氷の覇王の隣国
どれくらいの時間馬車に揺られていたのか分からない。俯いたまま暗い表情をしていたディーナ。だが、不意にナルシスから見よと促され外に目を向け驚いた。
「これがフルールという国だ」
「わぁ・・・っ!」
思わず感嘆の声をあげるほどディーナは目の前の光景に心奪われた。町中に花が溢れ、人々は皆美しく着飾っていた。建物の壁には大きな絵が描かれ、建物一つ一つも特徴的だった。
「どうだい?美しいだろう?」
「はい!とても綺麗です!!」
今までずっと暗い顔だった少女があまりにも食い付くものだからナルシスは驚いた。ディーナは相変わらず目を輝かせて外の景色を見ていた。ナルシスはそれを見てフッと笑う。
「これだけで驚かれては困る。まだまだ凄いものがあるのだからな」
「え?」
馬車は城下を走りぬけ、城へと向かった。
その際薔薇のアーチが一向を出迎え、その周りには多種多様の花々が咲き乱れている。その中には小さな噴水があり、白い人魚の像がもつ壷から水が流れ出ていた。いたるところに装飾がほどこされたそれはウルアークにはないものだ。
「ここが、僕の城だ」
馬車から降り、扉が開けば美しいドレスをまとった女性達が出迎え、頭を下げていた。
『お帰りなさいませ。ナルシス王子』
「ああ。ただいま」
ディーナは美しいドレスにも目を奪われたが、ドレスを着て立っている全員が美しい容姿をしていた。さらに城内にも美しい花々が飾られ、壁には絵画、芸術的なオブジェ、上には煌びやかななシャンデリアとディーナは何もかもに目を奪われた。
「君はまずそのみすぼらしい格好をどうにかしよう」
ナルシスが指を慣らすと途端にドレスの女性達に囲まれディーナは訳も分からぬまま連行された。
「見れるようにはなったね」
ナルシスはディーナを見てうんと頷く。ディーナは真っ白なドレスを着せられ、一室に入れられていた。そこにはディーナ以外にも女性の姿があり、皆どこか怯え、疲れ切っているように見えた。
「それでは早速歌ってもらおうか」
ディーナの頭にはある人物が浮かんだ。いつも好きな時に好きなように歌っていた。だが、誰かのために歌うと決めた時、この歌に意味ができたような気がしていた。だが、今ディーナは意味なく、自分の意思と関係なく歌おうとしている。
申し訳ありません・・・
心の中で頭の中のあの人に謝罪し目を閉じる。
ディーナは娘達のことを思い、嵐の時に歌った心が落ち着き、勇気が出るような歌を室内に響かせた。
歌い終わり目を開けると目の前にナルシスの姿があり、思わず飛びのく。
「やはり君の歌声はaerial(幻想的に美しい)だ。歌い始めると君は別人になる。気に入った。君を僕の傍に仕えさせよう」
ナルシスがニッコリと笑い、ディーナはえ・・・?と暫し意味が分からず、
硬直したのだった。
ディーナは毎日ナルシスについて行き、ナルシスの気分に合わせて歌った。ほぼ一日中歌うこともあり、へとへとになって倒れこむように眠った。
そんなある日のことだった。
ナルシスは一日中ある踊り子を躍らせていた。休みなく延々と。誰の目から見ても踊り子の限界が分かった。やがて、踊り子は倒れこんだ。
「何をしているんだい?僕はまだ飽いてないよ。早く続きを踊っておくれ」
子供のように無邪気な表情で言うナルシスにディーナは驚いた。こんな様子の彼女にまだ踊れと言うのかと。
「も、申し訳ありません・・・王子・・・暫しの・・・休みをいただけませんか・・・?」
踊り子はゼーハーと息を切らしながら申し出る。ナルシスはふむと少し考える素振りをして答えた。
「そうか。なら君はもういらないな」
踊り子は目を見開き、硬直した。すると、近くにいた兵士が両脇から踊り子の腕をつかんで持ち上げる。
「お、お待ちください!王子!!すぐに踊りますから!!」
「残念だが、僕は飽きた物はもういらないんだ」
踊り子は兵士に引きずられていく。
「お許しください!王子!!王子!!!」
泣き叫ぶ踊り子の声など気にせずナルシスはディーナに向き直った。
「君の歌声が聞きたい。歌ってくれ」
「さきほどの・・・踊り子の方はどうなるのですか・・・?」
震える声で問えば王子は平然と答える。
「処分するだけだよ?」
「処分・・・?」
「ああ。僕にとって不要になった以上処分するだけだ」
「殺すということですか!?」
思わず声を荒げれば王子は首を傾げる。
「何をそんなに気にしているんだい?ああ。大丈夫だよ。君の歌声は暫く飽きることはないから。僕を飽きさせないよう工夫をしてくれ」
自分本位な王子の考えにディーナはカッとなって怒鳴る。
「違います!!彼女に何の咎があったのです!?あなたを満たせないというのであれば城から出してあげればいいだけの話ではありませんか!!」
ナルシスは不快そうに眉を寄せ、ディーナの顎をつかんで持ち上げた。
「いいかい?君は僕のお気に入りだけど対等じゃない。今はまだ殺さないけど、今後僕に対する口の聞き方は気をつけるんだね。まあ、また同じ問いをされるのも嫌だから答えるけど、気達は僕の所有物だ。だからどうしようが僕の勝手だし、僕の物を他人に取られるのも気に入らないんだ。だから処分する。分かった?」
ディーナは考え方の違いにただただ呆然とした。
そして、自分は歌うことでしかここで生きられないのだとも悟ったのだった。
王子が満足し、ディーナは自室に戻った。特別にディーナには一室が与えられ、天蓋つきの豪華なベット。煌びやかなものが溢れる部屋だが、全く落ち着かず居心地が悪い。
ベットの上で膝を抱え考え込む。
このまま道具としてただこの城で飼い殺しにされるくらいならいっそ・・・と
だが、同時に浮かぶ大切な人達の顔に涙が溢れる。父、母、姉達、シン、村の皆。マルドア、ギド、メルフィ、ライド、マリア、メイドの皆。だが何よりあの人を思うと胸がかき乱される。
「会いたい・・・っ」
あなたの傍で歌いたい・・・っ。
ディーナは漏れる嗚咽を必死で押さえ、背を丸めた。