氷の覇王心を知る
「な・・・何故ですか・・・?ディーナが何か粗相を!?」
早く思いを通わせて欲しいと考えたことが仇になったかと問えば、王は静かに首を左右に振る。
「逆だ」
「逆・・・?」
王は胸元を握り締め、搾り出すように言葉をつむいだ。
「俺は・・・心底ディーナが愛おしい。ディーナという存在が何よりも大事だ。それが・・・理解できた」
マルドアは再び目を見開く。やっと自覚をしてくれたのだ。やっと。それなのに――。
「では何故手放すなど!!」
「・・・手放せなくなる・・・っ」
「は・・・?」
一瞬意味ができなかった。そんなマルドアに王は続ける。
「俺は苦しみから逃れたい一心でディーナを無理矢理連れて来た。そして、ディーナはそんな俺に誠心誠意応えてくれた。だが・・・本来あれは逃れていい痛みではない。俺の罪であり、その罰だ。ディーナは巻き込まれた被害者だ。村に・・・帰してやるべきだろう」
王は覇王と呼ばれているがその心根は本当に優しい方だ。今回のこともディーナを心から思ってのことだと分かっている。
だが――。
「それをディーナが望んだのですか!?」
「あいつは優しい。村に戻りたいかと問えば、俺のために残ってくれるだろう。自惚れではなく確信だ。そんなディーナだから・・・全てを愛おしく思ったんだ」
身を乗り出すように問い掛けたマルドアだったが、目を伏せて淡々と答える王を見て悔しくてたまらなかった。
「何故・・・何故あなたは自分の幸せを望まれないのです!!!」
「俺は王だ」
確かな覚悟を宿した瞳は真っ直ぐマルドアを見つめた。
「一人でも多くの国民を幸福にする義務がある。ディーナも同じだ。ディーナは・・・俺の元などにいるより、村で生活した方が幸せだろう」
「陛下!!」
「マルドア」
反論したかったマルドアだが、名前を呼ばれ思わず口を閉じる。
「命令だ。ディーナをガイアに帰せ」
この人の命令なら何でも受けよう。いつもそう思っていた。
だが、今日初めてこの人の命令に従いたくないと思った。
「本当に・・・よろしいのですか・・・?」
僅かな期待を込めて問う。王は迷わなかった。
「ああ。命令だ」
マルドアは強く唇を噛み、平伏した。
「承知・・・致しました・・・っ」
この方に幸せになって欲しい。この方の負担が少しでも軽くなるならどんな仕事もこなす。
だが・・・
今自分が承ったのは・・・大事な陛下を最も苦しめることだ。
自然を溢れる涙を止めることができず、平伏したまま顔が上げられなかった。そんなマルドアに王は一言言った。
「ありがとう。マルドア」
礼など言わないでくれ・・・っ!
あなたを苦しめ傷つける私に・・・っ。
更に溢れる涙は止まることを知らなかった。
ディーナは王に渡したい物があり、執務室の前をうろついていた。
大事な仕事であるため邪魔をしてはならないと入るのをためらっていたのだ。
すると、マルドアが出てきたため仕事が終わったのかと顔を輝かせる。しかし、マルドアの顔を見て驚いた。目は赤くなり、酷い顔をしている。
「ど、どうされたんですか!?」
寝不足という話でもない。これは・・・泣いた跡・・・?
マルドアはディーナを見て目を見開いた後、苦しそうに顔を歪めた。
「・・・お前に・・・話がある。来い」
「え、あ、はい」
王に渡したい物は急ぎではない。何より酷い顔のマルドアが心配でついて行った。マルドアは自分の部屋の前で立ち止まり、ディーナに向き直った。
「お前に休暇を言い渡す」
「休暇・・・ですか?」
初めてのことでどういうことなのか少し困惑する。マルドアは「ああ」と頷く。
「村に帰って構わない」
その言葉を聞いて理解出来なかった内容が段々と理解でき、村の人達の顔が次々に浮かんだ。帰っていい。皆に会える。それが嬉しかった。
だが、同時に眠れない王の顔が浮かんだ。
「あの・・・陛下は大丈夫なのでしょうか?」
「ああ。今までもお前がいずともやってこられていた」
「そうですか・・・」
心配だが、平気だと言うならば大丈夫かと納得する。
「期限の方は?」
「無期限だ」
え――?
「無期限・・・?」
思わず聞き返せばマルドアは視線を逸らしたまま頷く。
「そうだ。帰ってくる必要はない。今日中に荷物をまとめて村に帰れ。話は以上だ」
ディーナに背を向け部屋に入ろうとするマルドアの腕をつかみ、慌てて止める。
「待ってください!!私は何かしてしまったのでしょうか!?」
マルドアが唇を噛んだような気がしたが、すぐにいつもの表情に戻り、ディーナに言い放つ。
「お前に非はない。だが、お前は不要な存在だ。城にいてもらう以上仕事をしてもらっていたが、お前がいなくとも仕事に支障はない。そう判断したまでのことだ」
「それは・・・マルドアさんのご判断ですか?」
マルドアは暫し黙っていたが、ゆっくり口を開く。
「俺が判断し、王にご報告もした。了承されたためこうしてお前に伝えた」
その言葉を聞き、一瞬頭が真っ白になった。だが、染みこむように段々と言葉が理解できた。
嗚呼。私はもう陛下にとって不要な存在なんだ・・・。と。
悲しいのにショックが大き過ぎてか涙が出なかった。
「あの・・・」
ディーナは小さな箱を取り出し、マルドアに差し出す。
「今から荷造りをはじめますので、こちらを陛下にお渡しいただいていいですか?中を確認いただいても構いません」
「・・・承った」
ディーナは頭を下げ、マルドアに背を向け歩き出した。マルドアは自室に入り、壁に拳をたたきつけた。砕ける壁と割れた拳。だが、痛みなど感じないほど怒りが上回っていた。
「俺は・・・何て無力なんだ・・・っ!!!」
頭を掻き毟り、自身を殺したいほどの衝動に駆られる。だが、ディーナに託された小さな箱を思い出し視線を向ける。お渡しするべきか否か悩んだが、受け取るか否かを判断するのは自分ではないと考えた。