氷の覇王の命令
夜いつも通りディーナは王の部屋のベットに座り歌を歌った。一曲歌い終わったところで、王がディーナに問いかけた。
「何かあったのか」
「え?」
「音色にいつもと違う違和感を感じた」
王の言葉にディーナは驚いて目を丸くした。少し迷ったが、やがて口を開く。
「あの・・・ギドさんのことなんですけど・・・」
おずおずと言った直後ガッと肩をつかまれた。
「ギドに何かされたのか?」
「い、いえ、何も・・・」
「本当か?」
「ほ、本当です・・・」
勢いのある王に押されたが、ならいいと落ち着いてくれた。
「ギドがどうかしたのか?」
「あの・・・ギドさん奥さんと娘さんに家を追い出されてしまったと仰っていたんですが、今何処にいらっしゃるんでしょう?」
今度は王が目を見開いていた。そして、怪訝そうな表情で口を開く。
「ギドには妻も娘もいないぞ」
え・・・?
予想外の言葉にディーナの思考が止まる。
「いや、正確には妻はいたな」
「『いた』・・・ですか?」
嫌な予感がし、ディーナは心臓の鼓動が早くなるのが分かった。
「俺も聞いた話だ。定かではないが、ギドには妻がいた。だが――殺された」
「ころ・・・?」
「ギドがこの国にくる前の話だ。戦争で妻を亡くしたらしい。・・・もしかしたら、その時妻の腹には子がいたのかも知れない。――ディーナ?」
話を聞いて、涙が溢れて止まらなくなった。
「どうした!?」
王はディーナの前に膝をつき、動揺しながらディーナを見上げる。
「私・・・酷い事を言いました・・・っ」
顔を両手で覆い、唸るように言葉を紡ぐ。
「娘さんに・・・会ってみたいって・・・っ。一番会いたかったのは・・・ギドさんなのに・・・っ!」
愛する妻と、これから愛したいと思った子を失った。その痛みはどれほどだったか。その痛みを抉った自分は・・・
「最低です・・・っ!」
痛みを誤魔化して笑ってくれたギド。その優しい強さの裏を察することが出来なかった。泣きじゃくるディーナを王はそっと抱き締めた。無言の優しさにディーナの瞳からはまた涙が溢れた。
翌日花壇の手入れをしていたディーナは名前を呼ばれ振り返る。
「ギドさん!」
「よっ。今日も頑張ってるな、嬢ちゃん。偉いねぇ」
笑って頭を撫でてくれるギドにディーナはあ、あの!と声をあげる。
「ん?」
どうした?と問いかけてくるギドに謝らなければと思ったが、それはまた傷を抉ることになってしまうのではと思い留まる。しかし、何も言わないのは不審がられるだろうとディーナは笑顔で口を開いた。
「肩が凝ったらまた言ってください。私がほぐしますから」
あなたが愛したかった人の分まで・・・
そう心の中で呟く。
「お!マジか!嬢ちゃんのお陰で今日滅茶苦茶肩が軽いんだよねぇ。じゃ、また頼むわ」
「はい」
2人は笑いあったあと別れた。
ギドは石畳を歩きながら昨夜のことを思い出す。
ギドの寝室になっている騎士団の宿舎の一室に思いもよらぬ人物が現れた。
「こんな夜更けに何の御用ですか?陛下」
部屋に訪れたのは国王であるラディウスだった。一応騎士団の宿舎のこともあり、誰が聞いているか分からないため敬語で話すギド。
「お前に命令だ」
今まで命令らしい命令がなかったこともありギドは少し驚く。
「何でしょう?」
王の口から放たれた命令はギドの予想外のものだった。
「二度とディーナの前で妻と娘の話はするな」
暫し意味が理解できず、瞬きを繰り返す。
「二度と・・・あいつを泣かせるな」
続いた言葉でやっと意味を理解する。
「話たんですか。俺のこと」
「ああ」
優しいあの子なら、事実を知って泣くことは予想できた。だが、だからと言って王がわざわざあの子のために命令しにくるとは思わなかった。お気に入りだと聞いてはいたがここまでとは――。
「承知しましたよ。陛下の命令がない限りあの子に家族の話はしません」
「用件はそれだけだ」
踵を返し、戻ろうとする王をギドは陛下と呼び止める。
「多少のひいきはいいでしょう。貴方も人間だ。だが・・・貴方は王ですよ」
「――分かっている」
王はギドの言葉に静かにそう返し、去って行った。その背を見送った後、配下の団員が彼女を『ローレライ』と呼んでいたことを思い出した。
ローレライとは美しい歌声を持つ少女が船頭を魅惑し、破滅に追いやるという伝説の幽霊の存在である。
「破滅・・・ね・・・」
ギドはポツリと呟き、手に右手に握っていた剣に左手を添える。
「俺にこれを抜かせるなよ・・・ラディ・・・」
そうポツリと呟いた。
ギドは元々この国の人間ではない。賊をやっていた頃、先王に拾われた。
『俺の国で兵士をやってくれないか?』
『おい・・・俺達の事を知らねぇ訳じゃねえよな?』
『ああ。【王族殺し】の異名を持つ賊集団だよな?』
『つまり王族であるテメーは俺らのターゲットでもある訳なんだけど?』
『構わない』
意味が分からなすぎてギドは妙な表情になってしまった。
『俺がウルアークの王に相応しくないと思ったその時はその剣で容赦なくこの首を跳ねてくれていい』
『おいおい・・・。下克上覚悟で俺を懐に入れるってか?』
『まあ、正直なところ俺の王政はそう長くないから、次に続く息子達の監視をして欲しい訳だ』
『監視・・・?』
『俺は今のところ死んでも愚王になる予定はない。だが、次に続く息子達がどんな政治をするか分からない。だから、息子達が愚王になったその時は容赦なく殺してやってくれ』
『お前・・・正気か・・・?』
『ああ。正気だ』
ニコリと笑みさえ見せるこの王にギドは不信感しか抱けなかった。
『君の力が欲しい。俺に手を貸してはくれないだろうか?』
差し出された手をギドは静かに見つめる。
見た目は穏やかな雰囲気のある人柄の良さそうな人物だ。だが、その腹は真っ黒でいつ寝首をかかれるか分かったもんじゃない。
『条件がある』
『何でも』
『俺が率いてる連中が好きな国で普通に暮らせるよう手配を。あんたが欲しいのは俺であって、【王族殺し】全てではないだろう?』
『正直なところ優秀な君の連れ達も欲しくはあったが・・・一番欲しい君が来てくれる条件がそれなら仕方ない。飲もう』
俺は差し出された手を強く握り締める。
『よろしく頼むぜ。陛下』
『ああ。よろしく頼む。ギド団長』
ん・・・?
『今・・・団長って・・・』
『ああ。君は俺の懐刀である騎士団の団長をやってもらう』
『ちょっと待て!!俺はよそもんでしかも今から騎士団に入るんだぞ!?いきなり団長なんて他の連中が納得する訳ねえだろ!!』
『納得させるんだよ。君のその腕で』
王はニッといやらしい笑みを浮かべた。何て奴の配下になってしまったのかと正直思ったが、これはこれで新鮮で面白いじゃねえか。
やってやるよ。
俺がその時団長だったライドを倒して団長になったのは俺が兵団に入ると顔を見せたその日だった。
「今んとこ、お前の息子はちゃんと王様やってんぞ・・・」
ギドは前王の顔を思い浮かべ静かに夜空を見上げたのだった。