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覇王様の子守唄  作者: 日明
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氷の覇王を知る

 ディーナには短い期間だが、王の傍で過ごしてきて分かったことが沢山ある。


 一つは側近の者達は皆王を敬愛していること。


 王が選んだということもあり、皆仕事熱心で王に一言褒められただけで顔を輝かせていた。その理由はディーナにも分かる気がした。王は決して楽をしていない。どころか誰よりも自分の時間を犠牲にし、国のために働いている。しかし、民衆はそんな王の努力など知らない。勿論王が民衆には冷たく接するのもある。元々王は真面目な性格らしく、顔の怖さも恐らく生まれつきだ。書類を睨みつけているのを見て、あ、それが通常時の顔なんだ。とディーナは少し驚いた。


 二つ目。王がとても優しいこと。


 少しでも城の者の体調が悪そうな場合は有無を言わさず休ませた。命令された者達は皆ビクビクオドオドし、いつクビにされるか、殺されるかと怯えているのを見る。けど、反対に王は休むように言った者の元へ薬や医師を派遣した。しかし、王の配慮だということはあくまで伏せている。何故なのかとディーナは毎回思うのだが、王の照れ隠しなのかも知れない。


 三つ目。王は絶対に食事を残さない。


 最近王の目に止まった若いコックが城に来た。彼は少しおっちょこちょいなところがあり、以前出された食事は見た目は綺麗なのに味付けが酷く甘かった。塩と砂糖と入れたつもりがどちらも砂糖だったと料理長と共に謝りに来た。王は「二度と同じ間違いをするな」とだけ告げ、彼の失敗した料理も綺麗に平らげていた。基本ディーナは王と2人で共に食事を取るのだが、王はコーンの一粒さえ残さず綺麗に食べることに最近気付いた。それは多分王なりの謝辞なのだろうとディーナは解釈した。


 四つ目。王は甘い物が好き。


 朝の食事の最後にだけデザートが出るのだけれど、それを食べる時だけは王の眉間の皺が少し緩むのだ。勿論これも綺麗に食べる。心なしがデザートの時の王はゆっくり食べている気がする。味わっているのだろう。


  五つ目。王は死にたがり。


 王がそれぞれの仕事の総括を任せている側近中の側近、マルドアに「少しは民衆の心を掴まなけばいつか反乱に合いますよ」と。王はその言葉に「その民の意思が正しいと思うならマルドア。貴様も協力し、この首をギロチンにかけろ」。本気でそう言っていた。マルドアさんは「私は死んでも主の味方であります」と告げたが、「俺は貴様を信頼している。その貴様が俺に資格がないと思ったのなら、それは正しい。俺を引きずり落とし、新しい王と共にこの国を更に発展させろ。何なら貴様が王でいい」と。マルドアさんはそういうことじゃなくて!という風に何度も反論していたが、王の「殺せ」という意味に似た言葉は変わらなかった。


 六つ目。王は女性が苦手。


 年配のマリアぐらいは平気なようだが、若い女性を基本的に避けている。王の執務室、寝室の掃除もマリアしか許していない。以前他国から貿易に来たという女性が居た。酷く露出のある服を着ており、スタイルのいい体をアピールしながら貿易品の宝石などを紹介していたが、王は「必要ない」の一言で切って捨て、帰るよう言った。女性は色気を振りまきながら王に近づこうとした途端。「それ以上近づけば首が飛ぶぞ」の一言で女性は逃げ帰った。業務的な会話などは普通なのだが、王に好意を寄せるメイドが勇気を出して声をかけようとした途端「話しかけるな」と鋭く睨みつけて終わった。嫌いという訳ではなく、拒絶しているように思えた。


 七つ目。ディーナだけは六つ目の条件に引っかからない。


 最近は毎夜呼び出され、歌を歌った。歌った後少しだけ話をするのだが、ディーナの問いには王は自然と答えた。


そして今夜も・・・




「歌え」


 ディーナはこの下りに随分慣れた。いつも通り王のベットに座り目を閉じて歌を歌う。静かな森で小鳥がさえずるような自然で穏やかな歌を。


 ディーナは歌い終わった後、王と話すのを少し楽しみにしていた。王はとても物知りでディーナの問いにキチンと一つ一つ答えてくれる。ディーナの歌があと少しで終わるというところで、トスンとふとももに衝撃があり何事かと目を開け、驚いた。


 氷の覇王様がディーナのふとももの上で寝息をたてて眠っているのだ。ディーナは暫し硬直したが心の中で叫び、心の中でどうしようと慌てた。ひとまず落ち着き、とりあえず王の体が冷えないように上掛けをどうに王の体にかける。王を起こさないよう細心の注意を払ったため、上手くはかけられていないが仕方ない。それが出来たところでさあ、どうしようかとディーナは悩む。何も出来ない。仕方なく再び歌を歌った。三曲ほど歌ったところでディーナも夢の世界に旅立った。




 最近悪夢を見なくなった。


 夜は嫌な記憶を引きずり出す。


 王位争いの泥沼のような世界。ドンドン醜くなる母。次々死んでいく兄弟。転がり、恨めしそうに見てくる母の目。


 悪夢のような事実が夢の中で何度も繰り返されるのだ。


 最初は罪の罰だと言い聞かせ、耐えていたが、自分が壊れていくのが分かった。


 このままではまずいと思い始めた時、マルドアからディーナの話を聞いた。母のせいで女が苦手になっていたが、その時は何故か迷いなどなかった。


 出合った時の印象はうさぎだった。ビクビクオドオドと俺に喰われると思っているかのように怯えていた。だが、怯えている割にその瞳は俺からそらされなかった。ひたすら真っ直ぐ目を見てきた。それがまた惹かれた。


 そして、歌えと促した途端世界が変わった。


 全てが清浄に清められていくようだった。この力強い歌をこの小動物のような少女が生み出しているのだと理解し、驚愕した。


 気に入らない理由がなかった。


 傍に置くことを決め暫く慣れないだろうと思っていたが、思ったより順応は早かった。仕事も真面目に熱心に取り組む。マリアを労っている姿を見た時、何か胸に違和感を感じた。表現しがたいものだったが、不快ではなかった。


 夜歌わせるのが日常になり、まだディーナは怯えたウサギではあるが俺に慣れてきたらしく怯えながらも俺に話しかけてくるようになった。


 その内容も良く人を見ていると思った。下手な慰めをせず、ただ寄り添ってくれた。


 ディーナは陽だまりのようだと最近思い始めた。傍に居ると暖かく、落ち着く。


 そう・・・今のように・・・。





 ゆっくりと目を開け、いつもと景色が違うことに気付く。いつもは天井が見えるが、今回はドアが見える。横を向いているだけかとも思ったが、いつもと角度が違う。さらに・・・枕が温かい。どういうことかと体を反転させようとし、一瞬息が止まった。鼻先にディーナの顔があったからだ。当たらないようにゆっくり抜け出し、状況を理解する。


 俺は座ったディーナの足を枕に寝入ってしまったのだと。そしてディーナはそんな俺をどかすことが出来ず、そのまま寝た。そのため体がまるまる形になっていたのだ。


ふと自分には上掛けがかけてあることに気付く。


 そっとディーナの肩に触れれば冷え切っている。慌てて自分が被っていた上掛けを掛ければディーナの体がグラリと崩れた。反射的に受け止め、そっとベットに倒す。ディーナは寝息をたててまだ眠っている。とりあえずホッとし、準備をしようと動き出せば何かに引かれ、止まった。視線を向ければディーナが俺の服を掴んでいた。


「ディーナ?」


 声をかけるも返ってくるのは寝息だけだ。そっと手を外そうとディーナの手に触れれば今度は手を握られた。驚いた。その手の小ささにだ。自分の半分は言い過ぎかも知れないがそれぐらいの差がある。更に俺より遥かに荒れていた。ガサつきがすぐに分かった。マリアと同じだ。他のメイド達の手は皆白く細く、一切問題が見つからない手をしている。


 この差だ。


 また胸に妙な感覚が走った。あの時と一緒だ。マリアを労っていたディーナを見た時と。


 どうにもほどく気になれず、俺はディーナの寝顔を見つめた。


 いつもと違い警戒心のない安心し切った寝顔だ。幼さが強調される。そう言えば俺とディーナは10歳離れているとこの間本人に聞かされた。ディーナは18。俺は28だ。


 俺のわがままで18の子供を振り回している。それを考えると随分大人げない。


 だが、だからといってディーナを村に帰すという考えは一切浮かばかった。


 俺にとってディーナは欠けてはならない重要な存在になっているのだ。


 空いている手でそっと頭を撫でればディーナは嬉しそうに笑った。


 起きている時には見たことのない顔だと思うと少し胸が痛んだ。


 その妙な痛みに首を傾げるのだった。




「おかしい」


 マルドアは執務室に王の姿がなく驚いた。


 王は誰よりも速く仕事始め、誰よりも遅く仕事を終えるのだ。そのためいつも通り今朝挨拶に来たのだが姿がなかった。もしかしたらトイレに行っているのかも知れないと待つこと5分。王が来る気配はなかった。良く見てみると机に仕事をしていた跡もない。つまり・・・


「まだ起きていないのか?」


 今までそんなことは一度もなかった。寧ろ寝なすぎて倒れるんじゃないかと心配していたのに、本人は全く問題なさそうに仕事をしているのだ。


 何かあったのかとすぐに寝室に向かう。もし眠っているのなら出来る限り眠ってもらおうとノックなしに出来る限り音をたてずにドアを開け、目を見開く。


 あの氷の覇王と呼ばれた人が小さく微笑んでいるではないか。恐らく長い間傍に居た自分でなければ分からないだろうというほど微かだが、あの王が確かに笑っていた。驚愕のあまり暫し呆然としていたが、その原因はすぐに分かった。


 ディーナだ。


 いつも私欲を捨てひたすらに国のために働いてきた王が唯一自分のために手に入れた者。最初は何の特徴もない田舎娘だと思っていたが、その歌声は確かに素晴らしかった。すっかり王も気に入りそのお陰が王の隈もとれ嬉しく思っていたのだがまさかこんなことになっているとは・・・。


 夜な夜な王がディーナを呼ぶことは知っていた。だが、必ず一定時間後ディーナは自分の寝室に戻っていたため夜伽をしていることはないだろうと思っていたがまさか・・・


 とも考えたがベットが全く乱れていない。


 ただ一緒に寝落ちしただけか・・・。


 と分かり音をたてずにドアを閉めた。王のためにも今日は自分がいつも以上に頑張ろうと決めたマルドアだった。

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