氷の覇王の剣の謎
執務室に入ってディーナもギドも驚く。部屋には書類や本が散らばり、衣服も散乱していた。執務室のはずでは?とディーナは困惑していた。
「きったねえな。何やってんだよメルフィ「これは貴方が以前汚したのをそっくりそのまま残しておいてあげたんですけどねぇ。覚えてないとはどれだけここに来られてないか分かりますなぁ」
メルフィは額に青筋を浮かべて言い、ギドはあれ・・・そうだったっけ・・・と頬を掻いた。
「片付けは後で、先に仕事をしてください」
「片付けもすんの!?「当たり前でしょうが・・・っ!」
メルフィはドスドスとギドの額を指で突く。そんな中あの・・・とディーナが挙手する。
「私・・・お片づけしましょうか?」
「甘やかさなくていいんです!」
メルフィの勢いに思わずビクリとしてしまうが、言葉を続ける。
「い、いえ。お邪魔させていただいてますし、何もしないでいるのはちょっと落ち着かなくて・・・」
暫しの沈黙の後ドパッとメルフィの目から涙が溢れる。
「何ていい子なんだ・・・っ。うちの団長とは大違いだ・・・っ!」
「そうだなー。見習えよー「あんたがな!!」
ディーナが片付けるならとメルフィとライドも手伝う。その間ギドがメルフィに小言を言われながら机仕事をしていた。
「ディーナさん。こちらに来られたのは初めてでしたよね?手合わせをご覧になっていかがでした?」
ライドに問われディーナはパッと目を輝かせる。
「凄かったです!表現し辛いんですけどとにかく凄かったです!ギドさんが別人みたいでした!!」
「普段がちゃらんぽらんですからね」
「否定はしねぇ」
ギドはハッハッハと笑う。
「ギドさんとクレドさんでしたか?2人の手合わせの最中皆さん熱心に見ておられて、努力家の方が集まっておられるんですね」
「皆が皆そうだった訳ではありませんよ」
ライドの穏やかな声にディーナはえ?と聞き返す。
「騎士団の仕事はそう多くないというのが世間のイメージです。働かなくてもお金がもらえる仕事。それが騎士団だと思われており、楽をしてお金を儲けたいと騎士団に入ってくる者も多かったです」
「そうなんですか・・・」
だが、ディーナが見る限り2人の戦いを見ていない騎士団員はいなかったように思った。
「騎士団員の面接は私とギド団長が行ったのですが、楽をしてお金をもらいたい若者にギド団長はこう言ったのです・・・」
――――・・・
「なあ。お前は国のために死ねって言われて死ねるか?」
「はい!死ねます!!」
若者ははきはきと答えた。そんな青年の胸倉をギドが掴んで持ち上げた。
「阿呆!!テメーが死んだって国は何も変わりゃしねぇんだよ!!守りてぇもんも守れず、悔いだけが残る!!だから俺達は足掻いて足掻いて生きなきゃなんねえ!死んだらそこで終わりなんだよ!死ねって言われてはい死にますって奴なんかいらねえんだよ!!」
呆然とする若者をギドは椅子にぶつけるように降ろす。ギドは自分の椅子にドカッと座り、軽く青年を睨んだ。
「金欲しさで来てんのは分かってんだよ。金が欲しいなら遊びてぇんだろ。なら簡単に死ねるなんて言うんじゃねぇ。まだテメーらには未来があんだろ」
「す、すみません・・・」
「死ぬために来る奴はいらねえが、騎士団ってのは皆の代わりに危険な仕事を引き受けるもんだ。覚悟のねえ奴に来られても困る。で、テメーはどうする?」
青年は暫しの沈黙の後顔を上げた。
「・・・そんなに辛い仕事なんですか?」
「ああ。他国と戦争になりゃ真っ先に俺らが先陣切る。災害にあえば、俺達が救助に向かう。街の巡回も俺達が行い、犯罪者は取り締まる。危険な仕事は全て俺達のものだと思え。ただし、体力があるだけじゃやっていけねえ。人手が足りねえ場合普通の執務にも刈りだされる。お前らが思ってる以上に騎士団の仕事はあんだよ。ま、いざって時が主な仕事だけどな」
青年は暫し悩んでいる風だった。だが、真っ直ぐギドの目を見た。
「俺は家の厄介者でした。学もなく、体力だけが取り得です。だから、ここに来ました。ここなら金も稼げて家から文句も言われない。そう思ったからです。でも・・・俺が騎士団として精一杯のことをすれば、家族に認めてもらうことができるでしょうか?」
「ああ。きっとな」
青年は姿勢をただし、口を開く。
「死ぬ覚悟を持って、死なない努力をしていきたいと思います。どうか、よろしくお願いします」
深く頭を下げる青年は先ほどのフワフワとした雰囲気の青年と全く変わっていた。
「おう。考えとく」
ギドはニッと笑い、青年を見送った。
――――・・・
「ちなみにその青年が今団員一番の腕になっているクレドさんです」
「ええ!?」
彼はとても真面目な好青年で話の青年とは思えなかった。
「そういう考えだった彼がここまでのし上がったのです。クレドさんが団員で一位の腕前になった時、ギド団長はクレドさんのご両親に挨拶に行っているんです」
「おい!ライド!!」
ギドが慌てるが、ライドは構わず穏やかに続ける。
「彼は素晴らしい男だと。もし、顔を見せに来たならば一言頑張っているなと言ってもらえないかと。クレドさんだけではありません。ギド団長は団員の命を預かる長として、団員全員の家族の元に息子の命を預かると頭を下げて回ったりもされているんです」
ギドはあーもう!と顔を片手で覆い。恥ずかしそうに頬を赤らめていた。
「クレドの話は聞いていましたが・・・まさか僕の両親のところにまで!?」
メルフィの問いにライドは優しい笑顔で頷いた。
「俺の前でそんな話すんなら俺は逃げるぞ!!!」
ギドは机の後ろの窓に足をかける。
「今までの仕返し・・・ということにさせていただきましょうか?」
ライドの言葉にギドはう・・・と唸り、大人しく再び仕事を続けた。
「ギドさんは本当に凄い方なんですね・・・」
「やめてくれ嬢ちゃん・・・。俺の話はもういいから・・・」
感心するディーナに対し、本当に顔を覆ってうな垂れるギド。それを見てディーナはすみません!とすぐに作業を再開した。
ギドはようやく全ての書類が終わり、椅子にもたれてフーッと息を吐く。その時、ドアがノックされディーナが入ってきた。
「お疲れ様です。メルフィさんとライドさんがお茶をお持ちするようにと」
「おー!サンキュー!」
ギドは紅茶を受け取り、ゴクゴクと水のように一気に飲んだ。
「ハーッ染み渡るな!」
そして、一緒に持ってこられたクッキーをポイポイと口に放り込む。
「うん。美味いな」
「メルフィさんの手作りだそうです」
「え!?あいつこんな特技あったの!?」
へぇーとギドは関心しながら自分の肩を揉む。
「あ、肩お揉みしましょうか?」
「え?いいの?ありがとー」
「いえ」
ディーナはギドの肩に手をやり揉み始めるが驚く。
「い、石のようです・・・」
「肘でやってもいいよー」
お言葉に甘えディーナは肘でぐりぐりとギドの肩をほぐした。
「いい感じ~。嬢ちゃん上手いねぇ」
「父と母の肩をよく揉んでいたので」
「親孝行なんだ」
「父も母も喜んでくれるので私も嬉しくって」
少し照れくさそうに笑うディーナを見て、ギドは目を細めた。
「俺の娘も嬢ちゃんぐらいだったんだよなぁ・・・」
「え!?娘さんいらっしゃるんですか!?」
驚きのあまりに食いつき、ギドは目を丸くした後、微笑んだ。
「ああ」
「お会いしてみたいです!!」
ディーナがそう言って目を輝かせると一瞬だけギドの目が揺れた。だが、すぐに表情は戻り、あー・・・とばつが悪そうに頬を掻く。
「俺家追い出されてるからなぁ。一番大事な時に傍に居れなかったから。だから・・・ちょっと会わせてあげらんねぇや」
「そうなんですか・・・。でも!ギドさんは素晴らしい方ですからちゃんと謝ればきっと許してくれます!」
「・・・あんがとね。嬢ちゃん」
笑って頭を撫でてくれたギドが何故か一瞬泣いているように見えた。
その後、まだギド達は仕事があるということでディーナは騎士団の訓練場から城へと戻る道を一人歩いていた。その最中どうしても最後に見たギドの表情が忘れられず立ち止まる。
あの表情の意味は・・・?
「ディーナ!」
不意に名前を呼ばれハッと顔を上げる。そこには息を切らした王の姿が在った。
「陛下?どうなされたんですか?」
「お前の姿が何処にも・・・」
そこで途切れてしまい、どうしたのかと疑問符を浮かべていたが察する。
「す、すみません!仕事がひと段落したところでギドさんに騎士団の訓練場に来てみないかと誘われて行っていたんです!マリアさんには許可をいただいたんですが・・・その・・・お仕事サボってすみませんでした!!」
勢いよく頭を下げるディーナ。
「いや、違う・・・っ」
「え?」
疑問符を浮かべながら顔を上げれば、王は深いため息をつきながら片手で顔を
覆った。
「・・・何でもない。今日の夜は頼む」
「はい」
微笑むディーナを見て王は自分の胸元を握り締めたのだった。