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覇王様の子守唄  作者: 日明
19/29

氷の覇王の決断

「日も少し落ちてきたな」

「そうですね・・・」


 2人が呟いた通り、辺りは夕日色に染まり始めていた。


「市場の食材でも買ってそれで夕飯を作らせるか」

「それも楽しいですね!」


 王の思いつきで2人は市場に向かった。


 元気な声が飛び交う市場では多くの女性が買い物をしていた。商品もズラリと並び、目移りするほど鮮やかだ。


「凄いですね!」

「果物、野菜、肉、魚まで集まっているからな」


 2人で品物を見て回り、ほとんどの買い物を済ませたため、帰ろうかと思い始めたその時。


「盗人だ!捕まえてくれぇ!」


 そんな叫び声が聞こえ、目を向ければ人ごみを抜けて少年が走ってきた。ディーナがどうすればいいかと慌てている間に大きな背中が視界に映った。


 ディーナを背に庇った王は少年の前に立ちふさがり、少年はそんな王を避けようとしたが、王に足をかけられ見事に転ぶ。


 グシャッ!!


「え!?」


 予想外の音にディーナは目を丸くする中、少年はいてて・・・と起き上がった。白いシャツの腹部は黄色く染まり、同じように地面も黄色く染まり、白い殻も散らばっていた。


「これ・・・卵・・・?」


 ディーナがそう理解した直後「コラァ!!」と怒号が飛んできた。先ほど叫んでいた店主が追いつき周りが驚いている間に少年は逃げ出しあっという間に見えなくなってしまった。


「割った卵の分は俺が出そう」


 財布を出す王に店主はいえいえと手を振る。


「いいんですよ。盗られた私も悪いですから」

「いいのか?お前の給金から差し引かれるはずだぞ」

 

 国が店の運営資金などを全て出している以上、ミスがあれば給金から差し引かれるようになっているのだ。


「構いません。・・・あの子には何もできませんから」


 含みのある言葉。店主はハッとしたように口を開く。


「すみませんね。お客さん。気にしないでください」

「あの少年について知ってることがあるなら聞かせくれ」


 店主は少し考えていたがそっと、口を開く。


「あの子は盗人の常習犯でしてねぇ」


 ため息混じりの言葉に王は眉をひそめる。


「何故騎兵団に突き出さない?街を定期的に巡回しているはずだぞ?」


 騎士団は町の治安を守るため、巡回を定期付けている。たまに時間を変えて街を巡回しているため、悪さをする者にとっては大敵だ。


「実はですねぇ・・・。あの子は母子家庭でして。まだ働けないあの子を母親が懸命に育ててたんです。母親は本当に何でもしてました。俺たちみたいな売り子もしてましたし、アクセサリー作るのも上手かったです。刺繍も上手で・・・。色んなところに行っていろんなことをしてました。そうやってあの子を育てあげてたんです。そしたらここ二週間前ぐらいです。母親が事故に遭いまして足をやっちまったんです。安静にしてりゃ治るってことなんですが、少なくとも2、3ヶ月は安静ってことで・・・。でも、その間そこの家庭には収入がないんですよ。だから食うものもなくて・・・でも俺たちも家族を養うのに手一杯で・・・。あの子は自分の分を盗んでる訳じゃないんです。母親が元気になってもらいたいがために盗ってるんです。それを知って一回は見逃したんですが・・・またやられて・・・さすがに何度もは私も厳しくて・・・。でも騎士団に突き出したら、母親は本当に死んでしまう」


 王は以前届け屋の馬と街の人間が接触したという案件の報告を思い出した。郵便屋の方が治療費などを全てだし、事は収まったと聞いていたが・・・。


 本気で少年達を心配する店主に、王は話の礼代わりだと卵を一籠買った。売り上げが多ければ働いている者達の給料にも多少+されるのだ。


 王はその籠を持って一つの家を訪ねる。ノックすることなくドアを開け、あがりこむためディーナは知り合いの家なのかと大人しくついていく。


 すると部屋にいたのはさきほどの少年だった。


「な、何だお前ら!!!」


 少年は分かりやすく両手を広げて威嚇する。少年の後ろにはベットとその上で横たわる母親の姿があった。酷く痩せており、顔は青白い。


「リュード・アルフィナだな」


 王が少年の名前を呼べばピクリと反応する。


「陛・・・ラースさん知ってたんですか?」

「母子家庭。母親が複数の仕事している。そして顔も覚えがあった」


 そう言えば王は城下の全ての家族の把握をしていると言っていたことを思い出した。本当に凄い方だと改めて思う。


「お前ら・・・騎兵団か!」

「違う」


 唸る少年に王は卵の籠を差し出した。


「必要だったのだろう?」

「・・・何が目的だよ」


 少年――リュードは相変わらず警戒を解かない。そんな彼にディーナがおずおずと声を掛ける。


「お母さんに・・・ご飯食べさせたかったんじゃないの?」


 リュードは暫し無言でいたが、王の手にある籠から卵を一つ奪い取り、母親に声をかける。


「母さん!卵だよ!食べれる?」

「私は・・・いいから・・・お前がお食べ・・・?」


 青白い顔で薄く微笑む母親の姿にディーナは胸が締め付けられた。自分の母も

よく自分の好物が出たときは分けてくれていたことを思い出したのだ。


「卵はまだある」


 王はベットに籠をそっと置いた。


 部屋を見回せばベット以外ほとんど何もなかった。恐らく金策のために全て売り払ったのだろう。


「私が料理作ります」


 ディーナは市場で買ったものを使い、台所を借りて調理を始めた。


 暫し流れた静寂を破ったのは王だ。


「何故この事態を王に報告しなかった?」

「あの覇王がボクの言葉なんか聞いてくれる訳がない!!だって・・・ボクの友達のガイアも・・・無駄だって・・・っ王に殺された・・・っ」


 俯き、涙を流すリュードを見て王の記憶に腐敗病の子供の姿が浮かんだ。そうだ・・・あの子の名前は・・・ガイアだった。


「お父さんとお母さんはこんな街嫌だって出て行った!王は・・・ボクらを縛るばっかりで・・・何もしてくれないんだ!!」


 胸に突き刺さる痛い言葉だった。国のためにと1日1日生きているつもりだった。だが・・・その結果が今目の前で泣いている少年だ。


「それは違うよ」


 その否定の言葉に王は思わず振り返る。


 ディーナは料理の手を止め、少年の視線に合わせてしゃがんだ。


「王様が厳しくするのはこの国を守るためなの。皆が皆好きなことをしたらこの国は荒れ放題になって、悲しむ人が増えちゃうから」

「ガイアを殺したのは何で!?」


 怒りと悲しみが込められた言葉にディーナは考えて言葉を選んだ。


「・・・その子の苦しみを思ったから。両手足をなくして、生きるのって・・・とても辛いと思う」

「そんなの勝手だよ!!ガイアと・・・ガイアとまた一緒に遊ぼうって約束してたんだ・・・っ。元気になったら一緒にって・・・」


 再び溢れ出す涙にディーナはそっとリュードを抱き締めた。


「・・・うん。大人の勝手な事情。ごめんね・・・。でも・・・王はあなたたちを苦しめたい訳じゃない。もっともっと、沢山の人に幸せになってもらうにはどうしたらいいかっていつもいつも考えながら朝から遅くまでずっと仕事をしてる人なの」

「お姉ちゃんは・・・何でそんなこと知ってるの?」


 少し落ち着いた声音のリュードの問いにディーナは思い出すように目を閉じて答える。


「私は王様に会ったことがあるから。最初は怖い人だって私も思ってた。けど・・・実は凄く優しい人だったの。だから・・・もう少し待って。必ずお母さんも元気になるから」

「本当・・・?」

「うん」


 ディーナが微笑むとリュードは袖で涙を拭い、ニッと笑った。ディーナはよしっ!とそんなリュードにりんごを渡す。


「りんごをすってくれる?お母さんに食べてもらうやつだから」

「分かった!!」


 リュードはすぐに取り掛かり、その間にディーナは水飲めますか?と母親を起こす。


「すみません・・・」


 さすがに片手で支えるのはちょっと難しいかと悩んでいた時、王が母親の背を支えた。


「ありがとうございます」

「・・・ああ」


 ディーナはそっと母親に水を飲ませる。


「ゆっくりで大丈夫です。ゆっくり・・・」


 少しずつ嚥下する喉を確認した直後、リュードが走ってくる。


「すれた!」

「じゃあお母さんにゆっくり食べさせてあげてね。ゆっくりでいいから」


 ディーナは台所に戻り料理を作り始めた。リュードはディーナに言われた通り、ゆっくりと母親に食べさせる。


「どう?美味しい・・・?」

「ええ・・・。ありがとう・・・リュード」


 母親は弱弱しくも優しく微笑んだ。


「お待たせしました」


 心がほっと温まるような香りに皆視線を向ける。ディーナは小さな鍋を手にしていた。


「卵粥です。熱いので気をつけてくださいね」


 リュード君代わるよ。と今度はディーナが一口一口食べさせた。やがてお腹一杯だというお母さんをそっと寝かせる。


 リュードが残った物は食べるとりんごと粥を食べきった。


「兄ちゃんと姉ちゃんは何でボク達に良くしてくれるの?」


 その問いに王が静かに答える。


「お前達この国の人間だからだ」

「・・・なら・・・ガイアの時にも来て欲しかったな・・・。お兄ちゃんとお姉ちゃんが来てくれたらガイアも元気になったかも知れないのに・・・」


 視線を下げるリュードの頭を王はそっと撫でた。


「お前達の生活についてはすぐに対処する。待っていろ」


 リュードは目を丸くして王を見上げる。


「ディーナ。城に戻るぞ」

「はい」

「え・・・」


 目を丸くするリュードにディーナは笑って声をかける。


「リュード君。しっかり食べてお母さんを守ってあげてね。それじゃ」


 リュードは出ていく二人を呆然と見送った。




 城に戻るとすぐにマルドアが出迎えた。


「あ、陛下!城に妙な物が届いたのですが・・・」

「危険物か?」

「い、いえ。違うと思います」

「お前がそう判断したのなら放っておけ。いまから国の制度の大幅な改正を行う。手伝え。マルドア」


 マルドアは目を丸くした後、すぐにいつもの表情に戻り頷く。


「ディーナ」

「はい」

「今日は助かった。お前のお陰で改善点が多多見つかった。今日はもう休んでいい」

「分かりました。お力になれることがありましたらまたお声をかけてください」


 そう微笑むディーナに王は一瞬目を見開いたがすぐに執務室に向かった。




 数日後――


 ウルアークの賃金は引き上げになった。城下ではブティックショップとアクセサリーショップは一つになり、コスメショップは手ごろな小さい化粧品が多く入荷されるようになった。さらにアクセサリーの多くは輸出され、一つ一つが手作りなこともあり希少価値があり、美しいと一部では話題になっている。城の至るところに花が活けられるようになり、高いアクセサリーの代わりに花を一輪髪につける若い女性が増えた。郵便屋は事故の一件があり、緊急のもの以外は徒歩での配達となった。そして、仕事内容によっては可能ならば幼い子供でも仕事を可能にした。


 更に傷害により仕事ができなくなった際の保障と、医療費の一部を国の負担とした。


 その結果、ブティックショップアクセサリーショップの売り上げは伸び、街には化粧をする女性が増えた。花を買う人が増え、街が華やかなになった。さらに、郵便屋となった小さな少年が元気に街を走り回り、手紙を届けて稼いだお金で動けない母親を懸命に支えていたのだった。


 賃金の引き上げ、保障と医療費が安くなる事は国民にとってとても朗報だった。


 大きな仕事を終えた後、マルドアは王から時計を貰った。


「素晴らしい贈り物をありがとうございます!ああ、そう言えば危険物と思われたものは実はケーキだったようです。郵便屋が馬で運ぶので崩れてしまって大変なことになっていただけでした。お騒がせしてすみません」


 頭を下げたマルドアだったが、王から全く反応がないことに気付き、そっと顔を上げる。


 王は机を見つめたまま不意にこんなことを告げた。


「マルドア」

「はい」

「俺は・・・ディーナを手放そうと思う」


 衝撃過ぎる言葉にマルドアは目を見開いたまま硬直したのだった。

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