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覇王様の子守唄  作者: 日明
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氷の覇王に続く

 ディーナはやけにガタガタと揺れる窓の音で目を覚ました。


「何・・・?」


 目をこすりながら窓の外を見ればなんと大嵐だった。大雨が窓を叩きつけ、凄まじい風が木々を大きくしならせている。屋根らしき何かや、洗濯物、あらゆる物が暴風に吹き上げられていた。


「・・・へ?」


 昨日まで快晴だったというのに、あまりにも突然な天気の変化に動揺したが、すぐに服を着替え廊下に出る。すると、廊下はすでに大騒ぎだった。


「川の氾濫に備え、土嚢を積め!!」

「屋根が飛んだなどの被害が出た民家はひとまず図書館や学校などの国立施設へ非難を迅速に済ませろ!!」

「農村にも兵を派遣しろ!農作物を無駄にするな!」

「自分達だけでやろうとするな!周りの人間に協力を仰げ!」


 指示が飛びかい、多くの者が廊下を駆け回っていた。ディーナはいてもたってもいられずメイドの一人を捕まえる。


「あの!私にも何かさせてください!」

「来て!」


 メイドは止まって話をするのも惜しいらしくディーナを連れて小走りで厨房に向かう。


「私達は疲れて帰ってくる兵士の皆さんのサポートです。ずぶ濡れで帰ってこられるでしょうからタオルとお風呂の準備。それから中から温まっていただけるようスープを作ります。スープは非難された人たちの配給にもなりますから、まずスープ作りの方の手伝いをお願いします!」

「はい!」


 ディーナはすぐ厨房に入り、手を洗いながら問う。


「何をすればいいですか!?」

「野菜を切って!ぜんぶみじん切りでいいから!

「はい!」


 皮の剥かれた大量の野菜が入った籠を渡され、ディーナはひたすらに野菜を切る作業を続けた。


 昔の自分は何かしなければと分かっていても、いつも手をだすことができずにいた。それは声を出す勇気がなかったから。やりますと何故か言えなかった。いつも誰かに言われないと出来なかった。


 けれど、今日は自分から声をあげることが出来た。それは、いつも自分の身を削って民のために献身的に尽くす王の姿を見ていたからだろう。


 あの人のために何かしたい。


 きっと今日全力で動いている人達は何よりそう思ってやっているのだろう。





 やがてメイドの言った通りずぶぬれの兵士達が戻ってきた。すぐに風呂へ促し、着替えとタオルを用意し、塗れた服はすぐに洗って厨房の火の傍で乾かした。


 風呂からあがってきた者からスープで体力と水分を補給してもらう。兵士達はそれを一気に飲み干した。


「ありがとう!行ってくる!」


 そう言ってまた、嵐の中を駆けて行った。次々戻ってくる兵士達は一瞬の休憩を済ませるとまたすぐ出て行った。


 誰一人として休んでいない。自分の成せる全力で事を成している。自分も・・・っ。ディーナがそう思った時だった。


「避難所にスープを運びたいの!誰か手伝って!」


 その声にすぐに手を挙げた。


「はい!やります!!」


 メイドはディーナの言葉に少し困惑した表情を浮かべる。


「外は大嵐だし、馬は全て出払ってるから徒歩で向かってもらうことになるわ」

「大丈夫です!!」


 真っ直ぐなディーナの瞳にメイドは一つ頷いた。


「分かった。だれかもう一人連れて行ってきて。無理だけはしないように」

「はい!」


 誰かもう一人、そう考えた時すぐにハッと駆け出した。


 ディーナが飛び込んだのはシンの寝室だ。


「シン!」

「ディーナ!どうなってんだ!何か皆走り回ってっけど・・・「来て!」


 現在の状況が理解できず困惑しているシンをディーナは問答無用で連れ出す。


「今から避難所にスープを運ぶ!」

「スープ!?」


 ディーナに投げて寄越されたマントを反射的に着ながらシンはどういうことかと聞き返す。


 ロープで頑丈にふたを固定され、保温するためタオルを巻かれた大きな鍋の取って掴み、ディーナは叫ぶ。


「これを運ぶの!手伝って!」


 シンは訳の分からぬままあーもう!分かったよ!と鍋を持ち、ディーナと共に大雨が叩きつけ、暴風が吹き荒れる嵐の中へと飛び出した。





 叩きつける雨は視界を鈍らせ、体力を奪う。びしょ濡れになりながら何とか図書館にスープを運んだ。


「城からの配給です!」


 その場にいた兵士達がおお!と感嘆の声をあげ、すぐ対応する。


「倉庫に器とさじを常備しているはずだ。取ってくる」

「子供、老人、女、男の順で並べ!」


 ディーナはすぐにタオルを外し、ロープをほどく。温かい湯気の立ち上るを見て、ホッとした。


 良かった・・・冷めてない・・・


 兵士がもってきた器にスープを入れ指示通り大人しく並んでいた人たちに配る。


「ありがとう・・・お姉ちゃん・・・」


 震えている少女の頭をディーナはそっと撫でる。


「寒いけどもうちょっと頑張ってね。スープ飲んだら温かくなるから」

「うん・・・」


 子供、老人、女性と配り終わり、男性になったがスープは正直足りない。


 あと一杯という時バンッと扉が開いた。


「配給中か。一つこの子に」


 入って来た人物にディーナは驚く。その人は紛れもなく氷の覇王その人だったからだ。その腕には幼い少女を抱いている。


「は、はい!」


 ディーナがすぐ注いだ一杯を少女に渡そうとしたが、その腕を掴まれる。


「おい!俺が先だろう!!寒くて腹減って死にそうなんだよ!!」


 シャツがはちきれそうな豊満な肉体を持つ男はグイッとディーナを引き寄せた。


「ディーナ!」


 シンがディーナを助けようと手を伸ばしたが、それより先に王が男の腕をつかみ、ねじりあげていた。


「殺すぞ」


 たった一言は男を凍りつかせるのに十分だった。男は兵士達に抑えつけられ、最後尾に連行される。


 ディーナは守られた最後の一杯を少女に手渡した。


「どうぞ。まだあったかいよ」

「ありが・・・とう・・・」


 ディーナは笑って少女の頭を撫でる。


 スープも足りず、皆の表情も暗かった。それを見てまた、ディーナは自分の出来ることを考えた。そこで息を吸う。


 気持ちが浮き上がるように明るく、華やかな歌を奏でた。


 美しく響き渡るその歌に誰もが耳を傾け、聞き入った。歌い終わったディーナは集まっている視線にそっと微笑む。


「大丈夫ですよ」


 その言葉は魔法のようにその場にいた人々の不安を溶かして見せたのだった。


 そんなディーナの姿にシンも王も胸にくるものがあった。




 ディーナは空になった鍋を手に城に戻ろうと思った時、呻き声が聞こえ足を止める。


 声が聞こえた先では民家の前で王が男の胸倉を掴み、持ち上げていた。何事かとシンと2人で硬直する。


「賊が・・・っ」

 

 唸るように言う王の言葉に男は胸倉にかけられた手を掴んで叫ぶ。


「ちっ!違う!俺はこの家の住人だ!金なんかはやっぱり持っていかないと怖くて・・・」

「名は?」

「マリッドレーだ。プラム・マリッドレー」


 確かに家の表札にはマリッドレーと在った。本当に家の住人なのかとディーナが思った時、王の眉間の皺は更に深くなり男を締め上げる。


「この家の住人はラルド・マリッドレー、フレイ・マリッドレー、ミラ・マリッドレーの三人家族だ。プラムという名の人間は存在しない」

「ぐえぇ・・・っ」


 男は完全に泡を吹いて気絶した。王は地面に放り投げ、何処からか飛んできたらしき布で男を拘束した。


「住民全ての家と名前を把握しておられるのですか?」


 呆然とディーナがそう問えば王は少し目を丸くしてディーナを見つめる。だが、すぐにいつもの表情に戻った。


「王として民を知るのは当然のことだ。それより早く城に戻れ」

「ハッ、ハイ!無駄話してすみません!!」


 ディーナは慌てて駆け出した。シンも習って駆け出しつつ、チラリと後ろを振り返った。ディーナの背を見つめる王の瞳は無駄話を咎めているようなものではなかった。それどころか、いたわるような・・・そう・・・心配をしているような瞳だった。


「・・・そーいうことかよ・・・」


シンの小さな呟きは暴風にかき消され、ディーナの耳には届かなかった。

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