::分岐と覚悟::
朱実が美しく跳躍する。
蓮井は相変わらず犬。
蓮井には理解出来なかった。
何故この女は泣くどころか
その美しく長い髪を切り離してしまったのか。
床には鬘が作れるのではないかと思うほどの厚い毛束が積もっていた。
微かな緊張を走らせながらオフィス内で事務仕事をしていた青年達も
突然訪れ、自分達の上司と何やら喧嘩腰に話していた上玉の女の
突然の断髪式にあんぐりと口を開け呆けてしまっている。
頭がいかれた。
誰もが朱実に対しそう感想を抱いたろう。
シャラン…
「ふん、随分すっきりしたじゃねえか」
山城は誰もが仰天する中
いつも通りの空気を崩すことなくニヒルに笑った。
朱実はそんな山城の態度が気に入らなかったのか
露わになった両耳の大きなリング状のピアスを揺らし、口元を歪めた。
「でしょう?」
あたしはプライドがあるの
あたしは美しいでしょう?
髪などあたしを着飾る一つのアクセサリーにすぎないわ。
三日月を逆さにしたような笑みに反して瞳はぴくりとも笑わない。
むしろその両目の虹彩の奧には
そんな神々しい朱実の真意を物語る青い焔が宿っていた。
この数時間で随分と背筋が変わったもんだ…
く、と笑いつつ山城はのんびりと朱実の気高き成長に感心した。
「くく、さあてお嬢ちゃん。
分かってると思うがその髪を売ったところで端金にしかなりゃしねえよ?
特に日本じゃあなあ。
なんのつもりで切っちまったんだよ?
美しく見事な長髪を」
狐の様な男だ、と朱実は思った。
どうせこの男は全てを見透かしている。
今から朱実が何を提案するかを。
それをわかった上で
朱実の口からそれを言わせようとしているのだ。
朱実は口を開く前に一瞬蓮井の方を横目で見た。
案の定、状況を理解できていない上に追いつけていない困惑の表情を浮かべていた。朱実はそんな蓮井に何故か心の奥で安堵した。
覚悟。
それはまだ若い朱実にはとてつもなく重く、大きなものであろう。
だがこの数時間ですら既に何度かの覚悟を決めてきた朱実は、これが人生か、とすら思い始めていた。
生きるということは分岐点の繰り返しであり、決断には覚悟が伴う。
それは人生の中で必ずいつか誰しもが気付くことである。
だが、そのことを知ってしまうには
朱実は余りにも若かった。
若さは強さでもあるが同時に小ささでもある。
未だ護るべきものが少ない朱実には些か、その答えとも言えよう真実は大きい。
ふ、朱実は短く空気を吸った。
薬と煙草と酒と血と男の匂いが
薄く開けた唇の隙間に潜り込んできた。
咽せ返りそうになるのをすんでのところで我慢し、とうとう朱実は言の葉を紡いだ。
「あたしを、“俺”として
“此処”に置いて頂戴」