15.泣き虫が一匹二匹…三匹?
泣く子供には勝てないってよく言うよね?確かに子供に泣かれると大人は困り果てると思う。何とか泣きやませようと子供のご機嫌をとったり慰めたりするだろう。
じゃあその反対のいい年した大人――中年男性の涙はどうだろう?しかも長髪のインテリ系。しかも17歳の女の子の部屋に黙って乱暴に入ってきたと思ったら何も言わずに涙流してる。
ぶっちゃけ ウ ザ イ よね!
「お前はわたしがあれほど魔法陣の重要性を説いてやったと言うのに本当になんと師匠泣かせな奴なのだ」
なんかブツブツ言ってる。というかあんたいつの間にわたしの師匠にランクアップしたんだ。
「魔法陣研究者であるわたしの弟子が魔法陣無視で魔術行使とかありえない…わたしを完全否定しているのと同じだ」
好きで無視したんじゃねぇよ。勝手に指から炎が出てきたんだよ。
ああ、ホントうざい。イライラしてきた。
「お前は…お前はそんなに……わたしのことが嫌いなのか!?」
「嫌いです」
ただえさえうじうじする奴が嫌いだというのにそれが男の人だなんて。
男に優しくする気はこれっぽっちもありませんよ。はい。
というかなんでそんなショック受けましたみたいな顔してるんですか?
わたしの態度でわかりきってたでしょうに。
レイなんてこのウザい人が部屋に乗り込んできた瞬間に召還陣に引っ込んでいったよ。
いい判断だレイ。わたしも召還陣の中に引っ込みたい。
「お前は…あれか、最初に言い合いになったことを根に持っているのか?」
「その通りです。あと、お前といわれるのもイラっときます」
おい、うずくまるな。
「……………ユイ」
「名前で呼ばれるのもなんかヤダ」
うずくまったまま震えるな。嗚咽が漏れてる。
大の男が情けない。哀れすぎてなんかもういいやって気がしてきた。
わたしはもう一度溜息をつく。溜息をつくと幸せが逃げて行くというけどなんかそれもどうでもいいや。
「カラビア師匠」
「先生」ではなく「師匠」と呼ぶとびくりと背中が反応した。
聞こえているらしいのでそのまま続ける。
「貴方様がなぜここにいらっしゃるのか聞きたいところですが…まずわたしの話を聞いてもらえますか?」
わたしは全部話した。
魔法陣をなしで魔法をつかうに至った出来事を、いないはずの妖精が見えることを。
ちなみにいま絨毯の上に正座状態である。だってカラビア師匠が床にうずくまったままなんだもん。
「なるほどそういうことだったのか」
全部しゃべり終わったのでようやく一息入れることにした。
テーブルにのっている紅茶を飲む。……これ紅茶でいいんだよね?
あー足痛い。正直に言うと正座は5分ももたなかった。弓道部のくせにって驚くかもしれないが、しびれるもんはしびれる。
試合での団体戦<5人が4本射って合計本数を競う>は座射といって前の人が射る最中は跪坐をして待ってるんだけど……しびれてます。落ち<5人目最後に射る人>とかマジ足が死ぬ。
というわけで、いまはテーブルについてメイドさんがそっと出してくれた紅茶?を飲んでます。
師匠は師匠呼びが気に入ったのか復活がはやかった。
いまはもう床にうずくまっていたことを忘れてしたり顔でうんうん頷いている。けっ。
「いきなり妖精がいるのかと訊いてきた時は頭がお花畑なのかと思ったが……あれが弟子との信頼関係をつくるためのキーワードだったのか!わたしとしたことがなんたることだ!あの時真剣に話を聞いていれば…!」
そんなギャルゲーでフラグ回収失敗したみたいなことを言うな。
しかも電波系だと思われていたとは……。ファンタジーの世界の電波系って……なにそれ痛い。
「それでいまも見えるのか?」
「見えますよ。いまわたしの肩に一匹」
『一匹とは何よ!虫じゃないのよ?!失礼ね!』
耳元で怒鳴るなうるさい。
サラが肩で暴れる。痛い、髪の毛を引っ張るな。
「おぉ!髪が不自然に動いている!本当にそこに何か居るようだ」
「居るようだではなく居るんです」
このヘタレ師匠はまだ少し疑っているようだ。
まぁ、いきなり妖精が見えるっていわれても信じられないわな。
わたしもいきなりそんなこと言われたら頭を疑う。
「うむ、物が勝手に動かされていたり、壊されていたりするのはグレムリンの仕業だけではなく妖精の仕業も含まれているのかもしれないな」
「グレムリン?え?あれって妖精の一種なんですか?悪魔か何かだと思ってました」
『はぁ?悪魔?そんなのいないわよ!わたし達のちょっとした悪戯じゃない!おおげさよ!』
「え?悪魔いない?じゃあ天使は?女神さまはいるんだよね?」
『女神さま…ああ!大母神様はいるわよ!天使はいない』
「おかあさまって女神さまのことなの?」
「…ズミシよ、君が妖精としゃべっているとわたしはわかっているが、傍からは勝手に自己完結しているように見える。それでは周りに誤解を招く。それは君にもよくない。答えはわかったようだが、とりあえず、わたしの話を聞いてくれないか」
湾曲して自問自答してる痛い子に見えるから気をつけろって言ってくれてるのね。OK理解した。
ちなみに、カラビア師匠はわたしのことを名前呼びをしたかったようだが、年上の男性に名前を呼び捨てにされるのは抵抗感が強かった。普通に志水さんでいいって言ったけど、それでは赤の他人に様だ!と却下されてしまった。(まぁ、赤の他人さんなんだけど)で、妥協してあだ名になった。これもまだ違和感あるけどね。
とりあえず、魔物と妖精の違いを教えてくれるというので、大人しく待った。
「この世界は陰と陽の交わりでできている。自然エネルギーを糧にする妖精は陽属性のモノ、瘴気や魔力を糧にするグレムリンや魔物は陰属性のモノというようにな。陽があるところには必ず陰がある。この世の理だな。人間は例外で陰陽両方の属性を持っているとされているが…脱線するので一先ず置いておく。妖精もグレムリンも同じ人間に悪戯するモノだがグレムリンの方が性質が悪く人間にも時々危害を加えるとされている」
「陰と陽ですか?(太極図みたいなものかな?)…それは興味深いんですが、ここにいる妖精はそんなものいないって言ってますけど」
「そうか興味深いか、ではこれは知っているかグレムリンは機械につく魔物って、…え?グレムリンはいないっ?!」
師匠反応が遅いです。ひと昔のコントの様です。
「サラ…ここにいる妖精がグレムリンなんていないって言ってます。全部妖精の悪戯だって」
「何?!妖精がいるなら対とされる邪妖精もいるのかと思ったがいないのか?!」
あまりにもカラビア師匠が驚いているのでわたしが替わりにサラに尋ねてあげた。
「邪妖精っているの?」
『邪妖精ぃ?何それ?それって勝手に人間が妄想して分類しているだけでしょ?こっちには関係ないし』
「人間の妄想だっていってます」
「妖精だって人間の妄想だって言われていたではないか!」
テーブルにつっぷした。
そうだね。わたしもこっちにきた時、魔法はあるけど妖精がいないって聞いた時に、ファンタジーなのになんでさぁ!?って思ったもん。カラビア師匠の気持ちなんとなくわかる。厨二病がうずいたけどぽっきり折られちゃったんだよね。
でも、カラビア師匠は折れたままでは終わらなかった。
「いや待て、これは面白いのではないか?古代の伝説にしか存在しえなかった妖精が実は現代の世にもいて、魔物の一種とされていた邪妖精はいないとはっきりとわかったのだ、この数分のやり取りだけで!興味深い!クローセルがよく言う無駄知識ほど知的探究心が刺激されるという言葉が今ならわかる気がする!」
何かを捲し立てて勢いよく立ちあがった。おい、椅子も派手に倒れたぞ。
「気になるとあれこれ全てが気になりだしてしまった。ズミシ!わたしはこれから妖精がいると前提した様々な事柄を調べてくる!伝説、伝承、詩…ああ!たくさんある!全て訊きたいところだが、一端城へと戻り詳しく調べてまとめてくる!いいか?それまでその妖精を捕まえていろ!いいな絶対だぞ!?」
倒れた椅子を直さずにそのまま師匠は部屋を出て行った。残されたわたしはぽかんとまぬけ面をさらしていたと思う。
カラビア師匠に何がおきたのか…あんなに熱血な人だっけ?まぁ、ここに来た時から変だったけど。ここまで、変わった人だったとは。
サラまでぽかんとした顔をして呆気にとられている。
わたしの気持ちやら妖精の事やらいろいろ話はしたけど……結局あの人、この屋敷まで何しに来たんだ?
溝がちょっとせままった?
しかし、自然エネルギーって…自分の語彙の少なさに絶望した。もっといい別の言い方ありませんか?