干支達の夢 その二a 【屠殺法】
干支に関するショートショートです。今回は牛偏 その2です。長さはほぼ葉書一枚分。一分間だけ時間を下さいませ。
西暦二千五十年代、食生活の変化に伴い急進的動物愛護団体の台
頭も著しく、日本でも遂に【屠殺法】が制定された。そして西暦二
千五十七年、日本における菜食主義者の割合が八十五%を越えた事
は、肉を食する者の立場を更に厳しいものとしていった。
「一郎、今日はホフリの日だから早く帰って来るんだよ」
母さんがハンマーの手入れをしながらそう言った。今日はホフリ
の日だ。それは分ってる。でも、僕は嫌で嫌でしょうがないから、
普段から思っている事を遂に口にした。
「ねえ、母さん、うちでも食采センターに登録しようよ。そうすれ
ばホフリをしなくてすむからさ」
母さんは少し悲しそうな顔をしながら
「そうね。この町内ではうちだけだもんね。でも」
そう、口に出してもダメなのは分ってる。父さんが食肉を守る会
の役員をしているからだ。人間は昔から肉を食べて生きてきた。伝
統は誰かが守らなくてはならない。それが父さんの口癖でもある。
「せめて電気を使わせてくれればいいのにね」
三ヶ月前、一撃を逃し、角で突かれた左手をさすりながら母さん
が言った。僕もそう思う。父さん、母さん、僕の三人でかかっても、
毎回命がけの仕事なんだもの。
でも、『命に対しては命を懸けなくてはならない』というこの屠
殺法の精神は正しいと、小学二年の僕でも分る。動物愛護団体が政
治的判断とやらで、ハンマーのみの使用を許可しているのも多分正
しい事なんだろう。
僕は考える。ほんの数十年前までは肉はスーパーで買えたという
のは本当だろうか? 自分で手を下さず、いいとこ取りだけをして
いた人達が居たなんて本当だろうか? そんな事はないだろうな。
肉を食べるというのは、精神修行なんだ。
「ハンマーで頑張ろうね」
僕はさっきの自分の言葉を少し恥ずかしく思い、笑ってみせた。
命を頂いている事を忘れてはいませんか…




