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前しか見ない彼

前しか見ない、というのは一種の視野狭窄だと思うので、あまり良い印象は持てません。確かに前を向けず、過去の囚われ続ける事ほど愚かしい事もありませんが、それでも先の事を予測し推測し、では駄目です。

 これでは『今』から昔の事が何にも見えないのです。

 過去を顧みつつ、前を向く、これでようやく今が見えるのではないんでしょうか。


『トオル ハ ノロイノクビワ ヲ テニイレタ』というテロップが見えた気がします。恐らく幻覚でしょうね、物そのものが持つイメージの凄まじさが計り知れます。

 さて、まず一つ、僕が何故こんな物を持っているか、なのですが――ノーコメントでお願い出来ませんかね。言えない、というよりかは、言いたくないんです。貰った経緯が経緯ですし、簡潔に言っても四百字詰め原稿用紙が二十枚は余裕で埋まります。八千文字です、言えません。それでも言うならば、僕が『然るべき』人物から『ある種』の『褒美』という名目上『押し付けられた』物とだけ。……何か色々なフラグを立ててしまった気分ですね。

 透流は俯いています。両手の指は無意識なのか、確かめるようにずっと首輪をなぞっていました。何度も触って、何を噛み締めているのでしょうか。僕には理解が出来ません。

 生憎ですが、この時僕に罪悪感なるものは微塵もありませんでした。悪い事をした、なんて本当に思っていません。最悪だな、と自分でも思いますが、別に彼の事が憎いとか嫌いとか、そういう事でもありませんでした。彼は鬱陶しいし気持ち悪いですが、そういう感情は更々ありません。

 むしろ彼に対しては、ずっと好感を抱いています。鬱陶しいし、気持ち悪いけれど。

 とは言え、流石に何も知らないままなのは可哀想だと思ったので「透流」と僕は呼び掛けようとしました。彼に付けた首輪は呪われていますが、ただの呪いではないのです。

それを教えようと口を開いた瞬間、「我が君!」と彼は顔を勢い良く上げました。散った金髪が朝日に反射し、瞬きます。それを映した緑の目は極彩に近い色相を示していました。

 性格が真面目に残念だな、と深く頷いた瞬間です。僕はしばらくして「何?」と表情だけで返事をします。

「我が君に呪いを解いて頂けるのですよね!!」

 何だって?

 いえ、失礼しました。真面目に「こいつは何を言ってるんだ」と言いたくなりました。本当に、一体全体彼は、何語を使っているのか疑問で仕方ありません。堪らず訊きました。

「ええと、透流、それってどういう事?」

「だって、『呪いを解く』というのは物語の定石ではないですか!」

 何の物語なのかめちゃくちゃ気になります。訊こうと思ったら、彼は自ら続きを語り始めました。

「ほら、白雪姫とか茨姫とか!」

 見事に御伽噺系ラブストーリーですね大変ありがとうございました。薄々予想はついていましたけど、こうも予想が当たると逆に精神的ダメージが半端ないですね。じりじりHPが減っている気がします。毒状態に近いです。

「つまり我が君イコール王子様ですね! 白馬がよくお似合いになると思っていました!」

 きらきらと鬱陶しいくらいのリフレインが僕の目にダイレクトアタックで急所に当たって瀕死になった気分です。つまり美形死ね。そして僕に白馬は似合わないと思います、暴れん坊将軍的な意味なら唸らざるを得ませんが。

「いやあ、今日は大変良い思いをさせて頂きました。では我が君、また学校で!」

「えっ、ちょっと、透流!?」

 透流は僕に言うや否や、手を振ってその場から一目散に駆けて行きます。忍者系ストーカーなだけありますね、地を跳ね、空を歩くようにアクロバットな動きでその場を離れて行きました。……何という事でしょう。失態です、ただの呪いでないと言い損ねました。

「ま、いいか……」

 実際良くはないのですが、――いや、どっちでも良いですね。

 時刻は五時を過ぎようとしています、僕は溜息をついてその場を離れました。


「で、結局その『呪い』については言えなかったんだ?」

 本日五限、僕は侑太郎に呆れたような口調でそう言われました。

この時間は本来ならば数Ⅰの授業だったんですが担当教諭の出張の為、僕らは自習となったのです。周りも緩い雰囲気で各自自習に取り組んでいました。

 僕も最初は他教科の課題をやっていましたが、背後から肩を叩かれ体を逆に向けました。そう言えば今日の事を報告していなかったな、と思っての事でもあります。僕は侑太郎が視て取れない細かな部分を中心に、すべてを話しました。プライバシー皆無、だなんて、六年もの付き合いとなれば仕様のない事です。

「斎くんって、深追いしないタイプだよね」

 来る者拒まず去る者追わず、みたいな。

 達観した侑太郎の発言にはいくつか心当たりがありました。自分の事ですから、ない方がおかしいです。事実、僕は基本的にそういう人間なので、否定のしようもないですし。そんな考えが視えたのか、僕の顔を見て侑太郎は笑いました。ムカつく。

「ごめんごめん、斎くんって割りと俺に暴言吐くよね」

「信頼してるんだよ」

 今度は侑太郎が閉口する番でした。勝った、僕はそう思い侑太郎に向って勝ち誇った笑みを浮かべます。すると彼は「うるさい、顔も心も言葉も」と何かを消すように手をぶんぶんと振りました。

「僕の幼馴染みは可愛いなあ」

「うるさい、照れる」

 実際照れてるようでした。というか、こんな男同士で甘ったるい事していて何が楽しいんでしょうね。楽しくない訳ではないですけど、ちょっと訳が分かりません。

 しばらく照れて顔を腕で隠している侑太郎を見ていると、唐突に「あのさ」と彼は口を開きました。まだ少し赤みがかった顔をして、口は無意味に動いていますが、気を取り直して、という事なのでしょう。気持ちは分かります。

「『ただの呪いじゃない』ってどういう事?」

「やっと訊いてきたか……」

「やっぱり僕の役目だったんだねこれ!」

 良かった、訊いて良かった、と侑太郎は浅く息をしています。そうですよ、これ侑太郎が訊いてこなかったらずっと謎のままでしたよ。伏線回収は早めに、これは鉄則です。

「伏線でも何でもないと思うけどね、むしろ伏線だとしたら早過ぎる」

「それで呪いの件だけど」

「あっさりスルーされた」

 スルースキルが如実に上がっていっていると評判な斎です、家族にも評判で最近つまらない認定されかけそうになりました。こっちはまともに生活する為なのに、(話していない僕が悪いけど)察しろとキレかけでした。明日のご飯は一律ウィダーインゼリーにしてやる。

「呪いは実のところ、よく分かってないんだ」

 僕の発言に、侑太郎は口角を引き上げました。ただ目は笑っていません。たれ目だからただでさえ心の底から笑ってるようにはあまり見えないのに、意図的にやられると怖さ倍増ですね。家に飾ってあったらトラウマレベルですよ。

「よく分かってないから、長期実験なんだよ」

 けろり、と僕が呟くと侑太郎は両手で顔を覆い、そのまま俯きました。何ですか、何ですか、僕何かしましたか。そう思ったら、大きく彼の口から息が吐き出されました。

「久し振りに斎くんが酷いと思った……」

 ちょっと待って下さい、『久し振りに』ですか? つまり昔は何回か思った事があるっていう事ですか? どういう事ですか真面目に説明をお願いします。

「斎くん、自覚がないとは言わせないよ」

「爆竹常備は中学までの話だし」

「やっぱ常備してたんだねあれ!」

 酷いわ色々と! と叫ばれかけました。少し大きめの声なだけです、授業中という節度は持っているようでした。叫んだら面白かったのに、と思ったのは内緒です。

「筒抜けだよ」

 そう言えば筒抜けでした。てへぺろ。

 せめててへぺろ顔して、と切に訴えられた気がしますが、スルースキル強化期間なので素通りします。咳払いを一回、そして僕は口を開きました。

「でも、方向性くらいは分かってる」

 呪いの方向性、っていうのもおかしな話ですが。詳しく言うと、それに残っている伝承とか、伝えられている製作者の意図とか、そういう事です。

 でも考えてみて下さい。そういうのが残っているという事は、作られた当初から『呪われている』事は周知の事実だった、という事です。これは呪われている、とみんな知っていたのです。そんな明確に呪われている物を、そこら辺適当に置いておいたりしますか、普通しませんよね。

「よってこれは厳重に保管されていたらしい。それこそ誰の目にも触れさせず」

「そりゃそうだろうね……、だったら何で斎くんが持ってるの?」

「『蔵開けたら何か呪われた物があったから、いったんあげるー。いったんこういうの好きだったよねー?』」

「軽っ!? 呪いの品物を渡す時とは思えないくらい軽っ!?」

 ちなみにその時軽く殺意が湧きました。こいつにこの呪いをかけてやろうかと思いましたが、まあ、『こういうのが好き』というところは否定出来ないので受け取りましたよ。よく分かってるじゃねえかてめえ、みたいなノリですね。

「全体的に軽いね、君ら」

 彼に溜息をつかれるのは何度目でしょうか、もう今週に入って数え切れません。嘘です、今ので三十六回目です。侑太郎は肩を竦めつつ「それでも高橋が死ぬような事を望んでいないから性質が悪い」と僕に向かって吐き捨てました。確かに、矛盾しっ放しですね。括弧笑いがいくつ付くのやら。

「ねえ、斎くんって何でそんなに透流に構うの?」

 心中くつくつ笑っていると、侑太郎が目だけで僕の様子を窺ってきました。何の事だろう、わざととぼけつつ僕は首を傾げます。明らかに彼には筒抜けですね。

「……放置しっ放しだと思うけど」

「うそ、だって放置しっ放しならわざわざ散歩に行ったりしないだろ」

「厄介事にしたくないから」

「それこそ嘘だよ、君はそういう事を気にする奴じゃない」

 侑太郎の焦げ茶に染まった目で射抜かれ、僕は詰めていた息をすべて吐きました。幼馴染みって凄いなあと思います。僕はゆっくり息を吸って、焦点を彼に合わせました。

『君はそういう事気にする奴じゃない』、ですか、いや普通は気にしますよ。僕だって今まで健全なお付き合いをしてきた御近所に変な噂を立てられたくありませんし。それでも、昔から僕はほとんど変わりないので、彼の言いたい事は大体当たりです。

 自嘲しつつ僕は笑いました。案外僕は分かりやすい性格をしているらしい、というか根本のところを変える必要はないと思っているんでしょうね。予想以上に頑固なようです、もっと柔軟に、とは思わなくもないですけどね。

「……約束したからかな」

「約束?」

 出会った日に? と侑太郎は訊き返しますが、違う、と僕は首を振りました。名前を知ったのとこの学校にいると知ったのは、体育の授業のおかげだけど。

 湿気と熱を含んだ温い風と、どこまでも突き抜けて行く、呼吸が出来ないような青い空と、当時の彼の髪色と同じ色、でも僕らより背の高い花が一面に咲いた野原と、それを背景にして佇んでいる、影を落とした彼の緑色の虹彩と。

 まるで小説のワンシーンみたいな出会いと別れがそこにはありました。水彩画みたく淡く、おぼろげで、気を抜くと消えていってしまうような、儚いものです。

 ……もう、十年くらい昔の事ですがね。未だに夢に見ます。

「約束は破らないようにしてるから」

「そうなんだ」

 彼の一言にすべてが集約されているようでした。分かったような、分かっていないような、どこか切なげな薄靄がかかった面持ちで侑太郎は僕を見下ろしました。

「大事な約束なんだね」

「でも向こうはさっぱり忘れてるけどね」

「最悪じゃねえか」

 俺の感動を返せ、と侑太郎がぎりぎりと歯軋りをします。大丈夫です、僕もそれについてはかなりぎりぎりしました。出会った瞬間、「どこの誰だか分かりませんが!」と言われた僕の気持ちを百五十字以上二百字以内(句読点を含む)で答えよ、って感じです。いと憂し。

「ねえ……、何でそんなに構うの?」

「……や、約束だから」

 目が泳ぎまくっています。強く出られません、侑太郎の憐憫が纏わりついた視線が辛いです。いや僕だって向こうが忘れている可能性だって考えていなかった訳ではありません、むしろ忘れ去られていると思っていました、本当に。でも。

「この間の『我が君と出会ったあの雨の日以前の記憶は、自分にとっては虚無と同義! 自分はあの日に生まれたと言っても過言ではありません!』って言われた時はね……」

「辛過ぎる……」

 完全に忘れられていた挙句、その事を完璧に抹消されて軽く絶望しましたよ。

 憐れみが滲み出す苦々しさを纏わせた侑太郎の声が僕の鼓膜を震わせます。

「それ、破っても良いんじゃないかな……?」

「そ、それでも約束だから……」

やや心が折れかけていますが。僕を見つつ、侑太郎は喘ぐように呟きました。

「呪いの件は、何か良いんじゃない? って思えてきたよ……」

 どうやら、呪いの件はどうにでもなれ、という結論に達したようでした。


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