氷の覇王の忠臣
マルドアは王に休憩をしろと指示を出され私室に向かっていた。
自分は休憩なされないのに人には休憩しろと仰るのだから困ったものだ・・・
心の中でため息をついていると廊下の角で軽く人とぶつかりお互いよろける。誰かと確認すると、相手は赤毛の少女だった。
「も、申し訳ありません!お怪我は!?」
明らかにどうしよう!と激しく動揺しているディーナ。ぶつかったことと相手がディーナであったことに少し驚いていたマルドアだったが、ふむと少し考え口を開く。
「大丈夫だ。そちらは?」
「何も問題ありません。申し訳ありませんでした」
深く頭を下げる少女。礼儀正しいのか臆病なのか迷うところだ。そうだ。私はこの少女のことを何も知らない。
「君と少し話をしてみたかった。今から暇はないか?」
「あ、丁度することがないかマリアさんにお伺いするところだったので大丈夫です」
王の人を見る目は確かだ。ディーナというこの少女は神秘的な歌声と、熱心に仕事に取り組む真面目さがある。そこは評価してやるべきだろう。
「なら私の部屋に来てくれ。茶ぐらいは出す」
「そんな!おかまいなく!」
手をぶんぶんと振るディーナに客人をもてなすのは礼儀だ。とマルドアは返し、ディーナを連れ私室へと入った。
部屋には、ベット。その傍に小さな棚。執務机と窓際のテーブルには向かいあうように二脚のソファチェアが置かれている。部屋の右端には簡易な台所もあり、マルドアはその台所で紅茶を二杯入れた。それをテーブルに運び、すでに座っているディーナと向かい合って座る。
「どうぞ」
「い、いただきます・・・」
そっと紅茶を口に運び、ディーナは驚いた。
「美味しい!」
香りの良さは勿論の事、嫌な刺激が一切なく、ほんのりとした甘みが舌を撫でた。
「はちみつが入れてあるのですね」
「良くわかったな。大抵は砂糖だと言う」
「このふんわりとした甘さは覚えがありましたので」
美味しそうにお茶を飲むディーナを見て、ああ、多分王は食事の時この顔を眺めてるんだろうなと思った。
元々警戒などしていなかったかも知れないが、リラックスさせたところでマルドアは口を開く。
「今からする話はお互いただの世間話だ」
「え?」
どういうことかと疑問符を浮かべてマルドアを見るディーナに表情を変えずに答える。
「何を言っても無礼講ということだ」
「無礼講・・・?」
いきなりの何の話が始まるのかと困惑しているディーナにマルドアは言葉を続けた。
「王のことをどう思っている?」
「どう・・・とは?」
伺うように問うディーナにまだ尻尾を出さないな・・・とマルドアは思い切る。
「民衆からは氷の覇王と呼ばれている。確かにあの人は冷淡だ。必要ないと思った物は迷いなく斬り捨てる。私も不能になれば首を落とされるだろう「そんなことはありません!!」
身を乗り出して否定したディーナにマルドアは少し驚いたが、あくまで冷静に対処する。
「首を落とされることはないかも知れんが、捨てられるのは確かだろう」
「そんな嘘つかないでください!!」
真っ直ぐ目を見て嘘だと断言された。思わず目を見開き、零すように呟く。
「何故・・・嘘だと思った?」
「だって、マルドア様は陛下のことを凄く敬愛されています。この城に居られる多くの方がそうです。そんな貴方が陛下をけなすような物言いをされるなんて有り得ません!」
自信満々に断言され何度目か分からない驚きに瞬きを繰り返す。だが、冷静になり再び問う。
「では・・・何故私がそんなことを言ったと思う?」
「え・・・?」
ディーナはうーん・・・と暫く考え込み、困ったように言った。
「何故ですか・・・?」
先ほどとは打って変わって自信がなく、怯えた様子にマルドアは気が抜けた。
計算して動いている訳ではないようだな・・・
嘘を見抜けるほど鋭いならば、先ほどの嘘がディーナの失言を誘うためだということも悟っていたかと思ったが検討違いだったようだ。
王の目が確かなことは知っている。だが、この少女が本当に王に仇成す存在ではないかということを確かめる必要があると思ったのだ。杞憂だったようだが。
しかし、これがもし演技であったなら・・・
そうも考えたが、黙っているマルドアが怒っているのではと涙目になっている少女を見てないな・・・と悟った。
「君も陛下は怖いか?」
ディーナは少しの間沈黙していたがそっと口を開く。
「正直まだちょっと怖いです。でも、最初の頃のような畏怖はなくなりました。陛下は厳しい方ですが、決して意味のないことをされる方ではありません。とても努力家で、優しい方です」
また驚かされた。
この短期間でここまで陛下を理解しているなど・・・
「そんな陛下だからこそ、マルドア様のような素敵な方も献身的に陛下に尽くされているんだって分ります」
「は?」
不意に自分の話が出てきたため、マルドアは思わず聞き返す。それが威圧的だったらしく、ディーナは怯えながらモゴモゴと繰り返した。
「い、いえ、その・・・。マルドア様は陛下に休むように言われた後も部屋に戻って仕事をしていらして、王が少し席を外されると王の書類を自分の方の書類へ移すなどされているとメイドの方達が・・・」
「・・・その事を陛下には?」
「い、言ってません!メイドの皆さんも陛下とは業務上の会話しかしてらっしゃらないので告げられてはないと思います」
マルドアは自分の顔を片手で覆ってため息をついた。
陛下にバレるのも時間の問題か・・・。
いや、もうバレているかも知れない。
ディーナは言ってはならないことを言ってしまったかとビクビク、オドオドしていた。マルドアはそんなにディーナにポツリポツリと言葉を漏らす。
「・・・陛下は素晴らしい方だ」
自然と言葉が滑り出ていた。
「陛下は王の鏡であり、俺が最も尊敬する方だ。自分の身を削りに削り、民のために尽くされる最高の王だ」
ディーナはマルドアの言葉を姿勢を正して聞きいった。
「陛下が国のために働いてくださっているのに、俺達が楽をしている訳にはいかないだろう」
「はい」
「俺が・・・陛下にとってただの荷物になると分ったその時は、この城から去る覚悟はとうに出来ている」
カタンッ
不意に廊下で物音がし、マルドアは厳しい表情で即座に飛び出す。失言を誘うために自分も多少の失言をしていた。もしかしたら王にではなく、自分を失脚させたい者がいるかも知れない。いや、自分ではなくディーナの弱みを握りたい何者かもいるかも知れない。マルドアはそう思って行動に出たが、そこにいた相手を見て表情は一瞬で崩れのだった。