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03 宿屋までの道のり

 街道の洋服店の前にたどり着くとブリガンテは、扉を開け洋服店に入る。

 中では若い女性がカウンターで服を折りたたんでいた。


 ブルブルと震えるハルの横でブリガンテは、黙々と洋服を眺め続ける。


「ふむ……」


 顎に手をあて、並べられた洋服をまじまじと眺め始める。


 一枚の白いワンピースを手に取り、服の材質や質感などを手触りで調べ始めた。

 現状、経済的にあまり余裕のないブリガンテは安くてなおかつ見た目の良い服を探している様子だった。


「これなんてどうだ?」


「どうって……」


 手渡されたワンピースを見つめるがどうも気に入らなかったのかなんともいえない表情を浮かべる。


「なんだ、気に入らなかったか?」


「いや……そもそも私に決定権なんてないし……」


 ワンピースを握りしめて、ハルはまたもその小さな声で小さくつぶやく。

 ハルのその言葉にブリガンテは少し驚いたように目を丸くさせた。


「そうか……奴隷にはそんな誓約もあったんだな」


 ブリガンテは、ハルからワンピースを返してもらい元あった棚へと戻す。


「それじゃ……そうだなぁ」


「……?」


 棚へとワンピースを戻してなにやら独り言をつぶやくブリガンテを不思議そうにみつめる。


 しばらくしてブリガンテがすっと振り向いてハルと同じ視線になるようにしゃがみこんだ。





「“ハルは今をもって主人が命令した時のみ従うものとする”……これならどうだ?」


「え……?」




 ぽんとハルの頭へと手を置くブリガンテ。

 ハルには一瞬その言葉の意味がわからなかった。


「これで多分、物事の決定権はハル自身に渡るんじゃないか? 奴隷についてはあまり詳しくないからわからんが……」


「……ふっ」


 ブリガンテの頭をポリポリかいて困ったような表情と行動に、ハルは初めてクスリと微笑んだ。

 ハルの笑顔にブリガンテもおっと思わず声を漏らしてしまった。


「ほんと変わった人だね」


「おお、お前初めて笑ったな」


「あ……うん、そうかも」


 ハルは微笑むブリガンテをみてすこし照れ臭そうに目線を逸らす。

 そんなハルをみてブリガンテはポンとその小さな背中を押した。


「ほら、これで自由に服を決めれるんだ。好きなのを選べ」


「え……いいの?」


 ハルの耳がピクっと動く。

 上目遣いでブリガンテの方をみるその様子は他人からみれば先ほどまでの怪しい二人というような様子とは違い、妹を慰める優しい兄、というような表現の似合うような様だった。


「構わん、だがあんまり高いのはカンベンしてくれよ」


「あ……その……」


 ハルがなにやらごにょごにょと何かをつぶやく。

 ブリガンテはうまく聞き取れないのか不思議そうな顔をしながらハルをみつめる。


「ん?」


 腕をくみ壁にもたれかかるブリガンテにハルは、自身の服の裾をぎゅっと抑えながら恥ずかしそうにつぶやく。




「あ……ありがとう……」




 今にも消えゆきそうなか細いその声は、しっかりとブリガンテの耳に届いていた。

 ブリガンテはポリポリと頬をかいてハルをみつめる。


「気にすんな、ほらさっさといってこい」


 ハルの背中を押すブリガンテは、彼女には見えなかったがその頬は少し赤らんでいた。









 洋服店を後にし、あたりはすでに赤く染まり始めている。

 夕焼けの空を見上げながら二人は並んでどうどうと街道の真ん中を歩いていた。


「本当にそれでよかったのか?」


「うん」


 洋服店でハルの購入した服は、防寒性の薄そうな純白の肌着に青のショートパンツ、そして獣皮でできたブーツをはいている。


「なるべく涼しい格好がいいから」


「……まぁ、お前がそれでいいのなら構わんが」


 ポケットに手をつっこんで歩くブリガンテを見ながらハルはその隣を歩いていた。


「ねぇ、今どこに向かってるの?」


 洋服店を出て、ブリガンテはどこに行くかなどはハルには告げていなかった。


 フラフラと歩くブリガンテにハルは着いていかざるを得なかったが、それを不思議に思うのは当然のことだろう。


「宿屋だよ、さっき洋服店の人に聞いたんだ」


 頭をかきながら眠そうな顔をしてブリガンテはフラフラと歩いている。

 そんなブリガンテの様子とは対照的にハルはニコニコしながらスキップで歩いていた。


 奴隷とはいえ隣に笑顔で話しかけてくれる少女がいるというのに、こんなにも素っ気ない態度をとるこの男は人としてどうなのだろうか。


「なーんか素っ気ないなぁ」


「あー悪かったな」


 ハルのジト目で見つめるその顔など見向きもせず適当に返事を返すブリガンテ。


「……ったく、急に馴れ馴れしくなりやがって」


「何かいった?」


「何でもねぇよ」


 ブリガンテのつぶやいた言葉が聞こえていたのか少しかなしそうにうつむきながら下を向いて歩く。


 そんな彼女の様子にブリガンテはめんどくさそうに頭をかきながら彼女の頭をポンと叩いた。


「ほら、ついたぞ」


 ハルが顔を上げたその視線の先には、木でできた大きな宿屋がたたずんでいた。


 大きな扉を開けて中へと入って行くブリガンテに続くようにハルがその後ろをついて行く。










「いらっしゃい!」


 ブリガンテが宿に入ると同時にカウンターにたたずむ女性の声が宿に響き渡る。

 ブリガンテはニコニコしながらカウンターに立つその女性へと話しかけた。


「2人、この宿に泊まりたい」


 ブリガンテの問いかけに、女性は少し顔を曇らせる。

 女性はなにやら考え込むような素振りをみせブリガンテにこう答えた。


「あー悪いね……今2人部屋が空いてなくてさ」


 女性は申し訳なさそうにブリガンテへ謝る。


 2人部屋というのは、要するにベッドが2つある部屋で1人部屋というのはベッドが1つある部屋である。

 基本的に宿屋にはこの2種類の部屋が用意されているがどうやら今日は2人部屋がすでに満室となっていたらしい。


 女性の言葉にブリガンテは困ったような表情を浮かべるがすぐに返答をする。


「まぁ、野宿をするわけにもいかんしな……シングルベッドで構わない」


「そうかい? すまないね」


 そう言うと女性は、カウンターの下をもぞもぞと探って一本の鍵を取り出し、ブリガンテへと手渡した。


「それが部屋の鍵、食事は外でとっても構わないけど一応料金には夕食分と朝食分は含まれてるから気をつけてね」


 食事に関しては特にこだわる理由もないだろう。

 料金に含まれているのならここで食べない理由はない。


 ブリガンテは鍵を受け取ってポケットの中へとしまう。


「夕食は日没後に部屋に運ぶから、ここで食事をとりたかったら部屋にいてね。朝も同様に日の出とともに部屋に運ぶから」


「わかった」


 ブリガンテは女性の説明を受け、軽く頷く。


 この世界には時間という概念がなく日の出とともに朝食をとり、日没とともに夕食をとる。

 1日2食がこの大陸に住む一般庶民の正しい食生活といえるだろう。


「今回は1人部屋に無理やり詰め込んじゃう形になっちゃったからね、料金は1人分の100ゴールドで構わないよ」


「そうか、悪いな」


 ブリガンテは料金をカウンターの上に置く。

 女性がその金を受け取り、カウンターの下へとしまいこんだ。


「部屋はここの階段を上って一番の奥の部屋だからどうぞごゆっくり」


「ほら、いくぞ」


「ふぇ!?」


 隣でボーッとしていたハルの頭をバシッと叩く。

 ハルは頭を押さえて涙目になりながら怒ったような目でブリガンテを見つめる。


「もー! 叩かないでよ!」


「お前がボーッとしてるからだ、来ないならほってくぞ」


 ブリガンテはハルを置いて女性の指差していた階段へとむかう。


「あ、ちょっとまってってば!」


 ハルもドタバタしながらそれに続いて階段をのぼりはじめた。










「ふぅ……」


 部屋につくとブリガンテはベッドに腰掛けるといきなり疲れ切ったような声を漏らす。

 ハルは地面に座ってそんなブリガンテの様子を眺めていた。


「どうした、そんなとこに座って」


「いやだって私、奴隷だし……」


 ハルはそう冷たくいい放つ。

 そんな様子にブリガンテはぶっと笑ってハルへと問いかけた?


「なんだお前、奴隷としての自覚なんてもんがあったのか?」


「そ、そりゃ一応……あるよ」


 ブリガンテの問いかけに少しうつむき加減にそうハルは答える。

 ブリガンテはすっと立ち上がって地面に座りこんだハルの手を優しく引く。


「ほら、せっかくの新しい服が汚れちまうだろ」


 パンパンとハルの洋服を優しくはたく。


「そういやまだ俺の自己紹介もしてなかったな」


「あ、確かに……」


 ハルは忘れてたなーというような顔でブリガンの顔を見つめる。

 ブリガンテはハルをそばにあった椅子に座らせてベッドにまた腰掛けた。


「俺の名前はブリガンテ。姓はない」


「ブ、ブリ……ガンテ?」


 ハルは不思議そうな表情を浮かべる。

 ブリガンテなんて名前は確かにこの大陸では少し珍しい名前ではある。

 姓に関しては別段この世界では気にするほどの事でもないだろう。


「まぁ確かに珍しい名前かもしれないな。お前には姓はないのか?」


「キサラギ……ハル・キサラギ」


「キサラギ……か。随分と北方的な名前だな」


「故郷がシルヴァニアだから」


 ハルのその言葉にブリガンテは目を丸くする。

 シルヴァニア、まさにブリガンテが向かおうとする国そのものだった。


「なんだ、お前シルヴァニアの出身だったのか」


「え、まぁそうだけど……それがどうかしたの?」


 あらためて聞き直すブリガンテに不思議に思ったのか、ハルはブリガンテにそう問いかけた。


「今俺が向かおうとしてるのはそのシルヴァニアなんだ」


「こ、こんな南の街からシルヴァニアに向かうつもりなの!? かなり遠いと思うんだけど……」


 ハルが驚くのも無理はない。

 バッグダードの街は南西部に位置しているとはいえ、北側には大陸を2分するヴィザンツ山脈がそびえたつ。

 まずそこを超えることがこの旅の最初の難関となることだろう。


「まぁそうかもしれんが……とりあえずいってみない事にはわからんだろ」


 そういってブリガンテは大の字でゴロりとベッドに転がる。


「はぁ……なーんにも考えてないんだね」


「まぁな」


 そんな楽観的なブリガンテを見ていたハルにはその時、1つの疑問が浮かんでいた。


 なぜ、この人はあの数ある奴隷の中から私みたいなのを選んだのだろう?と……




「1つ質問していい?」


「なんだ?」


 ハルの言葉にブリガンテはその体を起こし、ハルの顔を見つめる。







「——どうして……あんなにたくさんの奴隷の中から私を選んだの?」

閲覧ありがとうございます。

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