無視はしていないのですが……
カルミアに絡まれるようになってから、もうすぐ季節が一周しようとしていた。
「本当にあの人……何言っても話を聞かないのよね。本当に鬱陶しいったらありゃしないわ!」
「言葉遣いが年々汚くにゃってるにゃ!」
久しぶりにエディの肉球パンチが飛んでくる。
エディだって元は私のはずなのに、すごい言葉遣いが汚いじゃない……なんで私だけ……。
「吾輩は猫にゃ。お前は人間。生きている世界が違うにゃ」
かっこよく言っているつもりなんだろうけど、相手が猫だからか全然締まらない。
しかも見た目は白猫だ。可愛いという言葉の方が似合うだろう。
楽しそうにネズミのおもちゃを追いかけている姿をくすくす笑っていると、それに気づいたのかこちらに近づいてきて、頭をパチーンと叩く。
「こら! 笑うでにゃい!」
「もぉー!! 痛いじゃない! すぐ叩くのはよくないと思うわ。頭が悪くなっちゃったらエディのせいなんだから……」
「フン……ちょうどいいところにネズミがいたから仕方にゃいにゃ。それに叩いても頭の良さは変わらにゃいから安心するにゃ!」
むしろもっと良くなるかもしれにゃいにゃ……とぶつくさ言っているけど、聞こえないふりをする。
本当に都合が悪くなると、すぐに自分は猫だと主張するんだから……。
エディと二人で話していると、クスクスと笑い声が聞こえた。
「お、お兄様……」
お兄様の声が聞こえた瞬間、エディは身を隠した。
「フランはエーデルワイスが家に来てから明るくなったよね」
「そ、そうでしょうか?」
エディに話を聞いてから一年、なるべく家族には関わらないようにしていた。
正直、処刑の時の話を聞いてしまったら、話す気になれなかったというのもある。
「うん。今の方がいいと思うよ。オルテンシア王太子殿下も明るい方が好きだろうからね」
別に王太子殿下のために変わろうとしているわけじゃないのに、この家の人はすぐに王太子の名前を出してくる。
私を見ているというより、私を通して王太子殿下を見ているみたいだ。
「なんだか、カルミアと話しているみたいね……」
ぽろりと本音が漏れてしまう。
慌ててお兄様を見ると、どうやら聞こえてはいなかったようで、ほっと胸を撫で下ろした。
「エーデルワイスは、なぜか僕を見ると離れていくからね……。もう少し仲良くしたいと思っているんだけど。どうやら嫌われてしまったみたいだ」
テーブルの下を覗き込んでエディに触れようとするが、出てくる気配はない。
それどころか――
「シャァァァ!!」
完全に威嚇している。
お兄様は諦めたのか元の姿勢に戻り、少し寂しそうな顔で「また会いに来るよ」と言って去っていった。
たった十五分ほどの出来事なのに、一気に、力が抜けた気がした。
「家族なのに、話すだけで疲れちゃうなんて……」
エディを抱き上げると、お腹に顔を埋めて匂いを嗅ぐ。
猫だけど猫じゃないエディはお風呂が好きで、よくシャンプーしろと言ってくるから、とてもいい香りだ。
「仕方にゃいのにゃ……」
疲れているのが分かったのか、大人しくされるがままになってくれた。
***
お兄様と久しぶりに話した翌日。
重い腰を上げて貴族院へ向かった。
この一年、王太子から連絡が来ることはほとんどなかった。
来たとしても、執務が終わっていないから手伝えという程度だ。
……というか、なぜ終わらないのか。
学院も卒業しているというのに。
それに対して国王や王妃が何も言わないのも気になるところだけど。
まぁ、その辺は名探偵エーデルワイスに任せておこう。
私には――カルミアを今日も華麗に躱すという仕事があるのだから。
「フランチェスカ。おはよう!!」
学院に着いて早々、カルミアが声をかけてくる。
「カルミア様。おはようございます。私、授業の準備がありますので失礼いたします」
軽く頭を下げてその場を離れると、背中に強い視線を感じた。
エディは馬車で一緒に来たはずなのに、いつの間にか姿を消している。
その後も、昼休みや小休憩のたびにカルミアは近寄ってくる。
話しかけてきては私が受け流す。
――そしてついに。
放課後。
校門へ向かう道を一人で歩いていると、目の前にカルミアが立ちはだかった。
「な、なんで……フランチェスカは私のことを無視するの? 私、何かした?」
大きな声で泣きながら訴えてくる。
周囲の視線が、一斉にこちらへ集まった。
「私、無視はしていないと思いますが。挨拶もしておりましたし」
周りを見渡すと、首を振っている人が多い。
どうやら無視には当たらないと判断してくれているようだ。
「酷いわ! そんな言い方するなんて……私たち友達じゃない!」
「え? そうだったんですか?」
思わず本音が口から出てしまう。
友達になった覚えは、まったくない。
どうすればいいのか分からず、エディを探す。
すると――
門の柱の上に、ぴょんと乗ってこちらを見ていた。
「お前でどうにかするにゃ。吾輩には無理だにゃ……」
――そんな声が聞こえた気がした。




