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覇王様の子守唄  作者: 日明
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氷の覇王

王と少女の純愛物語。

 ウルアーク――

 王自らが政治を行う王政の国である。玉座は世襲制で、王の子息の中で最も優れた者が選ばれる。最も、優れたというよりは生き残れた者という方が正しい。


 玉座を狙った親族同士の争いは醜い。毒を盛りあい。暗殺しあう。


 しかも、玉座に座る資格を持つ男児が行うのではなく、男児を産んだ母達が我が子を玉座に着かせようと必死になるのだ。


 その結果・・・


 第4王子であったラディウス=エル=ウルアークが玉座につくこととなった。10人近く居た王子達はラディウス以外皆不審死を遂げた。


 玉座についたラディウスが真っ先にしたのは誰もが驚愕する事だった。


「私に逆らう者は誰であろうと極刑を下す。例えそれが産みの母であってもだ」


 大衆の前でラディウスは実母をギロチンにかけた。


「待って!ラディウス!私はあなたを愛してるわ!お願い!助けて!!」


 涙ながらに叫ぶ母を真っ直ぐ見つめ、ラディウスは表情一つ変えずギロチンの刃を自ら落とした。転がり堕ちる首。一瞬の静寂の後、悲鳴があがった。


「この光景を忘れるな」


 周りの民衆を見渡し、鋭く冷たい瞳で王は言い放つ。誰もが新たな王の存在を恐れた。母を自ら殺し、その際にも一切表情を変えなかった王を民衆はいつしか


『氷の覇王』


と密かに呼ぶようになった。




 ウルアークは大きな国だ。機械を作る工場があり、機械を使って布を作る工場があり、布を服にする工場がある。作った物はほとんど他国に輸出した。本来なら栄えていいはずなのだが、国は民の贅沢を許さず、必要最低限の金しか持つことが許されない。もし贅沢をしようものなら財産のほとんどを奪われる。


 もし、大金が必要な何かをする場合は国に申請しなければならない。国の許可を得るのは至難の技であった。


 贅沢を禁じた理由は民の計り知れるところではないが、10年前の激しい貧富の差と関係があるのではないかと考えられた。豪華な食事をしている者達の周りでおこぼれを狙う貧しい人々が大勢いた。


 対して今は働きに見合った報酬、さらに制限があるため大した差は起きていない。街の人間にとって一番かかる食費が頭を悩ませているが、そんなものは関係ないのが国の端にある山奥の村、ガイアだった。


 村で出来た良い野菜や果物。村近くでとれた良い魚や山菜は街に出荷するが、形の悪い売り物にならないものは自分達で食べることができる。その場で取れたものを食す贅沢はその場に居る者にしか味わえない。


 食べる物は自分達で作っているため飢えることもないし、金も大して必要ではない。


 国が氷の覇王になって変わったのは、民から贅沢が奪われたことと、工場で作る物の素材や、野菜を作るための種や肥料なのどは全て国が負担するようになったことだ。工場には必ず1人王の家臣がおり、作業員の働きぶりなどを逐一見て給料を決めている。


 村の場合は村から国に必要な物を申請し、すぐに査定員が村に訪れ、許可が出れば害虫駆除剤が貰えたりもする。


 つまり、国の全てを国が管理しているのだ。


 贅沢は出来ないが、暮らしていけない訳ではないため国は平穏である。


 しかし、そんな平穏であったはずの村が騒然とする事態が起こった。


 なんと、村に国の兵が来たのだ。今までこんなことは一度もなかったと村人達は皆ざわめいた。


 鎧を纏った屈強な兵は村人達を見回し口を開く。


「ディーナという娘は居るか?」


 皆が動揺する中後ろの方からおずおずと手が挙げられ、小柄な少女が前に出た。


「ディ・・・ディーナは私ですが・・・」


 少女は怯えた小動物のように身を縮め、ビクビクしながら兵を見上げる。赤毛はおさげにしており、顔にはそばかす。瞳はブラウンと正直なところどこにでもいるような目立たない少女だった。そんな少女を兵士達が取り囲み、先頭に居た男が少女に言う。


「城まで連行する」

「な、何でですか?」


 勿論連れて行かれるような覚えがない少女は反射的にそう問う。


「王のご命令だ」


 説明は短いその一言だけで終わり、ディーナは拘束された。村人達は抵抗しようとしたが兵士達に抑えられ、ディーナはただ黙って連れて行かれるしかなかった。




 その後、馬車に乗せられ、城下街についたディーナ。村からほとんど出たことのないディーナにとって街の風景は新鮮だ。今からどうなるか分からない恐怖もあるが、街の風景に感動もしていた。


 村とは比べ物にならない人の数。絵本で見たような綺麗なケーキが並ぶケーキ屋。どれもこれもが目を引く美しい花を並べる花屋。空腹を誘う香りをさせるレストラン。他にも目を引く沢山のお店があった。お祭のような派手な様子はないが、笑顔で仕事をしている人達が沢山いる。子供達が走り回り、女性達は談笑する。そんな普通の幸せな街の様子がディーナの前には在った。


 馬車は城の前で止まり、両手を後ろ手で縛られたまま歩かされる。自分は王に逆らうようなことは一切していない。そのことに胸を張ろうと。小刻みに震える体に心の中で言った。


 城の中に入れば、赤い絨毯と頭上で輝く大きなシャンデリアが目に止まった。絵本の中に来たみたいだと少しだけ自分の状況を忘れて目を輝かせた。


 両脇は屈強な兵が立ち、長い階段を登って大きな扉を潜る。その先は謁見の間だった。


 自分の家の数倍はある広い部屋。入り口に在ったのと同じ、いや、それ以上の大きなシャンデリア。両脇に並ぶ兵達。小さな天窓から沢山の光が差し込み、室内は神々しさすら在った。そんな、部屋の正面の大きな玉座に座る人にディーナは目を見開いた。


 短い黒髪。鋭いその瞳も髪と同じ黒。そして、まとう服さえ漆黒だった。男性らしい強さもあるが、玉座に座っている姿だけで絵になるほど綺麗だとディーナは思った。


「連行致しました!」


 両脇の兵士達が膝をつくのに習い、ディーナも慌てて膝をつく。


「・・・連れて来いとは言ったが、捕縛しろと言った覚えはない。腕の縄は解け」


 低く通る声が鼓膜を揺らす。緊張からかディーナは自分の心臓が恐ろしい速さで動いているのが分った。


「しかし・・・」

「俺に逆らうか?」


 王の静かな声に皆背筋を寒くさせた。兵士はいえ!と即座にディーナの腕の縄をナイフで切った。


 ディーナは自由になった腕を擦り、おずおずと王を見上げる。王はディーナを見下ろし、口を開いた。


「ディーナだったな?ここに連れて来られた意味は分かっていないだろう」

「は、はい・・・」


 勿論連行される覚えはないし、城に来る道中も兵士達は一言も口を開かなかった。


 王が玉座を立ち、ディーナに歩み寄る。両脇にいた兵は一斉にディーナから離れ、王の邪魔にならないよう動いた。ディーナは緊張か恐怖か分からないが、震える体を抑えることが出来ず、瞬きすらすることができなかった。


 鋭く、感情の読み取れない深い黒の瞳に捕らわれる。


「お前は人を癒す歌声が使えるのだと聞いた。歌ってみろ」

「え・・・」


 突然の内容にディーナは困惑する。確かに歌は好きでよく村では歌っていた。皆も上手いと褒めてくれ、ディーナの唯一の特技と言ってもよかった。ディーナの歌声を聴きに訪れたよそ者もいたほどだ。


「聞こえなかったか?」

「い、いえ!!」


 現実逃避に思考を巡らせていたが、王の低い声に現実に戻される。ディーナは声が震え、どうしようもなかったが目を閉じ、必死に村の様子を思い浮かべいつものように歌う。


 最初は震えていた声もやがて氷が解けるように緩やかに伸びていった。決して大きくはないというのに謁見の間一杯に響く声。心地良く鼓膜を揺さぶるその声に誰もが聞き入った。儚いがしっかりとしたその声は、奇跡のような感動を皆に与えた。


 ディーナは一通り歌い終わり、目を開けた。すると、目の前に王が居ることに思わず短く悲鳴をあげ肩を跳ねさせる。


「気に入った。ディーナ。俺の物になれ」

「へ・・・?」


 どういうことなのか、意味がわからなかった。


「ここでその歌声を俺に聞かせ続けろ」


 二度目の言葉でようやく意味を理解した。

 

 それは逆らってはならない氷の覇王からの命令だった。

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