想っていました
「柴崎」くん、今もこの名前を聞くだけで、私の心は中学時代へと戻る。三十年近く経つのに、彼のことを忘れられない私がいる。
「わあ!」「ごめん!」
小学一年生の頃、掃除当番でいきなり箒でスカートを捲られた。わざとではないらしいけど。それが、柴崎くんとの一番古い思い出。
それから中三になるまで同じクラスになることはなくて、足が速くて人懐こい彼は、クラスを超えて、男女問わず人気者だった。私は、彼とは特別親しく話す仲ではなかったし、クラスでも、目立たないタイプだった。
だからあの日は、本当に驚いた。
「次、いわしなさん」
数学の先生に間違われたけど、呼ばれたのは私だと思ったので、特に突っ込まずに返事をし、答えた。彼はニヤニヤしながら「岩嶋さんだよね。」と。その後も、先生には毎回、「いわしなさん」と呼ばれ続ける。ある日、「いわしま…なさん」と呼んだ先生、惜しい!合っていたのに何で「いわしな」に戻すのか。すかさず彼は、「やっぱり先生の中では岩嶋さんはいわしなさんなんだね。もういわしなさんでいいんじゃね?」と。
毎回間違われて呆れた気持ちと、いつも揶揄ってくる彼とのやり取りが楽しくて、嬉しくて、くすぐったいような、そんな気持ちだった。14年生きてきて初めて、珍しい苗字で良かったと思えた。他の人はスルーしていたのに、彼だけ揶揄ってきたのは何でだろう。ただ単に、面白かったのかな。お陰で数学の授業じゃなくて、先生に私の苗字を間違えてもらう事が楽しみとなり、彼とも話す機会が増えていった。
私は勉強が得意だったからか、同じ班だったからか、彼は理科の授業前に私に質問してくることも増えた。勉強が苦手なクラスメイトのリカが、「リカもしばに勉強教えたい!」と羨ましがっていた。しば、というのは、私の好きな男の子、柴崎くんの愛称だ。
そんな訳で、勉強教えられるもんなら教えれば?と冷めた目でリカを見た。しばに勉強を教えられるのは、私。聞かれているのは私だから、邪魔しないで。という視線だけ送る。
ある日、体育の授業だから校庭に集合しようと下駄箱から出たら、しばがいて、「教室にはちまき忘れちゃってさ、ちょっと取りに行ってくんね?」って。初めて頼まれた。使いっ走りだけど、ちょっと嬉しい。
しば、しば、好き。私の毎日は、しばで溢れていた。好きな人に毎日会える学校って最高に楽しいと初めて思えた。
私はしばとの穏やかな日々を楽しんでいた。
そんな頃、うちのクラスに転入生が来た。
関西から来た、岩波明子だ。彼女は明るくて親しみやすく、誰ともすぐに打ち解けた。そんなに時は経っていないけど、関西人らしい明るいノリで、「柴崎くんてめっちゃかっこええやん、好きやわ。」と言って積極的にアプローチを始めた。何と、しばを好きな不良の学級委員とも仲良くしていて、しばを夜に呼び出して、学級委員含め何人かで海に行って花火をしたらしい。ツーショットの写真まで見せてくれた。胸が傷んだ。私にはない明子の積極性が羨ましかった。私は夜に外出なんてできない。私もしばと花火やりたかったな。今もそのツーショット写真は脳裏に刻まれている。学級委員は明子としばがツーショット撮っても何とも思わなかったのだろうか。私と同じく明子に圧倒されたのか。明子の積極性は、当時の私には眩しすぎた。
その後も、明子は柴崎くん好き好きオーラを出しまくり、私は益々誰にも気持ちを言えないようになり、修学旅行の日を迎えた。
修学旅行は京都&奈良。新幹線での長旅だ。旅行中は明子も含めて仲良し6人で周り、帰りの新幹線で、友人達と写真を撮って過ごした。私の脳裏には、しばと明子の写真があり、私もしばの写真を撮りたいと思っていた。しばがいた!座ってる。明子みたいにツーショットなんてとても頼めないから、背後にしばがいるのを確認して、友人と写真を撮った。全神経が背中にある。シャッターの音が聞こえて祈るような気持ち。しば、どうか映っていて。私にとって、当時最大の勇気を出した瞬間だった。
当時、私は夢にだけでもしばが出てきてほしくて、寝る前によく彼の顔を思い浮かべていた。だけど、想えば想うほど、顔が浮かばなくて。だから、現像まで待ち遠しかった。
ようやく確認したら横顔だけど、大好きなしばの写真を手に入れる事ができて、嬉しかった。
写真の中のしばは、気づかなかったフリなのか、新幹線の窓の外を見ているような横顔で、きっと私がカメラを向けた事に気づいたのかな。カメラ目線だと恥ずかしいから、外を見ているフリをしたような、そんな写真だった。
側からみると、私と友人のツーショット。でも、私には好きな人が写っている、大切な写真。今でも大切に持っていたりする。誰に見られてもわからないもんね。
夏が過ぎ部活も引退し、受験生な私たち。
進む高校も、見る未来も、少しずつ違い始めていた。教室でしばの笑い声を聞く時間も、廊下ですれ違うことも、もうすぐ終わる。その実感だけが、なぜかうまく持てなかった。しばは地元の商業高校へ。私は地元の進学校へ。無事、二人とも進学することになっていた。
卒業式のことは、全く覚えていない。その後に衝撃的な出来事が待っていたから。友人と別れを惜しみつつ、一緒に写真を撮ったり、学校の思い出の場所へ行ったりして、過ごしていた。済んだら普通に帰ろうとしていたら、明子が私のところに来た。
「なあ、しば呼んできてくれへん?」
「まだいるかな。いいよ。」
そこからの記憶は曖昧で、しばがどこにいたとか、何て声をかけて呼びに言ったのかは覚えていない。とにかく、久しぶりにしばに声をかけて、二人で明子の元へ向かった。
今思うと、明子はしばに告白をしようとしていたのだから、しばと二人きりのこの瞬間に、私の気持ちを伝えたら良かったのに。ただ、当時の私はそんな気持ちの余裕など無く、しばと二人、何か話したかも覚えていないのだ。そうして明子へ引き渡す時、しばは、「えっ」と驚いた顔をした。それが、しばにかけられた最後の言葉。明子は、目配せをして、私に去るように指示した。言われなくても私は告白の場面にずっと居座る程馬鹿じゃない。しばに背を向けて、私は反対側に去った。全神経が背中にあったけど、振り向かなかった。振り向けなかなった。中学校のコンクリートの色がいつもより暗くて、階段も、こんなに長かったかな。こんなに登るの辛かったかな。誰にも見られないように、コンクリートの長い長い階段を泣きながら登って友人の元へ戻った。
明子は私の仲間うちでは、私にしか、しばへの気持ちを打ち明けていなかったのだろう。他の友達は何も知らずにまだ話していて、私はそこに加わった。
「明子ちゃんは?」
「もうすぐ来ると思う。」
割と早く、明子は私たちの元へやってきた。泣いている。フラれたらしい。明子には悪いけど、「やっぱりね。」と思っていた。
それ以降、しばに会えることは無くて、私の思いも伝わることは無くて、しばが誰を想っていたのか、好きな人はいたのか、全くわからないまま。
高校に入ってからも、仲良し6人とは度々会っていて、その中で、しばが高校へ入ってすぐ、同じ中学の先輩からラブレターをもらったとか、付き合い始めたとか、そんな噂を聞いた。大学に入ってからの風の噂では、しばは高校を出て働き始めていて、なんかチャラチャラした感じで話しかけてきたよ、と聞いた。
成人式で会えるかもと期待したけど、しばは仕事だったのか、会うことはできなかった。
どうしても会いたくて、しばの実家付近を散歩してみたら、道路拡張工事があって、移転したようだった。私は友人にも内緒の恋だったし、友人たちの他は疎遠だから、もうそれ以上の情報は入って来ない。万事休すだ。縁がなかったのだろう。実らなかったからこそ、綺麗で切ない思い出として、今も心の中に残っている。
現在、私は結婚して、県内の西部に引っ越した。中部にいるであろう彼とは、物理的にも離れ離れだ。今も尚、耳にするしばの苗字、「柴崎」と聞くと、体が反応する。大好きだったな、と思い出す。
私は結婚して苗字が変わってしまったから、もうあの頃みたいに間違われることはなくて、間違われたからしばと仲良くできた、旧姓に感謝している。
伝えられなかった淡い恋の思い出は、今でも時折私の胸を締め付ける。里帰りした時に、しばが住んでいた辺りを散歩してみた。けれど、やはり会えない。どこにいるかわからない。SNSでも見つけられない。どこにいるのかも、全くわからないのだ。素敵な人だったから、結婚して、いいパパになっているんだろうな、とか、幸せにしているといいな、と願うだけ。本当は、しばに会えたら、あの時の気持ちを聞けたら良かったと思うけど、どこまでもすれ違う私たちだから、すれ違ったままの切ない思い出として、だけど、私の言えなかった気持ちだけは伝えたい。
しば、お元気ですか?あの頃は子供で、伝えるべきことを言わずにいた事が多すぎたね。卒業式、明子に呼ばれたことも、言わずにただ連れて行ってごめん。驚いたよね。私は自分の気持ちを言えないのが悔しくて、黙っていたのだと思う。言えなかったから、しばとの思い出は、綺麗なまま、まだ胸の中にあるよ。あの頃、私は学校が嫌いだったけど、しばと話せる事が励みになって、頑張って通えたよ。楽しい時間を過ごさせてくれて、本当にありがとう。
ずっと言いたかった気持ちを今、ようやく言える。
しば、私は貴方のことが、大好きでした。




