氷の覇王とショップ巡り
続いて二人はフラワーショップに入った。さほど大きな店ではないが、見回す限り一面に咲き誇っている花にディーナは目を輝かせていた。すると、奥からブラウンの髪を一つにまとめた少女がいらっしゃいませーと顔を出す。
「観光ですか?」
真っ先に問われた一言に王が聞き返す。
「何故そう思う?」
「いやね、この国じゃ皆必要な物しか買わないから花屋なんて滅多に来られないんですよ。来られるとしたら祝い事とか、プレゼントぐらいで。カップルで来られることはまずないので、観光で来られた方かと思ったんです」
店員はいきなりすみませんねと苦笑する。
「過ごしてくぶんには平和だしいい国ですよ。お求めは何ですか?一輪からでもお伺いできますよ」
王はふと白い花が目に止まった。中央が黄色で長円の白い花びらがその周りを囲っている。
「それが気に入られましたか?よければ髪飾り用にもできますが」
王は店内の花に顔をほころばせているディーナを見た後、頼むと一言言って代金を払った。
「承りました」
店員はニコリと笑い、、すぐに作業に移った。その間、王はディーナに歩み寄って問いかけた。
「花が好きなのか?」
「え?あ、はい!見てると癒されて、好きなんです。よく村では野花を押し花にしたりもしてました」
楽しそうに語るディーナに王がそうかと返したところで、店員が花を持ってきた。
「お待たせしました。どうぞ」
白い花は根元に何かが巻かれ、リボンが結ばれていた。
「少しでも長持ちするように濡れた綿で根元を覆って、上からビニールをかけてテープで固定。その上からリボンを結んでます。今日一日ぐらいはもつと思いますんで」
王は受け取った花を無言でディーナの髪に挿した。ディーナは予想外のことで瞬きを繰り返す。
「お似合いですよ」
「あ、ありがとうございます!」
褒めてくれた店員に礼を言った後、ディーナはおずおずと王を見上げ、口を開く。
「陛・・・ラースさんもありがとうございます」
王は一つ頷き、店を出ようとすると店員に呼び止められた。
「知ってましたか?今彼女さんが髪につけられてる花の名前はガーベラで、花言葉は『心に秘めた愛』。恋人同士なら秘める必要なんてないですけどね」
ありがとうございました。と2人を見送る店員。
ディーナは集まる熱に顔をぺちぺちと叩いていた。チラリと王を見上げればいつもと変わらない表情のままだ。
意識してるの・・・私だけなんだ・・・。そうだよね・・・。陛下はお仕事だもん。
そう理解したのに何故か胸が痛んだ。
続いてのアクセサリーショップでもやはりお客が少ないと聞いた。ディーナはその店で美しい青い宝石の埋め込まれたペンダントに見とれた。
「欲しいのか?」
「え?ち、違います!!」
これ以上買ってもらう訳にはいかないと慌てて否定する。
「だが、どの店も一つは何か買う予定だ。品質の確認もあるしな」
「では陛・・・ラースさんが自分が欲しいと思う物を買われてはどうですか?」
「俺が欲しい物か・・・」
王は暫し考えた後、時計を買った。
「シンプルで素敵な時計ですね」
「ああ。マルドアにやろうと思ってな」
「マルドアさん喜んでくださいますよ!」
何故か自分のことのようにディーナが笑うものだから、王は頭を撫でたい衝動を必死に抑えた。
ディーナはきっとマルドアなら泣きそうになるほど喜ぶに違いないと思った。だが、同時に王は絶対他人の物しか買わない気がした。
もう用はないと店を出ようとする王にディーナは迷ったが声を掛ける。
「陛・・・。ラースさん!すみません。私買いたい物が・・・」
「どれだ?」
早速財布を出す王にディーナは慌てて両手を振る。
「私のお金で買いたいんです。すぐ終わらせますからお店の外で待っていていただけますか?」
王は暫し悩んでいたが、自分が金を出せる理由が見つからず大人しく外で待つことにした。
数分後ディーナが走って出て来た。あまりの勢いに王が思わずどうした?と訊くほどだった。
「す、すみません・・・。お待たせしないって言ったのに・・・お待たせしてしまって・・・」
ゼーハーと荒い息をしながら言うディーナに構わんと王は答え、ディーナの頬を伝う汗をハンカチで拭った。
「今日は俺に気を遣うな」
「は・・・はい・・・」
行くぞ。と歩き出した王の背を追い、ディーナはハッとする。
「すみません!ハンカチ汚してしまいました!!」
「俺に気を遣うなと言ったばかりだろう・・・」
呆れたような王の言葉にディーナは慌ててすみません!と謝ったのだった。
次のブティックショップではマリアの庭仕事用にと麦藁帽子が購入された。
帰り際にディーナは淡い水色の綺麗なワンピースを見つけ、あの青のペンダントが似合いそうだと足を止めて眺める。
「どうした?」
「いえ。あのワンピースにさっき見たペンダントが似合いそうだなと思って。あ、欲しい訳じゃないですよ!?」
あらかじめ買ってもらわないように止めておく。
午前中の最後にジェネラルストアに入る。
そこには可愛い雑貨がいたるところに並び、ディーナはまたしても子供のように顔を輝かせはしゃいでいた。王は店ごと買ってやりたい衝動を抑えながらディーナの後を歩く。するとディーナが黒猫の置物の前で止まった。
「猫が好きなのか?」
「好きは好きなんですけど・・・」
ディーナは王を見上げ、へにゃっと照れながら笑う。
「何だか陛・・・ラースさんに似てるなと思って」
王は凄まじい衝撃を喰らい、近くの水晶を握り締めて耐えた。
「陛・・・ラースさん!割れてます!水晶!!」
黒猫の置物と共に水晶も買いとりになった。