氷の覇王の心
ディーナは王の命令を受けてから城で過ごすようになった。王に命令されるままに歌を歌い、それ以外は城の掃除など雑用が任されていた。ディーナ自身何もせず過ごすよりは体を動かした方が楽なためホッとしていた。
掃除をしながら頭の中をまとめる。
王の突然の引き抜きは珍しいことではなかった。優秀な人材は次々に王の臣下となり、その才能に合った仕事場へ送られている。今回のディーナの件は異例だが、王に引き抜かれた者達は皆それぞれ目覚しい成果をあげている。王の人を見る目は確かということだろう。
ディーナは両親や幼馴染達がきっと心配しているだろうから手紙を書きたいと思っていた。だが、氷の覇王様に頼むのは怖く感じ、結局出来ないでいる。
更に分かったことは王の就寝時間が極めて遅いということ。ディーナの部屋は王の隣なのだが、王が部屋に戻ってくるのは月天高く昇った頃。そして、部屋の電気が消えるのは月が沈み始める頃だ。
民衆からは氷の覇王と呼ばれているが、城で長年働らいているという年配のメイドに聞くと覇王はとても優しく、努力家で誰よりも頑張り屋なんだと教えてくれた。
最初は嘘だろうと思っていた。だが・・・本当なのかも知れない。
ある日、年配のメイドと覇王が廊下で話しているのを見た。
「マリア。今日はクールドの方に行け」
「あら・・・腰痛に効く温泉がある街ですわね・・・。お気づきでしたか」
「仕事に障る。さっさと治せ」
「承知いたしました」
言葉は冷たいが、確かにメイドのマリアをいたわっていた。ディーナは不器用な人なんだなと思ったのだった。
だが、その数日後。
「お願いです!!王に、王に面会させてください!!」
「お願いします!」
城の門前で泣き叫ぶ女性と男性の声が聞こえた。門兵が止めていたが、やがて覇王自らが二人の前に出た。
動揺する門兵の前で王は冷たく二人を見下ろした。
「俺に何用だ」
「お願い致します!この子の病気を治すための治療費をめぐんではくださらないでしょうか!」
「私共は王のご命令通り質素につつましく暮らしておりました。ゆえに多額の金を持ち得ておらぬのです・・・っ」
女性の腕の中には子供が居た。その子供の皮膚に・・・カビが生えていた。
腐敗病――
風邪に似た症状が暫く続いたかと思えば、体中にカビが生える病気だ。早期の段階ならば解毒薬を飲み、発症部位を切り落とせば治る可能性はある。
王は静かに女性に歩み寄り、子供の服をまくった。その至るところに、症状が見えた。一瞬だけ王が眉を寄せた気がした。だが、いつもの表情で告げる。
「無駄に出す金はない」
その一言と共に王は背を向けた。その背に男が掴みかかろうとし、門兵が止める。それでも男は叫んだ。
「お前のせいだろう!!お前が俺達から金を全て奪い取っているから俺達は子供を医者にかける金もない!!無駄って何だ・・・っ何様のつもりだ!!!」
王は一瞬足を止めたが、振り返ることなく城へと戻った。その日の夜、ディーナは王の寝室に呼ばれた。
ビクビクしながら足を踏み入れると王は寝台に腰掛ていた。服も髪も乱れ、疲れきっているようだった。
「歌え」
王はそれだけ言った。ディーナは入り口近くに立ったまま歌おうとしたが、王が待てと止める。
「隣に来い」
「は、はい・・・」
おずおずと王の隣に座る。無言のままの王の隣でディーナは目を閉じて歌い始めた。
ディーナの歌声に王も目を閉じた。
ディーナが歌い終わるのと同時に王も目を開けた。そして、小さな小さな声で音をつむいだ。
「子を失いたくない親の気持ちは分かる。だが・・・一番辛いのは・・・子だ」
ディーナは意を決め、王に言った。
「あの子が助からないと・・・分かっていらしたからああ言われたのですよね?」
王はディーナに視線を向けた。いつもの鋭い瞳に思わず身を強張らせた。王はディーナの言葉に答える。
「そうだ。発症部を切除しても治らない場合もある。あの子供は手足にまで及んでいた。切断の可能性もあった。そこまでして生き残ったところで・・・あの子供の未来は茨の道だろう」
ディーナはマリアの言葉通りだと思った。この人は・・・優しいのだ。
「何故・・・そのお心を伝えてさしあげなかったのですか?」
「・・・俺を憎んだ方が・・・奴らの心が楽になると思ったからだ。子の死を・・・俺のせいに出来る」
「・・・お優しいのですね」
「・・・違う。優しくなどない・・・」
王はもう一曲歌えとディーナに言った。ディーナは指示通りもう一度歌を歌った。