::女と凶暴::
「さあて、あんたはどうするんだ?」
それはまっすぐ朱実に投げかけられた質問だった。
雑音を全て切り裂き、朱実の心臓に。
朱実は左手で切り落としたばかりの襟足をいじり、恥じらうように言葉を探した。
男達が見ている。
朱実が何を言い出すのか、予想がつき始めている少年達もただその時を待った。
張り詰めるような沈黙が朱実の言葉を待つ。
どくどくと、聴いたことのないような鼓動が彼女の耳を支配していた。
「“俺”を此処に置いてくれ、その為ならなんでもしよう。あんたの為に」
「…ふん、口だけならなんとでも言えるんだぜ?」
「この髪が証拠にならねえなら指を落とす」言うが早いか朱実は先刻己の髪を裁った鋏を左の小指に添え、力を込めた。
ジャキンっ…
「………え?」
「…っに、やってんだ手前っ…」
鋏の両刃は空を裂いた。
すぐ隣にいた蓮井が朱実の左手を掴んだのだ。
瞠目し、信じられないというような顔で蓮井は朱実を睨んだ。
「ったく…お前がなにやってんのクラゲ。せっかくの朱実の決意に。ま、指なんて要らないんだけどね」
にやにやしたまま、蓮井への非難からまた朱実に山城は向き変える。
大した度胸だねえ、と意地悪く笑った。
「邪魔しないでよ」
「…っ!!馬鹿か!?やるに事欠いて指落とそうとするなんてっ!!」
「はあ?」
「他にもやり方はあるだろうがよ!!お前が男に、それもシノギになる必要なんか…!!」
蓮井は山城の目すら気にせず怒号をあげた。
その目はまっすぐ朱実を捉えて離さない。
だが、朱実だって負けてはいなかった。
「うるっさい…!!俺が持ってるもんなんて、もうこの身体一つなんだよ!!」
「はい、そこまでね」
やれやれといった調子で山城はため息を吐いた。
若いもんは威勢がいい。
「とにかく、朱実は此処におく。俺が決めたんだから誰も口出しすんな。
そんで、朱実。お前もね、此処にいたいならあんまり騒ぎを起こさないでくれ」
山城は椅子から立ち上がり、ふと己の左手首に付けた腕時計に目をおとす。
短針が7を指していた。
「ほら、もう19時だっての。皆、持ち場に戻れや」
山城がぱんぱんと手を打てば、少年達ははっと我に返ったかのように
一同瞬きした後、のろのろとオフィスから出て行く。
部屋に残ったのは朱実と蓮井、橘と山城と最初から其処にいた数人の少年達だった。
「さて、朱実。本気で此処にいるならよ、まず何個か契約しなきゃならんのね。あと制約。んで名前」
「名前?」
「そ、だって朱実なんて名前引っさげて男でーすなんて言ってられないからな」
「…そう。なにすりゃいい」
今更惑う気などない。
朱実は山城の言うままに素直に頷いた。
ただ、隣りに立つ蓮井は未だ得心のいかない表情をしていた。
「…で、ここまでOK?」
いくらかの決まりを話し、山城は書類を持ち出した。
「それは?」
「言ったろう、契約だ。印鑑持ってるか」
「ええ」
「はい、こことこことここね」
トントンと進んでいく、朱実の新しい人生のチュートリアル。
ここまで軽いと、命に対する思い入れも薄くなっていくというものだった。
そして、全てのサインが終わり、朱実はとうとう名実共に後戻り出来なくなった。
「よし…じゃあ、お前の名前を決めよう」