願いたい」

「協力?」

 男の申し出にゴッセンは目を見開いた。

 ギルドにやってくる人間の目的はただひとつ。念話を頼みにくるだけだ。

 しかし男の「協力」という言葉はいままでだれも発しなかったものだ。

「わたしはこの町の評議会に、魔法防備の件で協力を要請され、やってきたものだ。わたしにはこの町の問題点がよく判っている。それでいまから評議会に出席しなければならないのだが、ひとつあんたにも出席してもらいたい」

 さらなる男の申し出に、今度こそゴッセンは天地がひっくり返るほどの衝撃をうけた。

 評議会に出席?

 このわたしが?

 目をぱちくりさせるゴッセンに、男の発した言葉はさらに衝撃をあたえた。

「その前に……」

 ゴッセンを見つめる男の顔が紅潮した。

「わたしに念話を教えてもらいたい」

「ええっ!」

 思わず大声を上げ、ゴッセンはあわてて口を押さえた。ギルドに念話を頼みに来た客や、念話者がいったい何事であろうかとこちらを見ている。

「失礼しました。あまり驚いたので……」

 そう言い訳し、ゴッセンはいきなり噴き出した額の汗をぬぐった。

 

 ”念話”は最弱の魔法使いでさえ習得できる魔法である。

 離れた土地に住むふたり、もしくはそれ以上の念話者は、念話の魔法で連絡しあうことができる。

 距離にも関係なく、また時間にも縛られないこの魔法は瞬時に、そして確実に遠く離れた土地を結ぶことができる。

 だがこの魔法にはひとつ重大な欠点があった。

 それは念話の魔法を習得すると、それ以外の魔法を習得できなくなるということだった。

 どんなに魔法の”オーラ”が強く、その色彩が完璧であっても、いったん念話の魔法を学ぶと、ほかの魔法は一切習得できなくなる。

 もちろん、それまで習得したほかの魔法を使うことはできるが、念話を習得した場合、あらたな魔法の習得は諦めなくてはならない。

 理由は不明である。

 この特性により、念話の魔法を習得するのは最弱の魔法師の専売特許のようになってしまった。

 それはそうだろう。

 いったん、この魔法を学ぶとほかの魔法を身につけることはあきらめるしかない。

 

「あの、よろしいので?」

 ゴッセンは念を押した。

 男はうなずいた。

「わたしはすべての魔法を身につけている。唯一、習得していないのが念話の魔法だ。これを機会にぜひ習得したい」

 さらりと言ってのけたが、すべての魔法の習得とは容易ならない発言である。

 むろん、ゴッセンは男の言葉を信じた。

 その”オーラ”が男の言葉を裏付けている。

「よろしければ、なぜ念話の魔法を習いたいのか伺いたいのですが」

 男はうなずき、目を閉じた。

「わたしは魔王を倒したい。そのためにすべての魔法を身につけ、修行を重ねてきた」

 ぶるっ、とゴッセンは身を震わせた。

 男の言葉は真実を語っていた。

 魔王がこの世界を支配してすでに数世紀。

 ひとびとは魔王の恐怖におびえ、かつての繁栄は過去のものとなりつつある。

 実際、このザザンの町も数度の魔王の軍勢による攻撃をうけ、かろうじて持ちこたえているがいつまでこの状態が続くか判らない。

 過去、何人もの勇者があらわれ、魔王を倒さんと旅立った。が、それらの勇者はたれひとりとして帰還するものはなく、あいかわらず魔王のちからは世界のすみずみまで浸透している。

 この男もまたそういった勇者のひとりであろうか。

 男は目を見開いた。

「いままで何十人、あるいは何百人もの勇者が魔王を倒そうと立ち上がった。かれらはひとりとして成功していない。なぜか? それはみな単独で倒そうとしていたからだ。魔王を倒すにはひとりでは無理だ。おれは仲間を募ろうと思う」

「それでなぜ念話の魔法なのです?」

「仲間の覚悟を知りたいからだ。知っての通り、念話の魔法を身につけるとそれ以外の魔法の一切が習得できなくなる。だからそれなりの魔法のちからを身につけた魔法師たちは、念話の魔法を軽んじ、習おうとはしなかった。わたしはこの魔法を習い、世界のすみずみにあるギルドに連絡しようと思う。魔王を倒さんと思う者、すべからく念話の魔法を習得すべし、とな」

 にやりと笑う。

「魔王を倒そうと決意した瞬間からおのれの命はないものという覚悟が必要だ。だが、実際はどうだろう? 念話の魔法を習得すればほかの魔法を身につけることが出来ないといって避けるのは、おのれの命を惜しむやつのやることだ。だからわたしの仲間になる覚悟があれば、念話を身につけよと呼びかけるつもりなのだ。それに念話の魔法は馬鹿にしたものではない。おそらく、魔王との決戦に決定的な働きをすることになろう」

 感動がゴッセンの全身を襲っていた。

 いままで軽んじられた念話の魔法を、それほど重要視してくれた魔法師がいままでいただろうか?

 念話の習得がはじまった。

 

「まず念話の相手をありありと思い浮かべる必要があります。相手の顔、姿を脳裏に思い浮かべてください。いまのところわたしの姿を思い浮かべてください」

 男は全身をリラックスさせ、目を閉じた。

「よろしいですか? それではわたしが最初に”シグナル”を発します。これは念話を許可してほしいという呼びかけです」

 ゴッセンは”シグナル”を発信した。男の眉がひくりと動いた。どうやらゴッセンの呼びかけを受信したようだ。

「それではおなじ”シグナル”をわたしにむけて返してください。呼びかけに応じて、念話を許可するということになります」

 男はかすかに息を詰めた。

 わっ、とゴッセンは声をあげた。

 同時にギルドの念話者全員が頭をかかえ、あたりをきょろきょろ見回している。

 あまりに男の念話が強すぎ、ゴッセンだけでなくその場にいた念話者全員が男の”シグナル”を受信したのだ。

 その念話の強烈さはまるで耳もとに大声で喚かれたようで、しばらくゴッセンの念話能力すら封じられたくらいだった。

 やがてゴッセンの念話にほかの念話者からの呼びかけが聞こえてきた。


──どうした、いまの”シグナル”は? いったい、だれの”シグナル”なんだ?

──こちらザザンのゴッセン。そちらは誰か?

──ザザン? こっちはメロウの町のギルドだぞ。信じられん、千キロは離れているのに、あんな強さとは。そっちに連絡するためこっちでは五人の念話者に中継してもらっているんだ!

──こちらはダンバーのギルド。こっちでもいまの”シグナル”を感じた。いったいそちらではなにをやっているんだ。


 次々と聞こえてくる念話者たちの声にゴッセンは仰天していた。それほど男の念話は強烈だった。

「強すぎます……どうかお手やらかに願います」

 冷や汗をかき、ゴッセンは男に懇願した。

 ああそうか、と男はあたまをかいた。

「すまん。ちから加減がわからなくて。あれでもかなり加減したつもりなんだがな」

 念話の伝授はさらに進んだ。

 念話者からほかの念話者のイメージを受信し、一度も会ったことのない念話者に連絡する方法。空中に相手の念話者のイメージを投影し、相手と顔を見合わせるようにして念話をかわす方法など、男はたちまち念話の秘法を習得していった。最後の相手のイメージを空中に投影する秘法は、ゴッセンが数年間の修行のすえやっと習得したものだったが、男はあっさりと一度でものにすることすらやってのけた。

「驚くべきものですな。なるほど、あなたは魔法の秘法を習得なさっておられる」

 顔一杯に脂汗を浮かせ、ゴッセンはため息をついた。

 そこへ町の護衛兵が姿を現した。正門で男を誰何した護衛兵である。

 ギルドの建物をのぞきこみ、男を見つけた護衛兵はあきらかにほっとした様子を見せた。

「ここにいらっしゃったのですか。評議会のみなさんは、あなたさまのお出でをお待ちになっておられますぞ!」

 男はうなずき、立ち上がった。

「判った。それではこのギルドの責任者であるゴッセン殿に同行を願いたい」

「念話者ギルドの? なぜです」

 護衛兵はあきらかに戸惑っていた。

「必要なのだ。かれが同行しないなら、わたしも出席しない。それでもいいのかね?」

 護衛兵はため息をついた。

「わかりました。ともかく評議会へ」

 男はゴッセンをうながした。

「さあ、ご一緒に」

 は、はいとゴッセンは立ち上がった。

 いったい、町の防備についてゴッセンにどういう役割が必要とされているのだろう。

 

 ザザンの町の評議会はあからさまにゴッセンの出席に渋い顔をした。

 評議会の委員に選抜されるにはそれなりの魔法の修行者であることが暗黙の了解とされている。

 したがって念話者、そして念話ギルドの構成員は軽んじられる。評議会への出席など、思いもよらないことである。

 だが男は強硬にゴッセンの出席を主張し、押し通した。

 ようやく出席が許され、ゴッセンは初めて踏み込む評議会の議場に緊張していた。

 議事堂にはずらりと評議員たちが居並び、かれらのはなつ”オーラ”にゴッセンは目が眩む思いだった。

 評議員たちはじろり、とゴッセンを議席の高みから見下ろし、露骨に軽蔑の色を浮かべた。ゴッセンの”オーラ”を見たせいである。

 逆に、男の放つ”オーラ”には敬意の表情を浮かべた。

 男は議事堂の真ん中に立ち、口を開いた。

「わたしは魔法師ギルドから派遣され、ここザザンの町の魔法防備について意見をもとめられた。わたしにはこの町の防備の欠点があきらかだと思う」

 男の言葉に評議員たちに動揺がはしる。

 確かに評議員たちは町の防備について欠点を自覚しているのだろうが、それをずばりと指摘されることはなかったのである。

 男はさらに声を張り上げた。

「町の魔法防備についてはわたしが直接指導し、町割りや道路の設計についてあらたな設計図を引くことは出来る。だが、それは表面的なことにすぎない。根本的な解決には程遠いものだ。この町の防備を完全にするには、あなたがたに覚悟が必要だ」

「──どのような覚悟が必要なのですかな?」

 評議員のひとりがようやく立ち直り、鋭い視線で男を見た。

「念話の習得です。評議員のみならず、町の防備につく者で、魔法を使える者全員が念話を習得する必要がある」

 男の発言は議場を騒然とさせた。もしこの議場にドブネズミの大群を放しても、これほどの大騒ぎにはならなかったに違いない。

「なにを馬鹿な!」

「念話を習えと言うのか?」

「われらをなんと考える!」

「冒涜だ!」

「侮辱にほどがある!」

「だいたい念話ギルドの者をここに引き入れるなど……」

 男はじっと立ち、評議員たちの騒ぎをひややかに眺めていた。

 やがてひとり、そしてふたりと男の視線に耐え切れず喚くのをやめていく。

 ようやく議場が静かになったところで男はふたたび声を張り上げた。

「あなたがたは知らないのだ。今年に入って、すでに十をこえる町が魔王の軍勢によって滅ぼされた。アランの町を知っているか。アランの町は三ヶ月前、壊滅した!」

 評議員たちは粛然とした。

「まさか……あの町は……」

「そう、アランの町は千人以上の兵で守られ、熟達の魔法師百人で守られた町だった。町のすべてに防備の魔法がかけられ、その結界は最高の強さを誇っていた。しかし魔王の軍勢はたった二日であの町を陥落させてしまった。わたしはその現場をこの目で見ている」

 評議員のひとりがもそもそと口の中でつぶやいた。

「それが念話とどう繋がるのだ?」

「町の防備に必要なのだ。念話を習得すれば、町全体でひとつの意思の元、防備を固めることが出来る。いままでの守り方では、個別撃破されればどうしようもない。しかし念話を利用すれば、瞬時に意思がつながり、防備を固めることが出来る。さらにもうひとつの利点がある」

 男は一息ついた。

 ゴッセンは息をつめ、評議員の様子を観察した。評議員たちはあきらかに男の演説に感銘を受けているようだ。

「それはほかの町との連携だ。いくら魔王の軍勢が数が多いとはいえ、一度に複数の町を襲った例はない。わたしはギルドの依頼をうけ、さまざまな町へ派遣されたがすべての町で念話を習得するよう説得をした。念話のネットワークがひろがれば、この町が魔王の軍勢に襲われても、他の町の協力をあてにできる。単独では弱くとも、複数の町の戦士が対抗すれば、魔王の軍勢を打ち破れるだろう」

 議場はしーん、と水を打ったように静まりかえっている。

 やがて評議員はおたがい耳打ちをしはじめた。

 男はじっと立ち尽くしている。

 時が過ぎ、ひとりの評議員が立ち上がった。

 ゴッセンはそれが評議委員長であることを認めた。

 委員長は重々しい口で答えた。

「よろしい……あなたの提案を受け入れよう」

 男ははじめて笑顔を見せた。

 

 それから男は精力的に行動を開始した。

 町のいたるところに現れ、土地を測量し、魔法の強さを計測し、設計図を引いた。男の指示で町の様子は日々変化していった。

 ゴッセンもまた評議会に依頼され、町の魔法師たちに念話を伝授する役目を負わされた。

 ようやく男の仕事が終わり、町の防備は完全なものとなった。

 男はザザンの町に別れを告げた。

 町の正門にゴッセンは評議委員たちと男を見送ることとなった。

「世話になった」

 男の言葉にゴッセンは首をふった。

「いいえ、こちらこそ。われら念話者の価値をあなたほど認めてくださったかたはいませんでした。感謝しています」

 男はうなずいた。

「わたしは、かならず魔王を倒して見せよう。この封魔の剣にかけて誓う!」

 そう言うと男は背中の剣をすらりと抜き放った。

 はじめてその剣の抜かれたところを見て、ゴッセンは驚いた。

 なんと、剣そのものに”オーラ”がはなたれている。

 男はにやっと笑いを浮かべた。

「そうだ。この封魔の剣は、それじたい魔力を持っているものだ。いままで武器や防具に魔力を込めた例はあるが、それじたい魔力を持つよう鍛えた例はなかった。わたしはこの剣じたいに生命力をあたえたのだ。この剣は、ある意味生きているといって良いだろう」

 男はふたたび剣を背中の鞘に収めた。

「わたしが……いや、わたし以外のだれかが魔王を倒したあかつきにはかならず念話で世界中に知らせることにしよう。その日を待っていてほしい」

 ゴッセンは頭を下げた。

 男はくるりと背を見せて歩き去った。

 その背中を、町の主だった人間はいつまでも見送っていた。

 

 ザザンの町でゴッセンは男からの報せを一日千秋の思いで待ち受けた。

 ひと月がたち、二月が過ぎ去った。

 やがて半年が過ぎ、それが一年となった。

 さらに年月は過ぎ去り、あれから十年近くが過ぎ去った。

 その間、ザザンの町は三度、魔王の軍勢の攻撃をうけた。

 しかし男の残した魔法防備と、念話者による連携によりやすやすとその攻撃は撃退することが出来た。男の残した念話者のネットワークはほかの町にも出来ていて、ザザンは何度かほかの町の依頼をうけ、魔王の軍勢と戦った。

 男の顔もほとんど忘れかけたころ、ゴッセンはかれの念話を受け取った。


──やったぞ! おれたちは魔王を倒した! 魔王は封魔の剣に封じ込められた!


 男の念話は強烈で、ゴッセンはその強烈な思念に痺れたように立ちすくんだ。

 じわじわと感動がこみあげる。

 そうか、やったのか!

 ついに魔王が──。

 が、その喜びは男の次の念話に打ち破られた。

 

──これは……なんということだ……まさか、こんなことが!

 

 男の思念はあきらかに狼狽をふくんだものだった。そして驚くことにさっきゴッセンを立ちすくませるほどの強烈さが、その念話からは失われていた。

 まるで遠い洞窟の向こうから聞こえるような弱々しい念話。

 深い後悔の念が、その念話には感じられる。

 ゴッセンは不安になった。

 いったいなにがあった?

 男からの念話はそれきり、途切れた。

 ゴッセンはほかのギルドの念話者と話し合おうと決意した。あの念話は、すべてのギルドの念話者が受け取っているはずだ。

 目を閉じ、念話を放射したゴッセンは今度こそ立ちすくんでいた。

 念話が使えない!

 ゴッセンはじぶんの両手を見た。

 目を細め”オーラ”を確かめる。

 なんと”オーラ”が消え去っていた。

 わあああ──!

 悲鳴が空の上から降ってくる。

 見上げたゴッセンは信じられないものを見た。

 船が墜落してくる。

 空中を浮揚する船が、だしぬけにその浮揚力を失ったかのようだった。

 船に乗り込んだ船客は船端にしがみつき、恐怖の表情をうかべていた。船を浮揚させていた魔法師はなんとか船を浮上させようと、あらゆる努力をして魔力を取り戻そうとしていたが、無駄なことだった。

 ゴッセンは悟っていた。

 魔法がうしなわれた!

 そうに違いない。

 さらにもうひとつの真実を悟っていた。

 魔王が倒されたからだ。

 魔王は魔法の源であったのだ!

 よろよろとゴッセンは町へと歩き出した。

 

 ザザンの町には恐慌が広がっていた。

「死んだ! 死んでしまった! わしの治癒の魔法がきかないなんて!」

 医院から治癒魔法師が大声を上げ、両手をふりあげ走り出してきた。その目はぽかんと見開かれ、なにも目に入っていないようだ。

「判らない! なにも予言できない! 未来が見えなくなった!」

 人々の将来を占う魔法師が水晶玉の前で顔を覆って喚いている。

 ひとりの魔法師が手を地面にかざし、えいっ、えいっと何度も気合をかけている。

 ゴッセンを見て弱々しくわらいかけた。

「どういうことだろう? 炎の魔法がきかなくなった……もっとも簡単な火の魔法なのに……」

 そうつぶやくと、また地面に向け気合を繰り返す。

 真っ暗な不安にゴッセンは地面に膝まづいた。

 これからどうなるのだろう?

 人間の生活は、あらゆる面にわたって魔法に依存していた。

 それが突然、失われてしまった。

 もう宙を飛ぶ船に乗ることは出来ない。

 城を作るのに、魔法で巨石を飛ばせることはできない。

 病気や、怪我の治療に治癒魔法を頼れない。

 むろん念話の魔法も。

 ザザンの町にひろがる喧騒を耳にしながら、かれはぼうぜんと空を見上げていた。

最初は”蒸汽帝国〜”のプロローグとして書き始めたものですが、あまりに世界観が違いすぎるのとプロローグとしては長いかなーと思って、短編として発表することにしました。

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