氷の覇王を思って歌う
数日過ごしてディーナには分かったことがある。
見た目は美しい国だが、食べ物は飽いたら捨て、物も少しでも汚れたら捨てる。勿体ないという言葉がない国なのだ。物を大事にする習慣もなく、見た目ばかりにこだわっている。
国の騎士がいい例だ。彼等は白の鎧を身にまとい、白の鉄兜を被っている。戦場で白など冬でもない限り見つかりやすいにもほどがある。兵士の多くも顔が良い者ばかりでギドのような屈強な男は見たことがない。さらに汗を流して鍛錬をする姿が美しくないと王子の目につかないよう訓練場は地下にあるのだとか。兵士があんな剣の振り方じゃ敵にやられるだけだとぼやいているのを聞いた。剣技もウルアークのような実戦向けではなく、見た目にこだわったお飾りなのだということだ。
この国は見た目だけが美しい、繕った国なのだとディーナは感じた。
翌日もナルシスは飽きることなくディーナの歌を聞いていた。歌が終わると真っ直ぐディーナを見て口を開く。
「君の歌は一曲一曲雰囲気が違って面白い。何故だい?」
「私が感じたことや、見た景色から感じたメロディーを音にしてますので、そのせいかと思います」
「ほう!ではこのbelle(美しい)なフルールの国を見て浮かんだメロディーも歌に出来るのかい!?」
あまりにも身を乗り出してくるもので、ディーナは勢いに負けはいと頷いた。さあ歌ってごらんと促され、ディーナは歌を奏でた。いつものように目を閉じて聞いていたナルシスだが、表情が変わった。
「やめてくれ」
初めてやめろと言われ、ディーナは少し驚く。そしてナルシスが不快そうな顔をしていることにも驚いた。
「今の曲は美しくない。いつも夜歌う曲を歌ってくれ」
子守唄代わりのこの曲はあの人の傍でよく歌っているものだ。それを思い出しディーナは目を閉じた。
終わるとナルシスは首を傾げていた。
「今の曲は文句なくexquisite(とても美しい)だ。しかもいつもより声も艶やかだったように思う。どういうことだい?」
どういうことだと問われてもディーナにも分からず困る。
「何を変えたんだい?」
その問いで理由が分かった。
「誰かを思って歌うと違うのかも知れません」
「僕を思って歌うからこそあれだけhermoso(美しい)歌が歌えるのだね」
「い、いえ・・・」
ディーナが否定するとナルシスは盛大に驚いた。
「僕以外の誰を思ってあれほどornatus(美しい)な音色を奏でられるんだい!?」
問い詰めておきながらナルシスはハッとした。
「そうか・・・僕以外であれほどpulchra(美しい)な歌なのだ。僕を思って歌えば更にbeau(美しい)な歌になるに違いないじゃないか!さあ!」
歌えと促され、ディーナは歌ってみたが、言われる前に歌をやめた。大好きな歌が楽しくない。
「どういうことだい!!」
怒鳴られ思わず肩をすくめる。
「僕を思って歌ったはずの歌が一番美しくないなんて!!君が思っている者と何が違う!!僕の方が遥かに美しいだろう!!」
顔を近づけられ、ディーナは真顔で答えた。
「いいえ」
ナルシスの顔が凍りつく。周りに控えていた従者達がざわめく中、ディーナは続けた。
「私はあなたの姿形を美しいとは思いましたが、私が思う人以上だと思ったことはありません」
ディーナの中で強く存在感を放つあの人はとても鋭い眼光の持ち主でいつも眉間に皺を寄せているが、とても美しい方だと出会った瞬間に感じた。あの人の衝撃に比べたら目の前の王子の印象は薄いとディーナは思っている。
不意にナルシスはビシッとディーナに指を突きつけた。
「ならば、僕と君の思っている人物がどう違うのか言ってみたまえ!!そして僕はそいつ以上になってこの世で最も美しい歌を歌ってもらう!!」
「ええ!?」
「何でもいい!」
何だかむきになっている様子の王子に詰め寄られディーナはえっと・・・と口を開いた。
「あの方は漆黒の髪に黒曜石の瞳をしておられます」
「僕は月の輝きを灯したような白銀の髪と、星を映し出したような瞳をしている。僕の方が美しい」
「見た目だけの話ではなく・・・」
「では何だい!」
ディーナは少し考えてから口を開く。
「内面の美しさではないでしょうか?」
「・・・君は僕が美しくないとそう言うのかい?」
「いえ、美しいと思っています」
「外面ではなく内面だ!」
ディーナは沈黙した。あまりにも正直でまた周りがざわめく。ナルシスはプルプルと震えながら叫んだ。
「分かった!!君の思うその黒髪の人物が1日に何をしていたか教えたまえ!僕もそれに習う!!」
ええ!?という声が至るところから上がった。
「君が言う内面も美しくなれば更に美しい歌声が聞けるのだろう!!ならばやってやろうじゃないか!」
もうヤケになっているだけにも思えてディーナは止めようかとも思ったが、ナルシスは引く気配がなく仕方なく話した。
朝は太陽が顔を覗かせ始めるのと同時に目を覚まし、その後準備を整え、仕事、もしくは肉体の鍛錬をした後食事。
食事後は休憩することなく仕事を続け、極たまにティータイムをとられる。
常に働いている者達に気を配り、不調を感じたらすぐに休ませる。もしくは対処する。
夜は月が沈むまで仕事をして就寝。
聞いていた一同が目を丸くしている。代表してナルシスが口を開いた。
「その者・・・何が楽しくて生きているんだい?」
「し、仕事ですかね・・・?」
確かにラディウスが自分の趣味などのために時間を割いている姿を見たことがない。
ナルシスは暫し悩んでいたが、やがて顔を上げる。
「言い出した以上やってみせようじゃないか!必ず歌ってもらうよ!」
「え・・・あ・・・はい・・・」
そしてその日は仕事漬けで、いつもあれしろこれしろと言ってくる王子が何も言ってこないのでディーナと同じ立場にある者達は激しく動揺した。だが、ディーナから事情を聞いて驚きとともにディーナに尊敬の念も抱いていた。
そんな次の日、早朝ディーナにあてられた部屋のドアが叩かれ、目を覚ます。
まだ太陽が完全に顔を出してもいない。
「はい」
少し警戒もしながらそっとドアを開ければげっそりした顔があり、思わず閉める。
「何のつもりだい!?」
声を聞いてナルシスだと分かり慌てて再びドアを開けた。
「ど、どうされたんですか?」
思わずそう問いかけてしまうほどのやつれぶりだった。
「昨日言っただろう。言いだした以上はやるって。肉体を鍛える鍛錬をやってきたところだよ。でも・・・美しくない!!」
くわっと怒鳴られディーナは思わずビクッと肩を跳ねさせる。
「隈の出来たこの顔も!汗を流す鍛錬も美しくない!!」
「で、でも・・・隈も汗も頑張られた証拠ですから、私は美しいと思いますけど・・・」
ディーナにそう言われ、ナルシスはキョトンとする。
「本当かい?」
「はい」
ディーナが笑えば、ナルシスは不意にディーナの方へ倒れかかる。
「王子!?」
ディーナは慌てて受け止めるが正直重く、床に座り込んでしまう。
「歌って・・・」
子供のようにねだられ、ディーナはこの方も頑張ったのだなと歌を奏でた。その歌は体の中に溶け込んでいくようでとても癒される音だった。
歌いきるとスースーと寝息が聞こえ、覗き込めば王子は完全に眠っていた。しかし、このまま放置する訳にもいかずどうしようかと暫し悩む。ベットに運ぶのが一番だが、ディーナの力では難しい。かと言って他の者達はきっと眠っている。悩みぬいて、ディーナはひとまず王子を床に寝かせたあと、ベットの上掛けを床に敷き、その上に少しずつ王子を乗せ、上に毛布をかけた。
そして自分はどうするかと考えて王子を床で寝かせておいて自分がベットで寝る訳にはいかないと思い、床に座って子守唄代わりに歌を奏でたのだった。