氷の覇王のお誘い
ディーナは廊下がなんだか寂しいな・・・と立ち止まって考えこんでいた時、王に声をかけられた。
最近では王にビクビク怯えることもなくなり、自然と話せるようになっていた。
「明日、共に街へ出ないか?」
「街へ・・・ですか?何か御用時が?」
「以前から街の視察には行きたいと思っていたのだが、俺一人では悪目立ちしてしまう。マルドアを連れて行くのが一番いいのだが、俺とマルドアが同時に城を空けることはできなくてな。マルドアから女の目線から見ることで何か新たな発見があるかも知れんと言われたが、マリアは腰が悪く連れ歩く訳にはいかん。かと言って他のメイドは俺相手では萎縮して意見どころではないだろう。お前なら俺に臆することなくハッキリ言え、俺も気にならずに済む。もっともマルドアの推薦でもあるのだがな」
「マルドアさんの?」
以外な人物の推薦にディーナは少し驚いた。
「ああ。村からこっちに来たお前ならまた別の景色が見えるだろうとな」
ディーナは分かりましたと頷く。
「私でお役に立てるなら」
「ああ。頼む」
業務的な会話を済ませ、去って行く王を見送りディーナは花とかあったら廊下がもっと華やかななるのではないかと思った。
その時。
「違う!!!」
「え!?」
何処からか突然マルドアが現れる。
「想定していなかった展開ではないが求めていたのは違う!!」
「な、何がですか・・・?」
「陛下も陛下なら貴様も貴様か!!」
何の話か分からずディーナはひたすら困惑する。
「若い男女が2人で出かけるとなると色々あるだろう!!」
「い、色々・・・とは・・・?」
マルドアは片手で顔を覆い、深いため息をついた。
「もういい・・・。明日は仕事とは思わずただ楽しんで来い」
「え・・・しかし・・・」
「いいから!」
ディーナは結局よく分からないまま、マルドアの勢いに負け、はいと頷いたのだった。
マルドアは自室に戻り、深いため息をつきながらソファに座った。
あんなにも何の展開もないデートの誘いと受け方があるだろうか。2人揃って何の反応もないとはどういうことなのか。今回のことマルドアの想像なら王が少し言い辛そうにディーナを誘い、分かっていないディーナがとりあえず頷くという展開。もしくは、完璧に仕事と割り切った王がディーナを誘い、ディーナが困惑しながら誘いを受けるという展開が予想だった。
まさかの揃って無反応とは・・・っ
これは先が思いやられる・・・とマルドアは頭痛の始まった頭を軽く押さえたのだった。
王は執務室に戻り、いつも通り仕事を再開していた。
明日はディーナと共に街の視察か・・・。
街の者達の仕事ぶり。これからの生活で必要そうな物。賃金の引き上げについても考えておく必要があるだろう。そのためには街の者達の生活がどれほどのものなのか確認する必要がある。他国との貿易品で増やした方がいいものも直接民に確認するべきだろう。
そう言えば新たにケーキ屋がまた一つオープンした。すでに数店舗あるため少し悩んだが、それぞれの店がお互いをライバル視し、高めあってくれればまたいいものが出来るだろう。何なら食べ比べをしてもいい。ディーナも甘いものは好きなようだから丁度いいだろう。
そう言えばジェラートの店も少し前に出来た。夏はいいが、それ以外の季節は需要があるのか確認する必要があるな。なければその店の者には夏以外の季節は別の仕事をしてもらう必要があるからな。味についても男女共に好める味かどうかディーナに確かめてもらうとしよう。以前食事にジェラートが出た時も反応は悪くなかったからな。
女向けの雑貨を取り揃えた店もあったな。俺には良く分からんがディーナなら少しは楽しめるだろう。
パスタが美味いと話題になった店があったな。ディーナは何でも残さず食べるから好きかどうか分からんな・・・。聞いてみるか。
そろそろ手の塗り薬もなくなる頃ではないか?確かあれはいくつか種類があった。香りがいいものなどもあったな。やはり女はそういうものの方がいいのだろうか。今度はそっちをプレゼントしてみるか。
いや、手袋がいいという話も聞くな。厚手のゴム手袋をつけて作業をするとあかぎれにならなくなったと・・・。だが、作業がし辛くなるとも聞いたな。どうすれば・・・
そんなことを考えて王はハッとした。
後半ディーナのことばかりではないか!?
後半どころか大半だ。
いやいやと首を振り再び考え込む。
嗜好品として香水などもあるが観光客以外にはあまり売れないと聞くな。民に贅沢を禁じている以上香水は手を出し辛いのだろうな。ディーナは香水など持っていないはずだがいつも落ち着く香りがするな・・・。
化粧品もあまり売れ行きがよくない。洒落た服もだ。ディーナは化粧をすると映えそうだな。服もたまには洒落た物も喜ぶかも知れん。
酒場も最近荒れ者が多いと聞く。見ておきたいがディーナを危険な目に遭わせる訳にはいかん。今回は見送るか・・・。
郵便屋の走らせる馬が危険だという話もあったな。さすがにこればかりは仕事だ。だが怪我をしたという話もあったな。もし・・・ディーナ怪我をしたら・・・。
バキッ!!
持っていた羽ペンが折れ、驚く。
「おいおい。何してんのラディ?」
「考え事をしていた・・・。拭くものを取って・・・」
くれるか?と続くはずだったが、マルドアがラディと呼ぶはずはないし、これほど馴れ馴れしく声をかけてくる者など一人しか知らない。
勢いよく顔を上げればそこには予想通りの人物がいた。
「何故貴様がここにいる・・・。ギド」
本来王の執務室になどいるはずのないギドは笑って頭に手をやった。
「いや~相も変わらずメルフィが仕事しろって五月蝿くってさ~。ここなら絶対ぇ見つからねえから逃げて来た☆「仕事しろ」
「だってメルフィとライドだけで十分事足りるしよぉ。それに、百面相してるお前見るのスッゲー楽しいし「帰れ」
「どうせ嬢ちゃんのことでも考えてたんだろ~?」
王の表情が止まる。
「・・・何故分かった?」
「え、マジなの?冗談のつもりだったんだけど・・・」
瞬きを繰り返すギドを見て王は暫しの沈黙の後、何だか無償に恥ずかしくなった。
「ラディが照れた!!!「叫ぶな!やかましい!!」
「だってこれレアだよ!?写真に収めなきゃ!!「殺されたいか?「はい。黙ります」
落ち着いた王はタオルでインクのついた手を拭い、折れた羽ペンはそのタオルで包んで棚の上に置いた。
「あり?折れた羽ペン捨てねぇの?」
「直せば使えるかも知れん」
再び書類の整理を始めた王を見てギドはふーんと頬杖をつく。
「なあラディ知ってっか?」
「くだらんことだったらぶちのめす」
「いや大したことじゃねえんだけど「なら喋るな」
「そこまでくだらなくもねえからさぁ」
王は軽くギドを睨んだがギドは気にせず続ける。
「物の扱いはそいつの恋人に対する扱い方なんだってよ。ラディは嫁さん大事にすんだな」
王は少し驚いた表情をした後、いつも通りの表情で仕事を続けた。
「女の子大事にする奴はいい男だぜ。俺が保証する」
「貴様の保証など何の意味もなさん」
「酷くない?」
なんて話しているとマルドアが現れ、ギドは追い出された。
「全く・・・何故あの男はわざわざ陛下の邪魔をしに来るんだ・・・っ」
マルドアが唸りながら仕事を始めようとした時、王の方からマルドアに声が掛けられた。
「マルドア。俺は・・・お前が納得出来る王か?」
突然の問いに眼を丸くしていたが、王の真っ直ぐな瞳を受け本気の問いなのだと悟る。
「以前にも一人ごちましたが、陛下は王の鏡であり、私が最も尊敬する方だです。民のためにここまで尽くされる王を私は貴方の他に知りません」
「今も、同じ考えか?」
「何を不安に思っておいでですか?」
王の迷う素振りを見てマルドアは微笑む。
「私は陛下の片腕です。どんなことがあろうと貴方に失念することなど有得ません」
マルドアの言葉を聞いて王はそっと口を開いた。
「先ほど明日の視察内容について考えていたのだが・・・。同時にディーナことばかり考える。集中しようと思っても、やはり気付けばディーナのことを考えていた。こんな俺が・・・王であっていいのか?」
マルドアはああもう!もどかしい!!と内心プルプルと震えていた。だが決して表には出さずニコリと笑って答える。
「きちんと明日の仕事のことを考えておいでではないですか。何処に責めることがあります?明日はディーナも共に行かれるのですから気になって当然でしょう。何も恥じることなどありませんよ」
「そうか・・・」
安堵した様子で仕事を再開する王を見て早く恋愛小説でいいものをお勧めしようと考えたマルドアだった。
いつも通り王から休憩するよう促され、仕事道具を持って自室に向かう。
「なあマル坊」
「その呼び方はやめてください」
何故か廊下でギドが待ち伏せをしていた。
「一体何の用ですか?こんなところで油売ってる暇があったら仕事をしたらどうです?」
「えーやだー」
おっさんがやだーとか言うな気持ち悪い。
と思ったマルドアだが、一応口には出さない。
クネクネしていたギドだが不意にスッと真顔になる。
「なあ。ラディが嬢ちゃんのことどう思ってるか知ってんのか?」
「自覚はされてないですがね」
「いいの?」
2人は静かに視線を交わす。
「何が言いたい?」
敬語ではなくなったマルドアにギドは小さく笑った。柱に寄りかかって、口を開く。
「んじゃ、言わせてもらうけど、ラディは王だ。金の自由はあっても、その身の自由は何処にもない。心もな」
マルドアが表情を険しくする中ギドは続ける。
「王である以上、ラディの婚約相手は国を発展させるための他国の姫になるだろう。そうなったら嬢ちゃんはどうする?第二王妃にでもするつもりか?」
「私は王の御意思に従うまでだ。。王が他国の姫を望むなら手配する。逆もまたしかりだ。陛下はずっと己を殺し、王として最善を尽くされてきた。これ以上あの方から何を奪おうというのだ?」
ギドは睨みつけてくるマルドアに向かって微笑んだ。
「お前はそのまんまでいろよ。マル坊」
「その呼び方はやめろと何度言わせる。大体変わるつもりもない」
「俺は先王との約束がある。『息子が愚王になったその時はその剣で首を跳ねろ』ってな」
マルドアはギドの言葉に目を見開く。ギドが他国の人間で何か大きなことをらかしているような人物であることは察していたが、まさか先王からそんなことを頼まれているとは知らなかった。
「言っちまえば、俺は王の敵だ。だから・・・お前は何があってもラディの味方でいろ」
「・・・言われずとも。その時がくれば、私は全力で貴様を殺しにかかる」
鋭く睨みつけてくるマルドアにギドはニッと笑う。
「いい気迫だ。その時が来ねぇことを祈るよ」
ギドはヒラヒラと手を振って、いつものような飄々とした様子で去って行った。
「あの方が幸せになることの何が悪い・・・っ」
拳を握り締め、呟いた言葉は誰の耳に届くこともなく溶けて消えた。