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覇王様の子守唄  作者: 日明
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氷の覇王の気持ちの片鱗

 ディーナとシンはスープを持って何度も城と避難所を行ききし、夕方には嵐も過ぎ去った。幸い民家に多少被害はあったものの大した物ではなかった。


「これも兵士の皆さんや陛下の行動が早かったお陰だよねー」


 ディーナはパジャマ姿でシンと温かい紅茶を飲みながら呟く。


「それにね、スープの野菜をみじんぎりにしたのは兵士の人たちが一気飲みしやすいようにだったんだって。前は野菜が大きくて噛むのに時間がかかってるの見てメイドさん達が工夫したって」


 皆凄かったね。とディーナは微笑みながら言う。


「――ディーナ」

「何?」


 顔を上げれば、シンは笑った。


「お前ちょっと変わったな」


 シンの言葉にディーナはキョトンと目を丸くする。


「いい意味でな。村にいる時はいつも何処か自信なさげで、ビクビクオドオドしてた。そんなお前が・・・あんなに必死に自分から行動すんのなんて初めて見た」

「だって、一番偉い王であるはずの陛下が一番頑張ってるんだよ?何でもない私が頑張らない訳にいかないよ」

「訳も分からない俺に説明もほとんどなく連れまわしてくれるくらい頑張ってたもんなー」


 少し棘のある言葉にディーナはごめんって・・・と眉を下げる。シンはま、許してやろう。と笑った後、口を開く。


「・・・ここの生活楽しいみたいだな」

「うん!」


 迷いのない笑顔だった。


「陛下は凄く物知りで何でも教えてくれるの。それがまた楽しみで・・・。今日だってね、図書館の場所とか学校の場所とか陛下に教えてもらってたから迷わず行けたんだよ。図書館に行く道の途中には花屋さんがあって、その隣にはパン屋さん。曲がり角にポストとか、お店だけじゃなくて置いてあるものまで覚えてるんだよ!」


 凄いよね!とディーナは笑う。昔と変わらない屈託のない笑顔だった。明るい・・・シンの好きな笑顔だ。


「・・・そっか」


 シンはポンとディーナの頭を撫でた。


「お前が幸せならそれでいい」


 そう言って微笑んだ。


 その時コンコンとドアがノックされる。


「入るぞ」


 声で誰かはすぐ分かりディーナはすぐさま立ち上がる。


「陛下・・・」


 入って来た氷の覇王にディーナの背筋は自然と伸びる。


「今日はよくやった。ゆっくり休め」


 それだけを告げ出て行こうとする王にディーナはあの!と呼び止める。王は視線だけをディーナに向けた。


「夜は・・・」

「・・・不要だ」


 パタンとドアが静かに閉まった。




 ベットに入ったディーナは眠れず寝返りを繰り返していた。


 歌う必要のなくなった私は・・・もう不要なんじゃ・・・


 強く枕を握り締める。壁にトンとぶつかり、仰向けになる。


【ぐ・・・ぅ・・・っ】


 え・・・


 何かの声がする。良く耳を澄ませる。


【あぁ!あ・・・っ】


 この声・・・王の寝室から!!


 ディーナはすぐに自分の寝室を飛び出し、王の部屋のドアに手をかけるが鍵がかかっているらしく開かない。


 すぐにどうしようと思考が巡る。そして、ハッとしたように自分の部屋に戻った。




【あなたは一番にならなきゃ駄目なの!!】


 美しいことが自慢だった母は時を重ねるにつれ酷く醜くなっていった。欲に呑まれて生きる様を見て、恐ろしさと共に哀れみを感じた。


 母は、俺を王にすることでしか生きられないのだ。


 そう理解し、王になった時、これ以上醜くなる前にと母を殺した。


 ギロチンにかけた母の首が転がり、俺を見つめる。


【あなたは王になるために生まれたの】


 真っ赤なグロスの塗られた唇が言葉を紡ぐ。


 幼い頃の晩餐の席。腹違いの兄弟で揃って食事をすることになった。この時俺は皆が真っ先に料理に手をつける中喉が渇いて水から口にした。そして、料理を食べようと思ったその時、多くの兄弟が床に倒れ泡を吹きながら苦しんだ。理解し難い光景に微笑む第二王子の母の顔が忘れられない。


 狩りの練習だと連れ出された山。2人の王子と共に来た。俺は馬の様子がおかしいことに気付き、降りて様子を伺っていた時だった。馬に乗ったままだった2人の王子の頭が打ち抜かれ脳髄が飛び散った。さっきまで動いていた人が、まるで人形のように地面に落ちる様に呆然とした。


 あの時毒を盛られた王子も、頭を撃ち抜かれた王子も


 もしかしたら


 俺だったかも知れない。


【貴方は王にならなきゃ・・・】


 耳に絡みつく母の声。


 血溜まりの中から這い出てきて、足にしがみつく死んだ王子達。


 この世界は・・・俺が踏みつけてきたものだ。


 気が・・・


 狂う。




 血の沼から次第に暖かさを感じた。赤黒く染まった世界が次第に白く、明るさを帯びていく。


 母の亡霊も、王子達の亡者も消えた。


 真っ白になった世界で響く美しい歌声は花を咲かし、小鳥を呼んだ。


 美しい泉からは透き通った水が流れ、小動物達が喉を潤した。


 嗚呼・・・なんて穏やかで美しい世界なんだろう・・・


 ゆっくりと閉じた瞳を開いた。


「陛下・・・目が覚めましたか?」

「ディーナ・・・?」


そこには赤毛の少女がいた。


「申し訳ありません。うなされたいらしたようだったので・・・」

「どうやって・・・」


 その時少し肌寒い風が吹き抜け、視線を向ければ、窓が開いており、風がカーテンを揺らしていた。


「窓から入ったのか・・・」

「はしたない真似をして申し訳ありません」

「落ちたらどうする!!」


 王は起き上がり、ディーナの肩を掴んで怒鳴った。


「ここから落ちたらお前など・・・」


 ディーナの死を想像した瞬間前身が震えた。冷や汗が溢れ、呼吸が苦しくなる。


「陛下・・・」


 そんな王をディーナはそっと抱き締めた。


「申し訳ありません・・・。貴方が苦しいんでいると思うと・・・いてもたってもいられなくなって・・・」


 王は強くディーナを抱き締め返した。次第に振るえは納まっていく。


「俺は・・・お前の歌声がなければまともに寝ることも出来ない・・・」


 月明かりに照らされた王の顔には隈が見え、ディーナはそっと目もとを撫でる。


「俺は・・・俺は・・・」


 王は少女にすがりついた。


 彼女に依存しなければ生きていけない。こんな弱い人間が王であっていいのか。だが、王でなければ今彼女はここにいたい。王になって一番の幸福はこの事実かも知れない。


「王が望んでくださるなら・・・私は何度でも歌います。この声が出なくなるまで、何度でも」


 微笑むディーナの顔を見て王はフッと意識を飛ばし、ディーナの膝の上に倒れこんだ。そのまま寝息を立てる王を見てディーナは夜空の星が瞬いているような静かで心地のいい歌を歌った。


 王は以前にも感じたことのある暖かさに記憶を辿る。


 確かこれは・・・


 ハッと目を覚まし、すぐに違和感は分かった。またディーナの膝を枕に寝入ってしまったのだ。


 王はそっと膝から降り、座ったまま眠っているディーナをベットに寝かせた。


 スヤスヤと寝息をたてるディーナの頭をそっと撫でる。


「・・・もう少しだけ・・・傍にいてくれ・・・。俺が闇に負けず、眠れるようになるその時まで・・・」


 王はそっとディーナの額に唇を落とした。


 ディーナの歌声がなくとも眠れるよう努力する。


 そして・・・その時がきたら・・・鳥籠の扉の鍵を外し、扉を開け放とう。自由で開放感に溢れた世界に・・・帰そう。


 泉のように溢れるこの感情が何なのか。王はまだ理解してはいなかった。




 ディーナはゆっくりと目を覚まし、寝ぼけた視界に映るものが何か考えていた。


 それは、上半身裸の王の姿だ。


「ひょあ!?」


 理解すると同時に妙な悲鳴をあげ、とびのくと壁に頭をぶつけた。


「いったぁ!」

「朝から騒がしいな・・・」


 頭を押さえ唸っているとベットが軋んだ。


「打ったのか?」


 王の顔が目の前にありディーナは硬直する。


「だ、大丈夫です!」


 ベットから飛び降り、少し距離をとる。王はまだ上半身裸のままだ。周りを見回しようやく王が着替えていたのだと分かる。


「あ・・・人は使われないのですね」

「着替えに人の手を借りる意味が分からない。無駄以外の何者でもないだろう」


 王はそう言い放ち、シャツの袖に腕を通した。王はジッと見つめてくるディーナに気付き「何だ?」と問う。


「え、あ、その・・・。陛下の隈が消えたので・・・よかったな・・・と、思って・・・」


 へにゃっと笑うディーナを見て王は口元を手で覆う。そしてディーナに背を向け、ジャケットを羽織った。


「早く部屋に戻れ。今日もマリアやメイド達に仕事を頼まれてるんじゃないのか?」

「あ!はい!」


 ディーナは「失礼しました!」と言ってすぐ部屋から出て行った。王はそんなディーナを見送った後、片手で顔を覆い深いため息をついたのだった。




 シンが村に帰るということでディーナは城門で見送りに行った。


「気をつけて・・・」

「おう。お前もたまには手紙の一つでもよこせよな」

「うん。必ず」


 シンは暫く黙った後口を開いた。


「しんどくなったらいつでも帰ってきていいからな」

「うん。ありがとう」


 ディーナは何の憂いもなく笑った。シンはディーナに背を向け歩き出す。


 ディーナはその背が見えなくなるまで手を振り続けた。


「ディーナが幸せなら・・・それでいいんだよな・・・」


 シンはそう自分に言い聞かせた。


 惚れた男の弱みと言うか。自分が幸せにしたいとも思うが、自分以外の誰かが心から笑わせてやれるならそれもいいと思った。


 勿論。悔しくない訳がない。


「もっといい男になってやるか!」


 もし彼女が揺らいで、その選択肢に自分がいるなら全力でいく。手に入ったなら手放さない。


 そう決めた。

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