氷の覇王の騎士達
ディーナがゆっくりと目を開けた時、視界に王の姿が映り驚く。
「陛下!?」
「飛び起きるな」
すぐさま体を起こしたディーナを王は押し戻す。
「目が覚めたようだな」
「は・・・はい・・・」
ディーナは現在に至る前の一番近い記憶を呼び起こし、少し顔を赤くする。耳元で響いた低音と吐息がまだ生生しい。
「具合はどうだ?」
「もう平気です」
「そうか」
変わらないように見えるが、王の眉間の皺が少し和らいだことでディーナは心配してくれていたのだと悟る。
「陛下はお優しいです。民の皆様に知られてないのがもったいないです」
ディーナはあまり考えず心からの言葉を口にした。その直後王の表情は曇った。それに気付き、ディーナは陛下?と声をかける。
「俺は・・・俺のやり方を貫く。民にとって俺は恐怖の存在のままでいい」
何故ですかと問うたところで今の王が答えてくれる気はせずディーナは俯いた。そんなディーナの頭を王はそっと撫でる。
「お前は何も気にしなくていい」
王は無理はするなとだけ告げ部屋から出て行った。気にしなくていいと言われてもどうしても気になってしまうディーナだった。
ディーナが庭を掃いているとおーいと声がし、キョロキョロと周りを見回す。
「こっちだ。嬢ちゃん」
顔を上げれば、なんと木の上にギドの姿が在った。
「ギドさん!?何をされているんですか!?」
「逃げてる☆」
いい笑顔で言われた答えに疑問符を浮かべているとトンッとギドが目の前に降り立った。
「いやさメルフィが兵の指導しろって五月蝿くってよぉ。俺が教えたってスッゲー成長する訳じゃねえし、そいつにゃそいつのやり方があると思うんだよねー。とか理由つけてっけど結局のところまあぶっちゃけ面倒でさ☆」
相変わらずいい笑顔だ。ディーナはああ・・・こういう人なんだ・・・と理解した。
「でもいっつもは目ぇつぶってくれるライドが『そろそろ顔を出されてはどうですか?』って笑顔で威圧してくるもんだからさすがにそろそろ行こうかと思ってさ」
「そうなんですか。頑張られてください」
「でさ、嬢ちゃん訓練風景見に来ねえ?」
予想外の提案にディーナのはへ?と聞き返す。
「俺とマル坊が手合わせした時目ぇ輝かせてたろ。興味あんのかなぁと思って。俺もいつもとちょっと違ったらやる気出るかと思ってさ」
「よろしいんですか?」
「勿論!嬢ちゃんがいいならなー」
ニカッと笑うギドの言葉にディーナは行きたいです!と答えようとしたがハッとする。
「に、庭のお掃除が終わったら行きます!」
仕事中であることを思い出し、手にしているほうきを握り締めて言う。
「別に途中でもいいんじゃ?」
「いえ。私がここでやめたらメイドの皆さんが気付いてやってくださることになるので・・・。これ以上忙しい皆さんの負担を増やせません」
ディーナの言葉にギドは少し驚いていたが、フワリと笑う。
「いい子だなー。嬢ちゃんは」
そう言って撫でてくれた手はとても大きく温かかった。
「んじゃ、俺木の上で待ってるから」
「え!?し、仕事に行かれてくださっても・・・」
「絶対メルフィに怒られるから早くても遅くても問題なし」
怒られることにすでに問題が・・・と思ったがディーナは口には出さず、仕事をする手を早めたのだった。
「急がなくても大丈夫だぜー」
頭上から呑気な声が聞こえるがそういう訳にもいかない。
いつもより急いで仕事を終えたディーナはマリアにギドに騎士団の訓練の様子を見せてもらうことを告げると行ってらっしゃいと言ってくれた。ディーナはギドと共に城の裏の森を抜ける。この先に何があるのだろうといつも思って王に聞くのを忘れていたのだが、騎士団の宿舎や訓練場があるらしい。森を抜けると一気に開け、ディーナは目を見開く。
「ここが騎士団の訓練場だ」
『ハァ!!!』
大勢の屈強な男性が木剣を手に素振りを繰り返していた。その数に圧倒され、一糸乱れぬ動きに感動した。
「す、凄いですね!!」
「そんなはしゃいでくれんだったら連れてきがいがあったってもんだなぁ」
ギドはハッハッハッと笑う。その時、不意にギドがディーナを背に庇い、剣を抜いた。
ガキィイン!!
響いた金属音にディーナは思わず身をすくめる。
「見つけましたよ!!団長!!こんなところで油売って!!」
「お前が見つけたんじゃなくて俺が来てやったの。つーか剣抜く前にちゃんと見ろよな」
ギドに斬りかかった兵はん?とギドの後ろに目をやる。
「こ、こんにちは・・・」
おずおずと頭を下げるディーナを見て兵は目を丸くする。
「団長・・・。あんたってクソ親父はぁああああ!!!」
兵は再びギドに斬りかかる。ギドは容易に受け流していたが、剣撃は止まらない。
「こんな幼い子引っ掛けて来て!!恥を知りなさい!!」
「何でお前ら皆俺に対してそんな考えにしかならねぇんだ・・・」
ギドは一歩踏み込み、兵の剣を一撃で跳ね上げる。だが、兵はひるむことをせず、ギドの懐に入り、拳を腹部に放つ。その一撃をギドは片手で止め、刃を喉笛に突きつけた。
「いい動きだ。けど、まだまだ甘ぇな。メルフィ」
「屈辱・・・っ」
「何なのお前らほんと。ま、落ち着いた今の内に言うけどこの嬢ちゃんは俺が引っ掛けた訳じゃなく、陛下のお気に入りちゃんだ」
ギドの声でメルフィと呼ばれた兵はハッとする。
「あなたがローレライですか!」
「ろーれ・・・?」
何の事かと首を傾げるディーナ。そんな中、阿呆とギドがメルフィの頭を軽く小突いた。
「嬢ちゃんにはちゃんと名前があんだよ」
「す、すみません」
「えーと・・・何だったっけ?「あんたも覚えてないんじゃないですか!!!」
珍しくまともなことを言ったなと思った自分が馬鹿でした!!と怒鳴るメルフィにそう言えばとディーナは口を開く。
「初めまして。ディーナと言います」
「ディーナさんですか。初めまして。僕はメルフィ・グラスト。騎士団の副団長を務めさせていただいています。まあ、言ってしまえば団長のお守ですね」
「えー、俺お前に世話になった覚えねえけど「ほう。どの口がそんなふざけたこと仰るんですかねぇ」
額に青筋を浮かべるメルフィに対し、ギドは飄々としている。
「団長。来てくださったからにはしっかり団員の指導をしていただきますよ」
「へえへえ」
ギドが素振りをしている大勢の兵の前に立つ。それに気付いた兵達は皆一斉に木剣の先を地につけ、両手をその上に重ね、足を揃える。これがウルアーク騎士団の敬礼だ。
「堅苦しいのはいい。それから俺は基礎の素振りばっかやらせる気もねぇ。強くなるには実戦。これ一つだ」
ピリッと緊張した空気が走るのが分かった。
「ま、何度もやってっから分かってるだろうが木剣での手合わせだ。致命傷になる一撃を受けた方が負け。負けた奴は一人ずつ俺と手合わせだ。勝った奴は勝った奴同士で勝負しろ。そこで負けた奴も俺が相手する」
『ハッ!!』
え・・・それって・・・
「全員と手合わせを・・・?」
ディーナが信じられないという面持ちでメルフィを見上げれば、メルフィは何でもないという風にええと頷いた。
「あの人が真面目に仕事に出た時は必ず全員と手合わせをするんです。皆それを楽しみにしている節もあります。団長の強くなるには実戦というのも分かりますが、やはり基礎が出来ていないことにはどうにもならないでしょう」
「だから平常時は我々がとことん基礎を叩き込んでいるではありませんか」
聞き覚えのない声にディーナは振り返る。そこには白髪に、白い髭をたくわえた初老の男性がいた。
「ライド団長補佐」
メルフィは敬礼の姿勢をとる。メルフィがライドと呼んだ男性はディーナを見ておやと声を上げる。
「歌姫様がこのような場所にいらっしゃるとは・・・」
「歌姫・・・?」
またも呼びなれない名に首を傾げればメルフィが察する。
「ディーナさんの噂は聞いていたのですが、名前は存じ上げなかったもので我々は皆好き勝手に呼んでいたのです。すみません。ライド補佐。こちらはディーナさんです」
メルフィの紹介を受けるとライドは丁寧に頭を下げた。
「初めまして。ディーナさん。騎士団団長補佐をしております。ライド・チャンルラと申します」
「初めまして」
ディーナも習って頭を下げればライドはニコリと笑った。
「綺麗な美しい目をされておられる。陛下の目に濁りはないようですな」
「え?」
ディーナが疑問符を浮かべた直後、ピクリと反応したライドが失礼。とディーナの腰を引き寄せた。数歩前進したディーナの後ろを何かが飛び、木にぶち当たる。それは人だった。
「攻撃ためらってんじゃねぇ!!死にてぇのか!!迷うぐれぇなら守れ!踏み込みも甘ぇ!!」
ギドは複数を相手に余裕の戦いを見せていた。手合わせと言うより半分喧嘩のようなものだが・・・。
どうやら先ほどの兵はギドに投げ飛ばされたらしい。
「武器が剣だけだと思うんじゃねえ!!全身全てが武器だ!!」
ギドはそう叫んだ直後、兵の一人に頭突きを叩き込んだ。
「相手の動きを良く見ろ!!戦いは騙しあいだ!!」
ギドの剣は振り下ろされたかと思えば軌道が変わり、防ごうとした剣に当たることなく下からの斬り上げになり兵のわき腹に木剣がめり込む。
「戦いの最中は気ぃ緩めるな!!」
ディーナはギドの変わりようにひたすらに驚く。先ほどとは別人だし、何より本当に強い。ギドの周りでは次々と兵が倒れ伏し、それをまた周りの兵が回収していた。
「凄い・・・」
思わず感嘆の声を漏らせばメルフィが頷く。
「ええ。ちゃらんぽらんでいい加減な人間ですが、戦闘に関してだけは本当に尊敬しています」
「ギド団長の戦闘センスは素晴らしいですからねぇ」
ディーナはギドもまた王とは違った敬愛される方なのだと悟る。
そして本当にあっという間に一位になった兵意外全て倒してしまった。
「だらしねぇな。こんだけいて俺に一撃も与えらんねえのか」
『すみません・・・』
倒れ伏した兵達が口を揃える。
「ま、ウルアークは平和だからなぁ。実力が上がんねえのも無理はねえ。けど、テメーを守れねぇ奴が他人を守るなんざ傲慢もいいとこだ。守ろうとしてやられて、守ろうとした奴も殺される。そんな最悪な結末にしたくなかったら強くなれ」
『ハッ!!』
敬礼をしようとした兵達だったが、ほとんど足に来ており出来なかった。
「いいから。寝とけ。んで、やられたことも忘れんなよ。俺は全部一撃で敵を先頭不能にするような攻撃の仕方してっから、もしもの時は思い出せ。敵一人一人に時間かけてちゃ複数を相手できねぇからな。んじゃ、いつもの如く一位になったクレド君のお相手をしますかねぇ。ライド。二本頼むぜ」
「はい」
ギドに指示され、ライドはすぐに兵舎の奥に向かった。
「よろしくお願いいたします」
ギドの前に立つ青年は身長はギドより少し低めで、体格もギドより少し小さい。綺麗なブルーの髪と目を持つ男性だった。
ライドが鞘に納まった剣を二本持ってクレドとギドに手渡す。二人は木剣を地面に突き刺し、その剣を腰に帯びた後引き抜いた。それは真剣だ。
「え!?」
ディーナが思わずメルフィを見上げれば、ああとメルフィは口を開く。
「一位の者だけは団長と真剣で戦えるんです」
「き、危険では!?」
「勿論危険です。ですが、実戦は木剣などではありません。最も強いということは、最も戦場に出されやすい。だから団長は一位の者とだけ真剣を交えるのです。ちょっとした親心ですね」
「そうなんですか・・・」
大事だからこそ戦場に出したくない。傷つけたくない。そんな心が親心かも知れない。だが、ここは騎士団。戦うために集まった者達だ。だからこそ、そんな者達に最大限出来る親心がギドの行為なのかも知れない。
「クレド。俺が打ち込むのとお前が打ち込んで来るのどっちがいい?」
「では・・・私から」
一瞬だった。一瞬の内に間合いは詰められ、クレドの剣が下から切り上げられる。ギドはその一撃を僅かに下がって避け、右手の剣をクレドに向かって突き出だした。がら空きかと思われたが、ギドの手が蹴り上げられ、剣を離すことはなかったが、攻撃は防がれる。だが、ギドは握った左拳を深くクレドの腹部にめり込ませた。バランスを崩したクレドにギドは刃を振り下ろす。クレドはすぐさま防御の姿勢に入ったが、振り下ろされ刃は軌道が変わった。横薙ぎになり、反射的に後方に飛んで避ければ僅かに胸元が裂ける。
「いい動きだ。クレド。だが、お前の剣はまだまだ愚直すぎるな」
「貴方相手に小細工は足元をすくわれます」
「その判断もいい」
再びクレドが前に出る。突きの一撃をギドは避けるが、それは横薙ぎに変化する。それを読んでいたギドは受け止め、次に迫った蹴りも腕で防御する。
「小細工は足元すくわれるんじゃなかったのかよ?」
「戦いは騙しあい。それが貴方の教えです」
「そうだったなぁ!」
ギドは死角から蹴り蹴りを放ち、クレドは気づいて腕で防ぐ。一瞬、その鋭い蹴りに全ての神経を持っていかれた。しまったと思った刹那だった。目の前に刃の切っ先が突きつけられていた。
「終わりだ」
「ま、参りました・・・」
周りの人間のハァー!という深い息を吐く声が聞こえた。息をつかせぬ攻防に本当に呼吸を忘れていたのだ。あれだけ凄まじい戦いをしていたというのに決着は一瞬だった。
「お前も中々成長したがまだまだだな」
「はい・・・」
クレドは悔しそうに歯を食いしばって俯く。
「だが、よく鍛錬してる。強くなったな」
ギドはクレドの頭をポンと撫でた。クレドは撫でられた頭に手を当て、少しだけ嬉しそうにした。
「んじゃ!テメーらはまずクレドに勝てるようになれ!!いいか!?相手の技を盗め!何で勝てねえんだってうじうじ悩むぐらいなら相手の動きを真似ろ!そうすりゃ対等になれる。そっからだ!そっから自分を作っていけ!何事も真似から始まんだ。真似て物にして、そこに自分を加える。今のテメーらが自分のスタイル作ろうなんて甘ぇんだよ!!」
『ハッ!!』
「よし・・・。んじゃ・・・一ヶ月分の仕事終わりー「誰がそんなこと言いましたか」
逃げようとしたギドの首ねっこをメルフィが掴む。
「騎士団の仕事は鍛錬だけじゃありませんよ?書類整理っていう机仕事もあるんです」
「そんなのライドとメルフィで出来んだろぉ?「ほほぉ。本来の貴方の仕事をいつもしてあげてる我々にまだやれと仰りますか?」
「だって今日頑張ったろ!?」
「40を超えたおっさんが『だって』とか駄々こねるんじゃありません!」
「可愛いだろ?「ほざくな」
喧嘩をする2人の間にライドがまあまあと割って入る。
「どうしても団長にしていただかねばならぬ物もございますゆえ。今日の仕事のついでに終わらせてしまえばしばらくは安泰ですよ」
「ライド補佐!甘やかさないでください!!」
三人の様子を見てディーナはなんか親子みたいだなー・・・と思った。
ちなみに 母 メルフィ 父 ライド 息子 ギド な図だが。
メルフィは25、6というとこで、ライドは60代。ギドは40代だ。
あれ?
「仕方ねーなー。嬢ちゃんも一緒に執務室こようぜー」
「え!?」
「むさい男ばっかよりやっぱ女の子がいた方が楽しいじゃねえか」
「団長!陛下のローレライを邪な目で見るんじゃありません!」
「何で決め付けんだよ・・・。大体嬢ちゃんにはちゃんと名前があんだよ。えっと・・・「ディーナさんです!!このくだりさっきやりましたからね!?」
「あ、あの・・・」
ディーナがおずおずと手を挙げる。
「お邪魔にならないならお邪魔したいのですが・・・。あれ・・・じゃなくて、お世話に・・・?ちが・・・」
言葉がおかしいことに気付き直そうとするが直らずあわあわと混乱するディーナにギドはぷっと笑う。
「邪魔なんかなんねえよ。おいで」
撫でてくれた手はとても優しく温かく、父のようだと感じた。
「キエェエエ!!!」
そんなギドの手をメルフィが奇声をあげて叩く。
「団長はディーナさんに触れるの禁止です!!」
「何だよばい菌みてぇな扱いしやがって・・・」
「ディーナさん。僕と補佐がお守りしますからね」
「え、あ、はい」
「だから子供には手ぇ出さねえって」
そんな訳で四人で執務室に向かった。