5.ふしぎな図書館妖精。
あれから日登美ちゃんの師匠がカラビア先生を叱ってくれたおかげでなんとか師と弟子という関係になった。先生はクローセルさんに頭が上がらないって感じで。しぶしぶ暴言と火をなかなか消してくれなかったことを謝ってくれた。
なので、わたしも仕方なく暴力をふるったことを謝った。暴言は謝らん。こいつの態度が悪いのがいけないんだ。というかクローセルさん、先生のどんな弱みを握ってるの?今度わたしにも是非教えてください。
…とまぁ、喧嘩両成敗で決着がついた。でも、お互いがしぶしぶなので仲良くなったわけじゃない。
ぎごちない授業が続いた。居心地が悪い。
「なんで魔法陣がないと魔法が使えないんですか?」
「魔力は身体という器に入っているがそれが障壁ともいえるそれを魔法陣を使ってはじめて魔力行使ができる」
「へ?つまりどういうことですか?」
「・・・・・・・くっ!」
怒鳴りたいのをぐっと我慢した先生は、眉間を人差し指と親指でつまむとうんうん唸りだした。
なんだよ。わからなかったんだから仕方ないじゃん。
わたしに理解力がないのは認めるが、それをわかるように教えるのが貴方の勤めでしょ?
むすっとした顔でじっと先生の唸る姿を見ていると、ようやく顔を上げた。
「つまり!こう…密閉された部屋があるとするだろ?その部屋の中に魔力という…水、いや、け、煙が入ってるとしよう!」
「煙?!」
なんでいきなり煙?!というか、なんの話だ?!
「とにかく今はそれで納得しろ!で、その掴み所のない煙を外に出すために鍵が必要なんだ。部屋のドアを開ける鍵が」
「鍵ですか…」
「まだわからっ……いや、だからな、今のは例え話で、密閉された部屋が身体、煙が魔力、鍵が魔法陣のことだ」
わかるような、わからないような……。
つまり魔法陣は鍵。魔法を使うための引き鉄ってことかな?
もうちょっと質問したいけど、先生の顔がもう一杯いっぱいです。という顔になってるのでやめておいた。
こんな感じのぎこちなさです。はい。
うちはこんな微妙な師弟関係だけど、皆はどんなかなって興味が出てきた。
部屋にこもってばっかりも飽きてきたところだし、アヤさんの視線も痛いので、皆の様子を見に行こう。
芙蓉宮の廊下を適当にフラフラ歩いていたら、みーちゃんに会った。
「みーちゃん!元気?」
「へ?元気だよ?今朝会ったでしょ?」
朝食はみんなで摂っているので朝に必ず顔を合わせてる。
けどまぁ、元気?とは挨拶みたいなもんだ。深く気にするな!
「みーちゃんは魔法の先生とうまくいってる?」
「ジブリール先生?うん、それなりにうまくいってるよー。今日も図書館で一緒に調べ物する予定」
…うまくいってるんだ。いいなぁー。
しかし、図書館か。どこにあるんだろ?この芙蓉宮にないよね?ということは王宮に行くのだろうか?
わたしも、カラビア先生に全てを尋ねることができないので本で調べたりしたい。
よし!便乗させてもらおう!
「みーちゃん!わたしも図書館に一緒にいっていい?」
「ずみしも図書館?うーん、いいと思うけど先生にも訊いていい?」
「いいよー、ちなみにみーちゃんの先生って女の人?男の人?」
「女の人だよ」
いいなぁー。女の人か。
わたしはみーちゃんと廊下を歩き、芙蓉宮の外へ出た。
「あれ?そちらの子はどなたかな?」
「ジブリール先生!わたしの友達のずみ…志水有唯さんです」
「……みーちゃん、いま、ずみしって言いそうになったよね?ね?」
みーちゃんは苦笑いをして誤魔化そうとしている。いやいや、ちゃんと聞こえたからね?
ずみしという渾名は珍しいのか…言いにくいみたいで、人によっては頑なに呼んでくれなかったりする。
でも、慣れると今度は名前を忘れられたりする。プリクラの時とか、みんな下の名前なのにわたしだけずみとか書かれてたりするとか。
まぁ、それはいい。ちょっと気になったぐらいだ。しかし、人に紹介する時は間違えないでくれ。お願いだよみーちゃん。
「一緒に図書館に行きたいそうです。いいですか?」
「いいわよ~。でも、これも授業の一環だから一緒には調べられないけどいい?」
「もちろんです。ひとりで図書館を散策しています」
みーちゃんの先生は長身だがふんわり癒し系でかわいい。
さすがみーちゃんの先生って感じだ。ますます羨ましい。
「あなたは誰のお弟子さん?」
「カラビア先生の弟子です。一応」
「ああ、あの子ね!うまくいってるの?」
「………いってないけど、ぼちぼちです」
「あらあら、複雑なのね。まぁ、気難しいカラビアくんだし仕方ないわね~」
「……カラビア先生を知ってるんですか?」
「この大陸は魔術師って少ないからね~」
にこにこ顔である。この先生…何者だろう?
カラビア先生は30代ぐらいに見えるけど、この先生は20代ぐらいに見える。
なのにカラビア先生を君付けしている。……見た目通りの歳ではないってこと??
でも、女性に年齢を聞くのは失礼である。尋ねられない。あとで、みーちゃんに訊いてみようかな。
いまは無難な質問してみようかな。
「何を調べに行くか訊いてもいいですか?」
「それぐらいだったらいいわよ~。治癒魔法を調べに行くのよ」
「治癒魔法?!」
なんだそれ。ゲームか?RPGか?回復系呪文か?
胸が躍る!マジですか?マジであるんですかそんな定番魔法!
隣でみーちゃんがにっこにこ顔である。
「わたし水系統の魔法が得意そうだから使えるかもって!」
「水なの?治癒魔法って水系なの?っていうか水系統って何?!」
よくわからない単語が次々と出てくる。しかも、わたしの厨二病をくすぐる!
なんかよくわからないけどカッコイイ!
「あれ?カラビアくんから系統魔法のこと聞いてない?」
「聞いてないです!うちは人間関係がうまくいってないから授業が進まないんです!」
「あら~、それはお気の毒というか…じゃあ、わたしが説明するのはまずいかな?」
「まずいんですか?聞きたいんですけど」
「やっぱそういうのは師匠から聞くべきよ。他人のわたしが横槍入れるべきではないわ~」
雰囲気はふわふわってしてるのにそこはやっぱ大人の女性。
しっかりと釘を刺されてしまった。自分の師匠から逃げないようにって。…へこむ。
すると前を歩いていた先生がとまった。
「ここが中宮の図書館よ~」
中宮とは後継ぎの王子様が住むところらしい。つまり、イシュク王子の宮ね。
なので、勉強に必要不可欠な立派な図書館があるってことだ。
ちなみに、後宮―芙蓉宮にも一応図書室があるらしいが、娯楽のための図書室だとか。
みーちゃんたちは勉強のための本を借りたいのでわざわざ中宮まできたとのこと。
まぁ、わざわざ来る甲斐はあると思う。すっごく広くて大きい図書館だから。
きっとなんでもあるんだろうね。王宮の方にもあるのかな?
「ずみし、わたしたちこっちのコーナーに行ってくるね」
「ああ、うん。ここまでありがとう」
みーちゃんたち師弟と別れる。さて、何しよう。
これだけ本があると何から手をつけていいのかわからない。
といって、司書さんらしき人も見つからない。見つけてもわたしは声をかけれない。こわいから。
とりあえず、うろうろと歩いてみることにした。
「『魔法をつかってみよう!―楽しくレッスン―』ここら辺からかね…」
とにかくわかりやすいのがいい。こども向けとか絶対簡単に書いてあるはず。
絵本コーナーに来たわたしは文字が多そうな絵本を物色し本棚から抜き取った。
この歳で絵本を読むのは些か抵抗あるが仕方がない。
魔法に関してはこの世界の子供以下の知識なのだから。
私は近くの椅子に座り、表紙が分厚い本をめくった。
1時間後、3、4冊読んだあとふと視線を感じ顔を上げた。
・・・・・・・・なんかいる。
いつも視界の端に居る小さな妖精ではない。でも、人間でもない。
だって、妖精みたいなエフェクト撒き散らしてるもん。そして、耳がとがってる。
…エ、エルフではないよね?なんか小さいし。うん、小人サイズだ。
あ、エルフとドワーフのハーフとか?いやいや、落ち着けわたし。
とりあえず、この子に羽はない。
『なんだオマエ、『コレ』が見えるのか?』
なんか話しかけてきた。わたしにだよね?他に誰もいないし。
……無視してはだめですか?
ちらっとそちらに視線を向けると、にやっと笑われた。
『すごい!『コレ』が見える人間はオマエが初めてだ!』
めっちゃ喜んでいる。なんか無視できない。これを無視すると心が痛む。
わたしはしぶしぶ話をすることにした。
「えっとあなたは……妖精ですか?」
『そうだ。だが、万物の根源である超自然物から生まれた『ソレ』とは少し違う。『コレ』は特殊なのだ』
さっきから「コレ」といっているのは自分のことなのだろうか?
自分のことなのに物扱いしているように聞こえてなんだが複雑だ。
だが、初対面なのでそこは深く突っ込まない。なんか訳ありかも知れないからね。
「特殊って他の妖精と違って大きくて羽がないところ?」
『違う。それは結果だ。原因はこの図書館だ。『コレ』はこの図書館で生まれた』
「ん?この図書館?」
この図書館には植物は置かれていない。
まあ、本があるところだ。水や虫が発生するかもしれない土などは置けないだろう。
それが自然がないところで生まれたってことが特殊ってこと?
深く頷き、妖精は原因を話してくれた。
『この図書館は魔導書や見るだけで人間が発狂する禁書など力ある本が置かれ特殊な『場』となった』
え?禁書があるの?しかも見るだけで発狂?!やだなぁ~。
まぁ、きっと閲覧禁止で隔離してあるんだと思うけど、なんかこわい。
気のせいか寒気がしてきた。
『超自然物と同じとはいわないがそれなりの力ある『場』となっている。その力が集まり長い年月の末『コレ』が生まれた』
そうなんだ。……で、わたしはなんと返事すればいい?すごーいと言えばいいのか?
でも、超自然物とか場とかよくわからないから何がすごいのかもよくわからん。
『この成り経ちは妖精より魔物とよく似ている故に『コレ』は『ソレ等』に嫌われている』
あー…、重い話になってきた?
目の前の妖精がわたしをちらちらと見てくる。…もしかして照れてる?
重い話ではないみたいだけど…流れはよくないような気がする。
『故に『コレ』は人間と友になりたかった。でも『コレ』が見える人間も特殊。そして『コレ』はこの『場』に生まれた特殊な妖精故にこの『場』から離れることはできない。この図書館で『コレ』が見える人間を待つしかなかった。でもこの400年、話しのできる人間はこなかった。けど、今日ようやく来た』
ええっと、つまり…。
『『コレ』と友達になってください』
やっぱりそういうわけですね。ええ。
魔術について調べたかっただけなのになんか面倒事がおきた。
やっぱ、部屋から出るべきじゃなかったんだ。そうだ、きっと。何であの時、外へ出ようなんて思ったんだろう。部屋からでなければふしぎ図書館妖精に友達になってなんて言われなかったのに。
『『コレ』と友達になればいろいろとお得だぞ』
いやいや、お得って商品じゃないんだから。
得だからって友達になったりしないから。
『『コレ』はこの図書館の本をすべて把握している。つまり『コレ』は本の知識そのものだ』
それはすごい。ここにある本は増大だ。県立図書館並にある。
その本すべてが頭の中に入っているということは、この子は生きる図書館というわけだ。素直に感嘆してしまった。
『周りの本を見る限りオマエが調べたいのは初級魔術についてだな?ちょっと待っておれ』
そういうと図書館妖精はふわり浮かび上がり移動していった。
……羽は無いけど飛べるのね。
しかし、あの子の言うことは本当の様だ。さっきまでいなかった妖精がまたわたしの周りをうろうろと飛び回り始めた。これって、あの子を避けていままで近寄らなかったってことだろう。
なんというか………複雑な気持ちになった。
5分も経たないうちに図書館妖精が2冊の本を持って戻ってきた。
『こちらの本が魔術の基礎についての書物でこちらがわかりやすい絵付きの実践本だ。きっとオマエの役に立つ』
「え?あ、ありがとう…」
受け取った本をパラパラと斜め読みしたところ確かに良く分からない単語は少なく簡単に書かれてある。
気に入った。これを借りよう。
その旨を図書館妖精に言ったら得意げに言われた。
『どうだ?『コレ』は役に立つだろう?友にしてくれるか?』
期待した眼はキラキラしている。図書館妖精の必死っぷりにわたしは思わず笑みがこぼれた。
知的美少女って感じの図書館妖精だがここまで好意を振りまかれるとなんだか可愛く見えてくる。実はしっぽとかはえてたりしないだろうか?わんこのしっぽが似合いそうだ。
おっとまたアホなこと考えていた。でもまあ、ここまで喜ばれると無碍に断れない。さすがのわたしも罪悪感を感じる。やれることは司書さんみたいなことだけみたいだし、害はないだろう。まぁいいか。
「わかった友達になろう」
『本当か?本当か?友達だな!友達になったからな!あとから撤回するなよ?』
「わかったわかったからそばではしゃぎまわるな」
嬉しくて仕方がないっという感じでわたしの周りを図書館妖精が飛び回る。
なんつーか、中型犬に懐かれたって感じだな。大型犬はもう飼ってるからあとは小型犬だけだ。小型犬は手乗りサイズがいいかも。
『ではオマエの名を聞かせてくれ!』
「志水有唯」
『シミズユイだな!シミズユイ!『コレ』に名をくれ!』
「ん?」
いまなんかすごいこと言いましたねこの子。
わたしの聞き違いにしたい。なのにこの妖精は重ねて言う。
『『コレ』にはまだ名はない!だからシミズユイが付けてくれ!」
「え?なにそれ?名前なんて超重要じゃん!わたしなんかがつけられないよ!」
『何を言う!故にシミズユイに『コレ』はつけてもらいたい!』
名前って大事じゃん。名は体を表すっていうじゃん。いやだよ。わたしセンスよくないもん。いまだっていい名前が浮かばない。
でも、目の前の妖精は引く気はないようだ。困ったなぁ…。
「………いい名前調べてくるから後日でもいい?」
『イヤだ!シミズユイの直感でいい!いま名が欲しい!『コレ』は400年ずっと名がなかったのだこれ以上待てない!』
お子ちゃまのように駄々をこねられた。
400年も待てたんなら今日も明日も変わらないよね?ダメなの?そうですか。
わたしの直感でいいって言ってるんだからまあ、いっか。変でも文句言うなよ?
さて、何にしよう。
妖精っぽい名前がいいけど…妖精っぽい名前ってどんなだ?この知的美少女に似合う妖精っぽい名前……ダメだ出てこない。この際、妖精っぽい名前で考えるのをやめようかな。貧困なわたしの頭では妖精の名前はティンカーベルとしか出てこない。
いま気づいたがこの子が自分を「コレ」と呼ぶのは名前がなかったからなんだね。…それだったらわたしがこの子を見てなんて呼びたいかの方が大事だ。
わたしはじっと図書館妖精を見た。
「……………………レイ…なんてどうかな?」
『レイ?それが『コレ』の名前か?』
「いや?」
思ったより図書館妖精の反応が鈍い。いまぱっと思いついた名前だ。イヤかもしれない。
ちょっと自信を失くしかけたが、図書館妖精は『レイ…レイ…』とわたしが考えた名前を舌の上でころがす。満足したのかようやくこっちに顔を向けにっぱっと微笑んだ。
『『レイ』それが『コレ』の名前だ!フフフッ、嬉しいありがとうシミズユイ!』
「気に入ってもらえたかな?よかったよ。それとわたしのことはずみかユイって呼んで」
ずっとフルネームで呼んでくるからずっと気になっていた。
もしかして、シミズユイぜんぶが名だと思ってるんじゃあ…。とりあえず訂正が必要だ。
『ずみ?それはシミズユイのあだ名か?』
「そうだよ、みんなはわたしのことずみって呼んでるよ」
『ではレイはシミズユイのことをユイと呼ぼう』
なんでだよ。みんなずみって呼んでるって言ったでしょ?
いや、みんなと一緒がいやなのか?……変な独占欲だしてきたなぁ。
まぁいいか。これぐらいなら許容範囲だ。べったりはうざいけどね。
「これからよろしくね、レイ」
『こちらこそよろしくおねがいします、ユイ』
こうしてわたしは図書館妖精と友達になった。