エピローグ 第二節
「さあ、早く見せてください! 某とのおそろ!」
昼休み、待ちかねた苑子がわくわくとしながら、そんなことを教室の真ん中で、しかも大声で言う。
「いや、ここじゃまずいだろ、ちょっと人目の少ないところに行くぞ?」
「そうだね、さすがにここでは景冶が可哀想だ」
いつの間にか俺の後ろにいた推古が言う。
「え? お前もついて来るの?」
「当然だろ? 君はどうしてその刑を受けることになったと思っているんだい?」
そう言われると、何も言えなかった。
「しかし、昼休みはどこもかしこも人が多いな。人が来ないとなると……特別教室棟か」
特別教室棟は、家庭科室とか理科室とか、普通の教室以外の教室が入っている建物で、授業のない昼休みに人は少ない。
「では行きましょう。はやくおそろを!」
なんでこんなに興奮しているのかと思うほど動き回ってわくわくを表現している苑子。
「わかったよ。お弁当持って行くだろ?」
「……はい」
ん? 何だか苑子の表情が一瞬曇った気がする。
「行こう、早くしないと午後の授業の人らが来るよ」
推古がそう言ったので、苑子は走るように部屋を出て行った。
「おおおぉぉぉぉおおおおそろぉぉぉぉっ!」
興奮と感動を隠しきれない苑子が叫ぶ。
「大声出すなよ、人が来るだろ?」
俺は慌てて苑子の口を塞ぐ。
ちなみに俺は今、下半身だけふんどし一丁だ。
ズボンを脱ぐだけにしようかと思っていたら、推古に取り上げられた。
ズボンが手元にないというだけで、こんなに心細いものとは思わなかった。
冷静に見える推古も、さっきから俺の下半身を凝視しているのを知っている。
苑子に至っては、低い身長を更に屈め、食い入るように凝視している。
前から後ろから、ぐるぐる回って見回している。
「おそろです! おそろです! おやかたさまとおそろです!」
……何なんだろうな、ここまで興奮されると、一周回って可愛く思えてくる。
「もういいだろ? ズボン返せよ」
「もう少し待つのです! おやかたさまとのおそろ! 記念撮影するのです!」
「やめろ! 写真撮影禁止!」
俺は苑子がポケットから出した携帯を奪う。
「ではせめて、横に並ぶのです」
そう言って、苑子は何の躊躇もなく自分で自分のスカートを脱いだ。
「いや、ちょっと待て! お前には羞恥心が……って、全然おそろじゃないじゃないかよ!」
俺が目を反らす前に見たのは、前かけの部分に大きくて真っ赤なハートがあしらわれている、ピンク生地の可愛いふんどしだった。
て言うか何それ?
どこで売ってんの?
「しまった! 今日はセ○ールの通販で買った勝負パンドラショーツでした!」
「パンドルショーツな! 凄いなセ○ール! そんなガーリーなふんどしなんて売ってんだな! デザイナーに色々問い詰めたいけど、多分『仕事だから渋々デザインした』とか言うだろうな!」
「ちなみにこれは翔子に送りつけたので、翔子とおそろです」
「可哀想に! ただのふんどしならまだしも、ちょっとオシャレなパンドルショーツ穿いてたら、自分の意志と思われるだろうに!」
「おやかたさまもおそろしましょう!」
「ごめん、マジそれは無理。それ穿くくらいなら自害する」
「残念です……せっかくおやかたさまとおそろだと思ったのに……」
苑子は、目に見えてしょんぼりする。
そんな顔されると、慰めたくなるのがまた悔しい。
「明日もあるじゃないか。これから二月、景冶はふんどしなんだ。おそろいになるチャンスくらいいくらでもあるさ」
推古が慰めるので、俺も頭を撫でてやった。
「また今度、おそろしような?」
「はいっ! またおそろするのです!」
苑子はぴょん、と跳ねて答えた。
推古と言えば、俺のふんどしをじっと見つめている。
「ふむ……なかなか気恥ずかしいものだね。君とおそろ……こほん」
推古が咳払いをする。
「推古、今、なんか……」
「さあ! お昼にしようか! 景冶も早くズボンを穿きたまえ!」
推古は押し付けるようにズボンを俺に渡し、いそいそと自分の弁当を出す。
まあ、深く突っ込むのはやめよう。
「…………」
苑子はというと、少しだけ、躊躇していた。
そう言えば失敗したとか言ってたな。
「大丈夫だ、苑子。俺がちゃんと食べてやるから」
俺はズボンを穿きながら、苑子に言う。
「分かりました。お弁当出します……」
苑子はそっといつもの重箱を差し出す。
確かかなりうまいと聞いてるから、多少失敗してても楽しみだ。
俺は、重箱を開ける。
「じゃ、いただき……あれ?」
一瞬、目を疑った。
そこにあったのは、なんかこう、茶色い塊?
おそらくこれは卵焼きだろうか。
焼きすぎて焦げかけているし、そもそもきちんと巻かれていない。
ああ、親父さんはへたくそだと思ってたが、もっと下がいるんだなあ。
「あまりじろじろ見ないでください……」
苑子が顔を赤くして、弁当を隠す。
いや、失敗したとは聞いてたが、これは料理の上手い奴の失敗じゃない。
「いや、お前、料理上手いって言ってなかったっけ?」
「…………」
「?」
「某だって、おやかたさまに見栄を張りたい時もあるのです」
苑子は、恥ずかしそうに、そんなことを言う。
「でも、料理の写メ送って来てるじゃないか?
「あれは、母上の料理雑誌の写真を送っていたのです……」
恥ずかしそうに犯行を告白する苑子。
「そっか、見栄か……」
苑子は、恥ずかしそうに俺の様子を窺っていた。
俺はこの時、苑子を心から可愛いと思った。
小さいのに見栄を張って、背伸びして、そして奔放に生きる苑子。
苑子はこのままでいい、この方がいい。
そう思った俺は、苑子を抱きしめていた。
「おやかたさま!?」
慌てる苑子の鼓動が聞こえる。
温もりが伝わってくる。
少し緊張してた苑子は、やがて力を抜く。
「むふぅ……」
ほっこりとした声を出す苑子。
「景冶、食事中に何してるんだ君は!」
対して、少し怒りを孕んだ推古の声。
ああ、願わくば、
これが第三回軍法会議の材料になりませんように。




