氷の覇王と甘く冷たい時間
昼過ぎになり、丁度いい頃合になったため、二人は昼食をとることにした。
入った店は今までと違い話題になっている人気のパスタの店だった。ピークの時間を過ぎているため、並ぶことなく店に入ることができたが席はほとんど埋まっていた。
「いらっしゃいませー!」
男性の野太い声と共に女性の声も聞こえる。厨房に2人、ホールに1人だった。ホールの女性が2人の前に立つ。
「二名様でよろしかったですか?」
「ああ」
「ご案内します」
店内は端にいくつか観葉植物が置かれ、マスターらしき男性の顔を見える厨房の方にはワインなどの酒が並んでいた。店内だけでなくテラスの席もある。丁度テラス席に案内された。開放感があり、吹き抜ける風も気持ちいい。
椅子に座りながら王が女性に問いかける。
「ここの一番人気は何だ?」
「この国の端にある村、ガイアで取れた美味しい野菜と魚をたっぷり使ったパスタですね」
「ガイア!?」
まさか自分の故郷の名前がこんなところで聞けるとは思わずディーナが食いつく。
「あ、その反応もしかしてお客さんガイアの出身ですか?良かったらガイアの美味しく食材をうちのいかついマスターが更に美味しく調理しているんでどうぞ」
ディーナは勧められた通りのパスタを頼み、王はトマトソースだけのシンプルなパスタを注文した。
水やおしぼりが持って来られ、手を拭いたり、水を飲んだりした数分後。
「お待たせしました。ガイアのペスカトーレとポモドーロです」
「わぁ・・・っ!」
ディーナは運ばれてきた料理を見て思わず感嘆の声をあげる。
色とりどりの野菜が使われたパスタは美しく盛り付けられ、魚も大きな物がゴロゴロと入っていた。鼻をくすぐるダシの香りが更に食欲をそそる。
王のパスタはトマトソースだけだが、シンプルに綺麗でトマトソースの香りもまたいい。
2人はいつものように手を合わせ、『いただきます』と食べ始めたのだが、その姿を周りの客が何あのカップル可愛いなどと思っていたことを知る由もない。
ディーナは一口口に運んで驚く。
「美味しいです!」
口に広がるダシの香りと共に、野菜と魚の旨みが広がり、噛めば噛むほど美味しさで満たされいく。魚はふんわりとしており、野菜はいい歯ごたえだ。
「こっちもシンプルだが美味い」
トマトソースだけだが、そのトマトソースに複雑な味わいがあり、シンプルに美味しい。香りもよく、少し酸味の効いたソースは夏にもいいだろう。
2人はあっという間に食べ終わり、両手を合わせる。
『ご馳走様でした』
代金を払う際、相変わらずディーナはお金を出せなかった。会計金額を伝えられたが、王がん?と声をあげる。
「少ないぞ」
「マスターが凄く綺麗な食べ方してくれたからサービスだそうです。今まで手を合わせて『いただきます』『ご馳走様』なんて言ってくれた人いなかったから」
王はなら・・・と言われた金額のみを払い、また来てくださいねーという言葉を背に受けながら店を出た。
「運営資金は国が出しているのだからサービスはあまり良い物ではないがな・・・」
「でもあんなことしてもらっちゃったらまた来ようって思えますよね」
王はふむ・・・と少し考えた後あ、と口を開く。
「ディーナ。まだ食べられるか?」
「え?はい。あまり多くは無理ですが」
「ケーキはどうだ?」
ディーナは目を輝かせた。
その後三つのケーキ屋を巡ったが、一つ一つの店が魅力的でディーナは悩んでいた。
「一つ目のお店は凄く綺麗なケーキばかりでした・・・。2つ目のお店は動物がモチーフの可愛らしいケーキばかりでしたし・・・。三つ目は地元の物を多く使ったヘルシーなケーキが多くて・・・」
ケーキとにらめっこをしながら唸るディーナを見て王はボソリと呟く。
「・・・一つに絞ることはないか」
「え?」
「メイド達をねぎらってやろうとも考えていた。ケーキをそれぞれの店でディーナが気に入った物を全て買おう」
「で、でも・・・」
「俺は女が好きそうな物は分からん。だからお前に任せる」
という訳で三つの店でそれぞれケーキを買った。だが、その場で一つ食べるには選べず、ケーキは全て郵便屋に頼むことになった。
郵便屋に行き、ケーキを城まで頼む。
「ケーキですか・・・。馬で運ぶもんでちょっと崩れてしまうかも知れませんが大丈夫ですか?」
「ああ。多少なら問題ない」
「承りました」
王は店から出てディーナを見つけると目を見開いた。頭や肩、指先に小鳥をとめさせ微笑んでいるディーナの姿があったためだ。その姿は何処か光々しく、思わず見とれた。
ディーナの視線が動き、王と目が合うとパアッと顔を輝かせた。
「陛・・・ラースさん。お帰りなさい」
「あ、ああ・・・」
先ほどは女神かと思ったが、今度は天使のようで王は少し動揺する。王が近づいた途端小鳥達は逃げ出した。
「皆止まり木が欲しかったみたいですね。次は何処にいきますか?」
「結局ケーキは食べなかったからな・・・。確かジェラートの店がある。そこにいこう」
2人は小さなジェラートの店に入る。
「いらっしゃい!」
小柄でふくよかな男性が笑顔で2人を出迎えた。
「最近客は多いか?」
「ちょっと暑くなってきたからねぇ。増えてると言えば増えてるよ。でも冬場でもジェラート食べる奴もいるからねぇ」
「そうか・・・。ジェラート以外何かしてるのか?」
「お菓子店の小物作ってあげたりしてるよ。飾りのリボンとか、あと上に乗ってる食べれるお菓子の動物なんかもおいちゃんが作ってたりもするよ。勿論店の人も作るけど」
「あれをですか!?」
ディーナが驚くのも無理はない。ケーキの上に乗っていたのはどれも小さな飾りで小さいのに細かな装飾が施されていた。このふくよかな男性があんな細かい作業ができることに驚く。
「あ、行ってきたんだねー。この町のケーキ屋さんどれも美味しいからねー。大人向けだったり、子供向けだったり、はたまたお年寄りやカロリーを気にする女性向けだったり。それぞれの店の売りが個性的で楽しいでしょー」
「はい!楽しかったです!」
ディーナは目を輝かせて大きく頷く。
「それ見て目ぇ輝かせてる女の人とか子供見てるとこっちまで嬉しくなるよねー。僕も皆が美味しいとか可愛いって喜んでるの見るの好きだからやってるんだ。お嬢ちゃんは何食べる?」
不意に問われ、ディーナはえっと・・・とジェラートを眺める。オレンジやピーチなど果物が多い。だが、定番のバニラやチョコレート。チョコバナナやレモンオレンジという合わせた物まである。
「お、おススメは何ですか?」
先ほどのパスタ屋で王がしていたのを真似て問う。
「んー、定番のバニラもシンプルだけど美味しいからおススメだけど、チョコバナナも人気かなー」
「バニラとチョコバナナ・・・」
ディーナはうーんと悩む。シンプルなバニラもいいし、チョコとバナナの美味しい組み合わせも捨てがたい。
「ディーナはその2つ以外で悩んでいないのか?」
「はい。どれも美味しそうなのでこれ以上選択肢を増やす訳には・・・」
「なら一つずつ頼む」
「はーい」
悩んでいる間にさっさと決まりえ!?と驚く。
「陛・・・ラースさんは選ばなくていいんですか?」
「俺は得にこれがいいというのはないからな」
バニラとチョコバナナを一つずつ買い、ディーナはバニラを頬張る。
「うん!美味しい!!」
口の中に広がるバニラの香りと同時に溶けて消えていくジェラート。ほどよい甘さだけが舌に残り、次の一口を誘う。
「ディーナ」
「はい?」
呼ばれて顔を上げるとチョコバナナの乗ったスプーンが差し出されていた。
「食べてみろ」
「え・・・」
「食べたかったのだろう?」
「そ、そうなのですが・・・」
どうすればいいのか分からなかったが、チョコバナナが溶けて落ちそうなのを見るとええい!と頬張った。
チョコとバナナの甘い香りと共に舌の上で溶けていく甘さ。チョコとバナナ両方の美味しさを引き出し、仲良く合わさっている。
「こっちも美味しいです!」
「どっちがいい?」
「どっちも美味しくて順位はつけられないですね・・・」
本気で悩んでいると、王はディーナが食べたスプーンで自分のチョコバナナを食べる。その意味を理解するのと同時にディーナはボッと赤くなった。
「うむ。美味いな。そっちもいいか?」
「も、勿論です!!」
ディーナは顔の火照りを消そうと自分のバニラをすくって口に運ぼうとしたが、その手を掴まれ、スプーンの上に乗ったバニラは王の口に納まった。
「こっちも美味い」
王はふとディーナを見て真っ赤な顔で泣きそうになっているのに気付き、咄嗟に離れた。
その後2人はひたすら無言でジェラートを頬張ったのだった。