01 バッグダードの街
奴隷少女と傷だらけのドラゴンの閲覧を考えていただきありがとうございます。
本作品は完全なオリジナルですが、以前書いていた作品とすこし似通った表現があるかと思われます。
また、小説に関しましては素人に近いので、駄文であることを先に謝っておきます。ごめんなさい。
——古の時代。
世界にまだ竜しかいなかった時代、彼らは死という概念を持たず、それぞれの竜が共存しあい争うことなく平和に生きてきていた。
だがやがて下界にはヒトという生物が生まれ、ヒトは竜を恐れ、忌み嫌い天空に住まう竜との関わりを避けた。
そして時は流れる。
いつしか、ヒトの中には王と呼ばれる者が生まれていた。
王は自分たちより上の世界にいる竜達を憎み、王は竜達に戦いを挑む。
後に竜大戦と呼ばれるその戦いはあまりにも凄惨なものだった。
竜達の逆鱗に触れてしまったヒトは、“災厄の黒竜”の黒き炎に焼き尽くされ、“暗黙の風竜”の竜巻に粉々にされ、“混沌の凶竜”の凶悪な牙によって噛み砕かれた。
竜の圧倒的な強さの前に為す術もなく、ヒトは甚大な数の兵力を失い王の無謀とも言えるヒトと竜の戦争はヒトの完全なる敗北に終わったかのように見えた。
だが、そんな無謀ともいえる挑戦を成し遂げんとする二人の勇者がいた。
後に英雄王と呼ばれる事となる勇者ロムレスと、名もなき騎士の少女エミリア。
二人の勇者、ロムレスとエミリアは天空より舞い降りた一匹の竜にまたがり、元より下界に住んでいた飛竜を率いた竜狩りの大部隊を編成し、竜達の根城となっている雲の上の天空の大陸、ハルバードへと侵攻し古竜達と壮絶な死闘を繰り広げた。
志半ばでエミリアは力尽きてしまったが、ロムレス率いる竜狩りの大部隊は、数千はいたであろう竜の半数以上を殲滅し、生き残った竜達もその象徴となっていた翼を切り落とされロムレスによって下界へと叩き落とされた。
下界へ落とされ、瀕死の状態となっていた竜達は翼を失い故郷へと帰ることが出来なくなり、彼らはヒトに擬態して生きていくことしかできなくなってしまった。
圧倒的な強さを誇っていた竜達は、自分たちより遥かに弱い存在であるヒトに敗れたのである。
そして、それから数千年の時が過ぎ、人々は古の竜の存在などおとぎ話のように感じていた。
毎日が平和で、争いのない日々が当たり前のように感じ始めていたのだ。
そう、竜大戦後に英雄王によって下界へと落とされた翼のない古竜達の存在をも忘れて……
——ハルティア大陸南西部に位置するバッグダードの街。
商人たちや、探求者たちがよく立ち入る大陸の中継地点ということもあり人の往来が激しいこの街には、探求者となるための神殿が存在する。
そこへ、一人の若い男が探求者となるべくバッグダードの神殿へとやってきていた。
「探求者になりたいんだが」
中背の、黒髪の男が神殿の受付の女性に声をかける。
メガネをかけ、知的な風貌のその女性は男を見てニッコリと笑った。
もちろん、仕事上の笑顔で本心の笑顔などではない。
「新規の方ですね、ではこちらに……」
女性が机の下から羽ペンと、一枚の羊皮紙を取り出す。
羊皮紙には名前や年齢、出身国などを書き込む欄がある。
男はペンと紙を受け取り、スラスラと紙に書き込む。
記入が終わり、受付の女性に紙とペンを手渡す。
「ブリガンテ様……ですね。それでは現段階の身体能力を数値化致しますのでこちらへどうぞ」
「あぁ」
紙を渡した男、ブリガンテは女性の後をついていく。
数刻ほど階段を下り続けた所で少し開けた場所に出た。
中央に大きな魔法陣のような模様が刻み込まれており、壇上には神父のような格好をした初老の男が佇んでいた。
「それでは能力を数値化致しますので、陣の中央に立って頂けますか」
「わかった」
ブリガンテは女性の指示通り陣の中央へと立つ。
女性は神父の横へと向かい、携えていた羊皮紙を神父へ手渡す。
「ふむ……ブリガンテ様ですな、数値化の際に体に少しばかり痛みを感じる場合もございますので予めご了承ください」
神父が細い目でジッと紙を見つめながらそうブリガンテへと告げる。
ブリガンテは眉一つ動かさず、一点を見つめたままポケットに手を突っ込んで一点を見つめていた。
「構わない」
ブリガンテは静かにそう言った。
その言葉に動かされたように、神父は懐からタリスマンを取り出す。
「それでは……」
神父は手のひらよりも小さいタリスマンを抱え込むような体制で祈りを捧げる。
それと同時に陣は光り輝き、光は佇むブリガンテの体を包み込んだ……
かのように見えた。
「ッ……!」
神父が祈りを捧げながら、閉じているようにしか見えなかった目をバッと見開く。
ブリガンテを包み込んだかのように見えた光は一瞬にして消え去ると同時に光り輝いていた陣も光を失ってしまった。
「ど……どういう事……?」
神父の横で様子をみていた女性も、神父と同様に目を見開いていた。
それもそのはず、長年この神殿で勤めている女性にとってこんなことを目の当たりにしたのは初の体験だからだ。
「おい、どうなってる? 数値化はできたのか?」
何が起こったのかわからずにひとまず神父に問いただす。
しばらくして神父がその垂れきった口をゆっくりと開いた。
「に、にわかに信じがたいですが……どうやらブリガンテ様の能力値が規格外に高すぎるために、私の祈りでは数値化できなかったようです……」
神父自身、こんなことはありえないというような顔でそう言い放つ。
神父の手元には一枚のカードが握られていた。
「数値化が……できないのか?」
「一応、探求者カード自体は出来上がってはいるのですが……」
それを聞くとブリガンテは神父の元へと向かい、神父からカードを受け取る。
「な、なんだこれは?」
カードにはブリガンテの名と年齢など、紙に書いた情報は明記されているが、能力値はすべて測定不能と書かれていた。
「ま、まさか探求者になれないなんてことはないだろうな?」
カードを握りしめてブリガンテは、神父へと問いただす。
神父は困ったような表情を浮かべるがすぐに返答する。
「探求者になれないということはないのですが……ブリガンテ様の能力に見合った迷宮の探索は、明確な数値化が行われないとできません」
「……つまり、探求者としては下っ端から始めなければならないということか?」
「そう……いうことになりますな」
神父が腕を組み、なんともいえないような表情を浮かべた。
「私を上回る聖職者ともなると、この近辺にはいませんので数値化できる聖職者を探すとなるとかなり長い旅をすることになるかと……」
「そうか……」
ブリガンテは残念そうな表情を浮かべ、探求者カードを見つめる。
「あの……」
そばで呆然とするだけだった受付の女性が口を開いた。
神父とブリガンテの視線が女性へと向く。
「私の知り合いに一応、かなり高位の聖職者がいるのですが……」
「ほ、本当か!?」
「キャッ!?」
ブリガンテが女性の肩をガッと掴む。女性はそれに驚いたかのように可愛い声を出す。
「ちょっ……! 離してください、痛いですッ!」
「あっ……わ、悪い……」
ブリガンテは慌てて女性から手を離す。
女性はメガネをクイッとして崩れた洋服を軽く直す。
「こ、ここから北に進んだ小国シルヴァニアの大神殿の聖女が私の知り合いなんですが、確かその子の話では大陸で五本の指に入るほどの高位の聖職者だとか……」
「そ、その聖女ってまさかユリアナの事かね!?」
「い、痛い痛い! やめてください神父さん!」
神父がまたもや目を見開いて女性の肩をぐっとつかむ。
旗から見れば軽くセクハラのようにもみえる。
神父がハッとしたように手を離すと女性は深くため息をついてメガネをクイッと直す。
「た、確かに神父さんの言ったとおり聖女ユリアナという子が私の友人です」
「そうか……とりあえずそのユリアナって子に頼めばいいんだな」
ブリガンテは探求者カードを懐にしまって立ち去ろうする。
「ありがとう、世話になった」
「あ、ちょ、ちょっと待ってください!」
女性が立ち去ろうとしていたブリガンテを引き留めた。
ブリガンテはそれに反応して、振り向き女性を見つめる。
「紹介状を書きますよ。ユリアナはあまり人と喋りたがらないんです」
「そうなのか? それじゃ頼んでもいいか?」
「ええ、任せてください」
女性は受付へと続く階段へと向かい、階段を上っていく。
先ほどと同じようにブリガンテが女性の後をついて行っていた。
階段を上り切り、先ほどの受付には別の女性が立っていた。
女性はペンでスラスラと紹介状を書いてブリガンテへと手渡す。
「これでユリアナに会うことができると思います」
「おお、何から何まで悪いな」
女性から紹介状を受け取り、懐へとしまう。
「色々と世話になったな、本当に助かった」
「いえ、これも仕事の内ですよ」
女性はニッコリと笑いかける。
この笑顔も営業スマイルなんだろうが、ブリガンテはすこしその笑顔をみて癒されたような気持ちになったようだった。
「それじゃ……な」
「ええ、また会えるといいですね」
「あぁ」
女性は立ち去ろうとするブリガンテに手をふり、別れを告げた。
神殿を出たブリガンテは、これからどうしようかと悩み神殿前の階段に腰掛ける。
「さて……」
ブリガンテはふと空を眺める。
青い空。
どこまでも続くこの空の向こうには、かつて古の竜達が住んでいた天空の大陸、ハルバードが存在する。
伝承の通りならば今もなお、その大陸は存在しつづけているのだろう。
人々は古竜なんてただのおとぎ話だという者もいるが、ブリガンテは知っていた。
そう、古竜は実在するのだ。
そして、今もなおこのハルティア大陸に古竜たちは……
「ちょっとそこのお兄さん」
「ん?」
階段で寝そべっていたブリガンテに黒いフードをかぶった怪しい男らしき者が声をかけてくる。
フードを深く被っているため、口元しか黙認することしかできない。
声の質感からして恐らくは男性だろう。
「あんた、探求者だろう? どうだい、旅のお供に奴隷でも買っていかないか?」
階段で寝そべりつづけるブリガンテをみて、男はしゃがみ込んでブリガンテに話しかける。
男の様子にブリガンテは体を起こし階段に座り込む。
「あー……奴隷ねぇ……」
「そうそう奴隷。どうよ? 興味ない?」
奴隷制度はハルティア大陸には確かに存在する。
身寄りのなくなった者、人攫いによって売り飛ばされた者、借金の返済が間に合わずに止む無く身を落とした者などが人間としてではなく商品として売り買いされる者たちのことを総称して奴隷と言う。
事情は様々だが、大抵はその奴隷としての人生はお世辞にも素晴らしい人生だったとは言えないだろう。
そしてその奴隷を売り買いするこの男。
一般に奴隷商人と呼ばれるが、職業柄あまりまともの人間のやる仕事ではない。
「生憎、そんなものを買う金なんて持ち合わせてないんでな。悪いが他を当たってくれないか」
奴隷といっても元は人間、それなりの価格で取引される。
今のブリガンテにそんなものを買うほど懐に余裕はなかった。
だが奴隷商人はそんなこと気にも留めず、気さくに話しかける。
「またまた〜! あんた相当強いじゃんか! 見ればわかるよ〜!」
奴隷商人の男はブリガンテの肩をポンポンと叩いて不気味な笑い方で笑う。
「へぇ……なかなか便利な目を持ってるんだな」
「俺の目を舐めてもらっちゃ困るね、鑑定眼を持った奴隷商人なんてなかなかいないだろ?」
「……まぁ、そうだろうな」
奴隷商人はそういってまた不気味な笑い方で笑っていた。
鑑定眼。
視界に入れた者の能力を使用者の頭の中だけで数値化する特殊な能力である。
この能力は基本的に生まれついて備わるもの故に能力自体は非常に希少なものだ。
「あんたほどの能力があればA級の迷宮の一つや二つヨユーで攻略できんだろ? その宝を売れば奴隷なんていくらでも買えちゃうぜ?」
ハルティア大陸の各地に点在する迷宮にはランク分けされている。
上のランクになればなるほど迷宮の危険度は増すが、その分得られる宝物も高価な物となる。
「あぁ、さっきここの神殿で測定不能とかいわれたばかりだ。今のところそんな高位の迷宮には入れないんでな」
ブリガンテはそう言って後ろの神殿を指差す。
またもやそんなことを気にせずに奴隷商人がブリガンテに詰め寄ってくる。
「あぁ、金ならいつでもいいぜ? あんたほどの強さなら、必ずA級以上の迷宮を攻略するだろうからな!」
男はそういって不気味な笑い方で笑う。
ブリガンテもなんともいえない表情をしながら深くため息をつく。
「まっ、とりあえず商品をみていかね? 決めるのはそれからでもいいだろ?」
男の強引なやり口にすこしブリガンテは流され気味になっていた。
「……そうだな、まぁ見るだけなら構わんが」
「よっしゃ、そうと決まればさっそく俺の店に行こうぜ!」
男はブリガンテの背中を押し、階段をおりて路地裏の方へと向かっていく。
男に流されながらブリガンテはフラフラと男についていくのだった。
閲覧していただきありがとうございます。
よろしければ、感想など残していただけると非常にありがたいです。