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04 ハルの疑問

「——どうして……あんなにたくさんの奴隷の中から私を選んだの?」





 ハルの心の中には一つの疑問が浮かび上がっているようだった。


 奴隷商人のススメでもなく、あの数ある奴隷の中からなぜ私のような幼い子供を選んだのか、という疑問だろう。


「……あそこでも言っただろう、お前が生きたいと答えたからだ」


「そ、そんなの理由になってないよ……生きたい人なんて私の他にもたくさん……」


 ハルの言葉がそれ以上続くことはなかった。

 ブリガンテの言葉によって遮られたのだ。



「そいつは違う」



 なんとも言えない威圧感にハルは黙り込む。


 なぜ? この言葉自体には何も感じられない。

 言葉ではない。

 ブリガンテが放ったということになぜか、言いようのない覇気のようなものを感じていた。


「お前もみていて気付かなかったのか? あそこの連中の目は生きようとする活力をまったく感じられない」


「……」


「あいつらはな……あそこで生きたまま死んでんだよ」


 生きたまま死んでいる。

 その表現は、奴隷商の扱う商品たちに最も似合う言葉であろう。


 彼らの瞳はこの世の全ての絶望に押しつぶされたかのような、もっと言えばこの世界の絶望を全て背負って生きてきたかのような、そんなことを思わせる瞳をしていた。


 だからこそ、そんな腐りきったリンゴばかりしかなかったあの場所で一際輝く彼女のキラキラした瞳がブリガンテの心を動かしたのだろうか。


「お前を選んだ理由は目が死んでいなかったから、だ」


「そう……なの」


「おう、そうだ」


 そう言ってニヤッと不敵に微笑むブリガンテをみて、なぜかハルは安堵の表情を浮かべていた。


 しかし、まだハルの中では疑問が完全になくなったわけではない。

 この男は一体どういう目的で自分を買ったのかという疑問だ。


 まさか、何の理由もなくただボランティアなんて理由で解放してくれるわけでもないだろう。

 ブリガンテへと二つ目の疑問を問いかける事にする。


「じ、じゃあ私を買った理由は? 幼女好き?私の体目的なの?」


 思わず声を荒げる。

 とても幼い姿をした女の子から発せられたとは思えないような卑猥な言葉にブリガンテは少し驚いたかのように体を仰け反らせる。


「あ……」


「お、お前……見た目によらずとんでもねぇマセガキなんだな」


「なっ……!?」


 ハルはハッとしたかのように顔を真っ赤にする。


 しばらく顔を赤らめて黙り込んだままだったが急に顔を上げたかと思うと吹っ切れたかのようにブリガンテへと、その真っ赤な顔で再度問いかけた。


「しっ、質問に……答えて……」


「ふむ……そうだなぁ、まずどこから話したらいいのやら」


 ブリガンテがそう答えると同時にコンコンと扉をノックする音が聞こえる。


 窓から見える景色から、日が暮れてしばらく経った頃だ。

 おそらく宿屋の人が夕食を運んできてくれたのだろう。


「まっ、それについてはとりあえず飯を食ってからにしよう」


 そういってブリガンテは立ち上がって扉の方へと向かって行った。








「ふぅ……」


 夕食のシチューを平らげ、ブリガンテは満足そうに声を漏らす。

 ハルもちまちまと食べてようやく食べ終わったようだった。


「そ、それじゃあ早速さっきの話に……」


「食器」


 ハルが先ほどの話の続きをしようとしたところでゴロゴロと寝転がるブリガンテが食べ終わったシチューをのせていた食器を指差す。


「へ?」


「下いって食器直してきてくれ。話はそれからだ」


「ぐ、ぐぬぬ……」


 ベッドの上でゴロゴロするブリガンテを前に悔しそうな表情を浮かべながら食器を回収する。


「な……直してくればいいんでしょ」


「そうだ、直してこい」


 扉を開けて廊下に出る。

 ハルは猫耳をもふもふさせながら階段を下っていく。


 奴隷と主人という関係上、本来ならばこんな光景は当たり前といえば当たり前なのだが人として、いや一人の男としては猫耳少女にこんなことさせるのは最低だと言えるだろう。


 もっとも、奴隷を買ってしまっているという時点で人としては既に終わっているのかもしれないが。


「はぁ……」


 深いため息を漏らしながら階段を下ったところにある食堂の前へとやってきた。


「あの、すいません食器を直しに来ました」


「あぁ、すまないね。そこ置いといてくれる?」


 厨房には女将さんのような和風な姿をした女性が袖をまくって洗物を行っている最中だったようだ。


「わかりました」


 女将さんの指示どおり、鉄でできた棚の上におぼんと食器を置く。


「それじゃ失礼します、ご馳走様でした」


「あいよ」


 ぺこりと頭を下げ、もと来た階段を上って早歩きで部屋へと戻っていく。

 ハルとしては、早く質問の答えをブリガンテから聞きたいという感情があってのことだろう。


「きゃっ!」


 ドスンと何かにぶつかって尻餅をつく。

 ふと顔をあげると、何やらみすぼらしい格好をした男が3人ほど佇んでいた。


「す、すいませ……」


「お? なんだこの猫耳娘?」


「へー結構カワイイ顔してんなぁ」


「……!」


 1人の男がハルへとその汚い手をのばす。

 ハルはその手を払いのけ、部屋へと戻ろうと横を通り抜けようとする。


「し、失礼します!」


「いってぇな! このガキ何しやがる!」


「おい、こいつ部屋連れてくぞ! 最近ストレス溜まってたからな、いい機会だ!」


「なっ、何を……!」


 二人掛かりで押さえつけられ、幼い少女の身体ではもはや抵抗することはできなかった。


「いやっ!」


「オ、オレ猫耳結構好きなんだよ……へへ」


「は、離してくださいっ!」


「おーおー、きゃーきゃー喚いちゃって」


 少女は叫ぶが、誰も助けてはくれない。

 その声はおそらく、付近の部屋まで聞こえていたであろう声だったがブリガンテの部屋まで聞こえることはないようだった。


「ふ、ふへへ……カワイイカワイイ猫耳娘ェ……」


 ハルを押さえつけていた男がいやらしい手つきでハルの肌着をめくろうとする。


 必死に抵抗するが2人の大人の男に押さえつけられ、抵抗虚しく半分ほどその白い肌着がめくれかかり、ハルの肌が晒されたところで男の手がピタリと止まった。


「……な、なにこれ?」


 肌着をめくっていた男はハルの“隷属の烙印”をみて不思議そうな顔をうかべる。

 同時に一緒にいた男が声を荒げた。


「こ、こいつ奴隷だ! 烙印が刻まれてやがる!」


「なに!?」





 男の声は確かにもう一人の男へと届いてはいた。

 が、それも結果論だけを見ればまったく意味のないことだった。


 男の大声と共に、ハルを押さえつけていた男の顔が何者かによって蹴飛ばされ、壁に激突する。


「ウガッ……ッ!」


 男の顔から血がボトボトと流れ、壁にはおぞましいほどの血痕がのこる。

 そんな仲間の様子をみてハルを押さえつけていたもう1人の男が声を荒げ、立ち上がった。


「て、てんめぇ……ッ!」


 腰に下げていた直剣を抜き、両手持ちで後ろからぶった切る勢いで斬りかかる。


 が、その斬撃もあっさりとかわされ、カウンターのように腹部に強烈な膝蹴りを食らう。


「グホォ……ッ!」


 男はあまりの衝撃に、その場に倒れこんでゴボゴボと大量の嘔吐物を吐き出す。


 筋肉質な男2人が細身の男に圧倒される様をただ呆然と眺めるだけで、あっという間に最後の1人となってしまった男は、左腰に下げられた剣を抜こうとするも、その右手はブルブルと震えきっていた。


「なんなんだよ……一体なんなんだよお前はッ!」


 男の声など無視して、地面に伏せたまま震えていたハルの頭を優しく撫でる。





「ったく……お前は食器もまともに直しにいけないのか?」





 ゆっくりと顔を上げると、あの憎たらしかったブリガンテの呆れたような顔がはっきりと見えた。


 あんなにも憎たらしかったはずの男の顔なのに、今のハルにとってはその、呆れきったような顔がとてつもなく震え切っていた心を安心させる事となっていた。






「ブリ……ガンテ……ッ!」






 少女の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。

 その涙が、地面に滴るまでにそう時間が掛かることはなかった。

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